前編では「ビジョンを守るための指標設定」や「ユーザーファーストのワナ」といったメディアビジネスに対する意見が交わされました。後編は、それらを成り立たせるために必要な「組織論」について。切っても切れない人材発掘や育成を、どのように考えているのでしょう。
その新規ビジネス、まず社長が汗をかいていますか?
NewsPicks・佐々木紀彦(以下、佐々木)
NewsPicksには3つの顔があります。まずは、海外を含めた100を超えるメディアから記事を集めてくるプラットフォームとしての顔。次に、プロピッカーやコメンテーターによるソーシャルメディアとしての顔。それから、オリジナルコンテンツをつくることでのコンテンツメーカーとしての顔です。
この3つはそれぞれチームとしても分かれていて、どれもが強くなりすぎないような塩梅で成り立っています。私は編集長時代から今でもコンテンツは統括していますが、プラットフォームとソーシャルメディアについては、意見こそしても権限はないんです。そうしないと全体のバランスが崩れかねませんから。
自分が作ったコンテンツは可愛いに決まっているので、「目立つところに置いてよ」みたいに言いかねない(笑)。そうならないように、三権分立にしているわけです。
クラシコム・青木耕平(以下、青木)
なるほど!だから結果論として、エコシステムが成り立つんですね。
佐々木
そうなんです。まずはプラットフォームとソーシャルメディアという2つの軸でNewsPicksは始まり、私が加わったことでコンテンツメーカーの軸が増えました。それによって類のない「メディア」になれた。3つの軸のバランスを絶妙に取っているのが創業者の梅田優祐なんですよね。
青木
三権分立の「コンテンツメーカー」が最初に空いていたのは、そこの責任者はプロフェッショナルでなければ難しいだろうと、梅田さんが考えていたからなんでしょうか。
佐々木
おっしゃるとおりです。ただ、梅田は自分でもやってみたんですよね。実際にインタビューしたり、記事も書いてみたりして。ただ、さすがにやりきれないと思って編集長を探し始めたそうです(笑)。
青木
最高ですね。「トップがまず試してみる」というのは賛成なんです。クラシコムでジャムの販売を始めるとき、僕も果物の皮を剥くところから瓶詰めまで全部やりましたし、最近製作したショートムービーの現場にも全て立ち会いました。「やったからこそわかるインプット」ってすごくありますから。
佐々木
自分ではうまくできなくても、体感値があれば意思決定の瞬間に生きますよね。
青木
全然違います。それに、今は大将こそが先頭に立たなきゃいけない時代だとも思います。僕はAmazonプライム・ビデオで観た『ゲーム・オブ・スローンズ』が好きなんですが、あれはフィクションということはあれど、必ず大将が陣営のトップラインを走っていきますよね。
近代になって組織戦重視の時代がくると、大将が最後方にいる戦い方へ変わっていきました。でも、人間の本能からすれば、大将が突撃するほうが部下も付いていきやすいはずなんです。大将だって、本当はそうしたい。でも、合理性で考えたらできなかった。つまり、人間性を否定する時代が近代からずっと続いてきたわけです。
しかし、これほどシステムが極まって、大半のことはAIなり仕組みなりで代替してくれるようになると、人間がプリミティブな行動に戻れる時代がやってきたんだと思います。前近代的に人間が生きられるようになり、しかも結果が出るとなると、もはや合理的に行動する必要がなくなっているともいえます。
特に現在のIT業界であれば、クラウドやサーバーなどのサービスでインフラは平等になってきた。その上で人間が合理的な行動を取っても、大差はつきません。それなら思いきり好みに振ったほうが、まだ勝てる可能性があるんじゃないかと。
佐々木
おっしゃるとおりですね。「何かを成したい」という美意識を、みんながわかっていない。あるいは、あったとしても見えてこないというのが、現代の悲惨な光景をつくっていると感じています。
最近よく聞くのは、企画をビジネスに落とし込むプロはたくさんいるけれども、新しい企画を考えつく人がいないという話です。もう随分前から「問題発見型の人間が重要だ」と言われているのに、状況はほとんど好転していません。結局、美意識がないと、新しい企画も生まれてこないのですよね。
突出した「個」は、チームでインパクトを発揮して輝く
青木
この問題の根本は、現代の教育と企業が施してきたバイアスが「サイエンス」と「エンジニアリング」に寄り過ぎたからだと思うんです。採用ひとつとっても、既存の方法でフィルタリングすると、サイエンスとエンジニアリングに長けた人を可視化することはできるのですが、たとえば「センス」の良さとしか言いようのない能力を持っている人を見つけるのは至難の技です。
NewsPicksの人材は、どういった方が多いんでしょうか?
