2021.12.20

「ライフカルチャープラットフォーム」としての進化──代表×店長が振り返る、クラシコムの歩み(5)2021年版社史

書き手 長谷川 賢人
写真 木村 文平
「ライフカルチャープラットフォーム」としての進化──代表×店長が振り返る、クラシコムの歩み(5)2021年版社史
兄の青木耕平が妹の佐藤友子を誘い生まれたクラシコムも今年で15周年。

クラシコムでは、その歩みを社史として記事にまとめています。2007年に「北欧、暮らしの道具店」を開店以来、始めたことや留まったこと……その背景にある決断の数々を振り返り、記事としてお届けしています。

2021年は、未だ世界を騒がせる新型コロナウイルス感染症とも向き合いながら、人々が新しい生活へと切り替えを進めた一年でした。それは図らずしてクラシコムにとっても、これまでとは異なるトピックを伴った、まさに“節目の1年間”となったようです。

『青葉家のテーブル』劇場公開からの気づき

2020年度に“発火点を仕込み続ける日々”を過ごした青木と佐藤は、その実りを心待ちにしていました。公式スマホアプリのリリース、オリジナルコスメの誕生、映画『青葉家のテーブル』の劇場公開発表と、今年は「思えば、希望がいっぱいあった」幕開けを迎えていました。

中でも全国劇場での映画公開は一つの大きな光となりながらも、公開日の延期を余儀なくされるなど、情勢からの影響も受けていました。いつからか日常のようにカレンダーを埋めた「緊急事態宣言」の合間に、ようやくお客様へお披露目できたのは2021年6月18日でした。


2020年秋公開予定が度重なる延期。最終的に公開日が発表されたのは封切り2ヶ月前。

劇場交渉、プロモーションは混迷を極め、直前まで公開が危ぶまれましたが、緊急事態宣言下で様々な制約がありながらも無事公開。初回上映に乗り込む青木と佐藤。

結果としては、入場者数といった興行的な観点では「もっと求められるところはあった」と青木は言います。緊急事態宣言とも重なる厳しい状況に致し方ない面もありながら、「タイミングさえよければ、さらに僕らも何かができたはず」と悔しさをのぞかせます。

青木
「とはいえ、初めて作ったドラマが好評を受けてシリーズ化して、全く知識もないまま映画化を決めて、良い配給会社に出会い、TOHOシネマズを中心に全国公開まで進めたのは、ラッキーにも後押しされた“すごろくの一周目”が終わったようなもの。それだけの座組ができ、出会いがあり、僕らの状況が揃って、お客様へ誇れる作品が世に出せた。満足できる結果ばかりでもないのですが、また次の打席に立ちたい、という心境です」

ただ、二人ともが感じているのは「お客様からの支持」がとても良かったこと。それは映画版『青葉家のテーブル』における“一丁目一番地”であり、佐藤は「見せてくださった笑顔に肩の荷が下りたようでした」と表情をほころばせます。

佐藤
「2019年の夏に映画化を宣言して、およそ2年のプロジェクトが終わってホッとしたのも本当のところ。映画に限らず、私たちって何でもそうですが(笑)、やってみないと分からないことしかない、という学びは今回もありました。今は新ドラマを2本制作中ですが、『青葉家のテーブル』の次作としての見られ方をするプレッシャーがずっとあるので、達成感めいたものは得られずに今日まで来ていますね」

青木
「僕らの仕事は“勉強業”だとつくづく感じます。何も知らずに勉強したことで10m先までの道をつくって、その10m先でまた勉強して……その先にあることが成功するか否かよりも、僕らにとっては新しい学びが得られたかどうかで、未来が拓ける可能性が増えるんです」

映画という新しい点で「陣地が広がった」

この映画公開には「会社の総合的な活動としても、外部からのプレゼンスが上がった」と青木。対外的にも「映画まで手掛けている」ということが知られ、クラシコムという事業体の個性に加わったことによる経営的なプラスを見ます。

青木
「既存事業のECや広告という点から、かなり離れたところに“映画”という新しい点を、一貫性のある世界観を持って打てた。これら点と点の間が自分たちの陣地だと捉えるならば、僕らはさらに活動しやすくなったといえます。『青葉家のテーブル』の劇中歌をヴァイナルレコード化して販売するのも、この陣地からすれば全く無理のない話です。対外的にもさまざまなお声がけをいただきやすくなりました」

