前編では、「映像」と「動画」の違うポイントといった基本を踏まえながら、ブランド広告を受注するための「関係性づくり」にも話が及びました。後編ではブランド広告を得ていくために必要な「スタイル」の作り方から、動画事業のはじめ方まで、さらに対話は深まっていきます。
「アート」の感性なくして、動画のクオリティは上がらない
クラシコム・青木耕平(以下、青木)
動画としてのクオリティを上げていきたいと考えたとき、明石さんは何が必要だと思いますか。
ONE MEDIA・明石岳人(以下、明石)
僕らは「アートの感性」が大切だと思っています。そういうのを抜きにして「動画が儲かりそうだから」って始める人もいるんですが、やっぱり続かないんですよ。継続していくには自分の世界観が必要で、その支えとしての愛が必要なんです。
青木さんは読まれたかもしれませんが、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』という本があります。
世の中には、「アート」「クラフト」「サイエンス」の人がそれぞれいて、クラフトやサイエンスの人は自分の考えを説明しやすいんですよね。たとえば、「早回し動画は作りやすい」というのはクラフトの話です。先ほど話したような「3秒で引きをつくるテクニック」もそうですが、それらを組み合わせるだけでは観る人の気持ちは動かないと思っています。
Netflixにはアメリカで最高のデータサイエンティストがいます。彼らが導く結果としては、「政治ドラマを、ケビン・スペイシー主演、デヴィット・フィンチャー監督で作るといい」と予測はわかるのだけども、主演がいい演技をして、監督が仕事をしなかったらダメなわけで。これって、アートの領域なんですよね。
青木
それには「スキルとセンスの違い」も関連していますね。スキルは「分解の能力」で、あるものを科学的に紐解いていき、それを積み上げることで結果を出すためのものです。
センスは「総合の能力」なので、分解した途端におかしくなってしまう。たとえば、ファッションコーディネートひとつとっても、一点ずつの服がかっこよくても、 合計すると腑に落ちないということがありえるわけですね。
そして、スキルは頑張ったら絶対に伸びますが、センスは頑張ると悪くなるケースもある。 おしゃれを頑張り過ぎた、足し算の集合ではよくない……みたいなことです。だからこそ、センスとアートは通じているなと思っています。
「センス良く着れる」ということは、したい格好に対しての解像度が高い状態です。だからこそ、それにアプローチできる。目的とするものへの解像度が低くて、どういうアイテムがお洒落かだけを見ていると決してそうはなれない。つまり、全体的な良さを確保するためには、ゴールがかなり見えている状態じゃないといけないわけです。
だから、動画や映像についても「かっこいいもの」へのイメージが先にあって、それに愛が持てていることが大事なんですね。データの活用は、センスをブーストすると考えるよりも、悪手を避けるために必要だということでしょう。
明石
ただ、センスを磨くのって大変なんですよね……。
ある著名なカメラマンが、アメリカの大学でカメラを教えるとき、「テクニックがある」と「センスがいい写真を撮れる」は違うからこそ、スライドに写真を映しながら「この写真はイケてるのか、ダサいのか」をひたすら見せているらしいんです。学生に「どう思う?」と聞いて、良いふうに答えたら「いや、これはダサいんだよ」と言ったりして(笑)。
そこで育ったカメラマンに聞いたら、その授業が今の仕事に最も役立っているそうです。その話を聞いてから、ダサい動画が僕まで上がってきたら「ダサい」と躊躇なく言おうと思っています。
求められるのは「説明なく、ダサいと言える勇気」
青木
クラシコムでも同様のスタンスを敷こうとしています。僕らの制作体制って、編集者兼ライターがいて、その上にディレクターがいるというペアで進行することが多いんです。そこでディレクターが「言葉では言い表せないけれど明らかにダサい」と思っているものを、言語化できないゆえに「ダサい」と言えず、チェックを通過してきちゃう問題が結構あって。
だから最近は、「説明責任を果たす必要はないから、ダメだったらダメで突きかえしてよし」としています。だって見た瞬間に「どこがダサいか」なんて言えないケースがほとんどじゃないですか。良いクリエイティブを作れる目を持つ人って、「なぜそうなるのか」を説明する言語能力が欠けているからこそ、映像表現の能力が備わったりしていることもある。なのに、それをすべて説明させるのは、どこかズレていると僕は思うんです。
明石
会社のマネジメントにおいても、そういったセンスがわからないサイエンスの人の声が大きかったり、アートのことを認めてない人だったりするとまずいんですよね。だからこそ、「ダサいと言える勇気」を作らないといけないなって思っています。
青木
組織論やクリエイティブ論において「褒めるのが大事」とあるじゃないですか。でも、メディアにおいては「ゲートキープの力」こそが大きく働く。締めるところをしっかりしておけば、ブランドは保てますからね。
明石
前提としての「褒めるカルチャー」っていうのは……ね。いいものは褒めればいいんだけど、なんでも褒めるのは15歳まででしょう。
“True-North”を定めて、フィットするセンスを共有する
青木
ONE MEDIAさんは、そのあたりの制作体制はどうしているんですか?
