映像、漫画、ゲーム、雑貨、空間、VR、ボードゲームなど、領域を超えたエンタメ事業を手がけています。サントリー、小学館、ソフトバンクといった名だたる企業ともコンテンツ制作で協業。さらに、見れば欲しくなる雑貨アイデアを発信する「6秒商店」、累計1万個を売り上げたボードゲーム「ツッコミかるた」など、自社発の仕掛けも打ち出します。
……と、公式ウェブサイトからの情報は数あれど、彼らのことを「名前は聞いたことがあっても、実はよくわかっていない」という人も多いよう。それもそのはず、これまで「チョコレイト」という会社像や考え方について、あまり多くは語られてこなかったのです。
今回、かねてよりその存在が気にかかっていたクラシコム代表の青木は、チョコレイトのオフィスを訪れる機会を得ました。チョコレイト創業前となる2016年より顔を見知っていたという、代表取締役の渡辺裕介さんとの対談です。起業の源泉は?Twitterプロフィール文に踊る「目指せDisney任天堂」の真意とは?そして、コンテンツの向かう先は……?
代表青木、気になるままに、渡辺さんへあれこれ、聞いてみました。
「ピュアで熱量の高い現場」が原体験に
クラシコム 青木耕平(以下、青木)
チョコレイトの創業から、まずはお聞きしたいです。あまりわかっていないことも多くて。
チョコレイト 渡辺裕介(以下、渡辺)
そうしたら、僕の来歴から話しますね。大学を出て、終身雇用のつもりで第一志望の博報堂へ入りました。とにかく広告代理店に入りたかったんです。
青木
広告が好きだったとか?
渡辺
一番に大きかったのは「何か面白いことをしたい、話題を作りたい」みたいな気持ちだったと思います。人が喜ぶのがすごく好きで。
たとえば、部活や友達の内輪ネタとして、あだ名をつけたりするじゃないですか。あだ名って、潜在的な価値をワンワードで浮き彫りにして提示することで、共感が生まれて、みんなが笑ったり面白がったりするのが楽しい。それって広告だなって思って。
ありとあらゆるお題を通じて、その楽しさを世の中の人へ提示できる面白いフィールドじゃないかと考えました。
青木
言い換えるなら「見立て」が得意だったんでしょうね。京都のお寺にある石庭も、意味を見出すことで「美しい」と鑑賞できる。渡辺さんは生来、そういった見立てが得意で、面白さを感じていたのかなと。
渡辺
そうですね。周りの人の見立てにも、僕はすごく面白さを感じていましたし。
博報堂には営業職として入社。最初はTVCMやグラフィックなどの制作プロデュースがメインだったのですが……、どうしてもクライアントとクリエイターの板挟みになることが多くて。もっとメディアやコンテンツに関わる仕事がしたいと考え、異動を願い出て、今でもTOKYO FMで日産自動車が提供しているラジオ番組『NISSAN あ、安部礼司 ~ BEYOND THE AVERAGE ~』の担当になったんです。
青木
ラジオドラマのスタイルで作るコメディ番組……あまり見ないタイプですね。
渡辺
「とにかく面白い番組だったらスポンサードするから」というクライアントさんの太っ腹な要望から企画された番組でした。広告代理店の営業が番組制作にそこまで関わらせてもらうことは通常あまりないのですが、毎週の企画会議に参加したり、収録現場に立ち会ったり、キャストさんとの打ち上げもあったり……まさにチームの一員になって、コンテンツを作る面白さを知りました。
通常は広告の仕事って、お金を出すクライアントがいる以上、何かしらの忖度が入ってくるものです。でも、『安部礼司』は違った。年代もまちまちな大人たちが、本当にリスナーのことだけを考えて、ピュアに熱量高く、意見を言い合って毎週作っていました。
だからこそ、それを届けたときにリスナーから返ってくる反応も、本当にものすごく熱くてピュア。その「熱量あるコミュニケーション」を一度でも経験してしまうと、単なる広告制作にはどこか物足りなさを感じてしまって。僕にとっての原体験です。
青木
忘れられない体験になってしまったんですね。
渡辺
その後雑誌局へ異動したのですが、そこで事業づくりやコンテンツについて、すごく考えるようになりました。
社外の人とお酒を飲む機会も増えて、ベンチャー企業にいる同年代が目を輝かせて「今は情報革命が起こっているんだ。もし、裕介が19世紀の産業革命に生まれていたら、絶対にその仕事をしているでしょ?」とか言うんです。
青木
なるほど、その仕事をしていないとしたら、何か考えたほうがいいのでは、と。
渡辺
波に乗っていない!みたいな(笑)。それでも僕はメディアやコンテンツに携わりたくて、30歳になって異動の声もかかりそうな節目でしたし、2014年末にとりあえず辞めました。ゼロベースで、2015年の1月からのやることを考えていったんです。
分散型スポーツメディアをスタート…でも、1年後に撤退
青木
まったく次が決まらないまま博報堂を辞めるなんて、それも珍しいんでしょうね(笑)。
渡辺
次を考えつつ、2015年3月に会社を登記しました。その頃、アメリカではNowThisという、いわゆる「分散型メディア」が勢力を延ばしていた。僕も「動画×分散型」で次のコンテンツビジネスを作れたらと考えて、まずはマネタイズも考えずに設計図を書いていきました。
