広く愛される存在へ。憧れる成功のかたちは変わる。
──中野さんがインタビューで「6次産業の圧倒的な成功例になりたい」っておっしゃっていたのがすごく印象に残っています。HAPPY NUTS DAYはすでに好例だと思いますが、きっとピーナッツバターに限らず、6次産業全体に寄与したいのかな、と。
中野
はい。新しく会社を立ち上げたのも、もっと広く多様なものを手掛けたいから。夢は、「日本を代表するブランドの共同体を作ること」です。
日本って、産物のポテンシャルはとてつもなく高いのに、ちゃんと世に伝えられていないものが本当に多い。たとえば、日本の落花生はこのままでは厳しい。だけど、それをピーナッツバターにして、「パンだけじゃなくて、料理でも使えますよ」みたいな価値をちゃんと伝えていかないといけない。逆にいえば、それをやればいいじゃん。やるべきことは見えてるじゃん、と。
著者がHAPPY NUTS DAYの本はピーナッツバターのレシピや、ファンそれぞれの使い方が満載。
中野
衰退する落花生産業の危機に向き合いながらも、視点をずらして価値を見出す努力もしていきたい。たとえば、後継者不足をライバルの減少ととらえ、収穫量の低下を希少価値の向上ととらえるように。
そして、素材の魅力を引き出し、価値を伝える努力を怠らないことで事業として成り立つことを証明する。これからさらに飛躍する姿を見せられれば、後に人は続いていくと考えています。
──なるほど。そのために必要なことは、希少価値を高めること、生産規模を大きくすること、どちらなのでしょうか。
中野
どちらもあります。HAPPY NUTS DAYはいままで、ブランド価値を保つために希少価値を大切にしていました。卸先さんの選定も結構シビアにやってきましたし。
──「DEAN & DELUCA」など、すごく素敵なお店ばかりが、「買える店」として並んでいる印象です。
中野
そうなんですよ。ただ、このままではだめなんです。
中野
今までは、希少価値を保つ理由から商品の取扱希望のご連絡をいただいても、半分ほどお断りをしていました。
でも、希少価値がないとブランド力を保てないなんて、情けないなと。たとえばスケートシューズのブランド「VANS」は今や世界中で誰もが履いてるけれど、コアなスケーター達は昔から変わらず愛し続けてる。そんな存在を目指したい。
職人さんが少量ずつ小規模作る物もかっこいいけど、僕らが目指すのはそっちじゃない。
──じゃあ、HAPPY NUTS DAYにとっても、いまは潮目なんですね。
中野
憧れる姿は変わっています。「好きな人としか付き合わない」「めんどくさいやつは全部断る」みたいなスタンスがかっこいいと尖っていた時代もあったけれど、自分たちが拠点を置いてお世話になっている町に恩返しがしたいと考えるようにまでなりました。たとえば、その町にたくさんの雇用を生み出せるようにもなっていきたい。
僕がHPの代表あいさつのページで、ぴしっと白シャツを来ているのはそんな理由もあります。時が経過して気づかされるところもあって、気づけば勝手に使命感みたいなものも感じています。
──「日本代表になる」というお話を聞いた後なので、使命を感じるのも納得です。
スマートに1歩ずつもいいけれど、向こう見ずなジャンプが好き
中野
新しい会社のパートナーは、僕が今まで出会った中で最も優秀な同世代のコンサルタントである、川上鉄太郎。地域ブランドに特化したブランドコンサルの会社をやっていく予定です。
広告代理店にいるときも、HAPPY NUTS DAYの代表としても感じていることですが、クリエイティブ単体ではなかなか効果は生まれない。「事業計画をしっかり立てられるコンサルタントと一緒にコミュニケーションをデザインできます」というスタートラインに立ったところです。
実際に動き出すと、デザインをする人間が足りません、流通を考えたり管理できる人も必要、となっていくと思うので、準備しているところです。
実は僕、これまでも「OCEAN TOKYO」というヘアサロンのクリエイティブディレクターを立ち上げからやっていて、2013年に始めてスタッフは100名を超えました。代表は同世代なんですが、NHKのプロフェッショナルに出るくらいになって。
