「らしさ」を未来に繋げていくために。「北欧、暮らしの道具店」編集読本・制作の裏側。

書き手 クラシコム馬居
写真 平本泰淳
「らしさ」を未来に繋げていくために。「北欧、暮らしの道具店」編集読本・制作の裏側。
今年のはじめに、クラシコム社内で1冊の本が配られました。その名も「KURASHICOM BOOK 1」。クラシコムが運営するメディア「北欧、暮らしの道具店」の編集について社内用にまとめられた読本です。

制作を担当したのは、「北欧、暮らしの道具店」編集グループでマネージャーを務める津田です。本企画が生まれた経緯について尋ねると、それは「冬毛に生え変わるようなものだった」と言います。

「犬が夏毛になったり冬毛になったりする時って、別に何も考えていないはず。生きるための機能なんですよね。会社も生き物のようなもの。時が経って、人が増えて、環境も変わって、そんな中で何となく生まれたのがこの本なんです。」


制作を担当した編集グループマネージャー・津田

サービス開始から10年を超えた「北欧、暮らしの道具店」。なぜこのタイミングで読本が必要とされたのでしょうか。

「KURASHICOM BOOK 1」が生まれた背景を、この本を配られたスタッフたちと一緒にワイワイ聞いたインタビューのレポートでお届けします。

北欧、暮らしの道具店「らしさ」の正体が知りたい。

それは「北欧、暮らしの道具店」が10周年を迎えたことをきっかけに、編集グループのマネージャーである津田が感じたこんな思いから始まりました。

津田
「『北欧、暮らしの道具店』は、今でこそ編集経験のあるスタッフも入社していますし、外部の方を講師に招いて、編集や校正校閲等について社内向けの勉強会を開くこともありますが、10年前から長い間、編集経験者がひとりもいない状態でのメディア作りをしてきました。

それでも、今となっては自分たち「らしい」スタイルを持っているという実感もあるし、外部の方からもそういうお声をいただいている。10年という節目を迎えたことで、改めて自分たちのことを知り直したいという思いを持つようになりました。

新しく入ってくるスタッフや、外部のライターさんやカメラマンさんへお仕事をお願いする際に参考にしてもらう資料が、色んな場所に色んな形式で点在していたので、それが一冊にまとまっていればいいな、という便宜上の理由もありましたし。」


クラシコム社内のカフェルームにて、社員の前での公開インタビューを行いました。

「らしさ」をまとめたい。でも、今回の取り組みで目指したのは単なるマニュアル本ではありませんでした。

津田
「作りたかったのは、例えばクラシコムの編集山というものがあったとして、高速ロープウェイに乗って頂上まで辿り着くための指南書ではない。右足出して、次は左足出してと細かく指示するようなものでもない。

あの先輩はこう登ったらしい、とか、あの辺には綺麗な景色があるから休憩するといいよ、という山登りのお供になるような本にしたかったんです。この本を持っていると、楽しく山が登れるというような。」

その「単なるマニュアルではない」本を作るために企画書を通す時点で宣言していたのは、あらかじめ「決めない」ということ。

津田
「私自身がこの本を作る過程で、どうしたらクラシコムの編集について伝えられるのだろうか、ということをとことん考えたかったので、決まったプロセスを取らないということを企画書に入れました。

手探りで進めますんでよろしくお願いしますって。つまりはスケジュール通りにはいきませんよ!という宣言です。実際、その年の7月頃に刷り上がる予定が、翌年の1月まで伸びましたから。よく許してくれたな、と感謝の気持ちですね(笑)」

「本」という体裁へのこだわり

「KURASHICOM BOOK 1」を手に取ったスタッフから真っ先に上がったのは、「帯がついてる!」という声でした。そのほかにも、「本」としてのこだわりが随所に見受けられます。利便性やPRを考えれば、ウェブでの公開という方法もあったはず。なぜ、本にこだわったのでしょうか。

津田
「ウェブでマニュアルを作っても、存在を忘れちゃうんですよね。このボリュームを全て読める気もしない。それよりも、常にみんなの机の上やカバンの中にあって『あれってどうなんだっけ?』と気になった時に、パラパラとめくって『ああ、そうか』となる【体験】をして欲しかったんです。