学生時代にラグビーやアメフトをしていた経験もあったので、「ファンの熱量があるけれど、視聴率で考えると放映は難しいマイナースポーツが、インターネットで見られる」というアイデアが浮かんでしまって。そこまで深くは考えず、スポーツを取材対象にしました。
半年間はロビー活動に費やし、許可いただいたプロバスケットボールの試合をスマホで録画して、短尺の正方形動画にしてアップするようになりました。2015年10月から始めて、すぐに月間100万再生くらいには成長したのですが……それ以上の成長を望むとなると、テレビ放映権の壁を超え、サッカーや野球を取り上げるしかなさそうだ、と。
青木
ビジネスとして考えると、なかなか難しそうですね。
渡辺
しかも、2016年3月にはSoftBankとヤフーが「スポナビライブ」という近しい事業に乗り出してきて、「これはもう無理だ」と思いました。無給でやってきたけれど自信もなくして、1年間は経済と隔離した人間だったから、次はさすがに「世のため人のために働こう」と。
それで、4月からは自分のやれること、やりたいことの方向性に合うこととして、フリーの動画制作プロデューサーとして仕事を受託するようになりました。博報堂の同期に頼み込んで仕事をもらい、ポケモンのYouTube公式チャンネルで『ピカ・チャン』という番組を担当したりしました。
青木
ジャンルは全然違うんだけれど、紆余曲折の流れが僕ともちょっと似ています。僕も最初に始めた不動産ビジネスは力量がなくて1年間で何も起こせずに終わり、そこからは「せどり」で食いつないでいって。期間も含めて、そのリアルさは身に沁みる……。
このポケモンの番組は、まさに現在のチョコレイトにもつながる仕事ですね。
渡辺
デジタル上でのコンテンツを使ったプロモーションの必要性が叫ばれつつある中、制作スタッフと広告代理店の間に、コンテンツとデジタル領域に明るくなった僕が介在する意味があったんだと思います。結果として、それぞれの「わからないこと」を、僕がつなぐことができました。
次の展開を考えると、アメリカでは「デジタルスタジオ」の活躍が目覚ましい頃でした。簡単に言うと、ハリウッドで映画制作をしているようなスタジオのデジタル版ですね。YouTube上に自社でチャンネルを持ち、オリジナル企画を立て、クオリティの高いニュース番組やドラマを配信することでユーザーを集めていました。そのコンテンツがNetflixでも配信されるなど、配給ビジネスとメディアビジネスとエージェンシービジネスを兼ねているような姿に面白みを感じました。
動画を中心に据えつつ、映画や音楽、小説、グッズビジネスなども手がけるレーベルまで生まれ、「これこそ次世代コンテンツビジネスかもしれない」と考えるようになったんです。正直、現在は当時ほどデジタルスタジオはうまくいっていないようですし、僕らもデジタルスタジオそのものを目指してはいないんですけれど。
青木
ただ、当時はまさにその日本版をやろうと考えたわけですね。なるほど。
渡辺
それで、2017年1月に正式にオフィスを構えたのが、チョコレイトとしての事実上のスタートです。
受託仕事で「2つのネットワーク」を強くしていった
青木
オリジナルコンテンツを自分たちで作っていく会社ですから、当然に資金も必要ですよね。
渡辺
フリーランスプロデューサーとしての受託仕事で4000万円くらいの売上を作れてはいましたが、それでも1000万円ほどしか事業には使えなくて。それを切り崩しながら作れるコンテンツなんて、1動画に均すると予算はせいぜい10万円くらい。それではコンテンツにブランドなんて付くわけがない。
そのときに、僕のメンターである方から助言を受けたんです。まずは受託業務で2つのネットワークを構築しよう、と。何よりも大事なのは、企画や制作が担える「クリエイターのネットワーク」。そして、スポンサーからの支援も大きいからこそ「クライアントのネットワーク」も必要です。
チョコレイトをコンテンツの会社として本当に大きくしようと考えたとき、この2つのネットワークを会社のアセットとして貯めることが最重要で、そのための最も良い手段が「受託」だったんです。これらの価値を高めていければ、オリジナルコンテンツを作ることになった際も、予算が十分に割けなくても先に関係性があることで、著名クリエイターが参加してくれたり、クライアントさんがスポンサードしてくれたりと、実現可能性が高まると考えました。
青木
面白い!わくわくするなぁ。
渡辺
2017年1月からは、博報堂の同期でもあり、大学の同級生でもある三倉征也(現取締役)も合流しました。ただ、2人とも営業職だったので、やっていたことはひたすら営業です。
予定もないのに博報堂の1階フロアにずっといて、知り合いが通ったら「お疲れ様です!」って声をかけたり。仕事を渡してもらえるほどの関係性を作るために、飲み会をセッティングしたり。一時期はKPIが月間の飲み会開催数でした(笑)。
青木
はははははっ!いかにバリューを提供できるかをまっすぐやりきったんだ。すごいな!
