今回、お話を聞きに行った島田潤一郎さんは、全くの未経験から、いわば本にかける熱い想いだけを持って「夏葉社(なつはしゃ)」という出版社を立ち上げました。
著書である『あしたから出版社』(晶文社)は、会社を立ち上げるに至った経緯や想いが臨場感たっぷりに書かれた名著(クラシコムにもファンが多い本です)。どんな方が書いたのだろう?と素朴な好奇心も湧いていきます。
「夏葉社」のホームページには、こんな風に会社の考え方が綴られています。
”夏葉社は1万人、10万人の読者のためにではなく、具体的なひとりの読者のために、本を作っていきたいと考えています。マーケティングとかではなく。まだ見ぬ読者とかでもなく。いま生活をしている、都市の、海辺の、山間の、ひとりの読者が何度も読み返してくれるような本を作り続けていくことが、小社の目的です。”
いまの世の中の流れとは一線を画して、本を生み出してきて約10年。そのなかで考えてきたことや、働き方について語ってくださいました。
経験は、ものづくりの邪魔ばかりする
──『あしたから出版社』、すごく興味深く拝読しました。出版社を始めた動機や立ち上げの頃のお話のほかに、過去の人間関係について、心の動きまで機微の描き方がまるで小説のようで、すごく引き込まれました。
いきなり、「フィットする働き方・仕事」とは関係ない質問なのですが……なんであんなに空気感が伝わる文をかけるのでしょうか。
島田
もともと作家志望だから、ディティールを書きたいっていう欲望が仕事とは別に純粋にずっとあって。
──作家になりたい方の島田さんが。
島田
文章が上手になりたいっていうのは、今でも強く思っています。しゃべることで伝えられる情報量ではない何かが伝えられると思いますから。
──なるほど。1人で出版社を立ち上げた経緯については、動機を含めて微に入り細に入りご著書に書かれているので、ぜひ本を読んでもらいたいです。
島田
ありがとうございます。
会社を立ち上げたのにはいろんな要因がありましたが、基本は、転職活動がうまくいかなくて、それで本当に行くとこがなくなったからっていうのが大きいんです。
──それで全くの未経験だった職種に手を出すのが、驚きです。編集の仕事も未経験だったのに、どうしても『さよならのあとで』を出版したいと思い、実際にできあがるまで、本当に時間をかけて取り組まれています。
島田さんのように、過程で「違う」と思ったときにはきちんと粘って、なにかが違うとちゃんと伝えてって、なかなかできることじゃないです。
私も出版社に勤務した経験がありますが、妥協をしている現場もたくさん目の当たりにしてきました。
島田
僕は、経験がなかったから粘り強くできたんだと思います。あれから、丸9年やっていますけど、経験はいいように働くこともあるけれど、邪魔になることの方が多いです。
──ゼロから始めたことを考えると、いまはずいぶん経験値が積み上がっていますよね。
島田
そうなんです。だからパッケージはなんとなく作れるようになったんですよ。でも、それで「いいもの」ができるわけではない。たぶん、ゼロからやった方がいい仕事はできるような気がします。
「夏葉社」の本は装丁も美しい。出版社誕生の理由にもなった『さよならのあとで』は、全くの未経験から2年かけて出版にこぎつけた。
──そういうものですか……。でも、そう考えるとなかなか苦悩ですね。だって、経験はどんどん積み上がっていきます。どうやって経験に邪魔されないようにしているんですか。
島田
それが、難しいんですよね(笑)。物を作るっていうよりは、既成のものにどんどんノーを言っていくイメージを持つようにしています。
本作りの方法が100通りあるとしたら、「このやり方だとあの本になるな」、「この本になるな」って思ったら、引き返して、ゴールが自分だけの本になるようにまた考える。
子どもが生まれてからは、「長く続けるためにはどうすればいいんだろう」ということを考えるようになりました。そうすると結論は、「他の会社が誰もやらない仕事を選ぶ」が正解なんです。
他社が面倒くさくてやらないとか、売れないからやらないとか、そういう仕事を果敢にやるというのが、ここ数年考えていることです。
もちろん、売れないっていう失敗もしますよ(笑)。でも、みんながやりそうな方法とは違うやり方でかたちにする。そうすると、応援してくれる人が出てくる。
とにかく、体を張ってやる、それしかない気がする。需要があって売れそうな本を出していたら、「応援しよう」と思う人はいないでしょう。
──じゃあ、「経験が邪魔する」って気づいたのは、どういうことからだったのでしょうか。
島田
