日本人漫画家として初めてAmazon Kindleストアでセルフパブリッシングを行うなど、革新的な取り組みをされているうめさんのビジネスについて伺った前編に続きまして、後編では、お二人のお子さんを育てながら夫婦ユニットとして働く小沢さんと、同じく妹と男女ペアを組む青木と「女性パートナーとのお仕事」について盛り上がったお話をまとめてお届けします。
なかなか寝てくれない子どもの存在が変えた仕事のスタイル
青木
うちの息子は今4年生ですが、小沢さんのところはおいくつですか。
小沢
上の娘が3年生で、その下に3歳差でもう一人娘がいます。
青木
ご夫婦で漫画家さんとなると、子育てをしながらのお仕事は大変ですよね。
小沢
そうですね。子どもが産まれるまでは、いわゆる漫画家のイメージ通りの、お昼頃に起きて、朝4時位までで仕事して、そこから呑んで寝てという生活だったんですよね。でも、子どもができるとそこがガラガラ変わるじゃないですか。
まず、1歳から保育園に入ることはできたのですが、最初は、保育園が持っている学校感というか、毎日決まった時間に起きて働くという、世間では当たり前のことが辛くて。
青木
そういう生活が嫌だから、フリーランサーになったのに、また学校の仕組みに振り回されるという…。
小沢
そうです。せっかく自分たちにフィットした働き方だったのに、また戻されてしまって。
その生活の中で、特にうちの子は寝かしつけに毎日1~2時間かかるくらい寝ない子だったので、なんとか寝かしてから朝4時くらいまで仕事して、また保育園に行くために起きてというのはほぼ不可能でした。
その生活を考え直すために、まずは、仕事と育児と分けないで、トータルでうちのジョブだと考えようと思いました。その中で何が問題なのかと考えると、やはりボトルネックは育児ですよね。
子どもって、とにかくコントロールが全くきかないですよね。だって、そもそも、うんちしたからケツふけってすごいですよね。
青木
たしかに、傍若無人だ!
小沢
信じられないくらい、プライオリティNo.1の仕事をどんどんぶっこんでくるんですよね。
保育園にある程度の外注はできますが、それでも回らないので、うちがとった手段は、「子供といっしょに寝る」ということなんです。子どもが寝る時間に、僕たちも一緒に寝てしまって、代わりに、2時から4時くらいに起きて、夜仕事していた分を、朝残業するというイメージです。
そして、朝、保育園に預けて、17時まで働いてお迎えに行って、その後は、子どもと過ごすというサイクルに変えました。
あと便利だったのは、電子書籍ですね。職業柄、漫画や本をたくさん読まないといけないんですが、紙の本を読もうと明かりをつけたら起きてしまって。でも、電子書籍であれば、暗がりで寝かしつけながら読めるので、本当に重宝しました。
青木
うちの子どもが産まれたときは、まだiPhoneがなくて。うちも本当に寝ない子で、毎日2時間くらい寝なくて、ノイローゼになりそうでしたね。抱っこで寝ていても、下においたら起きるんです。
小沢
着地失敗するんですよね!
