2018.07.17

物販や課金で「成果を出す」メディアの共通点──NewsPicks 佐々木紀彦×クラシコム 青木耕平対談 前編

書き手 長谷川 賢人
写真 岩田 貴樹
物販や課金で「成果を出す」メディアの共通点──NewsPicks 佐々木紀彦×クラシコム 青木耕平対談 前編
「北欧、暮らしの道具店」と「NewsPicks」は、広告モデルが主軸になることの多いインターネットメディアのなかでも、別なる稼ぎ方に強みを持っています。「物販」と「課金」です。片や雑貨のECサイト、片や経済メディアではありながら、どのような視点をもってメディアビジネスを捉えているのか。いまだメインストリームとはいえない収益源を持つ両者の類似性が何かしら浮かび上がるとき、そこにはインターネットメディアの新たな有り様が見えてくるかもしれません。

その期待を胸に、クラシコム代表の青木と、NewsPicksのCCO(最高コンテンツ責任者)を務める佐々木紀彦さんの対談が実現しました。

常識破りのサービスをつくるのは「素人発想」で「偏執狂」

クラシコム・青木耕平(以下、青木)
クラシコムは北欧のヴィンテージ食器の専門店として始まり、新品雑貨やオリジナル商品の販売、メディア化、広告ビジネス、最近ではドラマ製作も手がけました。NewsPicksさんもプラットフォームとして始まり、メディア機能を拡張してニュース番組や雑誌の刊行にも手を広げられていますね。

言うなれば、集まる人たちにとって必要なものを提供し、その人たちの環境を良くする「エコシステム」をつくるような仕事です。そういう共通点はあるのかな、と感じていたのですが。

NewsPicks・佐々木紀彦(以下、佐々木)
ただ、NewsPicksの初期設計に私は関わっていないんですよ。創業者の梅田優祐たちが2013年の9月にローンチして、その10カ月後に入社しました。

その立場もあって外から見てみると、これを作れたのは梅田がメディア業界の人間ではなかったことが非常に大きいと思っていまして。サービスを磨き上げてきたのも梅田自身で、彼が最も時間を費やしていましたね。土日と関わらずNewsPicksをあれだけ見ている人はいない。そして、気になることがあればSlackで指示を出す。良い意味で「偏執狂」なところがないと、良いサービスは作れないと思い知りました。

青木
「プロの立場」というよりは「受け手の立場」で、お客さま視点と読者視点をもってメディアを考え直したから、これだけ面白いものが生まれたのですね。

クラシコムも同じで、小売業をやったこともない素人の兄妹が「本当に欲しかったもの」を考えて始まったサービスです。しばしば「小売業のプロなら怖くて出来ない施策だ」なんてご意見をいただくこともあります(笑)。

今でこそ小売業のプロも関わってくれていますが、入り口としては素人発想なんです。

佐々木
そうなんですよ。いい意味での素人発想で始まったところが偉大です。シンプルな仕組みのようでいて、メディア側からは考えついても実行できないはずです。なぜなら、私のようなメディア出身者からすると、自分たちが独占していた記事を選ぶ、書くという権利を読者の方へ解放して、その上に自分の書いた記事に対して意見までされるわけです。業界人の99パーセントは嫌がるでしょう(笑)。

青木
メディア側の発想から出ないものにワクワクしたのかもしれませんが、「東洋経済オンライン」でも実績を出された佐々木さんは、なぜNewsPicksに入ろうと決められたんですか?

佐々木
戦略的な方向性やビジョンが一致したからですね。当時は「プラティッシャー」という言葉が流行っていたのですが、プラットフォームとパブリッシャーが一緒にならないとメディアはこれからやっていけない、と。製造小売業でいうSPAの業態、たとえば「ユニクロのようなメディア」こそが最高の正解であると、梅田も私も同じことを考えていました。

ただ、最初は模索が続きました……。

PVやUUでは得られない「エクスタシーのあるKPI」が推進力

佐々木
なにより難しいのが、物書きの多くはお金儲けよりも「みんなに読まれたい」と願うことです。NewsPicksの規模が大きくない段階でクローズドな環境にしてしまうと、「読者の少ない有料メディアに書く理由」を筆者も私も考えてしまう。

「有料の縛りを捨てたい」と思ったことは何回もありました。でもそのたびに、梅田が「駄目だ」と止めてくれた。コンテンツの創り手の性みたいなものを、彼が抑制してくれたといいますか。有料会員1万人を達成するまでが一番大変でしたね。

青木
「みんなに知らせたい」という思いはコンテンツを作る人の生きがいで、社会や読者にインパクトを与えたいのはメディア業の根本原理ですからね……佐々木さんの中で手応えを得たのはどんなタイミングだったんでしょうか?

