カフェとセラピーはどちらも人を癒すもの。「カフェリラクゼーション」の可能性。──PORTMANS CAFEマネージャー芦田幸代【後編】

書き手 小野民
写真 高木 あつ子
カフェとセラピーはどちらも人を癒すもの。「カフェリラクゼーション」の可能性。──PORTMANS CAFEマネージャー芦田幸代【後編】
コーヒーのまちとしてにぎわう清澄白河の人気カフェ、PORTMANS CAFEのマネージャー芦田幸代さんへのインタビュー後編です。前編では主にカフェの成り立ちや、人気エリアとなった清澄白河でカフェを営む心持ちをうかがいました。

後編は、もうひとつのお仕事であるサロンのセラピストについてお聞きします。なぜ芦田さんは2つの仕事を両立させているのか、子育てをしながら働く芦田さんを支えるスタッフとの関係にも、彼女の健やかさの秘訣がありそうです。

後回しになりがちな体のケアを、カフェで手軽に

──カフェのお仕事と並行して、芦田さんは「tRim」のセラピストもなさっています。「PORTMANS CAFE」オープン1ヶ月後にすでに、カフェ内セラピーをなさっていたと拝見しました。カフェでセラピーも受けられるようにしたのはどうしてですか。

芦田
理由は、女性の方に来てほしかったのと、「カフェリラクゼーション」という新しいジャンルを提案したいと思ったからです。お茶をしがてら、ちょっと体も癒してもらう体験ができるスペースがつくれたらとスタートしました。

「PORTMANS CAFE」をオープンする前に私が通っていたリフレクソロジーと古道具のお店があって、そのお店の女性に「ぜひここで働いてほしい」と声をかけていたんです。そしてまずは、週に何回かカフェでリフレクソロジーをやってもらうことになりました。

──いいですね。リラクゼーションなどの予約って、結構思い切らないと取れないです。やりたいやりたいと言いながら、全然行けてない人がすごく多い気がします。私もその1人です。

芦田
美容室だと必須じゃないですか。リラクゼーションはどちらかというと後回しになってしまういます。気持ちの余裕も、時間の余裕もそこそこないと行けない。だから気軽に来れる場所をつくりたかった。

当時は、カフェのメニューの中、スイーツメニューの次に一緒にリフレクソロジーのメニューも載せていたんですよ。その時は女性限定にしていたんですけど、お2人でいらしてお茶飲みながら順番にリフレクソロジーを受ける方が結構いらっしゃいました。

1人が終わったら、もう1人がお茶を飲んで待っている光景をよく見ました。

──2人でおしゃべりする楽しさも、1人でリラックスする時間も両方味わえるなんて、そんな一石二鳥あまりありません。

芦田
しばらくして、もうちょっと本格的なリラクゼーションの要望も出てきて、2015年に歩いて数分の場所に移転しました。そのときに、名前も「tRim」としました。

トリムには、切り離すという意味があるんですが、日常から切り離された空間、PORTMANSのひとつ、そういう意味合いを込めています。

Rだけ大きいのはリラクゼーションっていうのを意識してです。

──カフェのマネージャーの芦田さんと、セラピストの芦田さんは、表情も変化して、いい意味で別人のようです。

芦田
そうですか。カフェはみんなで力を合わせて切り盛りする場で、こちらは1人でじっくり向き合う場。2つの仕事があるのは私にはちょうどいいバランスな気がします。

──サロンもまたカフェの一角に戻ってくるとうかがったのですが、それはなぜですか。

芦田
カフェが8年目に突入するので、新しいことができないかといろいろ考えていたんです。それで低糖質メニューとかグルテンフリーのものを出しているんです。美容とか健康を意識したメニューと合わせて、ホリスティックな美容を提案できないかなと思っています。

よくtRimでもお客様に「カフェで低糖質のパンを始めたんです」なんて話をするんですが、すぐに召し上がっていただけるような流れまでうまくつなげられると、もっとおもしろいんじゃないかと考えたんです。

「自分や家族のため」の学びは、仕事に活かせる

──tRimのメインメニューは、「かっさ」と「フラワーレメディ」。どうしてこの2つなのですか。

芦田
化粧品の会社に勤めていた時代に、かっさを提案してくださったのが日本にかっさを持ち込んだ第一人者の方で、私の師匠でもあるんです。

今でこそ、雑貨屋さんにもかっさのプレートが並んでいますが、10年前くらいは「かっさって何?」って感じでしたよね。やってもらうとすごく気持ちよくて、治療に近い効果を得られるところがすごく魅力的だなと思っていたんです。それで、自分がサロンをやるなら、かっさだと思って取り入れました。