それは「この時期までにこのくらいお金がほしい」と会社として考えて、短い期間で作れて、しかも確実に売りが見込めて、しかも作ったことがあるやり方でものを作ったことがあるからです。それはお金は残してくれますけど、そのやり方でできたものは「いいもの」とは違う気がしました。
そういうやり方でものづくりをしていくと、僕の仕事は続かないので。とにかく長くやりたい、細く長く。
──その想いは、「この本さえ出せれば辞めてもいい」って思いながら本を作っていた最初の頃とはずいぶん変わりましたね。
島田
子どもが生まれて変わったんじゃないですかね。あとは、本をうちみたいな小さいところで出してくれる著者たちに対する恩返しって、長く会社を続けて売り続けるってことしかない気がしています。
「社に持ち帰って検討」しない、1人意思決定の強み
──未経験で始めたことともうひとつ、1人で始めて9年間ずっと1人というのも「夏葉社」と島田さんのあり方として大きな特徴だと思います。
島田
アドバイスしてくれる人もいないので、どうやってやればいいのかなっていつも悩みますよ。リスクも1人で取らなくてはいけない。
金銭的なことをいうと、出版社に本の売り上げが入るのって、発売して半年以上先なんです。たとえば、150万円かけて本を作って、そのバックは半年後にしかやってこない。これはなんていうか、気合いというか……。誰に作ってくれと言われたわけでもないし、先行投資して需要のないものを作る。
──1人でやっているからこその利点はありますか。1人だからこそ、他者と繋がりやすいというか。
島田
そう思います。デザイナーの方は、やりやすいと言ってくれますね。「会社に持ち帰って検討させていただきます」っていうのが、弊社ではありえなくて、その場で全部決められる。
──わぁ、確かに。その台詞、いたるところで繰り返されてるだろうけれど(笑)。
島田
著者に対してもそうですし、読者に対しても言えることです。読者に「次はこういう本を作ってほしいんです」って言われて、本当にそれはいいと思ったら、「じゃあやります」って即答できるわけです。
──「持ち帰って検討」は、会社が2人になった時点で発生します。
島田
1人か2人かっていうのは大きな違いだと思います。これまで29冊本を出してきましたけど、2人だったら出ないものってたくさんあるわけです。だから、ずっと1人でいいです。
──「経験がないからできた」ってことと、「1人だからできる」っていうことが、「夏葉社」の両輪の強みである気がします。
あまり考えたことはなかったけど、「社内で検討します」って言うとか、表紙とか何案も出ていて、結局一番偉い人が言ったイマイチなのに決まるとか、そういうことって往々にしてあるけど。
島田
デザインもそうだし、企画もそうだし、お金の面でもそうだし。その場で全部決められるから。みんなそういう風に仕事したらいいなって思いますけど。
──確かに。もの作りの純度としては本当にそれが理想…。
島田
でも、もっと純度高くやっている人たちもたくさんいますからね。「夏葉社」はだいたい初版2500部なので、2500人の規模感です。10人が喜んでくれたらいいっていう仕事もあるわけですから、そういうものに比べたら、ねえ。
──きっと大手の出版社から見たら、2500部も少ないし、10部なんてもっと少ないし、経済的なことを考えると、人は手を出せないんでしょうか。
島田さんは、「みんなこういう仕事の仕方をすればいいのに」っておっしゃるし、ひとり出版社をやりたいと相談してくる人も多いと書かれてましたよね。でも多分、儲からないからみんな諦めていくのかなって。島田さんも、2年間手取り8万くらいだった……。
島田
そうそう。計算すればすぐ分かる。儲からないです。今はさすがに8万円ではないけれど、構造的に出版は「儲かる仕事」ではないですね。
大資本と距離を置き、ムラ社会で生きる覚悟
島田
いまって、大資本が強い時代だと思います。僕が続けていくための方策としては、それらといかに距離を置いて仕事をするかということをすごく考えています。
彼らと接触するところにビジネスチャンスは転がっているはずなんだけど、1回うまい汁を吸ったら、逃れられないわけですよ。
──逃れられないけど、続くわけではないからですよね。
島田
この風潮って変わらないと思う。資本はどんどんどんどん大きくなるかもしれない。だから僕Amazonに積極的に出品してないんですよ。Amazonでやれば売れるとは思うんですけど、依存する仕事の仕方になりそうで怖い。