佐々木
無料会員登録のプロセスを必須にした時でしょうか。「東洋経済オンライン」時代の成功体験としては、ログインせず気軽に読めることでPVを伸ばしてきましたから怖い判断ですよ。でも、そこで無料会員が増えてきたのと、「記事を経由して何人が登録したか」という新しい成果が毎日出るようになったんです。

青木
なるほど。PVとは違うKPIができたんだ。それこそ本当の満足度でしょうね。

佐々木
そうです!PVは満足度ではないですから。その数字によってクローズドの価値を感じて前へ進んでいけました。その1年後ぐらいに有料メディアへの舵切りをしていくと、今度は「記事を経由して何人が課金したか」という数字が出ることがエクスタシーになった。

青木
すごくワクワクする話です! 課金につながる記事というのは、従来のPVやUUという数字で評価される記事と性質は異なりますか?

佐々木
全く違うとまではいえませんが、差はあります。たとえば、PV指標だとあまり読まれない「分析記事」や「長文記事」が成果を出しますね。顕著な成功例は「特集化」で、1週間連続して同じテーマの記事を配信するんです。パッケージにすることが有料課金に一番つながるのは、いまだに続いてるセオリーです。

青木
なぜ、パッケージにすると課金されやすいんでしょう?

佐々木
一つには、メッセージが濃くなって世界感が伝わりやすいこと。もう一つは、相場の比較軸が変わることです。記事1本に1500円を払うのは迷う方が多いと思うんですが、1週間の連続した記事を合計すると、新書1冊ぐらいの文量になります。そこで相場の比較軸が「記事」から「本」になる。本と比べると、1500円は決して高くありません。毎週新しい特集を始めますので、月に最低でも新書4冊分になります。

青木
なるほど、ある意味では「常時読める新書」であり、事業体としてはブッククラブ(※会員向けに配本する定期購読サービス)にイメージが近いかもしれない。

佐々木
似ていると思います。特集化でいえば、週刊経済誌にも似ています。毎号、冒頭に40ページぐらいの大特集を組みますよね。あれをウェブに移し替えたのがNewsPicksの特徴です。編集者でも記者でも社内で活躍しているのは、やはり経済雑誌の出身者が多いです。

もっとも、記事の内容が成果につながっていることは言わずもがなです。私は20代から『週刊東洋経済』に携わりましたが、主に40代以上の世代を中心とするメディアでした。けれども、どこかで「自分と近い読者に届けたい」という思いもあった。

それは読者も潜在的に同じはずです。20代や30代からすれば、それらとは異なる切り口を持つ、若々しい視点で作られる等身大の経済ニュースが欲しかったんだと思うんです。

「ユーザーファースト」ではうまくいかない?

青木
とはいえ、近しいコンセプトの試みはありました。ニュースへのコメントは従来のサービスでもなされていて、等身大のニュースなら市民記者を採用したメディアもいた。なぜ、NewsPicksはうまくいったと考えますか?

佐々木
一言でまとめると「リアリスティックだったから」でしょう。一般の方から専門的なキャリアを持つ人まで、同じプラットフォームでコメントを残せるけれど、プロをプロとして線引きをすることは必要だと感じました。NewsPicksならプロピッカーが典型ですね。

それと、すこし言いにくいことではあるんですが……「ユーザーファースト」の捉え方にもセンスが必要ですよね。

青木
わかります。なぜ、「ユーザーファースト」の考え方が必要なのかといえば、そもそも愛してくれているユーザーのためなんですよね。でも、単に「ユーザーファースト」というと、全員がユーザーになってしまいますから。

たとえば、すてきだけれど値段も張るからめったに行けない、僕にとってのお気に入りのレストランがある。そこで店主が通いやすいように値段を半分にしてくれたけれど、来客が増えて全く予約が取れないとしたら、僕にとって本当にいいことだったんだろうか……みたいな話で。

佐々木
そうですね。「ユーザーファースト」をどのように考えているか、というところに、メディアなりサービスなりの価値観も表れてくるように思います。ユーザーの中でどのようなユーザーをファーストに考えるか。そこが極めて重要です。