疑問がある時だけじゃなくても、普段は編集に携わらないスタッフが書き物をしなくちゃとなった時に、何かヒントがあるかもしれないと手にとってもらえたらいいなという思いもありました。

ですから、装丁や帯などはこだわりました。タイトルに『1』とつけたのも、2、3…と誰かが続けてくれたら面白いな、という気持ちはありましたが『本らしくなるかな』という想いが大きかったです。」

まるで台本のように柔らかで手に馴染むような紙質にもこだわりが。

津田
「気になったことがあったら書き込んだり、折り目をつけたり、ラフに使ってもらいたい。だから、聖書のようにがっしり分厚い装丁ではなく、手に取りやすいものにしたかったんです。」

そんなこだわりを持ちつつも「手探りで進める」と宣言した通り、通常の本作りで最初に決める「ページ数」や「目次」すら白紙の状態でスタート。その苦労は想像以上で……。

津田
「最初は、1ページにひとことずつ載せて10ページくらいの絵本のような体裁でもいいな、と思ったんです。でも、いざ10ページの本を形にしようと思うと、背表紙がない!それは、私がイメージしていた『本』にはならない。他の本と並んでも、ある程度はきちんとした本として存在感を持っていないと、ふとした時に手に取るという体験ができないので。

じゃあ、白紙を追加してページ数を増やして、好きに書き込めるようにしたらどうだろうと考えました。でも、それではノートになってしまう。作りたいのは本なのに!

結局、96ページくらいのコンテンツがないと、私が想像している本の形にはならないことにたどり着きました。そんな風に、作り始めて2ヶ月は、とにかく『どうする?どうする?』とばかり言っていましたね。」

なぜこれを知りたいの?社員アンケートでの違和感

本のコンテンツを決めるにあたって、参考にしたのは計2回行われたスタッフへのアンケートでした。

まず最初のアンケートは企画概要を伝えた上で、本に盛り込んで欲しいコンテンツについて尋ねました。そして「企画の立て方」「写真の撮り方」など複数の項目の中で、最も知りたいというチェックがついたのは、編集方針や大切に思っていることなど、「北欧、暮らしの道具店のコアとなる価値観を知りたい」というような項目でした。

その結果はひとつの気付きとなりました。

津田
「アンケート結果を見て、今回一緒に本を作ってもらった外部ライターの片田さんに驚かれて。というのも、片田さんはこれまでもクラシコムの社員とたくさんの仕事をしてきて、クラシコムの社員はみんな、編集方針や守るべき価値観をすごく理解しているのに、なぜ敢えてそこを知り直したいと思うのだろう?って。言われてみると確かにそうだなと。」

その違和感は、2回目のアンケートの結果を見て確信に変わります。問いは、「北欧、暮らしの道具店」のコンセプトにもなっている「フィットする暮らし、つくろう」の「フィットする暮らし」とはどういうものだと思いますか?というもの。

津田
「全員、本当に『フィットする暮らし』というものを理解していたんです。すべての回答に、はいはいって私が頷くことができる。なのに、みんな『自分は分かっていない』と思っている。これは何だと。」

そこで、「KURASHICOM BOOK 1」が目指す一つの方針が決まります。それは、みんながわかっているんだよと伝えること。目新しい、初めて見るようなノウハウではなく、日々の仕事の中で繋げてきた、あまりに当たり前のことを言葉にする作業です。しかし、これがやってみると難しい。

津田
「自転車は乗れていても、どう乗ってるのかはうまく言葉にできない、というようなことに似た苦労がありました。」

当たり前に染み込んだ「らしさ」を探り出す

「そんなこと知らかなかった!」というような内容ではなく、「そうそう!」と皆が頷くような「らしさ」を言葉にするために。まず最初に取り組んだのは、スタッフそれぞれの中にある言葉を引き出すことでした。

実行したのは、全スタッフへのインタビュー。事前にアンケートをした「フィットする暮らしとは?」の答えをもとに、「あなたの仕事でそれを実現するために、気をつけていること・大事にしていることは?」という質問を投げかけました。

津田
「最初は編集チームだけにインタビューしようかと考えました。でも、「北欧、暮らしの道具店」の編集をしているのは、編集チームだけじゃないよなという想いがあって。