渡辺
……そんなこんなで、半年ちょっとが経って、今はチョコレイトのCCO(チーフ・コンテンツ・オフィサー)である栗林和明が博報堂を辞めて、会社を設立した話を耳にしました。
彼は僕らの3つ下の後輩だけれど、在籍時から話題になる広告を手がけたりと、こちらが一方的に知っているほどの超有名人。彼はもちろん、僕らのことは知りません。ただ、共通の友人がいたのもあって、「一度会ってみたいです」と期待もせずにお願いしてみたら、機会ができたんです。
彼は広告に限界を感じていました。真に「話題を作る」ためには、できあがった物のプロモーションを考えるのではなく、話題になるような要素を内包している事業や商品から作らないと、もう世の中を動かせないと考えていた。僕はチョコレイトとしての現状と、これからのビジョンを伝えて、その日は別れました。
また、2週間後くらいにランチをしながら、チョコレイトのオリジナルコンテンツを栗林に見てもらいたいと依頼しました。「受発注の関係でも、業務委託でも構わないし……もちろん入社してくれたら嬉しいけれど」と伝えると、栗林は「大事なことを言われていると思うから、ちょっと時間をもらってもいいですか?」って。それで、解散して2時間くらいしたら、「入社します!もう3チーム組成しました!」とメッセージがきて。
青木
えー!数日や1週間じゃなく、2時間?! 熱い展開!
渡辺
次に会ったときには「チョコレイトが5年でピクサーを超えるためには」っていう資料まで用意してくれていて……「これはどうやらマジで入社するぞ!」と(笑)。
「世界一たのしみな会社」を作りたい
青木
栗林さんは、どうしてチョコレイトに合流しようと考えたんでしょうね?
渡辺
運と縁でしかないです。あのタイミングで栗林に出会えて、僕はやりたいこととビジョンをちゃんと話せたから、面白がって入ってくれたんだと思います。
チョコレイトのビジョンは「世界一たのしみな会社になる」です。ディズニーが次に作る映画とか、任天堂が次に出すゲームとか、そういうワクワク感を作れる会社って、そうそうないじゃないですか。誰かに希望を抱かせて、心のエネルギーを作っていきたいですね。
でも、ディズニーも任天堂もずいぶん前にできた会社で、メディアやコンテンツの環境はこんなに変わっているのに、そういう会社が今この時代に生まれていない。
青木
たしかに「たのしみな会社」はあまりないですね。儲かっている会社はあるけれど。
渡辺
「世界一たのしみな会社」を言い換えるなら、「世界一のエンタメの会社」になるはずで、それはディズニーや任天堂に並ぶ、もしくは超えるほどの会社です。時価総額1兆円以上、世界を舞台にしたコンテンツカンパニーを作るのが、僕らのやりたいことなんです。
自分のやりたいことが本当にあって、そこへ本気で向き合い続けていれば、どこかのタイミングで「水先案内人」と出会えるんでしょうね。会ったときは水先案内人とは思えなくても、やりたいと思っていることを聞いてくれて、「それなら私ができる」と加わってくれるかもしれない。
やりたいことに、まっすぐ向き合い続けていれば、絶対にその機会は来る。栗林が合流してくれたのも、とことんまっすぐ向き合い続けることができたからじゃないかな、と思います。
青木
栗林さんの存在は、まさに水先案内人になったと。
渡辺
彼は博報堂でエース級のクリエイティブディレクターでしたから、チョコレイトも制作会社から広告代理店へと商流をひとつ上がれたんです。ナショナルクライアントからの指名仕事が入ったり、他の広告代理店も栗林をクリエイティブディレクターに据えた座組を依頼してきたり。
案件の単価が大きく変わるだけでなく、動画に限らず全領域で活動できるようにもなりました。事例が事例を呼び、「チョコレイトっていう会社は面白そうなことやっている」というイメージが付いただけでなく、大きな予算で数多くのクリエイターとも仕事でつながることができ、人材のプールも増えていきました。栗林が2017年11月にジョインしたタイミングから、全てが変わったんです。
青木
でも、うまくいくときって、本当にそうですよね。それまでの文脈も奇跡みたいに全部回収して、鍵がひとつ手に入っただけで、急にスコーン!と突き抜ける。たとえ戦略があったとしても、実現させるためのキーマンが必要になることもありますし。
渡辺
スコーン!といきました。
青木