青木
あの、一番暗がりにいないといけない時間が長かった時に、iPhoneがあったら、ちょっとのインプットができたら、あそこまで追い詰められなかったかなと思いますね。
常識や世間のイメージは気にせず、本当の目的を達成すればいい
小沢
この生活を始めて気付いたんですが、かなりの数の漫画家さんが朝早く起きているんです。
朝4時くらいというのは、早起きの漫画家さんと徹夜の漫画家さんがすごい密度でクロスするんですよね。その時間、一般の人は寝ているので、Twitterのタイムラインが漫画家さんしかいない状態になって、ものすごい濃い宴会場みたいになるんです。
青木
それは、楽しそうですね(笑)
小沢
つまり、徹夜して朝までやってという漫画家のイメージとは裏腹に、実際はそうじゃない方が山のようにいるということに気づきました。
青木
世間から持たれてる期待感てありますよね。その物語に、漫画家さん自身も巻き込まれていると。起業家も同じような物語はあります。いわゆる、「ハードワークしないと成功しない」といったような。
うちは、僕が34歳、妹が31歳くらいの時に一緒に起業してるんですね。お互い既に結婚していて、妹もそのときは子どもがいなかったんですけど、年齢的に、数年の間に子どもができるかもしれないということがわかっていたので、最初から子どもが産まれても続けられるように、創業以来18時以降仕事をしたことってほとんどないんですよ。それで、10年くらいやってこれてるんですけど。
小沢
うちも、スタッフを入れているときでも18時定時で、1時間以上遅れることは、年に1回あるかないかですね。5分、10分遅れることはありますけど。
青木
そういった、いわゆる漫画家さんのイメージだったり、社会でこうだと思われていることと違うやり方をすることに、抵抗感はありましたか。
小沢
もともと、僕は出版業界に憧れて入ったわけではないから、抵抗感は少なかったですね。
青木
漫画家さんになろうと思われていたわけではないんですね。では一体、どういった経緯で?
小沢
そもそも、働くのが面倒くさいなと思っていて。
青木
やだ、僕と似ている。
小沢
妹尾はいかにもクラスに一人いるような、子供の時から漫画家になりたい子だったので、妹尾に一人前になってもらって、食わしてもらおうって思ったんです。
青木
完全にそれは…、プロデューサー気質ですね。
小沢
そ、そ、そうですね!よかった。完全に、ヒモ気質ですねって言われるかと思いました(笑)僕、でも、一応脚本も書くので!
青木
そうですよね(笑)もともと脚本を書くというのは、素養としてあったんですか。
小沢
いや、全然ないですよ。書いたら書けたってだけです。子供の頃、作文も大嫌いでしたし、かろうじて小論文はうまかったくらいですよ。
デビューのきっかけとなった賞の受賞は、妹尾が、新人賞には既にいくつも応募していて、応募者がもらえる受賞作品が集まった合本というものを持っていて、僕はそれを見て、どの程度のレベルであれば、どのくらいの賞がとれるのかという傾向と対策みたいなことはわかったので、それに合わせて応募したら賞が取れたという感じですね。
そのくらいの対策が練れる程度には、僕も社会人経験はあって、少しすれていたんですね。
青木
いや、社会人経験から、そのすれ方は生まれないような気がします。むしろ、決まったルールの中で戦おうというのが、社会人経験のなかで生まれるスキルで、小沢さんていうのは、この道を走らなくてもいいけど、要は、あそこに行けば良いんでしょみたいな。
小沢
あ、ぼく、それしかルールではないと思っています(笑)
青木
本質というか、本来の目的は何なのかを見極めて、その目的を達成するのであれば、やりた方はたくさんあるじゃんと考えられるところがすごいですよね。
全ての会社はみんな普通でみんな特別だ
小沢
でも、クラシコムさんも、世間のルールや常識として、会社に対して、もっと働かなきゃ、残業しなきゃといった期待が存在するのだとすれば、あそこだけ毎日早く帰ってズルいみたいな言い方されることありませんか。面と向かって言われなくても。
青木
なんかわかります。人って納得する理由をつけたがりますよね。あの人は、もともと金持ちだったんじゃないかとか、すごい才能をもっていたんじゃないかとか。
小沢
