日本で最も有名なゲーマーのひとりに
2018年12月16日、ウェブ、新聞、テレビなど大手、中小問わず、さまざまなメディアがこぞって、少し変わった名前を報じた。 その名はふぇぐ、24歳のプロゲーマー。12月15日、16日に開催された対戦型カードゲーム「Shadowverse(シャドウバース)」の世界大会「ワールドグランプリ2018」で優勝し、日本のeスポーツ(エレクトリックスポーツ)の大会では史上最高金額となる賞金100万ドル(約1億1000万円)を手にした。
日本ではこれまで、eスポーツやプロゲーマーはマイナーな存在だった。実際、日本の大手ゲームメーカーが主催する優勝賞金25万ドルの大会があるが、その結果が大々的に報じられたことはない。もし、今回も賞金が2、3000万円だったら、一部のゲーム好きの間だけで話題になって終わっただろう。
しかし、1億円という賞金のインパクトは大きかった。メディアはこぞってふぇぐの優勝を取り上げ、一夜にして日本で最も有名なゲーマーのひとりに成り上がった。
強引な先輩
億万長者になる2年2カ月前まで、ふぇぐはいわゆるダメ学生だった。明治大学に入学したものの授業にはほとんど顔を出さず、家にも帰らず、遊び歩いていた。そのせいで、大学3年生の時点で留年が決まっていた。
「学費はだいたい年間で100万円かかるんですけど、母親から、留年するなら学費は払えない、自分でどうにかしなさいって言われてて。父親には気づかれてなかったけど、厳しい人だったから、バレたらどうしよう、100万どうしようと思っていました。でも、なんのあてもないし、悩んでもしょうがないから、とりあえず遊ぶか、みたいな」
必死でアルバイトして100万円を貯めるでもなく、両親に頭を下げるでもなく、選んだのは現実逃避。しかし、考えもなしに逃げ込んだその先に思わぬ出会いが待っているのだから、人生はわからない。
それは2016年、大学3年生の秋だった。一緒に酒を飲んでいた先輩とたまたまゲームの話になり、「面白いからやってみろよ」と勧められたのが「シャドウバース」だった。
「俺、アプリとかやんないんですよね」というふぇぐに、先輩は「いいからとりあえず入れろよ」と、なかば強引にスマホにインストールさせた。仕方なく、その場で渋々ゲームを始めると、懐かしさを感じた。
お小遣いは全部カードに
実は、ふぇぐは小学生の頃から対戦型のカードゲームに馴染みがあった。プレイステーションや任天堂DSなどのゲームよりも、対面して紙のカードでやり取りする「遊戯王 デュエルモンスターズ」などにはまっていた。
「始めたのは10歳頃かな。お小遣いは全部カードに使っていました。小、中学生までは学校の友だちとやっていたけど、高校の時は秋葉原のカードショップで出会った人たちと、かなり真剣に勝負してましたね」
しかし、高校2年生の頃、「なんとなく飽きて」、カードゲームをやめた。それからはゲームをやりたいという気持ちもなくなった。大学に入ってからは友人たちとの飲み会に明け暮れるようになり、流行りのスマホゲームがあればダウンロードしてみるものの、少し触ってあとは放置した。
しかし、「シャドウバース」だけは違った。
「カードゲームを触るのも久々で、新鮮というのもあって、このゲーム面白いなって。もとからカードゲームをやってたんで、入りやすかったですね。戦略性も高校の時にやっていた遊戯王カードと通じるものがあって、ゲームもいいなって久しぶりに思いました」
腕試しで400万円
当時のふぇぐには、暇な時間がたくさんあった。夜遅くまで遊び歩き、友だちの家に泊まりに行って、ゆっくり眠り、好きな時間に起きる。この日常のなかに、「シャドウバース」が入り込むのはあっという間だった。気づけば、毎日4、5時間、プレーしていた。
友だちと遊ぶか、寝るか、ゲームをするかという日々を送っていたある日、「シャドウバース」の全国大会の存在を知る。ファミ通CUPというその大会の優勝賞金は400万円。腕試しに大会に参加することにしたふぇぐは、かつて、一緒に遊戯王カードをしていた仲間に久しぶりに連絡した。そして、ふたりで対戦しながら知識と戦術を磨いていった。
迎えた2017年3月26日、東京のベルサール秋葉原で開催された決勝戦でふぇぐは優勝。参加者およそ2200名の頂点に立った。「なんか勝っちゃった(笑)」と振り返るが、決勝戦の前は毎日8時間から10時間プレーしていたという。半日もゲームしていて飽きないんですか? と聞いたら、首を横に振った。