青木
つまり、ユーザーファーストをはき違えてはいけない、ということなんでしょうね。

北欧、暮らしの道具店では、ソーシャルメディアに積極的にコメントをくださる方も、あるいは日々の更新を楽しみに待ってくれている方も、両方がいらっしゃる。特定のお客様とコミュニケーションを取り続けると、それこそ「常連さんとの馴れ合い感」みたいなものが生まれてしまうかもしれない。

僕らにとってはどちらも大切だからこそ、たとえば投稿へのコメントはありがたく読み、参考や励みにしていますが、その場でインタラクティブなやり取りをすることには消極的です。コミュニケーションの仕方だけとっても、関わってくるということでしょう。

サイレントマジョリティーこそがメディアの宝

佐々木
NewsPicksであれば、同様の支持は課金者数や継続率でわかります。サイレントマジョリティーの可視化という意味でも、それらの数値が指標になるんだなと改めて感じました。サイレントマジョリティーこそもっとも大切な読者ですから。

青木
僕らにとっては物販がそれに当たるといえそうです。

いずれも、お客様からの深いコミットメントが伴う指標ですよね。その指標がひとつあるおかげで、僕らもブレずに運営できていると思っています。もし、物販というペイウォールコンテンツがなければ、おそらくもっと方針がブレていたはずです。

それらがない場合の指標にはPVを一旦は置くことにならざるを得ないのですが、「PVは下がっているけれど売り上げは上がっている」なんて、よくあることなので。きっと、NewsPicksも同様ではないでしょうか。

佐々木
おっしゃるとおりです。PVだけだとエンゲージメントが測れませんから、作り手が荒れてくるというか……満足感がなくなっていくんですよね。数字が見えて最初こそ楽しいんですけれど、「読者との深いつながり」や「メッセージが伝わっている感覚」が、なかなか得られなくなっていく。

指標についても既存の数あるウェブメディアは曖昧でしたし、それに囚われて信頼を失ったところもあります。「PV至上主義」しかりですが、既存のウェブメディアが失敗してきたことは絶対に繰り返さない、と梅田とも初期からしっかり話してきましたね。

「経済を、もっとおもしろく。」──あらゆる刷新でチャンスを広げていく

青木
課金を伸ばすなどNewsPicksとしての目的はあると思うのですが、今後の方向性についても話し合われていますか?

佐々木
ユーザベースグループ全体のビジョンとしては「経済情報で、世界を変える」を掲げています。まずは日本を変えられないと世界どころではありませんよね。私は今後の5年ぐらいで、日本の経済圏は大きく変わると考えているんです。さまざまなプレーヤーがいる新しい経済圏に変えなきゃいけないとも思っています。

世の中に比べて、経済界の変化はすごく遅れている。そこを経済情報やアカデミアによる講義などのあらゆるものを使って、新しい経済圏へ移していくのが私たちのミッションだろうと。

そのためには6万人の有料会員では全然足りない。NewsPicksを世界規模で成長させて、まずは50万人、さらには100万人を目指さないといけません。

それは日経に置き換わりたいのではなく、これまでとは違う新しい経済圏をつくり、そこへ人を引き寄せていきたいんですね。平成が終わり、オリンピックもある。新しい風を吹かせるのにこれほどのチャンスはない。「NewsPicksが時代を作った」といわれるようになりたいですね。

青木
なるほど。置き換えじゃないにしても、それが意味するのは新聞や経済雑誌のイノベーションにもつながるのですね。

佐々木
たしかに、それはあると思います。実はその意志をよりハッキリと持つべく、6月からNewsPicksではロゴを変え、「経済を、もっとおもしろく。」という新しいブランドコピーを打ち出しています。

経済をもっとおもしろくするために大事なのは、今の日本経済や日本社会を支配する「おっさん的な価値観」から脱却することです。われわれは、古い価値観や凝り固まったルールで動くことを「おっさん的」と定義していますが、そこから卒業しなくてはいけません。

今年に入って「社会が変わるマグマ」のようなものがブワッと湧き出ており、さまざまな動きが起きています。これだけの変革期では、高度経済成長期から続くような価値観、働き方、キャリア観などとは大きなズレが生じかねない、「おっさん的な価値観」が社会の壁になりかねないと考えたんです。