うちも、電子書籍だったりを自由にやったりしていいなと言われるので、他の作家さんにもやりたいのであればやればいいのにと言うんですね。そして、実際その作家さんが編集者さんにやりたいということを伝えると、「うめさんは特別だから」って言われたっていうことを聞かされて。いやいや、特別じゃないよって。
青木
そうなんですよね。どちらかというと、僕らのほうが持ってないというか。資源が乏しいからこそ始めたやり方だから、むしろ持たざるもののやりかなと思っていて。
小沢
わかります。
青木
そもそも、なんで、持たざるものが、持っているものと同じことをするんだろうというのが僕の発想の原点なんですよね。スタートラインが違うんだから、持たざるものは、持ってる人と違うやり方をしなければっていう。
僕らの18時で仕事を終えるというのは、妹と起業しちゃったから仕方がなく選択した特殊解ですし。
よく起業家で集まった時に、IT企業のすごく活躍していた人が集まって始めましたみたいなことが多いんですけど、「妹と起業した」って、あまりかっこよくはないですよね。それも、活躍していた妹とということでもなくて、お互いもともとパッとしない者同士の兄妹だよね、みたいな…。
小沢
こたつでみかんみたいな話ですよね。
青木
そうです。こたつでみかん食べながら、「会社の名前どうする~?」みたいなところから始めちゃったから、変なやり方するしかないでしょって。ですから、どんなことでも、俺らにできたんだから誰でもできるんだろうなみたいな意識はあります。
小沢
わかります。でも、特別扱いされちゃうんですよね。うちもよく、あそこは二人だからっていわれますし。
青木
うちは、僕の妻も、妹の夫も一緒に働いてるんですよ。でも、それも、もちろん頼みたい分野の仕事にたまたま才能がある人たちだったからなんですが、採用力がすごくあったらあえて避けた撰択肢かもしれません。
それでもあえて親族を採用しようとしている時点で、やはり人材面でも持たざる者だった自覚はありますね。
小沢
あるものは使えみたいな。手作り感あふれてきますもんね。うちも、子育てまで漫画にしちゃってるんで、家族総出で稼いでるみたいな状態ですよね、やってることは。
僕、自分の漫画なんですが、『スティーブズ』で好きなのは、マイク・スコット、通称スコッティっていう太ったおじさんなんですけど、あの人の「全ての会社はみんな普通でみんな特別だ」っていうセリフが割と気に入ってて。
特別じゃない会社なんて一つもないと思うし、一方で、全部普通の会社だって。だから、王道も邪道もなくて、個々にそれぞれ行くしかないと思うんですよね。
青木
本当に、そうですね。
優秀な女性パートナーの力を引き出すためにやるべきこと
小沢
先程の、僕がうめのプロデューサーという話ですが、もしプロデューサーが、「プロジェクトを進めるためのことは何でもする」という意味だとすれば、確かに僕がしているのは、「妹尾が9時〜17時で描き続けるためのことなら何でもする」という仕事ですね。
幸い妹尾は作画のペースにむらがない方なんですよ。割りと、淡々と線を引き続けることができるので、常に妹尾の手が止まらないように、シナリオを供給して、妹尾の手が止まらないように雑事をやって、というところのペース管理を一番大切にしていますね。
青木
僕も、妹に一番聞くのは、今のペースどうなのということで、いいペースなのか、逆にふわふわして負荷が足りないのか。もし、障害があるのであれば、なんでも剥がすよ、足りないならストックはあるよ、みたいな。
小沢
うちも、ちょうど先日、今の仕事に関する数字を出して、じゃあ、もうちょっと負荷をかけていこうかっていう話をしたところでした。
青木
負荷も適切じゃないと、不幸になっちゃうんですよ。ふわふわして、自分の存在意義がわからなくなってしまう。
妹の仕事に関する障害を無くすということは、大変ですけど、負荷を与えるほうが難しくてプレッシャーを感じる仕事で。適切な負荷で、かつ、事業的にやる意味のあることで、その上ある程度自然にやりたいなと思ってもらえるような新しいお題をひねり出すっていうのがなかなか大変で。
もっとこういうことをしたいのに、おまえのペースが遅いからなーっていうのが一番楽なんですけど、逆に妹が優秀なので出したお題がガンガン消化されていくので、やばい、こちらの戦略ストーリーが追いつかないよって。
小沢
