看板商品であるココナッツオイルにまつわる ビジネスのお話をうかがった前編に続き、後編では、いま、荻野さんが力を入れているプロジェクト「#食べ物を棄てない日本計画」についてのお話から。このプロジェクトも荻野さんの素朴な思いから出発し、さまざまな立場の人を巻き込んで動き出しています。
いつも20〜30年先を考えて、いまやるべきことを逆算するという荻野さんが考える、食をとりまく環境の変化とは。今やるべきこと、将来に向けてのお話しをうかがいました。
自分で決めるのは8割、余白を残して目的にフィットするビジネスを
———「#食べ物を棄てない日本計画」についてお伺いしたいのですが、まず前提の知識として食料廃棄物がこんなに多いとは知りませんでした。日本は1人あたりの食料廃棄量が世界一多い国だとか。しかも、食べ残しだけでなく、「3分の1ルール*」で、まだまだ食べられるものが棄てられているのですね。
*編集部注…食品流通業界の慣習で、食品の製造日から賞味期限までを3分割して、「納入期限は、製造日から3分の1の時点まで」「販売期限は、賞味期限の3分の2の時点まで」を限度とするもの。たとえば、賞味期限が6ヶ月の場合、2カ月以内の納品、4ヶ月以内の販売が暗黙の了解として求められる。
荻野
食料廃棄に関することってアンタッチャブルな世界で、自分の葛藤や取り組みを公にするには、実はすごく恐怖がありました。でも、そんなことも言ってられないと思って、「#食べ物を棄てない日本計画」を始めました。
自分の経験不足や能力不足から生まれてるところも、もちろんあります。仕入れの間違いとか読み間違いとか、だから本当に社会問題なのか、個人の問題なのかも悩み続けてきました。
だけど、他社さんにもいろいろ話を聞いてみると、みんな悩んでいることが分かったんです。
自分の反省はしっかりして、改善する努力をするなら黙ってこっそりする話じゃなくて、みんなで取り組んでいければいいな、と。
私の行動の原則は、「決め切らずに動く」。はじめからビシッと設計するんじゃなくて、走りながら考えてかたちづくっていく。完成度8割でもローンチしちゃうのは、未完成ともいえるけど、お客さんたちにフィックスしていく余白を残していることでもある。完全に決めきって走り出すと、逆にやりたいこととずれるんです。
———なるほど。たしかに最初に御社のウェブサイトで「#食べ物を棄てない日本計画」について読んだとき、「まだいろいろ分かんないんですけど」とすごくちゃんとしっかり書いてらっしゃって、「でもなんとかしたい想いはあるんです」っていう気持ちも伝わってきました。
「2割はまだフィックスしてない」というのも、お客さんに向かって見せてますよね。
荻野
はい。正解が何か分からないけれど、方法はたぶんある。だから、みんなに解決策をWebでも聞いてみたんです。するとかなりアイデアがたくさん寄せられました。「予想以上で返事が大変」というくらい(笑)。
某IT企業本社のコワーキングスペースでアイデアを募らせていただいて、社員のみなさんにポストイットに食料廃棄を減らすアイデアを書いてもらったこともありました。とにかくいろんなところで、意見を聞き回りました。
ただ、いろんなアイデアをまとめてみたんですけど、やっぱり「寄付」を解決策と考えている人がほとんどだったんですよね。「売れないんだったらもったいないから寄付する」という文脈が既定路線になっているんだと感じました。でも、それじゃあ商売は成り立たない。
みなさんのアイデアと私の課題を一個一個照らし合わせて、納得いく方法を探っています。
商売を最後まで諦めない。0円にはしたくない。
荻野
賞味期限が迫ったお菓子を、ハロウィンに無料で配ってみたことがあります。そのときは、無料だからすごい長蛇の列ができたんですが、どうしてもそこには物へのリスペクトがないと感じました。物の価値を簡単にゼロにするのは、本質的な廃棄の問題の解決にならない。
だからやっぱり、簡単に諦めて0円にはしません。メーカーとして、いかにしぶとく商売できるか、ちゃんとやってこその「#食べ物を棄てない日本計画」だと思っています。