「楽しかったですね。嫌にならなかったです、全然。やめてえな、面倒くせえなっていうのはなかった。自分が強くなってるっていう実感もあったし。やっぱりスタートが遅いんで、知らない知識もあるんですよ。それがわかるたびに楽しいなって思ってました」
ふぇぐは、この大会で得た400万円をずっと見て見ぬふりしてきたことに使った。留年するために必要な学費100万円だ。両親に留年の事実を明かした時、賞金で学費を支払うと話すと、それほど怒られずに済んだ。
ゲームで稼ぐ
残りの300万円は銀行に入れて、いつものように飲み会や遊行費に使っていたが、ふぇぐの生活は少しずつ変わっていった。
ファミ通CUPの優勝者としてゲーム業界で名を知られるようになり、「シャドウバース」をネット配信する仕事がくるようになった。これは大学生が普通にアルバイトをするよりも良い収入になった。さらに台湾や韓国でプレーする仕事もあり、海外遠征するとまとまった金額の収入になった。
いくらプレーしても飽きることがなく、「もっと強くなりたい、もっと上手くなりたい」と思っていたふぇぐは、そのうち、大学に入ってからほとんど足を向けなかった都内の実家に帰るようになった。落ち着いた環境で練習するために。
両親も、ゲームをすることで小遣いを稼いでいるという認識で、「ちゃんと大学を卒業するなら好きにしたらいいよ」というスタンスだったから、自分の部屋で思う存分ゲームの世界に没頭することができた。
それでもまだ割のいいアルバイト感覚で、好きなゲームで稼げるなんてラッキーと思っていたふぇぐに転機が訪れる。2017年12月に開催された世界大会、ファミ通CUP優勝者の看板を引っ提げて参加したふぇぐは、ベスト8で苦杯をなめた。
「その年の優勝者に負けちゃったんですよ。この時は悔しかったですね。もうちょっと本気でやりたい、もっと打ち込める環境が欲しいと思うようになりました」
初めて父親に殴られた日
どうすれば、もっと「シャドウバース」に集中できるだろう。その時のふぇぐには答えが出なかったが、腹をくくった。
世界大会後の年末年始は、父親の実家がある広島で過ごしていた。祖父母と一緒の、穏やかな家族団らんの時間。その時に、父親から「留年した後はすぐ卒業しろよ」と声をかけられたふぇぐは、こう答えた。
「休学するわ。1年間、シャドバやってみる。1年でダメだったら、言う通りにするよ」
この言葉に、父親は「ゲームのために休学してもう1年、卒業が遅れるのは許さん!」と激怒。ふぇぐは生まれて初めて、父親に殴られた。それでも、引かなかった。
「自分でも配信するし、社会人ほどじゃないけど、お金も稼げるから! 自分で何とかするから!」
父親の怒りは収まらなかったが、ふぇぐの休学してシャドウバースに集中するという気持ちも変わらなかった。
その2カ月後、予想もしなかった形でこれしかないという選択肢が浮上した。2018年3月8日、「シャドウバース」のプロリーグが創設されること、KDDI、吉本興業、おやつカンパニー、サッポロビールの4社が公式パートナーとなって4つのプロチームが参戦すること、そして各チームに所属するプロ選手を公募することが発表されたのだ。
プロゲーマーへの冷たい視線
このニュースを知ったふぇぐは、迷うことなく応募を決めた。プロになれば、自分が求めた環境が手に入る。ファミ通CUP優勝、世界大会ベスト8の実績があればプロになれないはずがないという自信もあった。
応募したのは、吉本興業がスポンサーを務める「よしもとLibalent」。「明るい人材」という募集の要件を見て、自分の性格に合っていると感じたのが理由だ。審査は、書類審査を経て面接を通った人だけが実技試験に臨む。
すべてを難無く突破したふぇぐは、2018年4月、プロになった。学校を休んでゲームに専念すると言っていた息子が曲がりなりにもプロになって安心したのだろう、両親は「おめでとう」と祝福し、大学を休学することも認めてくれた。
プロとしてシャドウバースに打ち込めることを喜んだふぇぐは、仲間たちに「俺、プロゲーマーになったよ」と宣言した。その反応は、思いがけないものだった。ふぇぐの地元の仲間には既に働いている人も多かった。さらに留年もしたから、大学の同級生は新卒で就職したタイミングだった。そういう事情もあって、プロ入りの話をすると、仲間たちはだいたい同じリアクションをした。
