「うめ」は、テレビドラマ化もされた「東京トイボックス」シリーズというヒット作を出しながら、2010年に日本人漫画家として初めてAmazon Kindleストアにてセルフパブリッシングを行ったことで一躍注目を浴びました。
2012年には、クラウドファンディングサイトで執筆資金を集めたスティーブ・ジョブスを題材にした『STEVES(スティーブズ)』が話題を呼び、その後ビッグコミックスペリオール(小学館)で連載が開始されました。そして、先日募集開始された『スティーブズ』の海外出版を目指したクラウドファンディングでも、あっという間に目標金額を達成。様々な形で、紙の漫画出版と電子・インターネットを超えた取り組みをされています。
そして今回、これら「うめ」の活動の仕掛け人である小沢高広さんと、漫画の大ファンであるクラシコム青木耕平で対談を行いました。
前編では、既存のルールや常識にとらわれない、革新的な取り組みをされている「うめ」のビジネスについて、後編では、お二人のお子さんを育てながら働く夫婦ユニットとしてのお仕事についてお話していただきました。
新しい取り組みを実現するのは「交渉」ではなく「お願い」
青木
いきなりですけど、僕たち、今日の服、かぶってますね。
小沢
うわ!ほんとだ!でも、このコーディネイトって、どうしてもよく似ちゃいますよね…。
青木
ノームコアあるあるですね(笑)
さて…では、始めましょうか。クラシコムジャーナルは、「フィットした働き方」「心地よい働き方」といったテーマで運営していまして。
どうしたら、もっと、それぞれに合った働き方を探せるのだろうかという答えの一つに、既存のビジネスの枠にとらわれすぎて生まれる過度な競争を避け、少し視点をずらしたやり方をしてみる、というものがあるのではないかと思います。
そういった意味で、うめさんは、『東京トイボックス』シリーズというヒット作を出しつつも、Amazon Kindleで日本で一番最初に漫画を販売されたり、クラウドファンディングで成功された『STEVES(スティーブズ)』であったり、他にも、ちょっと既存の漫画家さんとは違う取り組みをされていますよね。
でも、漫画の流通は、出版社さんがいて、大きな問屋さんがいて、本屋さんがいてという構造になっていて、そことうまくやることがとても重要になってくるのではないかと思います。なかなかずらしたやり方をするのも難しいのではないでしょうか。
うめさんは、どのように、そういった既存の仕組みとの衝突をすることなく、新しい取り組みを実現できているのでしょうか。
小沢
そもそも、僕らが新しい取り組みをするのは、漫画家という商売は、いかに目立つかということも大切だと考えているからです。でも、闇雲に、目立てば良いということではなくて、そのやり方は2つ「黒魔法」と「白魔法」があると思っていて。
青木
ゲームのですか?
小沢
そうです。回復系だったり防御したりする魔法が「白魔法」で、攻撃系の魔法が「黒魔法」で。炎上させてガンガン攻撃して目立っていくのは「黒魔法」で、そうじゃないところでやっていくのが「白魔法」だと考えていまして。
覚悟さえ決めていればどちらでも良いと思っているのですが、うちは、「白魔法」を使うことで、過度な衝突を避けていますね。
青木
面白い表現ですね。要は、黒魔法的に炎上させたり、誰かを攻撃してガンガン攻めてというよりも、白魔法的手法で、温和に目立つということですね。
そして、目立つことで「うめ」という漫画家のブランド価値を高めて、色々な取り組みを行う交渉力を持つということですか?