自分にボールがあるとイヤですよね。でも、相手にぶつけすぎたいわけでもなくて、適切にずっとこれをやりたいんですよね。
青木
だから、うめさんでいえば、常にシナリオだったり、『スティーブズ』を海外で販売するという構想だったりを供給しないといけないという、優秀なパートナーと組むからこそ試されてる感ていつもないですか。
小沢
そうですね。
違う仕事をすることで、本来の仕事の質を上げる
小沢
でも、自分の仕事は、シナリオだけでなく、妹尾が働きやすくする全てのことだと割り切れてからは少し楽になりましたね。子どもが生まれる前は、僕のシナリオが一番のボトルネックだったんですよ。でも、子どもが生まれて、そっちのほうが難しいってなると、シナリオを書くことが速くなったんです。
青木
なるほど。もっと大変なことを作れば、意外と速く仕事を進めることができるのかもしれないですね。もしかしたら、僕、自分に負荷が足りてないのかもしれません。
小沢
僕は、自分に負荷をかけるために、文章だけのコラムのような自分一人で完結できる依頼、特に、やったことないことがないことは、わざとやってみたりしますね。
青木
それは、今日一番の学びかもしれないです。僕は、全く逆のやり方をしてるんですよ。僕個人に負荷がかかることに時間を割いてはならないというルールでやってきたので、実は、異様に暇なんですよね。
時間を確保しているということが、必ずしも深い思考につながっていないのかもしれないってことですよね。
小沢
負荷をかけていかないと、全体に筋肉が落ちる気がしませんか?特に、ここ5年くらい、それを感じるようになって。
漫画の連載の最初って、1話を書くのに1ヶ月かかっちゃうことがあるんですけど、慣れてくると、30ページを1週間とか10日で描けるようになってきちゃうんですよね。連載ってある程度キャラクターが安定して動いてきてくれるようになると、どうしても、どこかで惰性で描けてしまうので、その時に真逆のことをやっていかないと、体が特定の方向にしか動かなくなっちゃう気がするんですよね。
これまでは、僕だけが1人でイベントやインタビューにお呼びいただくことが多かったんですが、最近は妹尾も「団地団」という団地のことだけ語るイベントに入れていただいて、団地系の映画のトークイベントにいかせていただいり、妹尾がピンで動くことが増えてきて。
青木
団地団!ぼくもマンモス団地出身なんですよ。
小沢
高層系ですか?
青木
低層系です。でも、近所の高層系は何棟も誰も住んでないって時代があって。その中に忍び込んでエレベーターでドロケイをしたりしていました。
小沢
それは生粋の団地エリートですよね。ぜひ、団地団に遊びにいってください(笑)それでやっと妹尾はピンでやりだして、ちょうどよい負荷だなと思ってやっています。
青木
でも、なんかそういう、パートナーのピンの仕事をお膳立てしようとしてるところも、僕たちと似ていますね(笑)僕には負荷が足りないんですねえ。
小沢
あ!青木さん、クラシコムジャーナルの最初の兄妹対談で、妹さんに小説書いてたって暴露されてましたよね。小説書いて負荷かけましょうよ。
青木
!!その負荷はつらい!!!
小沢
仕事に関係ないですし、誰にも迷惑をかけませんよ。
青木
あーー、ビジネス小説とかなら…フィクションならあの時こう思ったみたいなのを安心して書けますね。
小沢
漫画の良いところはそこだと思っていて、僕が良いことをいうよりも、作中でキャラクターがいったほうが説得力があるんですよね。
青木
名言でどーんとくるのは、フィクションの世界のものが多いですよね。
小沢
同じ言葉を、面と向かって会社の上司に言われても、なんとも思わなかったりしますけどね。
青木
あー、小説を書ける気はしませんが、発信したいことを、安心して出せるのはフィクションなのかもしれない。
小沢
良い負荷ですよ、ちょうど。
青木
面倒くさいけど、すごくフィットしたテーマな気もする。やっぱり、小沢さんは、プロデューサーですね。いつかやりたいって思えちゃった気もする…いやだな。
小沢
そのかんじは正解ですね。楽しみにしています(笑)
前編: 「ジャイアン」になれなくても幸せに生き残りたいなら信頼を貯金しよう。
撮影協力:マンガサロン「トリガー」
※引用:『ニブンノイクジ』第八十三話「新しいリズム」2017年1月25日引用(「ママテナ」「cakes」で連載中)