食品流通業界の3分の1ルールなどがあるなかで、食品メーカーが早めに3分の1が終わったからと見切ってしまうと、次の投資にはつながらず、商売としての循環はその時点で止まっちゃうんですよね。
せめて原価を回収できれば、商品をリニューアルしてチャレンジできたりするんですけど……。たとえば、私たちの活動をテレビで知って電話をかけてくださった会社さんは、すごくこだわりの食材でスープをつくったんだけれども6000食も残っていて、8月が賞味期限だっていうんです。
———今はまだ3月始め(取材時)、まだまだ先に思えますが……。
荻野
でももう見切ってるんですよ。3分の1ルールを考えれば、卸せないから見切らざるを得ない。それって、当社のように10人くらいの規模の会社にとっては大ごとです。大手さんはそれでスパッと切っても大丈夫かもしれないけれど。
小規模な会社は、早いうちに見切りをつけざるをえない状況も踏まえて、値段を設定しないといけないから、結局お客様にとって高くなってしまうこともあります。
3分の1ルールから落ちても、そこからもう一度商品にスポットライトを当てられる商売の環境をつくる方法が、もっとあっていいんじゃないかと思うんです。
「#食べ物を棄てない日本計画」の取り組みのひとつとして、店頭には並べられなくなったお菓子などを、企業に置き菓子として販売しています。
この取り組みは、はじめはB to Cを考えていました。ただ、お客様1対1になってしまうと、細かい対応するのが雑になる恐れがあったり、送料のことも考えると、全然お得にならないよね、と諦めました。
法人向けに一括してやろうとなって、お話をしに行ったら、好感触。だけど商材はお菓子だし「どんなにいいい物でも高いと買わない」、「社会貢献にお金は出さない」などの意見が多いことも分かってきました。
じゃあ、社会貢献じゃなくて、商品そのものの付加価値をどうつけるか考えました。
「プレゼンティズム」って言葉を知っていますか。最近よく聞くんですが、仕事をする上での生産性のこと。睡眠不足や花粉症でも生産性は下がるし、会社の健康経営をどうするかという文脈で使われます。そこで、「プレゼンティズムの向上」というテーマに叶うセットとして、置き菓子セットを売り出すことにしました。
会社が少し負担して、社員は安くお菓子を買えるようにする。「おやつ習慣が少しでもヘルシーになればいいよね」という打ち出しをして、「実はそれが食糧廃棄を食い止めて、食べものを大切にすることにつながっているんだよ」というたてつけでやっていこうと決めました。
———「#食べ物を棄てない日本計画」も荻野さんたちの広報活動だったり、テレビに取り上げらたりで注目もされて、展開がいろいろありそうですね。
荻野
そうですね。ありがたいです。この分野では私は新参者。動いてみて分かったのは、一途に食料廃棄を削減しようと活動している人たちがたくさんいること。そういう方たちが上手につながって、活動が広がっていくきっかけになれば嬉しいです。
みんな料理をしなくなる?そんな時代に届ける食とは
———「30年先をいつも考えて、逆算して今やるべきことを考えている」と荻野さんのインタビューで拝読しました。30年後ってどんな世の中なんでしょう。そして30年後に向けて、荻野さんがいまやろうとしていることは何ですか。
荻野
「ブラウンシュガーファースト」というブランドとしては、油と砂糖の質を大切に考えることに、いま一度フォーカスしていきます。難しいことはあんまり考えなくても、「炒めるときの油をちょっと変えてみない?」とか「白砂糖を使うところをリンゴのソースにしてみない?」とか、取り入れやすいところから提案をしていきたいです。
———ブラウンシュガーファーストでも取り扱っている「TAKECO1982」というスパイスのシリーズは、パッケージもかっこよくてすてきです。いままでとは少し路線が違う印象がありますが、そこにはどんな意図があるんですか。
荻野
ブラウンシュガーファーストは材料のブランドです。だから、ここから何かをつくらなくちゃいけない。それはもはや、ハードルが高いのかなと私は思っていて。
