19期目を迎えたクラシコムは、理念体系の更新や新オフィスへの移転といった変化を経験しながら、ビジネス面でも着実に拡大。売上は70.1億円と前年比115.7%の成長を遂げるなかで、さらなる挑戦も交差する一年となりました。
2024年7月には「チャポンと行こう!」主題歌「わたしの星」を公開、9月には初のテレビCMの放映にトライし、アプリのダウンロード数は400万を突破。
新たなスキンケアラインの展開、アパレルブランド「ERIKO YAMAGUCHI」や子会社である「foufou」とのコラボレーションなど、取り扱い商品を拡充。その他、味の素㈱や積水ハウスといった企業との協業案件も進み、事業の新たな方向性が見えてきました。
2024年の主なできごと
昨年度の社史では、「次なる社史は、きっと、爽やかな木の香りを添えて、新たなオフィスからお届けすることになるでしょう」と記しましたが、無事にその通りになりました。
「成長と共に成熟を増す、そうしてさらなる希望を広める」という流れから始まったこの一年を経て、クラシコムが次へ進むためのキーワードは見つかったのでしょうか。
なんだか、妹が優しくなった気がする……?
2024年3月、クラシコムは国立の新オフィスへと移転。代表取締役社長の青木耕平と、2023年11月に取締役副社長に就任した佐藤友子は、このオフィスで隣り合う個室を構えることになりました。約4年ぶりに「毎日出社するようになった」という青木にとって、この環境の変化は、妹である佐藤との関係性にある気づきをもたらすことに……。
「佐藤さんが、なんだか夏頃から僕に優しいんだよね」
青木のその言葉に、佐藤は「気づいていたの?!」と驚きの声。実は佐藤自身、昨今、兄への見方が少しずつ変わってきていたと言います。
佐藤:
「私は幼い頃から、兄妹の間柄を『ちょっと個性的で周囲から浮きがちなお兄ちゃんと、周囲とのつながりをつくる私』みたいな世界線で過ごしてきたんです。でも、自身の中に潜むこだわりや、兄の特質ゆえの私や周囲への配慮に思い至ることが増え、私が幼い頃から抱いてきた兄妹の設定が根本から揺るがされるような感覚がありました。世界線の大変化ですね(笑)」
この背景には、佐藤自身の葛藤がありました。2023年11月の副社長就任は、形式的には従来の役割と大きく変わらないものでした。しかし、佐藤の中では静かな変化が進んでいたのです。
佐藤:
「自分が2番手であることで会社の可能性を摘んでいるのではないか、という不安を抱いたり。特に今年の前半は、自分が願う景色から青木さんへ色々と意見をぶつけてしまうことも多くて。私が変わらなければいけないと、誰よりわかっている。でも、すぐにはトランスフォームできないもどかしさがありました。ただ、それを課題として意識し始めたら、自然と自己認識の変化と共に感謝の念が湧いていき、『最近、なんか優しい?』と勘付かれることになったのかも。でもやっぱり兄妹なのでそんなに優しく接してはないですよ(笑)」
とはいえ、青木はその気遣いも「お互い様だよ」と笑います。「気遣う関係性って、言い換えると『収支の意識』だから。自分の気遣いと相手の気遣い、その差分の大きさで世界観が決まる、というか。僕としてはお互い様なのかなと思っていますよ」。
20年近くにも及ぶ二人三脚の経営だったからこそ、わずかな認識の変化であっても、兄妹の関係性に新鮮な風を呼び込んでくれるのでしょう。互いを気遣い、時に衝突しながらも、逃げることなく向き合い続けてきた二人。この関係性の変化は、クラシコムという会社の成長にとっても、次なる段階を迎えるために必要だったといえそうです。
株式上場後に感じる「居心地の良さ」
上場から2年目を迎えたクラシコムにおいて、青木は確かな手応えを感じ取っていました。それは、単なる制度や仕組みの更新ではなく、会社と自分自身の在り方そのものの変容でした。
青木:
「上場前から、トランスフォーメーションしていかなければいけない、と考えることが色々とあったんです。佐藤さんが副社長を務めることもその一つ。ただ、それらをやり切るためには3年くらいの時間が必要だったのでしょう。僕についていえば未上場企業の代表から上場企業の代表に生まれ変わる必要がありました。それも3年目に入って現段階では、株式上場しているほうが相対的に居心地良いのかもなと感じています。未来まで同じかはわかりませんが」