お客様係が、お問い合わせやクレームに対して『どう対応するのがうちの店らしいのだろう?』と考えることはすなわち編集だと思うんです。バイヤーがどんな商品を仕入れ、どんなオリジナル商品を開発するのか、ということも同じ。

『北欧、暮らしの道具店』はみんなで作っている。だから、経営者だけ、編集チームだけ、社歴の長い人間だけではなく、全員の言葉を入れるべきだな、と。そして、当時在籍していた全47人の言葉を盛り込むことになりました。」

そうして出来上がったスタッフインタビューの章では、全スタッフに1ページずつ割り当てられ、インタビューで答えた内容から抜き出されたキーワードと短い文章が載せられました。

それぞれに想いを書いてもらうのではなく、津田と片田さんがインタビューして書き起こす『聞き書き』にした理由もありました。

津田
「本当に言いたいことを文章にするのって難しいですよね。それぞれ作文能力も違いますし。実際に行ったのは、5、6人ずつのグループインタビューでしたが、途中で考え込んで沈黙が続いてしまう、なんてこともしばしば。自転車の乗り方を言葉にするようなものですから……。でも、その姿を見てなおさら、これはとても貴重な記録なのではないかと感じました。

私たちが書き起こすことで、もしかしたら本当に言いたいことと違ってしまうかもしれないけれど、あなたらしさが出ているのはこの言葉だと私たちは思ったよ、という編集を本人にも楽しんでもらえたらいいかな、と。」


自分たちが発信している内容には、たくさんの思いが詰まっているという共通点を「高カロリー」と表現したスタッフも

さらには、掲載の順番にもこだわりが。

「インタビューの順番通りに掲載しました。というのも、グループインタビューだったので、どの言葉もディスカッションの中から出てきたもの。誰かが言ったことに対して何かを思うから言葉が出る、そういう普段のコミュニケーションをそのまま体現したかった。全然違うフレーズに見えても、なんとなく繋がりがあって読みやすくなったのではないかと思います。」

マニュアルがあるからこそ「自由」になれる

最終的にはスタッフインタビューを含め、こんな章立てでまとめられました。

第1章 北欧、暮らしの道具店の編集方針
第2章 北欧、暮らしの道具店の編集マニュアル
第3章 スタッフインタビュー
巻末付録:編集のための資料

反響が大きかったのは、第2章に収められた具体的な編集のノウハウが詰まった企画書サンプル。一つの企画書に対して、編集グループのマネージャー3人がそれぞれにチェックをしたページです。

言葉は違えど、共通した方針が見え、特に編集グループ以外のスタッフからは面白いと評判の高かったこのコンテンツ。しかし、作った本人は満足がいかなかったようです。

津田
「ここは正直伝えきれなかったなという思いがあります。というのも、実際にはここに書き込んだことの何倍も口頭でツッコミをいれるんですね。

会話をしながら、なぜこの企画にしたのかを引き出してブラッシュアップしていく。そういう過程を表現するには、情報が足りなさすぎて。いっそのこと、口頭のやりとりを録音してアップロードして、QRコードをつけるくらいしても良かったのかもしれないとさえ思いました。」


「実際はもっと突っ込まれますね。」とうなづくスタッフ。

それでも、嬉しかった感想もあるといいます。それは、3人のマネージャーのツッコミの違いが見えたことで、正解がひとつではないと感じたというもの。

津田
「作りたかった編集マニュアルは、誰かの正解を書いてこの通りに真似すればうまくできるんだ、というものではない。共通して大切にしたい価値観はあるけれど、そこにどう辿り着くかは各人に任されている。同じ企画に対して、3人のマネージャーが違うツッコミをいれていたとしても、どれも良いものを作るためのあり方だから違ったっていいんだ、ということは伝えたいことでした。」

正解はない。それでも、本の中には様々な手順や各作業で気をつけることなど、かなり詳細なマニュアルと資料が詰め込まれています。

津田
「私たちの編集に正解はない、とは言いたかったけれど、全てにおいて自由かといえば、そこまでゆるやかに運営してはいないとは思っていて。

私たちのメディアで言えば、『自分=読者の中のひとり』ということがキーポイント。でも、そこを踏まえていればなんでもOKかというとそうではない。それを一度言い切ってしまいたかったんです。