──ご自身も資格をお持ちなんですよね。フラワーレメディの資格もそうですが、カフェの仕事もお忙しい中、どうやって取得したんですか。

芦田
かっさの資格はもともと持っていて、tRimを始めるにあたってフラワーレメディの資格を取りました。カフェは月曜日がお休みなので、その日にレッスンを受けながら資格は取得していきました。

仕事のためというよりも、自分や家族のために役立つだろうという動機がありました。その頃ちょうどお店も忙しくなり始めていって、心身的なバランスも崩れかけていたんです。そういう時にフラワーレメディを知って、自分をケアしないといけない時期かもしれないとホリスティックなケアとして、フラワーレメディについて学んでみようと思えました。

フラワーレメディを取り入れることが自分にはとてもいいきっかけになりました。病気ではないけれど、日常生活や子育てが楽しめない状態に陥るのってもったいないですよね。少しでもそういう女性たちの役に立てればいいなと思っています。

自分がどん底に落ちた時には毎回、これは今後なにかの役に立つに違いないって考える。たとえば、フラワーレメディを始めてみて自分がどん底から上がってこられた経験を、お客様に役立てたいと常々思っていているんです。

──尊敬します。どん底のときってなかなかそういう風に考えられないですよね。

芦田
どん底の時には、また何か新しいことを始めるきっかけかもしれないと、なるべくポジティブに捉えることで、7年間カフェやサロンをやってこれたような気がします。振り返ってみると、会社時代は、そんなことを思う余裕すらなかったですね。

健やかに働く方法は、スタッフが教えてくれた

──子育てしながらお仕事も、新しいこともされつつ、どうやって両立してきたのでしょうか。

芦田
スタッフがいてくれたからということに尽きますね。私自身は、人に任せることが性格的に苦手でできなかったんです。「じゃあ、あとお願いね」って仕事をふることがどうしてもできないできました。

でも、カフェがオープンして2年後に次女が産まれました。退院した翌日に心配でカフェに行ってみたら、「来ないでください、大丈夫ですから」ってスタッフに全力で言われて。それから少しずつ任せてみようかなと思えるようになっていきました。

「子どもを見てあげてください。今しかできないんですよ」なんてスタッフにたしなめられながら、「ああ、そうかそうか。そうだよな」って。バランスが取れるようになってきた…ま、それまでもそんなに忙しくはなかったので、そこそこバランスは取れていたんですけど(笑)。

──お子さんが産まれたばかりの頃は、どうしていたんですか。

芦田
保育園に入れる月齢になっても、自営業なこともあって全然保育園には入れませんでした。夫に預けたり、それがだめなときは、カフェの裏に連れてきてベビーサークルの中で寝かせたりしていましたね。

私がうまくバランスを取っているというよりは夫がうまくバランスを取ってくれているのかもしれないですね。

──スタッフの方々がすごく上手に、芦田さんの肩の荷を下ろしてくれたのもすてきな関係だなと感じました。スタッフを取りまとめるのは芦田さんだと思うのですが、みんなに気持ちよく働いてもらうために気をつけていることなどありますか。

次女が産まれた時にすごくいいサポートをしてくれるってことは、いいスタッフが揃っている、育っているからだと思います。

芦田
スタッフが優秀だったという一言に尽きるんですよ。私は何もしてない。

──いい人が集まってくるってことは、求人の仕方がいいんですかね。

芦田
カフェマニアの読者さんがいい人が多いんですかね。ほぼそこの求人を見て応募してきてくれているので。

私の心持ちとしては、強いて言えば、カフェの通りいっぺんの仕事だけに留まらせないようにしています。もっと学んで、もっと生かして、最終的に手に職として旅立ってほしい気持ちがずっとあります。もともと職を持っている人もいるんですけど。

たとえば、ライターをやりたいと会社を辞めてアルバイトに来てくれた方には、ライターの仕事やグラフィックの仕事をお願いするようにしました。また、カフェのメニュー解説や告知など、文章に関わる仕事は徹底的に彼女に振っていきました。いま、その子はフリーライターとしてこの清澄界隈で活躍してくれているんですよ。