「ははっ、ゲームがんばれよ」
完全に馬鹿にされていた。
ゲーム三昧の日々
各チームに4人、計16人のプレーヤーが在籍するプロリーグは5月にスタートした。プロゲーマーの生活とはどういうモノなのだろうか? シャドウバースのプロリーグはチーム戦だが、よしもとLibalentのチームメイトと一緒に暮らしたり、同じ場所で練習するわけではない。
ふぇぐの場合、だいたい毎日、13時頃に起床。自宅の部屋ですぐにシャドウバースを始める。ひとりでやっている時もあれば、チームメイトとオンラインで話しながらやる時もある。チームメイトとは気づいたことを率直に指摘し合うので、自分の強み、弱みに気づくことができるという。
何時までやる、と決めることはなく、ユーチューブでほかのゲームの配信を見たり、コンビニに行ったり、ちょくちょく休憩をはさむ。食事はだいたい1日1食で、明け方、眠りに就く。ゲームをしている時間は短くても8時間、長いと12時間にも及ぶ。思わず「身体、壊さないんですか?」と尋ねたら、「大丈夫です」と軽やかに否定された。
「だって無理してないから。シャドバすることに関してストレス感じないんで。プロでも、負けが込んでいる時にはシャドバするがつらいっていう人もいるみたいだけど、僕は負けてる時もシャドバするの嫌じゃなかったし、毎日、長時間やってるけど、12時間しようと思っての12時間じゃない。楽しみながらやってたら、12時間経ってるんで」
「もっと練習すりゃいけるっしょ」
ふぇぐは「誰よりもシャドバをやっていると思う。だって俺よりやってたら身体壊してるでしょ」と笑う。この自負が、プロとしての支えとなった。
過去の実績から「俺が一番だろう」と余裕を持ってプロリーグに臨んだふぇぐは、プロの洗礼を受けた。最初の3戦で2勝1敗と無難に滑り出した後、5連敗。しかし、落ち込むことも、自信を失うこともなかったと振り返る。
「最初の3戦で、俺ってうまくないわって再認識して。これはもっと練習しなきゃ勝てないなと自覚しました。それから毎日コンスタントに8時間はやっていたけど5連敗して、うまいプレイをするけどちょっと持ってないとか、メンタルがね……みたいに言われたけど、そんなのしょうがなくね?って。ふてくされたり、へこんだりはなくて、まあシャドバするか、もっと練習すりゃいけるっしょ、みたいに思っていました」
対戦型のカードゲームは、戦略性が高い。膨大な練習量によって、ふぇぐは勝ちパターンを地道に蓄積していったのだろう。5連敗のあと、リーグ戦でも徐々に調子があがっていくなかで、2018年10月、オンラインによる世界大会の日本予選が始まる。1万人を超えるプレーヤーが参加したこの予選で、ふぇぐは見事に優勝。二年連続の世界大会出場を決め、前回ベスト8の雪辱の機会を得た。
プロのアドバンテージ
12月15、16日に開催された世界大会「Shadowverse World Grand Prix 2018」は、開幕前から大きな注目を集めていた。前回大会では5万ドル(500万円超)だった優勝賞金が100万ドル(1億円超)まで一気に引き上げられたのだ。
500万円と1億円は、肌感覚では天と地ほど違う。1億円は、人生が変わる可能性がある大金だ。6カ国から集った24人の選手のなかには、浮足立ってしまった選手もいるだろう。ふぇぐは「プロとしてやっていて良かった」と振り返る。
「シャドバはスマホゲームなんで、始めた頃は寝転がってやってたんです。でもプロはゲーミングチェアに座って、音量ガンガンのヘッドフォンをして、結構暗い部屋のなかでパソコンで対戦するんですよ。アマチュアとプロでは環境がぜんぜん違うし、ファンが自分のプレーを観ているので、プロになったばかりの頃は緊張しました。でも、毎回同じだからそのうち気にならなくなりますよね。世界大会はアマチュアの選手が多かったので、大舞台に慣れていない感じがしました。そこは、プロである自分にとって有利だったと思います」
確かに、プレッシャーのなかでプレーするという点では、プロとアマでは経験値が違う。しかし、決勝戦ではプロとしての余裕などなく、「死ぬほど緊張して、マジでわけわかんなかった」そうだ。