特に第1章でまとめた『編集方針』は必ず理解していて欲しかったし、わからないなら聞いてほしいこと。第2章の『編集マニュアル』も効率的に進めるために頭に入れてほしい。

自分らしさを表現することは大切だけど、全ての作業を自分で再定義する必要はない。この本で言い切っていることはただ共感を持ってくれたらそれでいい。そこはこの本を頼ってほしい。

でも経典のようにはしたくなかったので、マニュアルとしてまとめる部分と、それぞれの解釈に任せたい部分とのバランスは難しかったですね。」

実際、スタッフはどう思っている?

制作過程を聞いた後、あらためて「KURASHICOM BOOK 1」についての感想をスタッフに聞いてみました。

スタッフ望月(お客様係)
「私はこの本を受け取って、自分の中の変な憑き物みたいなのが取れた気がしました。『北欧、暮らしの道具店』では、編集チームではない私たちもコラムを書く機会がありますが、ずっと編集経験や写真の技術がないことにコンプレックスを持っていたんです。

でも、みんなのインタビューを読んで、葛藤しているのは自分だけじゃないということがわかったし、編集方針や大切にするべきことは、自分がやってきたことと違わないということを確認できてでホッとしました。」

スタッフ青木(編集チーム)
「マネージャーの赤入れ部分は、これだけきちんと見てくれる人がいるなら、私はのびのび書いてもいいのかな?なんて思っちゃいました。みんなもこんなに突っ込まれてるのか、ってちょっと安心したりも(笑)」

スタッフ今野(お客様係)
「今朝もこの本を読んできたのですが、最初に受け取った時と違う箇所に目が行ったんです。私には、生き方に迷ったり困った時に開く本が一冊あって。その本も、開く時ごとに心にひっかかるポイントが違います。『KURASHICOM BOOK 1』も、きっとそういう本になってくれそうだな、と思いました。」

スタッフ遠藤(UI/UXデザイナー)
「実は、この本を受け取ってからしばらくは読むことができませんでした……。というのも、入社して1ヶ月くらいの時だったので、私には言葉がとても重たく感じてしまって。途中で断念してしまう、を繰り返していました。

でも、ある日デザインについて模索する中で、まだ言葉にはできない、何も決めたくはないという気持ちになることがあったんですね。その時に、ふとこの本を開いたらみんなのインタビューが目に止まって。

会社は有機体なんだなって。それぞれが想いを持っていることも、変わっていくことも当たり前。全てを決めつける必要はない。そういう風に、みんなが思っていることがありがたいな、と思いました。」

自分たちにフィットする「らしさ」の伝達を。

どの会社においても、ノウハウやカルチャーを伝えていくことはとても重要で、そしてとても大変なことです。正解が何かなんてわかりません。

津田
「きっと標語をポスターにして壁に貼るとか、理念を覚えやすいキーワードでまとめるとか、色々な方法があるんだと思います。そのほうが、染み込む組織であれば、それこそが文化。でも、私は、クラシコムには『本』という形の方が合っているかなと思いました。

成功している他社事例をそのまま実行しても、なかなかうまくいかない。自分たちに合うやり方を探すしかない。つい高速ロープウェイに乗りたくなっちゃいますけどね。私がその乗り場を知らないだけで、きっと近道はあるはず!と思ってしまいがちだけれど、そもそもに高速ロープウェイなんてないんです。一歩ずつ進んでいくしか方法はない。」

「KURASHICOM BOOK 1」はこれからクラシコムにどのような影響を与えるのでしょうか。

津田
「最初に読んだときに心に残ったフレーズと、改めて読んでみた時に目に止まった内容が違った、という感想はとても嬉しくて。まさに、そういう本になって欲しいと思います。

コラムを書いていて悩むこともあるし、商品ページを作りながら手が止まることもある。入社したては何もわからないし、教育係になって後輩に伝えていく立場になってから悩むこともある。その時ごとに、ちょっと立ち止まってパラパラとをページをめくってもらえたら嬉しいです。」

 

関連:「北欧、暮らしの道具店」編集チームの働き方