佐々木
NewsPicksの記者はどこへ行っても食っていけるような人材がほとんどです。メディア業界に久しぶりに現れた、個のプロフェッショナル集団であり、それを誇りにしています。だから徹底的に、わがままという意味ではなく、「個」が重視されたメディアやコミュニティーの空間を作りたいんです。
青木
なるほど。「個の時代」と言われて久しいですが、これは過渡期だと僕は思っています。歴史的に考えても「個」としてできることは限られている。ただ、既存の集団が機能しないせいで個にならざるを得ないときこそ、優秀な「個」を回収するチームが必要です。
まさにサッカーがそうでしょう。タレントとしてすごい技能を持っていても、1人ではそもそも試合に参加できないわけですよね。チームに属する一員としてインパクトを発揮したときに、むしろ「個」が突出して輝く。
「個のチーム化」については、クラシコムでもまだ方法論は見いだせていませんが、マネジメントとしては新しい課題なのでしょうね。
佐々木
サッカーも戦術が進化しており、監督の重要性も上がっています。監督の実力は「ルールづくり」と「個に任せるパート」の比率をうまく設計できるかにかかっています。
監督が細かく決めるけれども、いざ試合が始まったら、選手が自由にプレーする。ポジションに関しても、守備の役割だったディフェンダーが前線に上がってゴールに絡むなど流動的になってもいます。
まるで現代らしい企業と似ているように思います。優秀な個を集め、その力を組織として最大化できた企業が繁栄する。組織について、私はサッカーから学んでいるところが多いですね。
今こそ「美意識」の価値について語ろう
青木
NewsPicksはその点、非常にうまくやられているように外からは見えるのですが、逆に組織面で失敗した経験もあるんでしょうか?
佐々木
記者の採用は想像以上に苦労していますね。伝統的なメディアとNewsPicksでは、カルチャーも仕事の仕方も異なるため、なかなかフィットしづらいのです。良くも悪くも、日本の伝統的なメディアでは、「個」で働くという風土が乏しく、組織人のひとりとして成果を出すことが求められます。新聞であれば、読者からの評価が見えないため、上司の裁量や横並びのスクープ競争で評価されることが一般的でしょう。
一方で、NewsPicksは自分で企画を考え上げ、「個」として制作する記事が多く、有料課金の成果も目に見えてしまいます。「個」の力が丸裸になります。どちらが良い悪いという話ではなく、同じメディアでも競技の性質が異なるのです。
青木
「記事制作」というスキルであれば十分には当然思えますから、それは実際に体験しないとわからなかったことでしょうね。カルチャーでいうと、クラシコムでも編集未経験者を積極的に採用していたのは、近しい理由からだったんです。
NewsPicksと濃度は違えど、クラシコムも主観が求められるメディアです。多くの編集者は雑誌なりメディアなりの特性からいって客観性が重視されますから、「個」を出した企画や記事を作るのが不得手のことがある。それならば、はじめから編集経験のない人たちに、クラシコムらしい編集の仕方……ぼくらは「わたしの編集」という言葉を使いますが、それを会得してもらったほうが、結果的にカルチャーに馴染んで、ワークしやすいのだろうと。
つまりは「美意識は変えにくい」ということなんでしょうね。
佐々木
なるほど、難しいものですか。
青木
もちろん全てではないですし、クラシコムでも最近は編集経験者でフィットする人材もいます。ただ、難易度でいえばラーンよりアンラーンのほうが高いはず。
もし、アンラーンが必要となると、編集経験者にとっては、それまで「恥ずべきこと」とされてきたようなことを、やらされている感覚になっちゃうんですね。クリエイティブ職に就いている人の多くは同業者が最も気になる存在であり、その評価を気にしている。だからこそ、恥ずかしい状況を受け入れられる人は非常に限られてくるのではと思うんです。
でも、NewsPicksは「個」として企画を立て、仮に報道メディアとして軽く捉えられるような主観的な記事を作ったとしても、きっと「問題なし」と見ているんじゃないでしょうか。なぜなら、同業者でも全ての読者でもなく、「しっかり課金して読んでくれているユーザー」のアクションを注視しているからです。
佐々木
たしかにその気概はあります。
先日、山口周さんと落合陽一さんに来ていただき、「美意識」について議論したのですが、「美意識を持てるか」という問いは「個を持てるか」という問いにつながるなと感じました。個のない人には、自分なりの美意識が生まれようがありません。
とくに「個」と「組織」のバランスが崩れているように見えるのが、政官、大学、メディアといった業界です。これらの仕事は極めて公共性が高く、組織のためよりも、社会のために働く「個」であるべきです。それなのに、「個」をなくして「組織」に染まりすぎたり、エゴイスティックすぎる「個」が暴走したりしています。メディアだけでなく、あらゆる業界やビジネスパーソンにおいても、この問題は根を下ろしそうですね。
人材の確保は、サッカーのフランスリーグを手本にせよ?