小沢
交渉というよりも、一緒にやろうよと「お願い」をしますね。
電子書籍だったり、海外展開だったり、ちょっと出版業界の慣習からずれたことをするような時は、契約書にはこう書いてありますから、自分たちにはこういう権利があります!と正しさを主張するのではなくて、契約書にこういうことは書かれていないので、こういうことをしたいのですが、ちょっと上の方に聞いてみてもらえますかといった、お願いの繰り返しでやっています。
青木
なるほど。お願いというスタンスなんですね。
でも、お願いして協力してもらうためには、相手にそうしたいと思う動機づけを与える必要がありますよね。
小沢
担当さんに通っても、それが、どこまで上に届くかという問題はあります。ただ、担当さんレベルで、それは絶対できないという方は、そもそもうちに声をかけてこないです。
出版社というものは、大小はありますが、それなりの人数がいる組織で。僕たちの漫画にも描いているのですが、どんな組織であっても、一枚岩ではないと思っていまして。出版社の方の中でも、業界の問題を把握して、同じように白魔法的に、建設的に状況を変えていきたいという方がうちに必然的に声をかけてきてくれます。
もちろん提案して駄目なことはたくさんありますし、そういったことを、一つ一つネットに書いて炎上させたら目立てるのかもしれないですけど、僕たちはその手法は向いていませんね。それよりは、お願いを繰り返していると、何回に一回かは上の人まで通って、うまくいくことがあるのでその手法をとっています。
信頼の貯金を取り崩して、勝負をかける瞬間
青木
今は、うめさんが何をしたいと思っているのか、どこを目指しているのかということがなんとなく世の中に知れ渡っているので、賛同した担当の方がついてくれるのだと思います。でも、最初は大変だったんじゃないですか。
小沢
はい、大変でしたね。
青木
なにか、そういった、新しい取り組みを通していく契機になった出来事はあったのですか。
小沢
一番の契機は、『東京トイボックス』が二巻で完結した後に、すぐに違う出版社さんから、同じ題材で連載をしませんか、とお声がけいただき、やることを即決したときですね。
出版業界的には、仁義的にNGで、契約書的にはOKなんです。特に当時は、NGでした。あれを即決して、もともと連載していた出版社の担当さんに繰り返しお願いをして通せたことから始まっているのかなと思います。
青木
なるほど。これをしくじったら業界的に良くない立場になってしまうという局面だったのですね。
小沢
その編集部の別の方には、二度とこの業界で食べられないよと面と向かって言われたりもしましたね。でも、先程言いましたように、どんな業界でも一枚岩ではないと思っていたので、業界の中の「善意」を信じてみました。
青木
すごく独特の感覚ですよね。使うのは白魔法、お願いするスタンスではあるけれど、ここ一番の瞬間では、結構なリスクをとったんですね。
小沢
たしかに、今思うとそうなりますね。
青木
そういう意味では、起業家的だなと思います。起業家って、リスクテイクするということが強調されたりしますけど、リスクを取ること自体に喜びを感じていると、あまりうまくいかないと思うんですよ。
小沢
ああ、わかります。
青木
基本的に、リスクはとりたくないというか、戦わずして勝てるならそうする。でも、ここだという瞬間だけには、思い切ったリスクを取る勇気を出せるかということが大切だと思います。
自分だけは怖くないと思っている冒険は勝率が高い
青木
他人から見ると、すごく怖いと思われているけれど、自分からすると全然怖くないと思っている瞬間の勝負ってありますよね。
小沢
わかります。ありますよね。
青木
そういうときは、すごく勝率が高いんですよね。
先程の一枚岩の話もそうだと思うのですが、みんなには、業界の片側しか見えていなかったけれど、うめさんには両方見えていて、もしかしたら、その業界の善意の方が潜在的に大きいのかもしれないという風に見えていたからこそ、周りから見たら大冒険、うめさん的には少冒険で挑むことができたのかもしれませんね。
小沢
そうですね。日本で初めてKindleに漫画を出したときも、僕たちはリスクは全くないとい読みだったんですけど、周りは大騒ぎになって。
青木
あの試みの、どこに一番のリスクがあったんでしょう。
小沢
いや、ないですよ。日本人がだれもやったことがないというところだけですよね。
青木
要するに、出版社や卸業者を通さず、直販したということですよね。
小沢
そうですね。でもあれも、契約上完全にフリーな原稿でしたし、一応、掲載元の出版社の担当さんと編集部にも事前にOKをもらっていました。
青木
通せる仁義は通してってことですね。周りの方は、何に驚いたのでしょう。
小沢
そんなことやっていいんだ!と思ったんでしょうね。仕組みとしては、当たり前のことなのに、知らない人から見たらそうみえちゃうっていう。ただそれだけです。手品や魔法というものも、そういうことかもしれないですよね。
出版業界は変わっていく。現状を悲観せず戦い方を考える