──すでに力を持っているところに頼らないということは、それだけ自力が試されることでもあります。そんななかで、「営業で頭は下げません」と過去のインタビューでおっしゃっていて、かっこいいなぁと。私も書籍の営業をしていた時代がありますが、頭、下げまくってました……。
島田
それは、対等だってことを強く意識しているという意味ですね。いや「置いてください」というのも悪いとは言わないけど。僕はそういう仕事の仕方はしないと思いますね。「生活最近きついんですよ…」とか言いますけど(笑)。
本を置いてもらうってことは、信頼関係の問題だと思うんです。いま、2500冊本を作り続けることで成り立っているとしたら、それを買ってくださっている人たちと一緒にそのまま歳をとっていくことも理想です。入れ替わりがあるのは自然だとしても、そういう小さなお金のサイズでも、ちゃんとまわっていけば何にも問題ない。
──島田さんにとって大切なのは、サイズを大きくすることじゃなくて、小さくてもいいから継続していくことですものね。
島田
ちゃんとした書店があって、その先にいる読者の期待にちゃんと応えていれば……。
でも、みんな新しい違うものが欲しくなるわけですよ。それは自然なことだから2500人の読者のうち、1年間で500人入れ替わるとしたら、新しい500人にアピールできる仕事をしなくちゃいけないとは、思いますよ。
──「夏葉社」の仕事は、本を編集して作るのも営業するのも、それぞれにきちんと重きを置いている感じがします。
島田
営業って書店だけでなく読者に向けてするものなので、さっき言った「対等」は、書店ともお客さんともなるべく対等でありたいということなんです。だから営業、編集と区切って考えるのではなく、「人間関係」がきちんと保たれていることが重要なんです。
人間関係があっての編集だから、「前はこの人これを買ってくれたなあ」、「あの人はあれを買ってくれたなあ」と思い浮かぶから、新しいものを作ってみようと思うわけです。
本にも書きましたけど、『さよならのあとで』と『レンブラントの帽子』を出した後に、そんなに作りたいものもないし、世に問いたいものは……ないですよ。そうすると、買ってくれた人や著者や書店さん、人間関係の中で、いかに自分が作るべきものを探すか。そういうことだと思います。
──すると、人間関係を大切にしていけば、枯渇することはないですですよね。関係にきちんと血が巡っていれば。そういう気がします。
島田
傲慢になったりしなければ、大丈夫だと思っています。誰かはちゃんと評価してくれる。ただ、そうすると仕事の規模は大きくはできないですよね。
──顔が想像できる人たちの範囲で。
島田
で、彼らと共存共栄というか。そういう仕事になります。ムラ社会っぽいですよね。ムラ社会の重要なところは嫌なこともあることです。それも引き受けてのムラ社会。
──出版社としてムラ社会で生きていて、嫌なことってどんなことですか。
島田
SNSで叩かれたりとか(笑)。でも、どうやって仕事を続けていくか、自分の仕事のスタイルは、人間の負の部分とか、めんどくさいところも引き受ける覚悟でいかないとうまくいかないのではないかと考えています。
生まれが高知県の小さい集落だというのも関係しているでしょうね。いいところだけで成り立っているような場所って都会だけと思います。
──確かにそうですね。私もしばらく東京で暮らしていて、今は山梨の小さな集落に暮らしていますが、たとえ家の敷地だとしても周りを気にして草刈りしなくちゃとか、ご近所との付き合いとか、日常のなかにも気を使うところがたくさんあります。
島田
分かります。僕を生かしてくれている「夏葉社」を取り巻く環境に関して言えば、本の企画によっては玄人の人たちにめちゃくちゃ叩かれることもあるし。まぁ、それはきっと期待の裏返しでもあるんでしょうけど。
僕の営業の旅費って短期的に見ればだいたい赤字なんですよ。だけど、それが無駄かっていったらそうじゃなくて、中長期的に考えたらやるべきことだと考えているんです。
世の中、どんどんどんどんサイクルが早くなってきて、1ヶ月とか1週間とか、1日で経費を計算するけれど、どういうかたちで、いくらで返ってきますよって話ではないこともたくさんあります。
人間関係も、僕は、煩わしいものの方に可能性を感じる。そっちの方に未来を感じる。そっちに何かがある気がするんです。
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後編では、お子さんが生まれてから変わったという働く時間のこと、本にかける想いなどをうかがいます。
後編「積ん読1000冊、労働時間5時間/日。「書籍編集者」の時間割」
PROFILE
好きなもの:ドトール 、リーガ・エスパニョーラ、うどん、つみきみほ