明石
一本の動画にも複数人が携わっていて、番組のテーマごとに決められた構成に沿って、ライターが台本を書いていきます。その構成をディレクターが編集して動画にしていく。最終的にそれが仕上がってプロデューサーにチェックにまわるのですが、「こんなものをよく出してきたな!」と突き返えされたりしてます(笑)。
そこでまた出し戻しがあり、編集長も加わって、「本当にSNSのフィードに流れてきた時に見たいと思えるか?」を問いながら仕上げていく。特に会社として力を入れる動画については僕までチェックが来たりします。
チェックすると、「なぜこれをこんな状態で俺のところまで持ってきたな…!」っていうのも上がってきます(笑)。で、僕は口が上手い方なので、このシーンの間が分かりづらく感じるとか、出だしのテンポ感が悪いとか、ダメなポイントは伝えます。
明石
そうやって一つの作品が世に出るまでに何層ものチェックが入るわけですが、大事なのはその時々において、個々人の「これはイケている、イケてない」という方向性が揃っていないといけません。
僕はそれを“True-North”(※船舶が進行方向を決めるための羅針盤上の真北。目指すべき目的や方向という意味などで使われる。)とよく言うんです。メディア全体で「本当の北」を向いていないといけない。そのためには「何がイケていると考える会社なのか」を、トップやマネジメントが繰り返しスタッフに伝え続けるしかありませんね。
青木
しかも“True-North”を見ていれば最終的な着地もしやすい。そこが固まっていないままだと「なぜ、そういう判断になるのか」が最後までわからず、いつまでも揃わないものね。
明石
だから、ONE MEDIAとして絶対に正しい場所は「ここ!」っていうのを示していく必要がある。僕は結構、社内で演説して示すタイプです。社員集会とか、イベントごとの締めのタイミングで、会社の興りを話したり、クリエイティブに必要な要素や特に良かった動画を振り返ったり、会社のミッションを果たすための動画は何かを問いかけたり。
それって絶対、みんなに全部は伝わってないと思いますよ。でも、僕の話に「ABCD」の要素があるとして、Aを理解した人、BもCも理解した人……と、だんだんスタッフの練度が高まっていく。要はセンスが磨かれるんです。センスには正解があるわけではない。ただ、その会社の役割に「フィットするセンス」は個々のスタッフは必ず持っていると思います。つまりフィットするセンスを導くためには、この会社が求めているセンスを伝えなければいけません。
経営者陣こそ、しょぼい動画を率先してDIYせよ
青木
伝え方ってそれぞれあると思うのですが、スタートアップにおいて始める時には、経営陣が自分でやってみるっていうのも結構大事ですよね。まずは自分でしょぼい動画を作ってみるとか(笑)。
明石
そうですね。動画を始めたいと思う人にひとつ言えるのは、「一万時間の法則」ではないですが、自分でまずはやってみてほしいですよ。僕ら経営陣も今でこそ偉そうに言ってますけど、そもそも自分たちで一万時間やってみて、初めて言語化できましたから。
たとえば、ONE MEDIAとしてはこれからTwitterに力を入れていこうとしているのですが、僕がTwitterを全然やったことがなかったので、先週の金曜日にアカウント を開設したんです。「ちょうど1週間で1000フォロワーにする」と自分の中でKPIを決めていて、あと70フォロワーくらいで到達しそうで(※掲載時点では目標達成)。
流行りの「質問箱」をやろうとか、積極的にファボろうとか、すでにフォロワー数が多くて僕の話が好きそうな人に絡みましょうとか、頑張ってみました。それで「Twitterはこういった力学が働いている場所なんだ。だから動画はかくあるべきだ」と分かってきたんです。そういうDIY(ドゥ・イット・ユアセルフ)がすごい大切。
青木
明石さんは先ほど「クラシコムにとってのKPIは本当に再生回数なのか」と言ってくれましたが、そう考えると一万時間の過ごしかたは重要ですね。クラシコムとしても意識はしているし、ある一定の時間は成果は出ないかもしれないからツラい時期ではあるけども、まるで砂場遊びをしているような、その揺籃期が必要なんですね。テキトーなKPIでPDCAを回しているだけで、本当にその一万時間に価値が出るかというと、そういうわけでも……。
明石
だから、色々やった方がいいんですよ(笑)。僕らなんて社名が3回も変わっていますから(※創業時から、Spotwright→WHITE MEDIA→ONE MEDIAと変遷)。
それを続けていくと、「このスタイルで行ける!」みたいなのが見えてくるんです。ざっくり言えば、「たくさんやる」ってことですね。そこでプロに任せているとたくさんはできないから、自分たちの中でクリエイターの視点を育てていくことが大事なのかなと思います。
青木
だから時間がかかるんですよね。
明石
今からやる人たちは、それが2020年くらいに来るんじゃないでしょうか。あと、True-Northがはっきりしていない時に、たとえば映像業界のTrue-Northを持っている人が入ってきてしまうと、「動画のTrue-North」へ行きにくいんですよ。ただ、ONE MEDIAはすでにブレないTrue-Northを持っているから、スキルを持っている人も割と早く順応できる。
逆にいえば、そういう指標がまだない若い子たちが、自分にとってのTrue-Northを探せることにはものすごいロマンがある。
青木
ONE MEDIAとしての次なるロマンって、もう見えているんですか?
明石
僕らは映画を作っています。YouTubeもFacebookも、今は長尺コンテンツを必要としていて、海外でも新規の動画会社に依頼するケースが出ています。僕らもそれはやっていかないといけない。
会社としては、メディア事業もスタジオ事業も伸びていくと見込んでいます。ただ、そこで新しいメディアになっていかないと、今の「動画」だけだと表現の幅が狭くなってしまう。みんなが見るファーストスクリーンがテレビからスマートフォンになって、ディスプレイの変化で表現も変わらなきゃいけないという時代に合わせて、新しいメディアやコンテンツを作っていかなければいけないなと思っています。
そういう時に、HIKAKINさんなどのYouTuberをはじめ、自分にとって必要な動画コンテンツに、人生のいろんな局面で励まされた子どもたちが育ってきてるんです。そんな彼らが必要とするような会社を作れていると嬉しいですね。