数々の人気レシピ本を出版する傍ら、クラシコムと同じ、国立市にあるお店「foodmood」を10年以上経営されています。
今回は、 なかしまさんと同い年のクラシコム代表・青木耕平との対談という形で、経営者としてのなかしまさんと、クラシコムジャーナルのテーマである働き方やビジネスといった、お仕事のお話をしました。
いつもとは、ちょっとちがう、なかしまさんの一面をご覧いただけると思います。前編は、なかしまさんの「foodmood」とクラシコムの「北欧、暮らしの道具店」、2つのお店運営についてのお話をまとめました。
上司も同僚も部下もなく、ひとりでお店をやりたかった
ーーーまず、今回はテーマが「お仕事」ということなので、そもそもなかしまさんが、お菓子づくりをお仕事にされた経緯を教えてください。
なかしま
もともと、私は、編集者や、音楽関係の仕事をしていたんですが、子供の頃から好きだったお料理のお仕事をしたいなと思い、それらのお仕事を辞めて、色々なレストランで働くことにしました。
そして、いくつかのお店で働くなかで、ちょっと、人とやるっていうことがしんどくなってしまったんですね。上から言われても納得できなかったりして。
そして、ひとりでお店を立ち上げることにしました。誰から使われるわけでもなく、同僚も、部下もいない1人でって。
ただ、ひとりでという思いが大きくて独立したので、明確なやりたいことがあったわけではないし、何の資金があったわけではなくて。レストランを経営するにはお金がとてもかかるので、一番少ない予算で始められるお菓子を選びました。
当時、少しずつ、お菓子のインターネット通販が始まっていたので、それなら、店舗も持たず、一人でもできるかなと。ホームページさえ持たず、ただブログでこんな商品を作りましたと書いて、メールで注文を受けました。
でも、それではなかなか生計もたてられないので、近くの本屋さんでアルバイトをしながら数年間運営していましたね。
青木
それはいつぐらいのことですか。
なかしま
30歳を過ぎたくらいの、横浜市の青葉台に住んでいた頃です。
青木
僕たちは同い年ですから、つまり、2005年とかですよね。その頃、僕も青葉台に住んでましたよ!
なかしま
正確には、藤が丘なんですけど。
青木
あー、そうなんですね。そして、今は同じ国立に住んでいるんですね。国立にはいついらっしゃったんですか。
なかしま
34歳くらいのときです。青木さんもその頃じゃないですか。
青木
そうです!僕たち、もう10年以上ご近所さんなんですね。国立にはどういったきっかけで引っ越されたんですか。
なかしま
ネット通販をもっと頑張ろうと思って、キッチンが2つある二世帯住宅型の物件に引っ越すことになりまして。それが、たまたま国立でした。
現在は、同じ国立に実店舗を構えて運営している。
姉と開催した展示会で少しずつ増えた顧客
青木
でも、まあ、引っ越すほどだから、それなりにコツコツ売上も積み上がっていたわけですよね。どうやって販売を拡大されたんですか。
なかしま
取材は1回くらいしか受けたことがなかったんですが、編み物をしている姉と姉妹で毎年一回展示のようなことをしていて。そのお客様がついて、通販も少しずつ広がってという感じですね。
そして、大きなきっかけとしては、国立に来てから、本を出版できることになって。そこで認知度がドンと上がって、通販のお客様も増えました。それが、9年前ですね。
青木
なかしまさんと同じように、自分でつくったものを販売したいという人は多いと思うんですが、なかなか大変ですよね。
1つでも2つでもきちんと売れるということ自体すごいですし、生計は立てられないまでも、引っ越そうという気持ちになれるまでになるというのは、素晴らしいことですよね。
もしかしたら、展示会を定期的にやるというのは、毎年必ず新たなお客さんと出会う事ができるし、反応を定期的に、ダイレクトに見ることができるし、本を出すというチャンスを待つためのつなぎとして、とても有効な手段だったのかもしれないですね。
なかしま
そうですね。すごく楽しみにしてくださる方がいて。
やりたいことは、欲されることを考えたら更にクリアになる
なかしま
でも、そんなにいっぱい注文が入っていないときでも、辞めようと思ったことは一回もなくて。