追い詰められて編み出した手
世界大会は3種類のルールで対戦する。最初の試合で、自分が意図していないカードを出してしまった。「マシンが故障したのか!?」と焦ったが、ふと我にかえったら、手のひらに尋常じゃない量の汗をかいていることに気づいた。マシンの故障でなく、自分の汗で手が滑ったのだ。
「俺の手汗、やばい。ていうか、なんでいま気づくんだ、俺」と、ゲーム画面に向いていた集中がいったん途切れると、余計なことまで気になり始めた。足がむくんで、靴がきつい。手汗の次はそれが頭から離れなくなり、急いで靴を脱いだ。
唐突に「ここで負けたら8千万、違うんだけどな(準優勝の賞金は2000万円)」と頭に浮かび、それを打ち消すように自分に「集中し直そう、し直そう」と言い聞かせる。そうしている時点で集中できていないということを自覚していたふぇぐは、それまでやったことのない手を打った。
「そこからちょっと自分のプレーに自信がなくなっちゃって。でも、そう思っちゃう自分が怖かった。だから、声に出しながらプレーするようにしました。相手はこういう動きをしたいはずだから、それを考えろ、その場合、(相手の手は)これかこれじゃん、みたいなことをずっとひとりで喋ってましたね。」
なぜ、「声出し確認」を始めたのか、わからないという。ふと気になって「声出し確認」「効果」と検索してみると、「指さし呼称、声出し確認」にはヒューマンエラーを防ぐために有効な方法で、医療の現場などでも実践されているそうだ。混乱している自分を必死に抑えようとした末に、ヒューマンエラーを防ぐ有効な方法にたどり着いたのは興味深い。
2勝2敗で迎えた最後の決戦の時、ふぇぐはすっかり集中力を取り戻していた。そして「2日間を通して一番納得できるようなプレイ」を見せて、相手を打ち負かした。
尽きせぬ情熱
優勝賞金1億円を獲得したふぇぐのニュースは全国を駆け巡った。間もなく、スマホの通知が鳴りやまなくなった。
「えぐい量のLINEの通知がきて、なんだこれ、みたいな。『ヤッホー、3年ぶり』『みたよ、おめでとう、今度飲みに行こう』『忘年会するんだけど来る?』みたいのばっかりで、覚えてねえよ。誰だお前と思ってましたね」
宝くじを当てた人の人生が狂うという話しはよく聞くが、ふぇぐは浮かれないように自制している。四方八方から誘いがあるなか、優勝する前から連絡を取り合っていた人としか遊びに行かないようにしているそうだ。そうしているのは、父親の言葉もある。
「プロになってから、両親はずっと応援してくれてて、世界大会は会場にも見に来てくれたんですよ。決勝の次の日は一緒にご飯を食べに行って、おめでとうって祝ってくれました。父から、賞金はどこかに預けないとすぐになくなるぞと言われたんで、調子に乗って使わないようにしています」
使い道は、ひとつ決まっている。父親が働いている不動産会社を通してマンションを購入予定。「親孝行っす」というふぇぐは、24歳の若者らしい笑顔を浮かべていた。
世界大会で優勝してなによりも嬉しかったのは、仲間たちの視線が変わったこと。プロになる時、「ゲームがんばれよ(笑)」と馬鹿にしていた仲間からも、「お前、すげえな!」と声をかけられた。その瞬間、プロゲーマーとして抱えていた大きなわだかまりが溶けた。
だからかもしれない。シャドウバースへの情熱は衰えていない。いや、むしろ両親や友人から認められて、さらに燃え上がっている。
「世界大会の後も2月までリーグがあったから、変わらずにずっと練習をしてたし、オフシーズンに入ってからも毎日触っています。世界大会、2連覇したいんですよ。それでシャドーバース界のレジェンド、みんながふぇぐを目指すみたいな存在になりたいですね」
ライタープロフィール
川内イオ
1979年生まれ。大学卒業後の2002年、新卒で広告代理店に就職するも9ヶ月で退職し、03年よりフリーライターとして活動開始。06年にバルセロナに移住し、主にスペインサッカーを取材。10年に帰国後、デジタルサッカー誌、ビジネス誌の編集部を経て現在フリーランスエディター&ライター&イベントコーディネーター。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンターとして活動している。稀人を取材することで仕事や生き方の多様性を世に伝えることをテーマとする。