青木
僕からすると、NewsPicksさんのチームは、サッカーでいえばスター揃いのFCバルセロナのイメージですね。
佐々木
嬉しいですけれど、ちょっと褒めすぎです(笑)。
青木
一方で、まだ世に出てない人材をNewsPicksとしてどのように探っていくのかが、僕の次なるワクワク感としてあるんです。今後は、そういった人材を採用しなければいけないフェーズが来るじゃないですか。
これはクラシコムも例に漏れず、イノベーションを起こさないといけない分野だと思います。つまり、センスが必要な業態において「見えているもの」を採るのは易しい。けれど、あらかた採ってしまった後に、どういった打ち手がありえるのかを考えなくては。
佐々木
そうですね。もしくは若いときから育てるか。その点では福沢諭吉は賢かったといえます。自ら『時事新報』というメディアを立ち上げ、さらに慶應義塾を作ったのは、「時代に合った大人はもう社会にいない。であれば、自分で育てるしかない」といち早く気付いたからだと思います。一見遠回りなようですが、慶應義塾をつくり、人を育てたほうが、実際にも早かったのでしょう。
青木
たとえば、ピッカーやNewsPicksアカデミアからすくい上げるのは、採用目線で見ても良い打ち手ですよね。
佐々木
そうですね。合宿やゼミの開講で濃度を上げて、良い方が入社したり、副業で関わってくれたりしたら理想的ですね。梅田がメディア業界の外からメディアに革新を起こしたように、業界外から人材を採用したほうがいいのかもしれません。書くスキルもよっぽど高度でないとコモディティーですからね。世の中には文章のうまい人がたくさん眠っています。
青木
そういったことをしない限り、世に出ていない才能を見つける方法論はないでしょうね。NewsPicksがスペインリーグのFCバルセロナだとしたら、クラシコムはフランスリーグのチームっぽいかもです。
佐々木
若い世代からしっかり育成して、著名な選手を輩出してきた国ですね。
青木
そうです!要するに、僕らは経験者をほとんど採用せず、世に出ていないセンスを自社で全て育成しているんです。もちろんいずれは卒業して、スター揃いのFCバルセロナやレアル・マドリードに行く人もいるかもしれないと思いながら。個性や主観を重視しつつ、それをどこまで発揮させるべきかについては、選手それぞれで調整しながら育成していくイメージです。
佐々木
面白いですね。それこそ美意識の醸成から手がけている部分がクラシコムにはあると。
青木
あるいは、僕らは宝塚歌劇団に近いわけです。女学校時代から育成して、宝塚歌劇団の枠組みの中で、スターシステムとして「個」が立ってくるわけじゃないですか。でも、誰が立っても「タカラヅカっぽさ」は基本的に変わらない。
話を戻すと、僕らは兄妹の自己資本によるビジネスで始まっていますから、常に少ないリソースでどうやるかを考えてきました。NewsPicksの場合はベンチャービジネスですから、収支を合わせるより以前に採用へ動けた。クラシコムは収支を合わせながら成長する関係上、ヘッドハントでチームをそろえていく選択肢がなかったんだと思うんですよ。
ですから、まさに組織論としてはサッカーチームが良い例ですね。フランスリーグのように限られた予算から育成込みで考えていくのか、資金力でタレント人材をスカウトするのか。
佐々木
面白いです。わかりやすい説明ですね。
青木
「メディアビジネスはサッカーに学べ」って企画ができそうですね(笑)。
佐々木
それなら私、いくらでもしゃべりますよ。サッカー大好きなので!
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