──すごく人気店じゃないですか。
中野
たぶん日本で一番勢いのあるサロンだと思います。OCEAN TRICOというヘアワックスもリリースしていて、生産も開始からおよそ2年で100万本を達成しました。
──たしかに。でも、そういうお仕事もされていたのは意外です。
中野
ピーナッツバター屋がイケイケの美容室のクリエイティブディレクターをやっているって、ちょっと萎えるだろうと思ってたんです。だからいままでは、ピーナッツバター屋としてしか表には出ないようにしていたんですけど、そうも言ってられないな、と。
HAPPY NUTS DAYみたいになりたいって人もいれば、OCEAN TOKYOみたいな成功をつかみたいって人も間違いなくいて、どちらも手掛けてきたことで説得力を担保したいんです。
──すごくギャップがあっておもしろいです。
中野
そうなんです。HAPPYとOCEANの……。
──HAPPYとOCEANというのも……。
中野
あはは。なんかすごく軽い雰囲気ですよね。
OCEAN TOKYOのやつらも、必死で頑張っているんですけどいい意味ですごくバカなんです。HAPPY NUTS DAYを始めた僕らがただのスケーターで、ビジネスを知らなかったのと同じ。でも、だからこそ跳ねられたところも間違いなくあるなって思っているんです。
地方産業は、高齢化や少子化のあおりを受けるなどして加速度的に衰退していているので、0-1、1-2と一歩ずつ歩みを進めている場合じゃないと僕は考えています。0-10だったり、10-100みたいなジャンプができるのがクリエイティビティのはず。
スマートな人たちは、転ばずに一段ずつ登れる人たち。でも0から1000とか、10000とかもっと遠くに行けるようなジャンプができるやつって、「バカ」な要素がすごくある気がしています。
それで新しい会社名を、BACA(Brand And Consulting Agencyの略)にしました。
──あ、本当だ!
中野
「バカらしくいこう」って精神で、全速力で自分が夢中になれる道を走り飛ぶ! みたいなイメージです。一発逆転じゃないですけど、跳ねさせるディレクションをやっていくのが目標です。
「バカ」って言葉を世界に先回りさせて、外国人から「bacaってやばいとかイケてるって意味じゃないの?」って言われたいです。
──「baca」が、年月を経て、日本を代表するブランドのホールディングスになっていくわけですね。日本を代表するブランドのホールディングスって、もうちょっと具体的には、どんなイメージですか。
中野
共同体を作りたいと言った方が分かりやすいかもしれないです。たとえば「和歌山の梅干し屋のおばあちゃんが亡くなった」となったとき、そこで全てが途絶えてしまったらもったいない。けれど、そのおばあちゃんのレシピを保存していれば、その梅干しはちゃんと人に届け続けられる。価値を伝え続けることができる。
──なるほど。ブランド自体でなくて、それを見て並走できるようなところに中野さんやbacaはいる。
中野
そうです。作る場に関しても、全国の工場を融通できる仕組みを作りたい。いまや工場も空きだらけだし、これから空き工場はもっと増えます。
一方で、自然災害で工場が使えなくなって困る話もよく聞きます。そうなったときに助け合える仕組として、全国に工場のネットワークも作りたいです。
弱さや居心地の悪さを、ビジネスの伸びしろに
中野
「HAPPY NUTS DAYみたいになりたい」とスタートを切る人たちがちょっとずつ出てきています。「 HAPPY NUTS DAYを見てこれを始めたんです」と言われると、もっともっと立派な姿を見せたいと思うんです。
でも自分たちのことを話すチャンスがあったら、「好きな仲間で集まる口実」として始めたってこともちゃんと言うようにしています。というのも、一歩目を美化しすぎて、はじめの一歩を踏み出せない人をすごく見てきたんです。「僕もやりたい」「私もやりたい」って相談しに来るんですけど、こだわりが強すぎたり、プライドが高すぎる人が多い印象があります。