結果として言えるのは、続けてたらいいことあるよってことですよね。簡単に結果は求めないんです。すぐ大きい目標とか結果を求めたくなるんですけど、まずは淡々とやりたいことをやっていたら、きっといつかそれが何かにつながっていくということを感じます。
青木
なるほどなぁ。
なかしま
うちのスタッフや、周りからは、何かものづくりをしたいけど、何をしたら良いかわからないということをよく聞くんですね。
じゃあ、私にそんなにやりたいことがあったのかな…と考えた時に、思い当たることとすれば、「バターを使わないお菓子」を作るということかなと思うのですが。
もともとお菓子づくりが好きですし、最初はバターを使うお菓子も作っていたんですが、両方を販売してしまうと、特徴が見えなくなってしまうので、仕事にするなら、バターを使わないお菓子に集中させようと思いました。
バターを使わないお菓子だと、幾らつくっても飽きないということも大きいんですが、他に自分が美味しいと思うバターを使わないお菓子が、当時はほとんどなかったので、これならお仕事にできるというか、求めてもらえるのではないかと思いました。
青木
自分がこれをつくりたいという思いがあって、かつ、みんなをどうしたら喜ばせられるんだろうと考えると、やりたいことが更にクリアに見えるのかもしれないんですね。
なかしま
そうかもしれないですね。
種類を増やさないことがお店の特徴をつくる
なかしま
お菓子の種類を増やすというよりは、減らしてわかりやすくっていうのは今も同じなんですね。
お菓子屋に限らず、毎日同じものを作っていると、スタッフは不安になるんです。お客さんが飽きちゃうんじゃないかって。
もっとこんな新しいお菓子をやったらどうですか?ってスタッフに提案されるたびに、「お客さんは私たちにそんなこと全然求めて無い」「いつも同じ美味しいものがあるということが大事なんだよ」ということを、何度も話します。
青木
すごくわかります。作る方が先に飽きちゃうんですよね。
お客さんを良い意味で裏切りたいという思いは、作る方には絶対にあって。でも、僕もスタッフに、「北欧、暮らしの道具店」には、こういう感じの記事がありそうって思って来てくれるお客様には、そういう記事を用意していれば良いんじゃない、という風に言います。
もちろん長く愛される老舗のお菓子屋さんのように、微妙な範囲で少しずつ商品を変えていくとかいうのは良いと思うんですけどね。
なかしま
それは素晴らしいことですよね。
青木
でも、目に見えて、こんな面もあるんだ、意外!っていうところを見せ過ぎなくて良いんですよね。
なかしま
二代目がこうきたか…っていうお店もありますよね。それがうまくいってることもあると思うんですけど、あの味が好きだったのに、あー、残念…ということも、よくあるじゃないですか。そんなことになるなら、今あるものをもっと美味しくするほうが楽しいじゃん、と思うんです。
青木
それって、スタッフの方々にすぐ伝わりますか。
なかしま
繰り返し言う必要はあると思います。やっぱり華やかなものに憧れるし、売れてる流行りのお店は気になりますよね。それは、当然だと思います。だから、繰り返し、確認していかないといけないことですね。
売り切れは誇れることじゃない。恥ずかしいと思わないと
なかしま
なかなか、こういう話を相談できるひとがいなくて。
青木
そうなんですよ。
なかしま
お菓子屋さんはたくさんいらっしゃいますけど、みなさん状況が違いますし。
結局、自分でやりながら考えていくしか無くて、途中で気づいたのは、あ、これは作る量が増えれば売上も増えるらしいってことで。
青木
供給の問題はありますよね。
僕らの業界でも、まずお客さんを増やそうという人が多いんですよね。
でも、売上や利益は、供給量を確保する仕組みを作ることから始めないと、お客さんばかり増えても、売るものがないと仕方がなくて。それどころか、すぐ売り切れると思われてしまうことは、未来の売上を損なうことになりますからね。
なかしま
うちも、必死で、昔の規模が小さかった時の「すぐ売り切れてしまう」というイメージを挽回しているところで。今は、夕方になっても結構あるんです、本当はあるんですよ!ということがなかなか広がらなくて。
青木
うちは仕入れて販売することが中心ですが、仕入れの担当者って、在庫がなくなることが気持ち良いんですよね。
なかしま
それをはずかしいと思わないといけないんですよね、お店としては!
