2017.05.10

人が集う場所づくりで、「いいこと」を醸していく。五味醤油6代目 五味仁×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平【後編】

書き手 小野民
写真 土屋誠
人が集う場所づくりで、「いいこと」を醸していく。五味醤油6代目 五味仁×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平【後編】

前編では、家業を継ぐまでのお話や、理想と現実の間で探ってきた、味噌づくりのあり方について、中編では、味噌屋が味噌づくりを教える理由についてさまざまな角度からお話しいただきました。後編では、五味さんがマイペースを保ちながら会社を守ってきたこと、今後の夢についてお聞きしています。

最後には、五味さんと青木の意外な悩みも明らかに。五味さんの考えに青木が励まされる一幕もありました。

ブームの波に乗らないことが、次の一手への貯金

青木
今って発酵ブームで、味噌やこうじも注目されている状況があると思います。五味さんはそのブームに乗って会社を大きくすることもできるかもしれないけれど、どんな風にとらえていますか?

五味
確かに今、設備投資をして、麹が1.5倍〜2倍つくれるようになったら、ちょっと頑張れば売れるような気がします。でも同時に、1、2年先のことって分からないですよね。

それに、うちのこうじは昔ながらのやり方ですごく手間をかけてつくっています。だから、他との違いを出せているし、商品に説得力がある。

生産量を増やしてしまえば、今まで通りの丁寧さでつくるのは難しくなって、ちょっと品質が落ちちゃうかもしれない。そうなれば、お客さんも離れていってしまうと思うんです。

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青木
需要が増えてきたときに、その波に乗るかどうかの判断はどのようにしているんですか?

五味
実は、以前塩こうじブームを経験していまして…。

すごかったですよ。あれは、バブルでしたね。塩こうじの瓶詰めをすすめに充填機のメーカー、安いお米が買えるからとお米屋さん、麹を自動でつくれる機械を醸造機械屋さんが…というように、いろんなところから営業がたくさん来ました。

そのときに、投資しちゃった会社は、すごく厳しい状況になってしまったんです。うちは当時、なんとしてでも人力でがんばってやったんです。大変だったんだけど投資しなかった。そのときの利益を使って、今、KANENTEが建っています。

青木
どうしてブームに乗って投資しない意思決定ができたと思いますか?誘惑…っていう言い方が正しいか分からないけれど、有力な選択肢として、設備投資も考えられたはず。

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五味
そうですね…、あのときの盛り上がりは本当に異常だったんですよ。だから、これは落ちつくだろうという展開が見えていました。手づくりで塩こうじの注文に応えることに会社のみんなが限界を感じていたので、「たぶんもうちょっとしたら落ち着くから」と、言い聞かせていました。

案の定、盛り下がるというよりは急降下、すごいスピードでブームが去ってしまった。

理由は、大きいメーカーさんが塩こうじ商品を世の中に投入したから。スーパーに並ぶ塩こうじはうちの商品の半額くらいでしたから、注文がぱたっと途絶えました。

大手のメーカーはちゃんと品質保障ができないと商品化できないから、どうしてもブームになってすぐに商品をつくることはできません。だからタイムラグが出ちゃうんだけど、一旦世の中に出れば、その量や値段に僕らが張り合おうとしても無駄です。

青木
食べるラー油とかも、そうなんだろうなぁ。

値段やスーパーで買える手軽さでいけば、大手のメーカーに軍配が上がる。それでも、わざわざ小売店に来て、スーパーの倍の値段がついた商品を買う人がいる。それって、「誰がつくっているか」でしか、選んでないんだと思うんです。

先に五味さんのことを知っていて、「五味さんがつくる麹ってどんなだろう」と買ってみたり、お得意さんの縁があったり、最後は、そういう人のつながりだけしか、残っていかないんじゃないかという気がします。

五味
たしかにそうですね。うちのこうじを買うお客さんの傾向として、リピーターがすごく多いんです。1ヶ月に1回、必ず6袋買うお客さんもいます。すごく買う量が多くて、「この人料理教室やっているんだろうな」と分かる人もいますね。

「いいこと」を呼び込む余白をつくる

青木
五味さんは今30代半ばだから、まだまだ人生長いですよね。これから30年くらい、少なくとも家業で中心を担っていくだろうという覚悟の中で、この先の未来をどんな風に描いていますか?

五味
仕事も暮らしも両方を重ねて考えています。ここは自分が生まれ育った場所なので、この辺で楽しく週末を過ごせたら嬉しいし、なにか物事が展開していったらおもしろいなぁと思っています。

ここで味噌づくりしたお客さんがお茶していったり、コミュニケーションを生み出すような場所をつくりたいんです。

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人が集まれる「余白」をつくっておくと、いいことが起こる。それは、ここ5年くらいずっと感じています。だから近い未来、工場の使っていない場所を利用して場をつくる予定です。

青木
人が集まると、何かいいことが起きるって本当にその通りですよね。

最近、クラシコムの事業の中で、難しい問題もいろいろ出てきたんです。その解決策を佐藤と一応探すんだけど、簡単に答えが出てくるものでもない。

そんな話をしているときに、世の中に美しいものとして存在していれば、誰かが助けてくれるんじゃないか、という一応の結論が出たんです。

かなり無責任な言い方に聞こえるかもしれないけれど、本当に美しいものを人は見捨てないよねという考えが、僕と妹どちらともから浮かんできた。

結局、自分たちでコントロールできることってそんなにない。美しくっていうとちょっと大げさに聞こえるから、楽しそうに、おもしろそうにって言い換えてもいいかもしれません。

