2019.12.18

ネットショップからECメディア「北欧、暮らしの道具店」へ──代表×店長が振り返る、クラシコムの歩み(2)2011年〜2015年社史

書き手 長谷川 賢人
写真 木村文平(現在の写真)
ネットショップからECメディア「北欧、暮らしの道具店」へ──代表×店長が振り返る、クラシコムの歩み(2)2011年〜2015年社史
兄の青木耕平と、妹の佐藤友子が、二人三脚で作り続けているクラシコム。紆余曲折を経て開店した「北欧、暮らしの道具店」は、ふたりの転機になりました。

これまでに始めたこと、あるいは手掛けるのを留まったことも、数々あります。2007年に開店し、12年あまりが経った今、その数々の決断を振り返ってみました。

「北欧、暮らしの道具店」を愛してくださるお客さまはもちろん、社員として仕事をする仲間たち、そしてビジネスとしても関わってくださる皆様にとっても、この振り返りを通じて、「クラシコムとは何なのか」を考える一端になれればと願っています。

第1回は「北欧、暮らしの道具店」が開店し、この仕事がふたりにとっての本業となっていく過程と、店長となった佐藤が産休に入るまでをたどりました。続く今回は、現在につながる特異点となった“メディア化”への舵切りなど、変化の季節を見ていきます。

震災の後には「もっと楽しいお店になろう」と決めた

2010年の年末から産休に入った店長佐藤は、無事に2011年1月に出産。その間、バイイングなどの機能をシステム化し、店長を介さずとも業務が回るように仕組み化したことで、青木を始めとしたスタッフは粛々と業務に当たっていました。

ところが、2011年の3月に東日本大震災が起こり、佐藤も一時的に復帰。スタッフ全員をリモート作業に切り替えるも、青木と佐藤はオフィスに集います。仕入先などに電話をつなぎ、入荷の調整などに奔走していました。

震災による痛々しい空気は、ECサイトである彼らをも取り囲んでいました。たくさんの方々が苦しんでいる中で、自分たちはこれまでと同じようにお店を営んでいても良いのか、お客さまのために何かができないか、二人は何度も話し合いました。

青木
「僕らも『この難局を一緒に乗り切ろう』と、メッセージを打ち出すべきかとも考えたのですが、非常事態だからこそ、日常を支える人も必要なんじゃないか、と考えたんです。不安な日々の中で、コンビニが普通に営業していたり、震災があったすぐ後にも宅配便のドライバーさんが集荷に来てれたりと、みんながいつものように仕事をしていることに、すごく励まされたから」

佐藤
「そうですね。テレビを付けても、CMも自粛されていて、娯楽も少なかった。私も、ふつうに営業してくれていたカフェやお店に気持ちが救われました。この苦しい時期に、お客さまが私たちのお店を訪れるとしたら、きっとどこかで、心の逃げ場みたいのが欲しいんじゃないかなって。だから、私たちはお店を続けよう。お店としてもっと楽しくしよう!と考えました」

そこで、「もっともっと、楽しいお店にプロジェクト!」と題し、4月から6月くらいまでの約3ヶ月間で、ヴィンテージ商品の出品を倍にしたり、新しいコンテンツ企画を誕生させたりと、集中的に「お店の賑わい」を増すことにしました。そして、迷いながらも自分たちの言葉でブログを書き、お店を続けていく決意をしました。

当時の佐藤のブログの一節です。

「正直なところ、被災地の状況、被災された方のはかりしれない心痛を思うと、これから先、どんなことをブログに書いたらいいのか・・・と迷う気持ちが今でもあります。正しいのか、間違っているのかは分からないけれど、でも、迷いながらも、また今日から日常を綴っていきたいと思います。

当店をご覧くださるお客様が、いつもと変わらない私たちの姿にほっとしてくださったり、少し心が和んだり、ほどけたり、、、そんな場所であれるよう、これからもブログを書いていきたいと思います。」

CVR3倍の「愛用品コメント」は産休中のアイデアから

そんな佐藤は、震災を前後して育休中でも出来る仕掛けとして、コンテンツへの意識を高めていました。練り上げてきた企画の中には、現在にもつながるメディア化への足がけとなる成果をもたらしたものもあります。