──なるほど。いびつなスタートって、あんまり見せたくない人も多いのかもしれないですね。
中野
そうなんです。かっこ悪いところは見せたくない人が多い。僕は池袋でスケボーしていて育って、正直、悪いことしかしていなかった。だから、そもそも自分のことを大した存在じゃないって思っているのは、いまの自分をつくるうえで大きかったかもしれません。
死ぬほど絡まれて、死ぬほど怖い目にもあってますし、死ぬほどおまわりさんにも怒られていますし。だから、度胸はないですけど、打たれ強いです。大舞台とか人前でしゃべるとか、いつもめっちゃ怖いですけど。
──なるほど。ずっと楽観的ってわけじゃないけど……。
中野
転んでも大丈夫。けど足はずっと震えている(笑)。そんな感じです。
──フィットするビジネス、働き方っていうテーマでクラシコムジャーナルをやっているんですが、中野さんの働き方は、いまフィットしていますか。中野さんらしい仕事の仕方なのかな、という印象を受けますが。
中野
そうでもないですよ。経営は他の人に任せた方が会社は伸びるだろうし、ディレクターとしての説得力を高めるために代表をやっているという、失礼な社会への向き合い方をしていると思っています。なので、決して僕に働き方がフィットしているわけではないです。無理しています。
──そりゃあ、いろいろ苦労もありますよね。
中野
だけど、名前にハッピー付けちゃってますしね(笑)。憧れの成功例になりたいというところもあるので。もちろん、ストレスでやけ酒するとかは全くないです。この状況を楽しんでもいます。
でも、フィットしているかと言われたら、全然フィットしていないし、満足もしていないです。そんなこと、考えたこともなかった。僕自身にフィットしてしまったら、自分に甘くなっちゃいそうでもあるので、無理やりなポジションに追いやっているところはありますね。
──仲間たちと遊ぶ口実として始めたことが大きく育っている。その過程で、当初の仲間3人はHAPPY NUTS DAYのメンバーではなくなったんですよね。そういう意味でも、居心地の良さというようなこととは違うのかなという気もします。
中野
僕が代表になったタイミングで、しっかりコミットできないなら抜けようって話になり、他の2人はそれぞれの道に行きました。
1人はちょうどビーフジャーキーの店を開店させたところです。もともと、HAPPY NUTS DAYが始まった時点で、お取り寄せのホルモンやもつ鍋のブランドをやっていて。
3、4年前かな、ピーナッツの収穫をしながら、「イートインのある精肉店を地元の神戸でを出したいんだけど、名前は何がいいかな」って相談されて、「ニックとかでいいんじゃないですか」って。で、今「Nick」って名前の店やってる。
──そのまま!
中野
Nickの立ち上げのときは、僕も半年くらい神戸に住んだりしたんですよ。
OCEANもそうですし、HAPPYもそうなんですけど、こいつらと一緒にやっていきたいと思ったから始めた。それをちゃんとビジネスとして回ることを証明しようとしているんです。それがみんなできるようになったら、きっと「働く」の言葉の印象もだいぶ変わるだろうと思います。
──なるほど、そうかもしれませんね。
中野
お金をはるかに上回るモチベーションになるというか……。男の子なんで、冒険な感じが好きなことにつきるかもしれません。「一緒に財宝を見つけるぞ」「一緒にヒーローになるぞ」みたいな、幼稚園の頃の「なんとかマンごっこ」の延長みたいな感覚なんですかね。
「友達とビジネスは無理だよ」とよく言われますが、「いやいや、友達だからこういう結果が出ているんだよ」と証明することができたら、人間関係にがんじがらめになって働いている人よりは、フィットするかもしれないですね。
──たしかに「誰と一緒にいたいよりもビジネスの目的ありきだよ」っていう考え方もありますものね。でも、そうじゃないやり方だからこそがんばれる人もいる。
中野
仕事のパートナーとは、人生のかなり大きな時間を共にすることになります。
一緒に働ける人というのは、同じ夢を抱けた貴重な友達、というか仲間ですね。そういう仲間がパートナーって、働き方としては最強だと思っているんです。