DVDと同時に反響の大きかった劇中歌のアナログレコードを発売。[リリース

劇場版『青葉家のテーブル』は、まるで“オセロゲームの角”を取ったかのように、クラシコムの将来的な戦略の幅を広げてくれたといえます。さらなる実りは「これから」に期待ですが、選択肢が広がっている肌感は、二人にとっても今後の好材料となっています。

実益の面でも、原作を元にしたタイアップドラマやDVD化などの展開で、映像事業は「製作費がリクープでき、一定程度の利益が望める状態」を産める段階にきました。青木は「実質無料で打てるブランディング活動にも近い」とも表現します。

『ひとりごとエプロン』では、新シーズンを先行収録したDVDを発売。[リリース

佐藤
「次回作のパイロット版が作れるほどの利益が出せる体制が敷けたことも、制作ラインを3本まで増やせたのも進歩ですね」

そのように「エグゼクティブ・プロデューサーとして」佐藤は答えますが、方や『青葉家のテーブル』や『ひとりごとエプロン』のDVDを販売できることには、「店長」としての喜びを実感するとも話します。

佐藤
「コンテンツをDVDにして売るのは、普段からプロダクトを開発していて、物を売ることがやっぱり好きな身としても昂りましたね。バイヤーが作った『秋の夜長にぬくぬくと映画を見よう』といった商品特集ページで、ブランケットなどが並ぶ中にDVDも入っていたんです。ここに並ぶ全てが、私たちが仕入れたり作ったりしたものなんだ!って。

お客様が『北欧、暮らしの道具店』で買ったマグカップでお茶を飲みながら映画を観ている、しかもそれが『青葉家のテーブル』だとしたら……その体験を提供できるのは尊いことですね。2年前から音楽プレイリストも配信していますが、これからはお客様と一緒に過ごす音楽もオリジナルで作ってみたいな、とも思っています」

向き合うお客様の幅が広がった

映画の公開は、他にも二人に確かな気づきをもたらしました。お客様のライフスタイルに合わせた、コンテンツのベストな提供方法です。

青木
「現在の中心的なお客様である30代から50代くらいの女性にとって、時間を取って出かけてコンテンツを楽しむのは、やはり負担が大きいようでした。映画が持つ権威性や体験の濃さにこだわりたい思いもあれど、全てのお客様のことを本当に考えるならば、DVDを含めたオンデマンドでの提供がベストであり、価値は高くなるのではないかと思わされました」

佐藤
「私たちも繰り返し劇場へ足運んでいましたが、多くの方がお一人で来館されていました。情勢柄、連れ立っていくのが難しい面もあれど、それよりも自分の好みを他人とシェアすることを好むお客様ばかりではないのだろうと感じると、やはりオンデマンドでパーソナルな時間に楽しめる方法で提供するのは欠かせないと、あらためて気付きました」

12/21.22には、新作『スーツケース・ジャーニー』をYouTubeにて公開。[リリース

その認識を深めた今、青木は「ぜひともNetflixさんやAmazon Prime Videoさんからオリジナル作品制作の打診をもらいたいです。大きく貢献できると思う」と、冗談めかしてではなく強調しました。オンデマンド配信という方法の大切さや利便性を知り、価値を認め合う同志だからこそ、取り組めることがあるはずだと考えているようです。

映画を通じて見えたお客様の姿に加え、最近では「新たなお客様」が増えてきたことをアンケートなどを通じて実感しています。それはYouTubeでのドラマ配信やインターネットラジオ『チャポンと行こう!』といった、ここ数年取り組んできた成果でもありました。

青木
「30代が、50代以上の方と同じくらいの比率になりました。YouTubeをきっかけに20代も増えています。私たちと一緒に歳を重ねてきた方がいる以上に、顧客の幅が広くなっているんです。実施した認知度調査でも20代・30代の男性からの認知度が約40%~50%ありました」

佐藤
「この間、花屋へ行ったら、若い男性の店員さんから『いつもラジオを聞いている“チャポラー”です!』と声をかけられて(笑)。採用面接でも『チャポンと行こう!』や『ひとりごとエプロン』経由で知ってくださった20代が増えています。それらのコンテンツが生む利益面はまだ少ないかもしれないのですが、他の効果として表れていると思いますね」

これまでの採用候補者は、「北欧、暮らしの道具店」を知ってから、毎日のアクセスや読み物を通じた長い期間を経て、世界観に馴染む傾向にありました。それが今では、YouTubeの動画を入り口に、短期間で没入していくことで同じような経験を得てきている、と佐藤は言います。クラシコムへの精通度も上がり、解像度の高い状態で面接に臨む候補者が増えたのは、映像事業を手掛けはじめてからの変化の一つとなっています。