直近の僕らで近しいスコーン!は、オリジナルのアパレル事業。現在の「北欧、暮らしの道具店」の成長を牽引しているのは、全体の4割を占めるオリジナル商品で、そのうちの8割くらいはアパレルなんです。
3年くらい前から細々と始めていたけれど、そもそも雑貨屋だから、洋服なんて作ったことがない。そこで僕らも縁ができて、アパレル事業の顧問にブランディングディレクターの福田春美さんを迎え入れ、生産の背景から品質管理、流通まで、一気に変わりました。
難しいのは「鶏が先か、卵が先か」ということですね。つまり、そもそもいい服を作っていないと、いい服を作ってくれる人は入ってくれない。いい服を作るのに十分なスタッフでない状態でも、なんとかいいものを作り、それが売れている状況を、少なくとも一度は成し遂げていないといけないわけで……。
なんにせよ、何か新しいことをやるときに、キーマンとの出会いは重要。それだけでは無理だけれど、最初の鍵が開かないことには始まらないから。
ピュアなものには人を惹きつける魔力が備わる
渡辺
今振り返ると、当時の僕が栗林にビジョンをちゃんと話せたのは、「余白」があったからなのかもしれません。余白って、すごく大事だと思うんですよ、人生に。
青木
たしかに。渡辺さんにとっての余白は、チョコレイト以前のもがいている時間ですか?
渡辺
そうですね。1年間のスポーツ動画メディアと、1年間のフリーランスプロデューサー。2年間の人生の余白があったからこそ、今の自分であったり、チョコレイトがあるんだと思っています。それは、「いいデザインにはちゃんと余白がある」のと通じているんじゃないでしょうか。
青木
もしかしたら、栗林さんには余白がなかったのかもしれませんね。一流のクリエイターとして前線に立ち続けていたら、直近の数年では大喜利のように高速で良い答えを求められてきたはず。成果を出すことにコミットメントしてきた数年を過ごしてきた人からすると、余白があるゆえの渡辺さんの俯瞰は、自分にないものとして映ったのかも。
あとは、渡辺さんの強い「動機」ですね。僕は、世の中で最も希少なリソースは動機だと考えているんです。スキルって世の中にあふれているけれど、「やりたい!」という動機を持つ人は、あまりいません。
クラシコムでいうと、うちの妹(※「北欧、暮らしの道具店」の店長佐藤)は魔法の泉みたいに動機が湧いているタイプ。それこそ、素人である映像制作でも、今では誰より顔を突っ込んで、美術やディレクターを管掌しながら、現場で制作チームと「きゃあきゃあ」言いながら作っている(笑)。
それを見て僕は、ピュアで強い動機を持つ人と一緒に仕事するのは楽しいんだろうと思ったんです。僕にしても、妹の動機には1ミリも疑いがない。それに「明日がどうなるかわからなくても、この人は動機を保っているだろう」と感じられる人と一緒だと、なぜか大きな安心があるんですよね。僕は、渡辺さんにも似たようなものを感じます。
渡辺
今のお話だと「ピュア」はすごく意識しています。僕個人というより、チョコレイトという法人格が、ピュアな推進力を持って、コンテンツと向き合っているかどうか。
ピュアなものには人を惹きつける魔力が備わるんですよね。その力を持っていると、絶対に助けてくれる人もいるし、仲間になりたいと思ってくれる人も出てくる。「世界一たのしみな会社」も、ピュアなイメージを保ち続けるための言葉の一つです。
青木
きっと、それって「美しさ」とも言えるはず。僕と妹は以前に、事業上で解決策が見えないほどの問題と向き合ったときに、「この状況でも自分たちでコントロールできることがあるならば、美しいあり方だろう」と話し合ったんです。
美しいものが滅びそうになったら絶対に誰かが助ける。だからこそ、自分たちで当面は解決できないことを悩むくらいなら、どれほど大変でも「自分たちらしい、美しいあり方」だけに集中しようと。
渡辺
あぁ、僕も全く同じようなことを言っています!もし、道路に赤ちゃんが一人でよちよち歩いていたら、絶対みんな助けるんですよ。赤ちゃんのような無邪気さだけがあれば、絶対になんとかなると信じていて。
青木
いやぁ、同じだなー!
後編ではSNSやYoutube、そしてあのヒット映画など最近のコンテンツを取り巻く変化や、お互いの事業の行く先まで話が深まりました。
後編:SNSはもう絶望?バズより「絆」を意識して、エンタメの構造を変えていく
PROFILE
好きなもの:アイス、中華、最近は脱出ゲーム