青木
そして今は、また新しい試みをされていますよね。
小沢
先日まで連載していた『スティーブズ』をクラウドファンディングで資金を募って、翻訳して海外に届けるということですね。
青木
それは版元になるということですか。
小沢
基本的には版元的な動きをします。でも、まずは自分たちで海外に届けることを最優先にしていて。その先で、より効率的に多くの方に届けられたり、金銭的なリターンが自分たちでやるよりも多いのであれば、どなたかに版元になっていただきたいという感じですね。
青木
それも、同じようにお願いして通したことなんですか。
小沢
そうですね。かなり早い段階で、海外に出すときは、自分たちでやりたいということをお話していました。
青木
小沢さんのお話をお聞きすると、出版社と漫画家さんの関係って、はたから見るよりも、作家さんの意思で、もっと自由に活動することができる可能性があるのかもしれないですね。もっと、不自由な世界なのかなというイメージは持っていました。
小沢
たしかに、出版業界は、デビューする前から担当さんに、「まずは読み切りを描いて、連載を描いて、巻数がたまったらそのうち映像化がくるかもしれないよ。それが最適解だよ」という風に叩き込まれたりはするんですね。
でも、今は、pixivしかり、ウェブから火がついて、そういった業界のルールを一度も経験することなくヒットを出す漫画家さんもたくさんいらっしゃるので、僕はあまり悲観していなくて、おいおい変わっていくんでしょうと思っています。
だから、僕たちは、業界を変えるぞ!といったことではなくて、出版業界のルールにのっとったままでもここまではできるよ、会社を一人で支えるようなヒット作を出していない身でも、ここまではやらせてもらえるよ、ということを示して、いろんな作家さんが少し自由に、一歩でも、半歩でも、踏み出せていけるようなモデルケースにはなったら良いかなと思っています。
最高を求めるバッファを組み込んだ制作スケジュール
青木
うめさんの代表作の、『東京トイボックス』と『スティーブズ』は、天川とジョブズという主人公に、とことん粘って常に最高を求めるといった共通点がありますよね。僕はうめさんの漫画の大ファンですが、彼らのように、リリース直前に「仕様を一部変更する!」と言い続ける強さを持っているかというと、正直自信がありません。
『東京トイボックス』主人公の天川太陽が、締切間際にゲーム制作の仕様を変更する際に使う決まり文句。※
どちらかと言うと、僕らの会社だと、妹であり店長の佐藤が仕様を変更する傾向があって(笑)彼女のそういったところにリスペクトを感じてはいるのですが、僕はどちらかというと、それを支える月山さんや七海さんといった主人公の周りの女性的な立ち位置なんですよ。小沢さんはどちらですか。
小沢
仕様をひっくりかえすのは、僕の方が多いとは思います。ただ、たまに、妹尾がすごいのやるんですよ。えーーーー!!というレベルの仕様変更をされますね。
あまりに大きな変更で、理解するのに3日くらいかかるんですよ。で、やっとわかったとなとなったら、じゃあ、現実的にこれにしようと一緒に調整しますね。
細かいのは僕のほうが多いです。でも、大きいのは妹尾の方が多いです。
青木
でも、粘るということと、うめさんのように、ご夫婦でユニットを組んで2人のお子さんを育てながら、毎日規則正しく働くということを整合させるのは難しいですよね。
小沢
そうですね。ですから、かなり仕事にバッファをとって計画しています。
青木
なるほど。仕様を変更する可能性を加味して計画するということですね。
小沢
何となくモヤモヤしているときといいますか、仕様変更しそうだなということは分かることが多いので、原稿の提出が遅れてしまう可能性があるときは、すごく前から編集さんにお願いしています。
青木
納期を調整してもらうということですね。
小沢
同じ雑誌で連載している作家さんの原稿でも、一度に印刷所に渡すわけではなくて順番に渡していくので、〆切日にも本当はある程度幅があるんですよね。ですから、なるべく早く、担当さんに今回の〆切は遅くしてくださいということをお願いします。ぎりぎりになって、やっぱりすみません、というのは全員が大変なので。
青木
すごく、仕事の基本ですね…!
小沢
ですから、いわゆる漫画家のイメージである、ギリギリの土壇場のかっこいいドラマはうちはあまりないんですよ。そういったお願いを聞いていただくためには、進行の良いときは校了の前でも、なるべく早く提出するということを心がけています。
青木
信頼の貯金ですよね。なるほど、そういう風に考えると、僕たちも18時に必ず退社するようにしているので、いわゆる土壇場のドラマはなかなかありませんけど、粘ってることはあるのかもしれないです。
小沢
きっと知らないところで、粘ってるんですよ。毎日18時に帰るためには、おそらくその前にやることを決めていますよね。
青木
そうですね。そして、スケジュールを変更したりしても大丈夫なくらいの余裕は必ず持つようにしています。
小沢