青木
「僕らはいつも目の前にいるお客様のために全力を尽くしたい、と思ってきました。最初はたまたま30代や40代の女性が中心でしたが、今は年齢層や性別もあまり関係なく20代から70代以上まで幅広くご利用いただけるようになりました。その中で『自分らしく生き、満足のいく暮らしを送るために何ができるか』を考えるのは、僕らにとっても年齢を重ねた先にある未来を作ることでもあり、すごく興味があるんです」

60代や70代のお客様を支援するような仕事は、自らが同じ年代になったときの希望としても映る。あるいは、20代や30代の男性とも世界観で共感し合えれば、彼らが歳を重ねたときにも自分たちをより肯定して生きられる──。

お客様の幅が広がり、世の中としても「年齢」より「価値観」を重視していく流れにあって、クラシコムとして提供できることにも前向きな変化が起きていくことを予感させます。

ライフカルチャープラットフォームへ

その前向きな変化を一つ象徴するのが、「北欧、暮らしの道具店」というサービスを「ライフカルチャープラットフォーム」として捉え直したことからも見て取れます。

青木
「僕らが提供するコンテンツ、ブランドイメージ、データからなる『カルチャーアセット』が上層にあり、これらとお客様はSNS、ウェブ、アプリといった『エンゲージメントチャネル』で結ばれています。このつながりのある状態が『ライフカルチャープラットフォーム』という土台になる。この上で行うビジネスならば、成長も運用も効率よくできるのです」

『ライフカルチャープラットフォーム』構想図

青木はそれを「温泉地の開発」と表現します。「温泉に入ること」をカルチャーアセットと見なすと、その体験が良いほどに電車やバスといった交通機関が用意されていく。この交通手段がエンゲージメントチャネルに当たります。多くの人が訪れ、温泉を楽しむ機会が増えれば、観光を前提としたホテル業やお土産販売も成立しやすいのです。その温泉地を自ら開発し、一社独占の状態で行えるのであれば、これほど良いビジネスの環境はないでしょう。

「北欧、暮らしの道具店」独自の世界観(ライフ・カルチャー)があふれるサービスを体験できるリゾートパークをイメージした図。

青木
「そこで大切なのは、お客様が浸りたい、ずっと居たいと思える世界観を作ること。僕らはより長く滞在したい方へ『2時間の映画』もお見せできるし、実生活に世界観を持って帰りたいなら物販でお付き合いできる。人が集まるなら広告を出すスペースも取れます。『チャポンと行こう!』は……さながら別館にある薬草湯みたいなものかな(笑)」

佐藤
「薬草湯のたとえ、最高!(笑)。とはいえ、この捉え方は私たちが私たちを理解し、説明するためのもの。カルチャーアセットはお客様とシェアしたいメッセージとも言えますし、それは届け方も含めてきっと今後も変化していきます。スタッフも私も水面下でもがいたり、新たなチャレンジをしたりしつつ、お客様には変わらず価値を提供し続けるだけです」

より学び、より進むために

2021年は映画版『青葉家のテーブル』公開、『ひとりごとエプロン』DVD発売、初めてのアニメ制作、Podcast『チャポンと行こう!』累計1000万回再生、公式アプリ150万ダウンロード……これらのトピックが目を惹く中、「過去5年間で最高の成長率、最高の営業利益率」と実績を残しました。

ポッドキャストはコロナ禍で再生回数が急増し、2021年内に1000万回再生を突破の見込み。[リリース

スマホアプリ提供で年間売上1.7倍増の45.3億円へ成長。EC売上の6割がアプリ経由に。[リリース

年間売上と従業員数の推移

さらに、独自性のある優れた戦略を実行している日本企業・事業を対象にした「ポーター賞」を受賞。選定には過去5年分の財務諸表の提出も踏まえることから、「ビジネスは一つの作品を仕上げることだ」という考えを持つ青木にとっても、創業15周年を祝う意味でもグッドニュースとなりました。

授賞式の様子

経営的な変化は、内部の体制変更や外部連携にも表れています。執行役員制での運営が進み、PR会社などのパートナーも増えました。商品開発やマーケティングといった領域でアドバイザーとしてより多くの方々からも教えを受けています。信頼のおける外部を適切に頼ることで、「より多くを学び、より早く進める」という成長実感につながりました。

一方で青木は、それらの現状に「今年は僕自身、バリューを全然出していない」と、どこか寂しそうな様子……。数々の問題は起きれども、解決の当事者に「決める」ことを促す役割に落ち着いていると言うのです。