日常的に料理をつくる方には愛用していただけるんだけれど、これから先の子どもたちの未来の食を考えていくと、材料を買って自分でクリエイティビティを発揮して料理するって、さらに貴重になっていくと予想しています。もっと栄養をとることが効率的になるし、未来はキッチンがお家にないかもしれない。
———なるほど。なんだか寂しいけれど、そうかもしれないですね。
荻野
じゃあ、そういう未来に何を残したいか考えると、心が豊かになる食を残したいんです。
「でも、みんないちから料理したくないよね、知ってるよ」と。それで、もともと福岡の久留米市で料理教室をやっていた私のおばである、吉山武子が監修したスパイスを、新しくブランディングして販売し始めました。
武子おばちゃんが「スパイスをちゃんと使うと化学調味料いらんのよ」って言っていて、なるほどと思ったんです。個別のスパイスのほかに、お肉の下味になるブレンドスパイスや、カレーのキットを販売していて、手軽においしいごはんがつくれます。
これから力を入れていきたいのは、「心が豊かになる冷凍食品」っていう分野をつくること。自分でつくらなくても、オーガニックなごはんが食べられる、おいしくて、楽しくて、安心できる食べものをつくっていきたいんです。
まずは、冷凍のカレーから。手づくりで本格的なすごくおいしいカレーなんですよ。久留米はおいしいフルーツなどいい原料も手に入りやすいので、これからいろいろと生み出していきたいと考えています。
———素敵です。
荻野
私はわっと言うだけだから(笑)、現場の店長が細かい調整をして、がんばってくれています。
「人工肉」にザワザワする心の正体はなんだろう?
——————すごくかっこいいパッケージでリリースされたスパイスだから、てっきり若い人のブランドかと思ったら、「1982年から続く福岡県久留米市の料理教室発」というのも、すてきです。しかも、その料理教室を主宰しているのは、荻野さんの実のおばさんです。
荻野
私はごく普通の、だけど食いしん坊がすごく多い家庭で育っているんです。特にこの武子おばちゃんの影響を強く受けています。
3、4歳頃からおばの料理教室を手伝っていたんです。母が料理教室に参加して、その後にお菓子づくりを教えることもあったから、側にいたんです。
「ミィちゃん、ちょっとミント摘んできなさい」とおばに言われ、庭にミントティー用のミント摘みに行くようなお手伝いをいつもしていました。
あとは、おばちゃんちはすごく古い日本家屋なんですけど、じゅうたんの上に火鉢があって、そこでチャイをつくって飲むみたいな光景が普通にあったんです。
———火鉢にチャイってなんだかそそられますねぇ……。
荻野
今思えば贅沢ですよね。おばちゃんのカレーもめっちゃおいしいんですが、カレーライスのご飯はターメリックでレーズン入りだったり。
食べることのワクワクは、母の手料理ももちろん、おばから教えてもらったことがすごく大きい。おばは、自宅の玄関先でオリジナルブレンドのスパイスを売ってたんですが、これはもっと外に伝えたらいいことだと考えて、社員さんも雇って、いろんな商品を開発して販売し始めたのが、ここ1,2年のことです。
「食による心の豊かさって何だろう」がずっと変わらない私のテーマ。そのキーワードが、「オーガニック」だと思うんです。農薬を使うかどうかではなくて、食べものができあがる背景にどういう複雑さがあるか、どんな楽しさがあるか、つながりがあるか。
おばの家で昔から経験してきたことは、まさにオーガニックな食体験だったんです。オーガニックファーストは、ただ単に安心、安全ということでなくて、食の背景を大切にする会社でありたい。
これからの食の世界は、すごく再現性が高いものになっていくと予想されます。3Dプリンターでイチゴをつくるとか、ブドウ使わないワインをつくるとか、牛を殺さないで培養した肉とか…。
そこに対する、ちょっとしたザワザワ感を感じられるのって、私たちの世代で最後かもしれない。でも、そこにこそ心を豊かにする食のヒントが隠れてるような気がしています。
ココナッツオイルの効果かぴっかぴかのお肌の荻野さんは、笑顔もとてもチャーミングでした。