第1回目となる今回は、『北欧、暮らしの道具店』を作った本と題して、前後編で4冊の本をご紹介します。
聞き手は、クラシコムジャーナル編集馬居です。
「北欧、暮らしの道具店」開店前に読んだお気に入りの4冊
ーーー今回は「北欧、暮らしの道具店を作った本」として4冊がピックアップされました。すべて、お店を作る前に読んだ本とのことですが。
そうですね。ざっくりいうと、『ビジネスを育てる』は、僕がビジネスをこういう風にやりたいんだなということがわかった本です。アメリカで、高級園芸用品のカタログ通販会社として始まったスミス&ホーケンの創業者が書いた本です。
あとの3冊は、全て広い意味での通信販売事業をされている日本の有名な企業の創業者の方が書いた本で、『北欧、暮らしの道具店』を作っていくにあたって具体的に参考にさせていただいた本です。
『ビジネスを育てる/ポール・ホーケン』(バジリコ)
◎誰かにあげられるよう常備しているビジネス基本論
ーーーでは、まずは、『ビジネスを育てる』からご紹介をお願いします。これは、どういった時に読まれたのですか。
ビジネスのスキルは少しずつ経験を積んで、これぞというテーマが見つけられれば、事業を始められそうだなと思っていた30代の前半の頃だったと思うんですけど。何かやりたいけど、やりたいことが見つからないというときでした。
著者のポール・ホーケンさんは、アメリカで自然食品やガーデニング関連の小売業を成功させた方です。
日本では2005年に出版されて、今はもう絶版してはいるんですが、僕はこれを常時10冊から20冊持っていて。ちょっと読んでみてとすぐ人にあげられるようにいつも持っているんです。そのくらい影響された本なんです。僕のビジネスに関する考えの基本はすべてここに詰まっています。
訳者は阪本 啓一さんという方で、マーケティングに関する様々な本を書かれたり、これぞ!という本を訳されたりしていて、シンパシーを感じることが多いんですね。
ーーーそんな英語あるのかな?という訳もでてきますよね。日本人にとてもわかりやすく訳されているなと感じました。
そうですね。この方の翻訳はとてもセンスが良いのですよね。
◎ビジネスは自己表現、好きなことを追求すべき
ーーーこの本のどこにそんなに惹かれたのですか。
この本を読むまで、ビジネスは儲けるためとか、成功するためとか、あまり自分には魅力に感じない目的と直結しているように思っていたのですが、それがガラッと変わりました。
作家さんが小説を書くとか、絵描きさんが絵を描くように、ビジネスも自分の特性を活かした「自己表現」なんだと。自分を生き生きと表現することが結果的にビジネスの成功に結びつくのだという考え方に変わりました。
最初のここで心を掴まれてしまいましたね。
“「成功するビジネスというのは、個人がのびのびと自己を表現することでもたらされる」という信念にもとづいて話を進めていくつもりだ”(p.23)
ビジネスも、自分の中にある、理想の世界観を表現する手段だと思ったら、すごくやる気が出ました。好きでずっと続けられることこそ、自分のビジネスにするべきということが、全編を通して書かれています。
ーーー「北欧、暮らしの道具店」で扱っている雑貨や家具が好きでずっと続けられることだったということですか?