青木
「問題への解像度は現場にいる社員が一番高いはず。そこで彼らがAかBかの2択で迷っているときに、『Cという選択も忘れてないよね?』と気づかせることはできても、その3択から僕が一番上手に決断できるとは思えない。もちろん誤った決断がされた結果責任は引き取ろうと思っていますが、そこで僕が決断までしてしまうのは後悔になりそうで……」

ただ、それはともすると、青木が「意思決定をする仕事」から「意思決定をさせる仕事」へと変化したことの表れかもしれません。

佐藤
「兄が意思決定をするとき、私の意思決定を材料にして考えることも増えてきたと感じていて。だから私も、自分の責任で考えをまとめて、兄へ伝える機会も多くありました。これも一つ、今年変わったことなのかも」

青木
「会社が成長すると経営者がすごい、みたいに見えやすいじゃないですか。でも、実態はそういうことばかりではないのだよ、とはハッキリと世の中に知らせたほうがいい(笑)」

これまで15年にわたって経営を続け、クラシコムを兄妹は「二人三脚で」作り上げてきました。ただ、数々の変化を迎えつつあるなかで、この表現はすでにそぐわないものになっているのでしょう。

二人三脚では、互いの呼吸を確かめながら一歩ずつ進むしかありません。しかし兄妹は今、それぞれの現場でバリューを発揮する社員たちや、多くの外部パートナーの協力を得て、ずっと速く走れるようにもなってきました。その道筋の先にあるのは、二人三脚だけではたどり着けなかった、もっと遠くの、もっと開けた場所なのだと願ってやみません。

 

■2021年おもなできごと(『青葉家のテーブル』関連は別途記載)
01/12 新オリジナルブランド『Normally』誕生
02/04 スマホアプリ ウィジェット機能搭載
03/03 ダンボールデザインリニューアル
03/30 スマホアプリ1年で100万DL突破
04/08 オリジナルティッシュボックス「TOPAWARS ASIA」受賞
05/14 初のアニメーションMV公開
10/05 『ひとりごとエプロン』新シリーズ先行収録DVD発売
10/26 2021年度「ポーター賞」を受賞
11/11 ポッドキャスト年内に1000万回突破。
12/02 スマホアプリ1年半で150万DL突破
12/14 日本テクノロジーFast 50 2年連続受賞
12/21 3作目のオリジナル作品『スーツケース・ジャーニー』公開

■『青葉家のテーブル』の歩み
2018/04/28 ドラマ版1話公開
2018/10/26 ドラマ版2話公開
2018/11/18 ドラマ版3話公開
2019/04/02 ドラマ版4話公開 

2019/04/02 初のタイアップ作品公開(「ソフランプレミアム消臭」ライオン)
2019/07/21 初の上映イベント開催
2019/07/26 長編映画化決定告知

2020/03/30 第2弾タイアップ作品公開(「小麦胚芽のクラッカー」森永製菓)
2020/05/15 映画版公開延期のお知らせ
2020/12/17 映画版公開告知(劇場交渉が難航し公開日未定・2020年”春”公開に)

2021/01/06 特報映像公開
2021/04/14 劇場公開日決定(封切り2ヶ月4日前)
2021/04/26 ムビチケ前売券発売(約5000枚が売り切れ)
2021/05/14 アニメーション映像公開
2021/06/09 第3弾タイアップ作品公開(「LIFULL STORIES」LIFULL)
2021/06/18 全国35劇場公開(2021年12月現在、52劇場まで拡大)
2021/08/31 サウンドトラック発売
2021/10/17 舞台挨拶開催(4ヶ月越し念願の!)
2021/11/04 DVD・アナログレコード発売
2021/12/20 Amazon Prime Video 見放題独占配信開始
2021/12/24 台湾でのデジタル配信・DVD開始

>>映画青葉家のテーブル公式HP

■クラシコムの歩み(社史)
第1回:2006年〜2010年「北欧、暮らしの道具店」が生まれるまで
第2回:2011年〜2015年 ネットショップからECメディア
第3回:2015年〜2019年  オリジナルコンテンツへの挑戦
第4回:2020年 映像制作とアプリがもたらす新たな実り
第5回:2021年 「ライフカルチャープラットフォーム」としての進化
第6回:2022年 株式上場という「新たな手段」が可能性を広げる
第7回:2023年成熟を信じ、成熟に支えられ、新たな「3つの期待」を胸に進む