青木
そうなんです。売り切れることを気持ちよがっているのを見ると、そうじゃねえだろうって。
うちのジャムのシリーズも、発売当初はすぐに売り切れてしまうことが多かったので、未だに会う人会う人に瞬殺しますよねって言われちゃって。今は、結構あるのに!って。
なかしま
そうそう!挽回できないんですよね。
以前、「すぐ売り切れるお店」というテレビ番組の取材がきたときも、それはお客さんにアピールできることではないので受けることはできません!とお断りしました。
もちろん、お菓子は賞味期限のあるものですし、残るのは嫌ですが、ちょうど閉店と同時に売り切れたら良いなって思いますよね。
青木
僕は、よくスタッフに、余ったことがないと、本当の需要はわからないよって言うんですね。余った時に初めて、どのくらいほしい人がいたかってことが分かるじゃんて。
実店舗だけだから提供できるお菓子を買うという「体験」
なかしま
作る数は難しいですよね。よく実店舗は天気で左右されるっていうじゃないですか。でも、うちは、よっぽどの台風で電車が止まっているとかでもない限り、さほど変わらないので、作る量もあまり変えないようにしていて。
青木
そうなんですね!駅から距離があるので、天気に左右されそうですが。
なかしま
国立っていう場所自体が、遠いじゃないですか。未だに国立を「こくりつ」って読んで、国立競技場に行っちゃって、そこまで来てから電話が来るみたいなこともあって。でも、地方の方からしたらわからないですよね。国立に来ることがすでにイベントなんです。
青木
山奥にお蕎麦を食べに行くようなことですね。
なかしま
そうなんです。そんな風に、国立に来ていただいて、国立を楽しんでいただいてっていうことを優先したくて、私たちは、通販をやめたんです。
青木
今は、通販をやられていないんですね。
なかしま
年に1回、ほぼ日さんと一緒に販売させて頂く以外は、一切発送はしていなくて。
手が回らないということもありますし、お菓子は単価が安いので、そこに送料や代引き手数料がかかって高くなってしまうので…。みなさんは平気なのかもしれないんですけど、私はそこがあまり好きではないというか。それだったら、交通費はかかるけど、国立まで来てほしいんです。
青木
その体験全部がひとつの商品なんですね。夏の暑い日に、お店に入ったら涼しかったり、アイスコーヒーが美味しかったりとか、そういうことをすべて提供しているんですね。
なかしま
そういう思いで、今の場所で、カフェという形でお店を作りました。
自分たちが得意なやり方で、また来てもらうための感動を
なかしま
逆にクラシコムさんは、実店舗があったのに、今はやめてしまったじゃないですか。あれをなくした一番大きな理由は何だったんですか。
青木
そもそも、始めた理由が、当時は、ネット通販専門だと、商品を卸してもらえない事が多くて。実店舗がないというと、問答無用で駄目だと言われていたので、じゃあ、あるよって言えるものを小さくても用意しようというのが動機づけだったんです。
ただ、僕らにとって、実店舗は完璧じゃなかったんですよ。
通販だったら、このくらいの体験をさせられるのに、実店舗ではすごく限定されていると思っていて。
なかしま
実店舗のほうが通販よりも、体験が限定されると思われたんですね。興味深いです。
青木
もちろん実店舗であれば、商品を直に触ってもらえるということはあるんですけど。
でも、ネット通販のほうが、どういう人が作って、どんなこだわりがあって、こういう風に使ったら素敵だよねっていうような、商品にまつわる想像をより沸き立たせることができるのではと思ったんですね。
色々なコンテンツを読んで、これは良い商品かなとドキドキしながら買って、届くのを待って、届いた時にリトルプレスが一緒に入ってたり、こんなにキレイに梱包してくれるんだってなったり、そういう全部を含めた体験をリッチにしたいと考えていて。
それに、素敵な実店舗って世の中にたくさんあって、僕らがそこを超えるお店を作ることができる気がしなかったんですよ。
なので、自分たちが一番得意な場所に徹底的に集中したいと思い、実店舗は閉めることにしました。
なかしま
すごくわかります。
SNSなどを使って、とても上手にネット通販で販売されるお菓子屋さんやパン屋さんていらっしゃいますよね。面白くて、私もよく見ているのですが、そういう方々をみると、自分はできないから、今自分がやっているやり方でやらないと、と思います。
逆だけど同じことですよね。
青木
自分が得意なことってなんだろうということは考えますよね。好きなことというよりも、どういうことが気持ち良いのかなって。
なかしま
そうですね。すごく好きなことっていうことではなくて、これだったら続けられるかなっていうところだと思うんですよね。
後編では、さらに、なかしまさんが経営者として、会社運営やスタッフのみなさんに対してどのような思いを持っているのか、などといった内容をまとめております。ぜひご覧ください。