カフェの仕事以外でやりたいことがありそうならそれを引き出したり、「こんなものが向いているんじゃない」って提案したり。「時給はそんなに支払えないけれど、いろんな場所に学びに行ってもらうことはできるよ」と、面接の時には伝えています。

セラピストの資格を取ったスタッフもいるし、スイーツを徹底的にやりたいスタッフには、スイーツの教室に行ってもらったこともあります。カフェの仕事に追われて数年が終わったという感覚にならない何かを身につけてほしい。別にやりたいことがなくてもいいんですけど、チャレンジしたがっているスタッフがいたら、どんどん伸ばしてあげたいというのは常々思っています。

──私はライターなので、ライターの仕事に置き換えて考えてみると、確かにカフェなどのお店では、そこかしこに「書くこと」「表現すること」が必要な部分がありますよね。

芦田
カフェの仕事がそんなに得意でなくても、誰かはやらなくちゃいけない書く仕事を彼女に集中してもらえば、こちらも助かります。そういう風に融通してきたからやってこれたのかなと思います。

──ここでずっと働きたい方もいるだろうけれど、「PORTMANS CAFE」のスタッフは、単に辞めるというのではなく、卒業していく感じなのかもしれませんね。

芦田
そうですね。実は今日、オープンから携わってくれたスタッフが卒業していくんです。彼女は、沖縄の宮古島でカフェをオープンする予定です。

彼女の次のステップに、ここでの経験が役立ったのかなと思えると、本当に快く送り出せます。だから何かしらここでの経験を糧にしてもらえるようにしたいし、そういう人たちがどんどん育っていってくれたら嬉しいです。

片腕がなくなってしまうみたいな感じで、ちょっと寂しいですけどね。

とんでもなく苦労したはずなのに、それでもまたDIYで新しい場をつくってみたい

──ちょうど8周年の節目で、tRimが「PORTMANS CAFE」に戻ってくることはうかがいましたが、これからの展開をお聞きしたいです。近い将来と少し先のことで、なにか考えていることがあれば教えてください。

芦田
いまこれからのことを言えば、多様な店にしていきたいと考えています。

清澄白河界隈にこれだけカフェやコーヒーのお店が増えてきているなかで、コーヒー飲んで、コーヒー飲んで、コーヒー飲んで帰る、みたいな散策ではあまりおもしろみがありません。だから焙煎にこだわったコーヒー屋さんとは一線を画した、多面的な魅力のあるお店を目指したいなと思っています。

その第1弾としてのカフェのtRim併設なんですけれど、もうひとつショップをつくることも考えています。オーナーはオープン当初から奥はショップにすると言い続けていて。自分がつくったものや、集めてきたビンテージの物を売ったりとかしたらいいかな、と。

ここにいるとコーヒーも楽しめて、リラクゼーションも受けられて、ちょっとショップも見る楽しみがあっていいかも、っていうそんな多様性のあるお店を目指したいなと思っています。

──お店、大きくて良かったですね。

芦田
お客さん少ないのに、こんな広々スペースとって大丈夫?ってよく言われましたけど(笑)。最終的には、いろいろできる余白があってよかったですね。

──もうちょっと先の将来像はいかがですか。PORTMANS CAFEやtRimのことでなくて、自分の人生としてでもいいです。

芦田
清澄白河が盛り上がって、まちとして確立されたので、もうちょっと違う場所でチャレンジしてみたい気持ちを、オーナーと2人で持っています。カフェをスタッフに任せながら……なんて考えているんですが、現実には難しいこともたくさんありそうです。

自分たちがこれから20年も30年もバリバリ現役で働くわけではないので、自分たちが歳をとって住みやすい場所ってどこだろうね、ワークバランスがベストなところってどこだろうねと、今模索中ですね。

きっと何か新しいことをするなら、なにもないところからDIYしながらチャレンジするでしょう。だから、体が動くうちに新天地にスライドしたいと夢を見ているんです。

取材後、フラワーレメディの調合をしていただくため、カウンセリングをしていただきました。じっくり心に寄り添う内容は、日頃の心のカサついた部分に染み入るよう。カフェもサロンも、おいしかったり、癒されたりといった体験を通して、心に効く場なのだ、と改めて思い知らされました。