佐藤
「仕入れを行わなくても、お店が動いてる感じを少しでも演出できないかな……と、考えるようになって。家でも使っている商品を、子どもが寝ている間に写真に撮って、愛用コメントと一緒に、商品ページへ1日5個ずつ入れていったんです。コメント入りの商品だけを一覧できたほうがいいだろうなと思って、ピックアップしたグループページを作ったり。」

この工夫によって、コンバージョンレートが大きくアップする商品も生まれました。平均で3倍近くにも上がったのです。現在でも続く、人気の連載企画「スタッフの愛用品」の原型になりました。

佐藤
「コンテンツなら“気持ちが上がる瞬間を2回作れる”と思ったんです。まずは、新商品としての魅力を伝えること。それから、愛用コメントなどで違う見せ方をすることです。」

青木
「でも、僕は最初に『そんなの無駄だから止めてくれ』って言ったんです。商品ごとにコンテンツを足したって何も変わらないだろうと。けれど、コンバージョンが3倍に上がるのがわかって、これはやろう!と手のひらを返した(笑)。」

青木
「その結果を見て、改めて考えてみたんです。当時の課題として、北欧に関する商品だけを扱っていたからこそ、投入商品がいずれ尽きる意識がずっとありました。成長が投入商品の量に紐付かないような方法はないか、と。

カタログハウスさんの『通販生活』でも、紹介商品のラインナップが大きく変らずとも、紹介者を変えることで、フレッシュなコンテンツになっている事例がありました。

その事例と愛用コメントの成果を合わせて考えたときに、商品の数にお客さんのアテンションが依存しなくなる方法としてあり得るんじゃないか、と結びついたんですよね。

それで、今後もシステマティックに記事を出し続けるために、社員が欲しいと思った商品を会社が福利厚生として提供してコメントやコラムを書いてもらうように仕組み化しました」

佐藤
「ここから他にも企画でやりたいことが、たくさん浮かんでいて。産休明けの7月1日がうれしかったのを覚えてますね。ぴょんぴょん飛び跳ねるみたいに出社したなぁ(笑)」

その後も、新商品の方向性を探るために、まずは記事コンテンツを掲出してお客さまの反応を見た上で、展開を占っていくパターンが生まれます。商品の取り扱いの判断軸とすることも多く、「北欧、暮らしの道具店」のテストケースの一つとなっていきました。

自社サイトにお客さまを呼び込む方針へ

このコンテンツによる成功例は、その後の事業戦略においても方針転換をもたらしました。「北欧、暮らしの道具店」へお客さんを呼び込むことで売り上げが立つのであれば、在庫管理や手数料の課題がある大手ECモールからの撤退も選択に入ります。また、商品ページに「再入荷通知メール機能」を実装したことで、飛躍的に売上がのびたことも、追い風になりました。

2011年11月には、ECモールから撤退。その費用を、主に「北欧、暮らしの道具店」本サイトに誘導するリスティング広告へ投下する方針へと切り替えます。

さらにラインナップを増やすべく、北欧だけでない日本を含めた様々な地域の商品の取り扱い始めることに。これは「+Kurashicom」という名前でスタートしました(その後、このコンセプトはお客さまにも浸透せず、早々に取りやめることに。この変わり身の速さも、よくあることです)。

狙いは当たり、リスティング広告からの集客で、右肩上がりで売り上げは伸び始めます。前年比175%となり、2012年の年商は2億1千万円を記録しました。

モール店閉店から4ヶ月後、2012年3月には3つ目のオフィスへ引っ越し。


一つ前のオフィスはリノベーションして撮影などに使われました。コンテンツ作りもよりスムーズに進められるように。

ところが、広告費用の圧迫が大きく、営業利益はささやかにしか残りませんでした。このままでは売上が伸びても苦しいだけ。広告出稿をせずとも、顧客との接点を増やすことが必要でした。

そんな中、モール店閉店後の2012年はじめに本格運用を開始したFacebookページからの流入が増加の一途をたどります。さらに、誰もが予想していなかった施策が輝きを見せるのでした。商品に同梱するリトルプレス『暮らしノオト』のスタートです。元は、お店の5周年記念としての冊子でした。