青木
図らずも「おっさん」あるいは「おじさん」は、このクラシコムジャーナルでも編集者の若林恵さんとの対談で出たテーマのひとつだったんです。「今、おじさんこそが希望を語るべきだ」という話です。おじさんには希望を語れる力がある。そして、現代に馴染めないようなおじさんにも役立てるところがある……といった「おじさん論」ですね。

佐々木さんは30代後半ですから少し下の世代ですが、僕や若林さんなど40代ぐらいの方たちがこのことを考えているのが、図式としてすごく面白い。自分たちも「おじさん」だけれど……でも、当事者であり、すぐ近い未来に自分たちが呼ばれる側にもなっていくからこそ「社会とのフィット」や「あり方」を考え、全体としてアップデートできるかたちを模索したいわけですね。

佐々木
そこでNewsPicksとして問うことは、経済という概念そのもの、イメージ自体を変えていきたいってことなんです。私たちが強く伝えたいのは「経済を、もっとおもしろく。」というコピーです。経済を美意識やアートがあふれるクリエイティブなものにして、多様な人が出てくるようにしていきたいですね。

青木
経済とはある意味で「ネイチャー」のひとつですよね。だから、自然を愛する人たちのメディアと同じようなテイストで提供してもいいはずです。それが、なぜこれほど堅苦しい雰囲気でしかないのだろうと。まさに、おっしゃるとおりだなと感じます。

佐々木
「経済」が捉える範囲は相当に広いですからね。そもそもエコノミーの語源であるオイコノミクスは「共同体の在り方」という意味ですから、日常の買い物だって「経済」なわけです。そうやって日本全体の経済リテラシーを上げることによって、「経済メディア」の範囲も広くなってくると思います。

青木
それだけ定義を広げると、世界だけでなく国内においてもビジネスを拡大できるイメージを持たれていそうですね。現状の20億円前後の規模から、100億円超えを狙っていくときには、ビジネスモデルの根本的な転換を求められることもあるはずです。その算段として見えているものは少なからずあるんでしょうか?

佐々木
ええ、まだまだあります。日本では映像コンテンツが伸びる余地がすごくあると思いますし、経済の民主化によってサブスクリプション収入も増やせるでしょう。広告収入や、映像コンテンツの制作による収入も増えています。それから「モノ」にも余地がある。最近刊行した雑誌であるとか、ビジネスグッズもアップデートできるものが多いように感じています。

世界については、梅田がニューヨークへ移住して、英語圏について本気で攻めています(※対談後の7月にNewsPicksを運営するユーザベースは、アメリカの新興ビジネスメディア「Quartz」の買収を発表)。

ほかに、落合陽一さんからは「ニュースピックスカフェをやってはどうか」とアドバイスされていますが、本屋も面白そうですね。「本は儲からない」といわれますが、なんとか再発明したい。本はリアルな「知のプラットフォーム」として最強ですから。

青木
可能性はあると思います。そもそも「本」は製造原価と売価相場の差で見れば儲かるビジネスのはず。要するに、儲からないのは流通の問題なんです。

デジタルコンテンツだとプラットフォームが売上の3割近くを取っていくことがありますが、自分たちで紙の本を作って送料を負担しても、おそらくその3割には満たない。デジタルとの購買者が同数いる前提ですが、利益率なら本のほうが高いはずなんですよ。だからこそ「紙の本が儲かる」と改めて証明するのは、とても楽しいことでしょう。

佐々木
私にも「本で読みたい」という気持ちはあるし、本屋だってなくなってほしくない。ただ、大きな流れとしては、デジタルへのシフトが進み続けるのは間違いありません。個人的なアンビバレンスがあるからこそ、どうすればもう一度、紙の本でビジネスを証明できるかは挑戦したいですね。

後編「個の時代」が示す真の意味に気づけるか?」では、それぞれどのようなチームで運営しているのか、組織にまつわる話となりました。


クラシコムでは現在、一緒に働く仲間を募集しています。
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PROFILE
NewsPicks CCO/NewsPicks Studios CEO
佐々木 紀彦
1979年福岡県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業、スタンフォード大学大学院で修士号取得(国際政治経済専攻)。東洋経済新報社で自動車、IT業界などを担当。2012年11月、「東洋経済オンライン」編集長に就任。2014年7月にNewsPicksへ移籍。最新著書に『日本3.0』。ほかに『米国製エリートは本当にすごいのか?』『5年後、メディアは稼げるか』、共著に『ポスト平成のキャリア戦略』の著作がある