それが五味さんのいう余白の部分で生み出させることに通じている気がします。

五味
そうそう、そうですね。通訳してもらった気がして、すごくありがたいです。

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ワークショップスペースであるKANENTEができたことによって、店への流れができて、いい循環ができてきたと思っています。そこで良かったと思うのが、母という人が活きてきたことです。

店番は母がやっているんですが、なかなかすごい母なんですよ。事務をやっていても、投げ出してお客さんにこうじや味噌の説明を始めるんです。僕らはなかなかそこまでできませんが、母はどんなときでも全力なんです。

青木
お母さんを活かすって、すごい親孝行だなぁ…。たしかに五味さんのお母さんみたいに、自分のことを忘れられる人ってあんまりいないです。僕なんか、全然できないです。

五味
もうちょっとがんばって、事務は僕がやるとかして、むしろ、母が前面に出て接客したら、もっといいお店になると思うんです。

青木
それはおもしろいかもしれない。お母さんが五味さんところの所属タレントさんとか、局アナ的な感じで(笑)。

五味
今すでに母に会いにお店に来る人が結構いますからね。僕の友達も、母がちゃんと怒るもんだから、あえて怒られに来る人がいるくらい(笑)。

特技がある人が得意なことに注力できれば、良いサービスが展開できるんじゃないでしょうか。

名は体をあらわすべき?「五味醤油でいこう」と思えた意外な理由

五味
実は、ずっと悩みがあって、以前から「北欧、暮らしの道具店」さんに相談したいと思っていたんですよ。「五味醤油」って会社なのに、醤油をつくってないんです。名が体を表していなくて…

青木
一緒!北欧のもの、あんまり扱っていない(笑)。

五味
ですよね(笑)。「名が体を表していない問題」にどう折り合いをつけているのかお聞きしたいと思っていました。

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青木
僕らもずっともう4年くらい相談し続けてますよ。「北欧、暮らしの道具店」で一生いくのか、と。

本当に悩んでいて、社名を変えて成功した「群言堂」の代表の松場大吉さんに相談したこともあるくらい。そのときは、「難しい問題だね」って言われて、後日会社を訪ねて来てくださったときに、開口一番「相談されてからずっといろいろ考えたんだけど、名前、変えるなら今だよ」って言われて(笑)。

五味
それはなかなかパンチがありますね(笑)。

青木
本当に泣きそうになっちゃって、すぐ妹に「なんかね、今社名を変えなくちゃだめだって」って本気で相談して、「クラシコムって社名に寄せた店名にするしかない」なんて話をしていたら、スタッフの子達に「それはない!」って猛反発されたりして。

五味
社運に関わるような重要な話にも、スタッフが加わっているんですね。

青木
うちの場合って、そういう話をあまり隔離されたところでしてないんです。売り上げなどのお金の話も、割とオープンにしているから、五味さんちでは仕事の苦労の部分を隠してたっていうのと真逆なのかもしれないです。

五味
その違いも、おもしろいなぁ。

うちも、名前については、定款を変えようとしたくらい悩んでいたんです。山梨のアートディレクターの土屋さん(※偶然にも、この日のカメラマン)に相談したら、「とりあえず、醤油を仕込め」とアドバイスされて、ちゃんと醤油をつくってみたんですよ。

青木
あはは。逆に名の方に体をよせろと。

五味
そういうことです(笑)。これから熟成するので、今年の冬くらいリリースにできたらと思っていますが、やってみてよかったのが、やっぱりこれじゃないと思えたことなんです。

青木
なるほど。こっちじゃなかった。何が違ったんでしょう。

五味
僕が醤油をつくって家族を養う姿が、想像できなかったんです。今回、仕込んだくらいの少量だったらわくわくするんですが、生業にするとなると、製造量も大量で、その覚悟があるかと思うと、自分にはない。

でも、醤油をつくる覚悟がないと分かっただけでも、醤油をつくってみて本当によかったです。

青木
そこまでやってみたっていうのが、素晴らしいなぁ。

五味
ただ、悩みは深まるわけで(笑)。社名と事業のずれに対しての答えを探し続けていたんですが、あるとき妹と雑談をしていて、一旦解決したんですよ。

100年、200年と五味醤油の事業が続いていたとして、子孫が何か全然違うことをやりたくなるかもしれない。そのときに、もうすでに会社名と違うことをしている、ということが励みになるんじゃないか、と。

五味醤油という名前を残すことが、「自由にやっていいよ」と伝えられる屋号になるんじゃないかと気づいたんです。

青木
うわー、その理解、すごくいいですね!

五味
後を継ぐ人たちの気を楽にしてあげたい。そういう気持ちもあるんです。

青木
名前がずれるっていうことに対する認識は、めちゃくちゃ励みになりました。いやー、すごい答えをもらったなぁ。

でも、社名や店名がネタにもなっているところがありますよね。いい意味で、スキがあるっていう。上手に裏切れるなら、そこらへんは裏切りたいなっていうのはあるんです。

五味
そうなんですよ。醤油って名前なのに醤油をつくっていない、しかも味噌屋だけど味噌を売っているだけじゃない。これが僕らのやり方なんです。

自信を持って、自分たちなりのやり方を言えるようになったのは、実はここ最近の話なんです。僕自身も、五味醤油っていう社名に誇りを持ちながら、おもしろいことにチャレンジしていきたいです。

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【前編】「お手伝い」から「生業」へ、厳しさも抱えて家業を継ぐ。五味醤油6代目 五味仁×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平
【中編】街場の味噌屋はサービス業?手づくりを支えるビジネス戦略。五味醤油6代目 五味仁×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平

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