変更してしまった時のしわ寄せを、残業の時間に当ててないだけなのではないかと思います。
電話をしなくても、お酒を飲まなくても、信頼関係は築ける
青木
なんだか本当にうめさんは全然毒されていませんよね。業界の常識はこうだからとか、そういったことに。
小沢
そういう意味では、昔ながらの編集さんと組むと、最初は調整が大変ですね。メールだと失礼だから電話をしないと、電話より会わないとという価値観の方はまだたくさんいらっしゃるので。ただ、同世代の若くてお子さんがいらっしゃる編集さんには、すごく楽って言ってもらえます。
昔は編集者は昼まで来るな、朝まで作家と飲んでなんぼだみたいなこともあったのかもしれないんですが、うちは、午前中に打ち合わせしちゃって、18時に帰りましょうというスタンスなので。一緒に仕事しても、一回くらいしか飲んだことない編集さんも多いですしね。
青木
僕もお酒が全く飲めないので、社員ともあまりご飯を食べに行ったりはしないんです。でも、でも、それで信頼関係が築けないかっていうと、
小沢
そんなわきゃあないですよね!一緒にお酒飲んだら信頼関係が築けたと思うのは、どうかなと思いますね。
青木
たとえ、飲んで仲良くなっても、約束を破られたら「なんだよ!」と思いますし。もちろん楽しいからご飯を食べることはありますけど、「食べたから、俺たちそういう仲だからな!」みたいなのは…。
小沢
困りますよね!(笑)
黒魔法を使わずに、ちゃんとやるほうが面倒くさくないから
青木
ところで、白魔法は、小沢さんが使っているのですか?それとも、うめさんとして使っているという認識ですか。
小沢
妹尾は魔法を使うようなタイプではなくて、どちらかというと剣を振り回す方なので、そういう意味では、僕が白魔法を使っていますね。
青木
うちも明らかに、佐藤が戦士っていうか、もっと言えば、ドワーフみたいな相棒です(笑)
小沢
まあ、でも、クラシコムさんも黒魔法系はつかってないですよね。でも、僕は、黒魔法を使いたくなる瞬間もあったりするんですよ。これを言ったら炎上して面白いんだろうなという風に。
青木
わかります。僕もその自覚はあります。でも、黒魔法を使いこなすには相当の器がいるなと思うのです。
僕は器が決定的に器が小さいので。ただ、器が小さい大きいというのは優劣ではないと思っていて。
例えば、おちょこでビールを飲んだらそれは器が小さいということになると思うんですが、熱燗をビールジョッキで飲んだらそれはそれでワークしてないですよね。
結局、自分の器を見極めて、自分にあったやり方をする他に方法はないと思っていて。
小沢
みんな違う器を持っているってことですよね。
青木
そうなんです、僕は、おちょこなんですよ。おちょこじゃ魔法を使うっていっても、白しかないか〜と。黒いところがないわけじゃないんですけど、それやっちゃうと自分が辛くなっちゃうだけのことかなって。
小沢
使っちゃおうかなと思っても、そこは、使った後が絶対面倒くさいと思ってしまうんですよね。
青木
なんとなく、僕らの共通点として、自分を信じてるけどすごいとは思ってないみたいな、これしか自分のやり方はないし、自分にとって最良のやり方だからやってるけど、もともとの出来としてすごいとは思ってないですよね。
小沢
ゆえに、できることをちゃんとやるっていう、地味な結果になりますよね。
青木
そうそう。ちゃんとやろ!ってなります。
お話を聞いていても、色々な障害に対して、がんがん乗り切ってきたというよりは、お願いと信頼の貯金と、ここぞというときは、その貯金を取り崩してやっていくということで、それって超地味な話じゃないですが。
小沢
そうなんですよ。道を歩いても、すごく交通法規を守るほうじゃないですか?
青木
すごく守ります。あと、僕は、朝ちゃんと出社しますね。社長は、オフィスに居ることが仕事ではないので、勤怠が緩くてもいいとは思うのです。
小沢
でも、そのある種の豪快さを身にまとうのも面倒くさいんですよね。
青木
そう、面倒くさいんですよ。オフィスに来ないとなると、面倒くさい説明責任とか、面倒くさいアピールとか、オーラ感をまとわないといけないとか、そういうのはありますよね。
小沢
生き方としては、ジャイアンて大変そうな気がしません?出木杉くんて楽そうじゃないですか。どちらかを選ぶとすれば、出木杉くんのほうが楽だと思うんですよ。
青木
たしかに!あれだけ人に嫌がられることをやって、かつみんなからハブられないところを維持して。
小沢
それ、すっごい大変そうですよね。
小沢
そうですよ。それで結果的に、我々、こんな似たような格好しちゃってね。
青木
そうなんですよ。いかに自分を消すかみたいなファッションになっちゃうわけですよ。そうか、面倒くさがりなんですね。
後編:働く女性の力をいきいきと引き出すプロデューサーのちょっと地味な仕事術。
撮影協力:マンガサロン「トリガー」
※引用:うめ『東京トイボックス』1巻(幻冬舎コミックス)6P
PROFILE
現在は、手土産と文学をつまみにお酒を飲む食べ物マンガ『おもたせしました。』、育児エッセイマンガ『ニブンノイクジ』などを連載中。