青木の言う「株式上場後の居心地の良さ」は、「ラク」や「面白い」というようなことではなく、より透明性の高い経営体制への移行したことでの責任の明確化や、それに伴う清々しさを意味しています。意思決定の過程が記録として残され、人々の目に触れる環境が整い公明正大に経営することが求められるということ。一見すると窮屈に感じそうですが、青木はむしろその状況を歓迎しているようです。
青木:
「見るべき人に常に見てもらえているというのは、言い訳のいらない環境という意味で、むしろ心地良いんですよ。そのほうが心が軽くて、その分、クリエイティビティも発揮しやすい。そういう状態でいられると、その上で起きる会社のトラブルやコンフリクトが、あくまでも『自分自身という存在の外側で起きていること』という感覚で捉えやすくなる。線引きが明確になるから、以前に比べて、より落ち着いて解決を図れるようになっている気がします」
この心境について、青木は「上場したからこそ」と振り返ります。自分たちの行いを他者へ説明する責任を負い、定期的に外部からの目にさらされる中で、むしろ「クラシコムの経営」に確かな自信が育まれていったのです。「よりよい経営」であれば議論の余地があったとしても、真面目に、誠実に、正直に、経営を続けてきたことの自負があります。
青木:
「その自負に関しては一ミリも不安がない。だから、もし同じように誠実に取り組んで、もっと経営がうまい人が出てきたら、僕はいまの役割を喜んで代われるはずです。そんなふうにも思えるようになった。まぁ、来年や再来年には違う話をしているかもしれないけれど(笑)、上場前後で3年経ち、頭だけでなく心や体も付いてきたのが、今なのでしょう」
一方、佐藤は縁あって登壇した大学での講義で、学生から「好きなことを仕事にする上で心がけていることは?」と質問されたときを思い出していました。その答えは、クラシコムが歩んできた道のりと、上場という選択の本質を言い表すものでもあったのです。
佐藤:
「その質問に、私はとっさに『好きで大切なことだから、好きなようにやらない、ということを意識している』と答えたんです。上場もすべきかどうかには最初は戸惑いもありました。でも、今の事業が好きで尊くて大切だと思っているから、自分たちのただ好きなようにやらないで済むことを、他の誰でもないわたし自身も本質的なところで願っていたのかもしれません」
健やかに大きくなれるのなら、成長し続けたい
2024年の「北欧、暮らしの道具店」では、念願の一つであった初のスキンケア商品を投入。
他にも、アパレルブランド「ERIKO YAMAGUCHI」や「foufou」との共同開発を始め、さまざまなブランドとのコラボレーションがより活性化。ブランドソリューション事業としても味の素㈱や積水ハウスといった企業と、従来のコンテンツタイアップとは異なる協業の形が増えていきました。
青木:
「特にブランドソリューションは、この1年半くらいで、大きくトランスフォームしてきた事業の一つです。その都度、企業からのオーダーメードに応えるような形でチャレンジしてきた。単なる規模の成長ではなく、売るものの中身をガラッと変えるテストをしようと。頓挫したものもあれど、中期的に道筋が付くようなトライをたくさんしました」
この過程で青木は、「成長」についての自身の考えも整理することができました。
青木:
「最近すごく思うのは、上場後の責務として成長し続けなければいけないというより、健やかに大きくなれるのなら、そうしていきたいということ。『もう成長したくないのに市場が成長させようとする』という世界観では見ていないんです。自分の意思で『ここまで大きくなりたい』というのがあるわけではないけれど、成長し続けていくことは嫌じゃない。むしろ望んでいる」
そして、その成長のスピードについても、一つの考え方を持っています。株主と約束したことを守り、不測の事態が起きた際には早期に説明して理解を求める。「真っ当にやることに満足感を感じるタイプ」だと青木は言います。上場企業として四半期ごとの説明責任を負うことも、リズムを安定させ、規律ある経営をする上では助かる面もある、と感じているようです。
「らしさ」を超えて、新たな挑戦へ
「北欧、暮らしの道具店」では新たなコンテンツの提供にも積極的に取り組んでいます。2024年でまず特筆すべきは、初めてのテレビCMへの挑戦でしょう。昨年度に複数のテレビ番組で取り上げられたことへの反響、そこから得た手応えを、さらに実践的なアプローチで活用したマーケティング施策といえます。
青木:
「お客さまと同じような暮らし方をしている社員や、あるいは佐藤さんが実際に直面している様々な課題の中で、まだ僕らが答えられていないものがある。そこに答えを出せたら、もっと喜んでいただけるはずだと。例えば、テレビについても、SNSやYouTubeをあまり見ない40代、50代以上の方々が実は結構な数でいらっしゃる。そういった方々へのリーチとしてテレビCMを試してみました。実際に反響もありましたが、僕らが創業からうまくいくパターンである『目の前の事実から学んでアクションを起こす』の一例であると思います」
あるいは、ショート動画の制作も例に挙げられます。現在では商品ページの約8割に動画が組み込まれ、普段はテキストコンテンツを手掛けるスタッフ自身が、動画撮影から編集を手がけるまでに進化。広報チームも動画制作に参画するなど、「編集」という言葉の意味そのものが社内で拡張されていきました。
佐藤:
「まさに、私たちの『らしさ』が少しずつ更新されている感覚です。」
しかし佐藤は、この「らしさ」という概念についても、新たな視点を持ち始めていました。
佐藤:
「会社やブランドづくりを大事にしているからこそ、『これは、らしいか?』という判断を慎重にしてしまう。でも、それを大事にしすぎると、かんたんなトライがしにくくなります。スキンケアはじめ、あらゆる商品には自分たちが納得するまで時間をかける必要があります。それはお客さまと約束していることのひとつだから。だけれど、これまでの『らしさ』とはちょっと異なる商品にトライしたり、コンテンツや新たな施策においても。『まだ拙いと感じるものでも、まずは出してみて、お客さまに反応を教えていただこう』とやってみたりする発想も大切なんです」
この考えは、クラシコムを取り巻く環境の変化とも関係していました。ここ数年、他社から「北欧、暮らしの道具店」のクリエイティブや世界観を目指したい、という声が寄せられることが増えてきた中、佐藤は一つの危機感を抱いてもいます。
佐藤:
「目指していただける側になってきたことへの感謝と喜びはありながらも、このまま行っていいのか、という危機感があります。異なる世代の人たちがつくるサービスやコンテンツから学び直す必要性を強く感じるんです。グループにfoufouが参画したことで、彼らの“身軽な”商品開発や発信の仕方からも多くを学んでいます。そのためにも、自分が『らしさ』の権化になってはいけない。そこから疑ってみせる姿勢を、自分が見せていかなければならないと思うんです」
「オーセンティック」への歩みを止めない
2023年から佐藤はお客様との様々な接点を通じて、新たな気づきを得ていました。前年より続けてきた試着会やイベントでの経験が、確かな手応えとなって実を結び始めています。
佐藤:
「1年前の今頃は、とにかくお客さまとお会いして、今後のものづくりやお客さまとのコミュニケーションにおけるヒントをもらいたかった。たくさんのイベントを通じたおかげで、今年は“お客さまと会いたい衝動”が抑えられて、昨年よりは少し落ち着けたんじゃないかと自分でも思います(笑)。むしろ今は、作り出すこと、アウトプットすることに集中できていますね。もう、来年に向けて作っていきたいものが大渋滞している状態!」
「北欧、暮らしの道具店」のお客さま層は、着実に広まっています。特に20代といった若い世代も増え、佐藤は「撮影のためのワンルームマンションのセットを作ろうかな」と思案中だとか。そんなふうに、作りたいと感じるものが、少しずつ「普遍的なもの」に近づいていると言います。
青木もまた、「オーセンティック」というキーワードを軸に、クラシコムの未来を見つめています。そういった存在になるための道筋を考えているのです。
青木:
「2年ほど前から『どうすればオーセンティックな存在になれるのか』を考えていて。正統、本物、モノマネでない……そういった存在です。決して、権威化を目指しているわけではありません。ただ、大切なのは、佐藤さんがコンテンツのトライで話していたように、目の前にある現実を否定せずに、軽やかに踏み出していくこと。それを続けられている事実の一つひとつが、オーセンティックに近づいているという望ましい証なのかもしれません」
「オーセンティックになるためには、オーセンティックに経営すること」だと青木。自分たちのやり方を貫いていったら、いつの間にか周囲から「本物」という評価が寄せられると考えています。そこには、かつてのクラシコムが、状況への対応力や時流を捉える力を、「うまい」と周囲から評されてきたことも影響しています。
青木:
「様々な変化や状況に対応して、オーセンティックな人たちが合わせられなかったところを、逆にオーセンティックじゃないがゆえに僕らがアジャストできて、時流に乗れた。でも、これからは『うまいよね』の奥にある、『素敵だよね』や『本物だよね』と、そういうふうに思っていただけるような会社、サービス、ブランドでありたい」
これからも、葛藤して、「真理」を一つずつ見つけたい
オーセンティックを目指す過程での葛藤や苦労も、二人は「意味のあるもの」として受け止めています。
青木:
「楽にやりたいわけでも、あえて苦労を買いに行っているわけでもありません。ただ、本物のことに近づきたい。そのためには深く考える必要があるし、葛藤も生まれる。でも、その経験をくぐり抜けた自分たちにしかたどり着けない考え方、言うならば個人的な“真理”が手に入る。それが一番の喜びなんです」
20年近い経営の中で、青木は毎年のように「1つか2つの個人的な真理」を見つけてたと話します。それは必ずしも大きな出来事や、象徴的な瞬間とは限りません。日々の葛藤の中から、ふと降りてくる答えのような存在です。
佐藤:
「会社と、私という個人、両方が生きています。会社には新しい課題が次々と生まれる一方で、私自身も40代前半と比べた変化を感じています。単純に疲れやすくなったり、以前ならやり過ごせることが敏感になったり……。私が成長のボトルネックになってしまうかもしれない、と葛藤したことも。ただ、それらも経て、今は『青木さんにとっての最強のパートナーになれないか』と考えています。お互いにとって最高でも、一番に居心地が良いわけでもないかもしれない。でも、この方向性でなら最強になれるかもしれない、という光を見せたい。今年は、そんな小さな真理を見つけられた気がします」
2024年は、クラシコムという企業の変化に併せて、自分たちも葛藤や発見を続けてきた二人。そんな中で、ある“ご褒美”とも呼べる出来事も!
かつて青木と佐藤が北欧を訪れ、「いつかこういう素敵なオフィスを構えたい!」と抱いた憧れ。そんな会社づくりの原点でもある思いが届いたのか、フィンランドの家具メーカー・Artek(アルテック)の公式サイトに、クラシコムのオフィスが掲載されたのです。
佐藤:
「あれはまだ、クラシコムが私の務めていたインテリア事務所に間借りしていた頃。青木さんはフィンランドで、黒いランプが連なるおしゃれなカフェに入っても、どこへ行っても、『悔しいなぁ、ずるいなぁ』って言っていました(笑)」
まさに、あの頃の自分たちに教えてあげたいギフトでしょう。
2024年を通じて改めて見えてきた、クラシコムの歩み。それは、真摯に目の前の現実と向き合い、時に立ち止まり、深く考え、それでも軽やかに踏み出すこと。その繰り返しの中で、確かな真理を積み重ねていく物語なのかもしれません。
2024年版社史 動画も公開しました
今年は記事とあわせてインタビュー当日の映像もショート動画にまとめてみました。ぜひこちらもご覧ください。
■2024年おもなできごと
1月
・理念体系更新
2月
・春いちボトムス発売
3月
・ERIKO YAMAGUCHIコラボ「hope」イベント
・新卒採用開始
・新オフィス移転
・新番組「1時間あったら、なにをする?」スタート
4月
・入社式
・試着会イベント2回目を開催
5月
・新オフィスコンテンツ、取材続々
6月
・味の素との協働「暮らしの素プロジェクト」スタート
7月
・チャポンと行こう!主題歌・MV「わたしの星」公開
・新番組「北欧をひとさじ」スタート
8月
・foufou、ジョイン1周年記念コンテンツ公開
・人事採用に合わせクラシコムの組織開発まとめを公開
9月
・初のテレビCM放映開始
・「北欧、暮らしの道具店」17周年 foufouコラボアイテム発売
・Noritakeコラボ復刻商品、即完売
10月
・YouTubeチャンネル登録者数60万人突破
・初のスキンケア商品として化粧水と美容液を発売
11月
・役員体制変更
・アプリ400万DL突破
■クラシコムの歩み(社史)
第1回:2006年〜2010年「北欧、暮らしの道具店」が生まれるまで
第2回:2011年〜2015年 ネットショップからECメディアへ
第3回:2015年〜2019年 オリジナルコンテンツへの挑戦
第4回:2020年 映像制作とアプリがもたらす新たな実り
第5回:2021年 「ライフカルチャープラットフォーム」としての進化
第6回:2022年 株式上場という「新たな手段」が可能性を広げる
第7回:2023年成熟を信じ、成熟に支えられ、新たな「3つの期待」を胸に進む