もちろんインテリアは、若い頃から好きでしたし、続けることができる分野だとは思いました。
でも、それ以上に、今僕たちがしている発信を楽しんでくれるタイプの人たちのことが好きなんですよね。
その人のためのサービスは、自分のためのサービスのようなところもありますし。お客さんのことが自然に好きでいられるジャンルなのかなと思います。
◎ビジネスは体に染み入らせることから始めるべき
ビジネスというものは、自分の手と頭でやって、ちゃんと体に染み入らせるんだよというところもいいですね。
“ビジネスを育てるということは、キレイゴトではできない。だからぼくは言葉だけで「実践せよ」と言うのではなく、文字通り、全身全霊を込めて取り組め、という意味で言っている。
ビジネスを育てるということは、あなた自身が汚れ仕事にも自ら精通することを意味する。はじめのはじめに、業務全般について正しくコントロールできるだけの力をつけよう。業務がどのような基本要素に寄って成り立っているのかを知ろう。このことは、後に、業務分担の割り振りができるようにするためにも必要だ。
最初の、このような地道なプロセスを飛ばしてはいけない。後々トラブルの原因になる。どのような成功したビジネスであっても、最初は地味な業務から始まったのだ。”(P.32〜33)
「北欧、暮らしの道具店」を始めて数年間は、倉庫で商品を入荷しては出荷してを繰り返す日々が続いて。
そんな中でも、「こんなところで、誰にも知られずに、こんなことばかりしていていいのだろうか…」という気持ちにならないですんだのは、この言葉があったからですね。
経営者なのに…なんて考えないで、現場を経験する大切さをきちんと実感することができました。
◎一度に複数のビジネスをやったらだめ
ここも影響されていますね。一回に何個ものビジネスを立ち上げちゃ駄目だという。
“もう一つ、忠告をしておこう。ビジネスを二つ始めないことだ。
アイディアというものは一つで充分、それを軌道に乗るようにするだけでも大変な労力が必要だ。一つの事に集中しよう。一つをやり遂げて初めて、次の新しいことに着手できる。”(p.89)
ポール・ホーケンさんは、ガーデニンググッズの小売販売を通販ビジネスで始めるのですが、卸販売の引き合いが来たんですね。これを両方やった自分たちが駄目だったと書いているんです。
これが肝で。一見、ひとつのビジネスをやっているように見えるふたつのビジネスというものが落とし穴で。僕らの場合も会社を立ち上げて2、3年後から、卸と小売と両方やりませんかというお声がけもありました。でも、これは、同じように見えて、違うビジネスなんです。まだ小売が立ち上がり切っていない段階だった頃なので、涙を飲んでお断りする決断をした思い出があります。
あの時に、僕が、全く違うビジネスを2つも管理できるのか、社員の少ないリソースを全くちがう2つの仕事に分けてやってもいいのだろうか、と慎重に考えたのは、この本から学んだ戒めがすごく大きかったからです。
昨年広告の事業を始めるまで、ほぼ10年、小売のECだけに集中してきたのは、これに影響されていますね。
◎会社の成長は植物の成長に学べ。健全なる育成を。
あとは、成長に関する考え方もここで学びました。あまりに速くても駄目、遅くても駄目、健全でありたいという考え方ですね。
“僕が携わっているガーデニングと園芸のビジネスの観点から見るなら、あまりに速い成長をする植物は、実のところは健康とは言えない。そして、あまりに遅すぎる植物もその後の成長に問題があるようだ。(中略)
健康的で、成長に富むビジネスを創造することも同じだ。その気のない市場をねじふせて成功を奪い取ることなんてでない。起業家についてまわる、征服者するヒーローぶったイメージは ウソだ。(P.119)”
僕らも、会社をどのくらい大きくしたいのかと聞かれた時には、「会社は生き物と同じだから健全でありたい」と答えるようにしています。
◎日常の中にあるつまらないものがビジネスになる
この本で、一貫していわれているのは、ビジネスの種類は、日常の中にあるとるにたらない類の商品を、違う角度から光を当ててみて育ててみようということなんですね。
僕らが「北欧、暮らしの道具店」を始めたときって、ECは今よりも注目されていなくて。
ウェブ2.0とか、ウェブサービスはすごくもてはやされていて、今更EC?ネットショップ?というかんじで。その中で、さらに雑貨屋さんなんて、起業してスケールさせていくビジネスには見えませんでした。
でも、ポール・ホーケンさんも、はじめは、イギリスのガーデニンググッズを仕入れてアメリカで販売する、というとても小さいところから始めて、それを成長させていて。
自分もビジネスとして選ぶジャンルは、ぱっと見で最先端とか、注目を浴びているとかいうことではなくて、むしろそうじゃないもののほうがいいんだなと思えたのは、この本を読んだからですね。
一貫して、周りをみるなと。お客様が本当に求めていることと自分の商品に集中しようということを学びました。
これだけ、ビジネスのことで、さりげなくたくさんの名言が含まれている本は他にあんまり知らなくて。ゆっくり始めれば良いんだとか、最初は練習なんだから焦るなとか、自分にメンターみたいな人がいたら、言ってくれそうな名言がいっぱいあって。何度も読み返して、その都度響く場所が違うんですよね。
後編では、「北欧、暮らしの道具店」がECでありながら、なぜメディアに力を入れようと思ったのか。その決断への影響を与えた3冊をご紹介いたします。