暮らしノオト1〜5号

佐藤
「それもお兄ちゃん、最初は反対してたよね。」

青木
「そんなめんどくさいものは、やめなさい、と。」

佐藤
「社内に冊子の編集経験者もいなくて、外部のデザイナーさんにどういうものを作りたいかを説明するのも一苦労で……たしか500冊も刷ってないはず。」

青木
「これが購入したお客さまへお配りしてみたら、前月のコンバージョンレートより1.5倍になったんですよ……。あぁ、もうずっとやり続けよう、と。今もうまくいっている施策って、最初は僕が止めている(笑)。未来を見通す力の無さは定評があるけど、反省も早いのが取り柄かな。すぐにでも、リトルプレスを最大4種類はつけたいと考えてましたね。」

佐藤
「商品なのか、リトルプレスなのか、何を買ったかわからなくなるくらいにしたいって、言ってましたね。雑誌のおまけがすごく欲しくなっちゃう感じで」


初めてのリトルプレス制作風景。乗り気ではなかった青木も届いた冊子をみてとっても嬉しそう。

いち早く、スマホファーストへのサイトリニューアル

2012年には、初のデザイナーとして、佐藤の夫である佐藤崇が入社。他にも幾人の入社が続き、クラシコム初のエンジニアも加入。少しずつシステムの内製化が始まりました。

この時、オフィス面積の都合もありましたが、青木、佐藤崇、エンジニアの男性チーム3人は、小ぶりなサテライトオフィスへ移動。さながら部室の雰囲気のなか、推し進めたのがスマホファーストへのサイトリニューアルです。


サテライトオフィス

青木
「2013年頃からすれば、スマホファーストにしているサイトはまだ多くはありません。でも、Facebookの伸びに従って、閲覧数でいえばPCが減って、スマホが急増していました。ただ、スマホ経由のコンバージョンレートはPCの半分以下。トラフィックの大半がコンバージョンしないことの恐怖心がありました。

今後、スマホ×SNSが伸びることは間違いない。だからこそ、スマホでサイトを見たときに最も良くなるメディアやECのトップページとは何だろうと。それはタイムラインであるべきだと思ったんです。そこで、新聞の編成を参考にして、バナー画像を入れ替えるような仕組みも入れ込みました」

満を持してのリニューアル。しかし案の定、お客様は新しいサイトに慣れず、CVR(購入率)が大きく低下してしまいます。

コンテンツの力を信じて、メディア化へ舵切り

PVは上がりCVRは下がり続ける日々。それでも、その不安を打ち消すかのように、スマートフォンからのアクセスは著しく伸び、遂には売上も上がっていきます。

そして、これまでバイヤーグループが兼ねていたコンテンツ制作を専門に行う「エディトリアルグループ」を発足。リスティング広告などの投入していた広告費を減らし、より一層の「メディア化」へかじを切ったのです。

この頃わずかに社員8名でしたが2012年5月には「社員食堂」もスタート。料理家のフルタヨウコさんを招き、週に1回からスタート。この様子もコンテンツ化されました。

2012年5月から始まった社員食堂

翌年2014年3月には、実店舗をクローズします。実店舗がないと商品を卸してもらえなかった業者との関係性が安定したこともあり、自分たちの強みを最大限に活かせるインターネットでの展開に絞って注力しようという判断でした。


「国立店」と呼んでいた実店舗。惜しまれつつの閉店となりました。

さらに2014年5月には後の「北欧、暮らしの道具店」にとって、お客さまとの大きな接点となるInstagramのアカウントを開設。スタッフからの勧めで議題に挙がりましたが、これにも青木は「意味がない」と反対したといいます。

佐藤
「でも、みんなが社内コミュニケーションのひとつになるくらい、もう使ってたんです。さらに、お客さまが『#北欧暮らしの道具店』のハッシュタグと一緒に、写真も400点ほどアップされていて。お兄ちゃんは反対するけれど、まずは試しに初めてみたら……。」

青木
「気がついたら、売り上げ全体でInstagram経由が8%ほどを占めるようになって。よし、みんな集合!Instagram、本気で取り組みましょう!と(笑)。」

ECメディアとして毎年150%超の成長へ

スマホの浸透と共に、先駆けて打ってきた施策が次々と実を結び始めます。SNSからの流入もスマホでの購入率も右肩上がり。一時期は心配された売り上げも、2013年に3億2千万、2014年には5億1千万、2015年には8億6千万と拡大。リスティング広告などの販管費も減り、営業利益は順調に増加していきました。

伴うように、2014年からは採用活動も活発化。「北欧、暮らしの道具店」の特徴でもある採用ページの文量もどんどん増えていきました。ただ、それには理由がありました。2016年に人事担当が入社するまで、採用プロセスの全てを青木が一手に担っていたこともあり、見切れるようにするために、採用候補者を予め絞る必要があったからです。

2015年入社の人員を配置すると、エディトリアルグループは総勢10名と、どの部署よりも多い人員を備えていました。いよいよECサイトではなく、ウェブメディアとして成長させていくための布陣が整ってきました。

また、コンテンツへの投資を表すだけでなく、全部署で増えていく社員は、青木の狙いでもありました。

青木
「特に最近は余剰人員がいることがプラスだと感じます。人がたくさんいれば、問題が起きてもアロケーションして対応できる。新しいことができ、変化に対応するためにも、人がいないと成すすべなく負けてしまう。これだけ何回もトランスフォーメーションし続けてこられていることの要因は、クラシコムが良い人員を拡充してこられたからでしょうね。」


2014年からは4つ目のオフィスで全社員が集まりましたが、人員増加により1年半ほどで引っ越しをすることに…。

メディアとしてのマネタイズへ…

2015年には5つ目のオフィスへと移転し、現在の場所へと行き着きます。

そしてこの年、新たな収益の柱となる広告事業の『BRAND NOTE』がスタートしました。

青木
「メディア化への舵切りを決めたときに、最終的に広告は出す側じゃなくて、出稿いただく側になるというコンセプトがありました。でも、どんな広告商品を、誰に、どう買ってもらうかのイメージは付いていなくて。そこで発見したのが、商品ページと広告ページにおいて、構造や考え方は同じだと気づいたことです。

他社の商品を、背景含めて根掘り葉掘り説明して買っていただく。その行き着く先が、カートボタンなのか、ランディングページなのかという違いなのだろうと。」

佐藤
「最初の頃は、試行錯誤でしたけどね。掲載料金の代わりに、データやリアクションをお返しする契約で実施したこともありました。振り返って思うのは、『とりあえず小さく始めてみる』という姿勢は、ずっと続いてきた『北欧、暮らしの道具店』らしさの一つなのかもしれませんね。」

 

こうしてメディアとしての成長を遂げた「北欧、暮らしの道具店」。そして続く3回では動画やラジオなどを制作配信するコンテンツプロバイダとして、そしてオリジナル商品開発などさらなる挑戦を振り返ります。ぜひ、ご覧ください。

 

■関連する当時の記事

・ついに北欧以外の商品を販売することに。有元葉子さんのブランド・ラバーゼのキッチン道具が初めての商品となりました。
当店に新しい商品カテゴリーが誕生します。」2012年9月6日

・初めての小冊子作成から完成まで。手探りながらとても楽しい日々を振り返っています。
リトルプレスプロジェクトがはじまりました」2013年3月1日

・今もなお、通ってくださっていたお客様から惜しむ声も多い国立店。お客様と触れ合える貴重な場所でした。
実店舗・国立店の閉店についてのお知らせです。」2014年2月12日

・4つ目のオフィスの引っ越しの様子です。
オフィス引っ越し日記 【番外編】」2013年12月26日

・5つ目のオフィスに引っ越し。どんどん広くなるオフィスです。
「【店長コラム】オフィスを移転しました。」2015年6月15日

・メディア化で目指していた目標・タイアッププログラム挑戦への宣言です。
BRANDNOTEを始めます」2015年7月7日

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■クラシコムの歩み(社史)
第1回:2006年〜2010年「北欧、暮らしの道具店」が生まれるまで
第2回:2011年〜2015年 ネットショップからECメディア
第3回:2015年〜2019年  オリジナルコンテンツへの挑戦
第4回:2020年 映像制作とアプリがもたらす新たな実り
第5回:2021年 「ライフカルチャープラットフォーム」としての進化
第6回:2022年 株式上場という「新たな手段」が可能性を広げる
第7回:2023年成熟を信じ、成熟に支えられ、新たな「3つの期待」を胸に進む