書籍『今いるメンバーで「大金星」を挙げるチームの法則』の冒頭です。人気サッカーマンガ『GIANT KILLING』で若き監督が弱小チームに起こす改革エピソードを土台に、著者の仲山進也さんが大手ネット企業の楽天などで得た経験を織り交ぜていく一冊です。
楽天の社員でありながら、“出社義務がない勤怠フリー/兼業フリー”の働き方を実践するビジネスパーソンとしても有名な仲山さん。その知見から生み出されたチームビルディングや働き方への提言は具体的かつ実践的。クラシコム代表の青木も、仲山さんから影響を受けてきた一人です。
今では親交のあるふたりが、クラシコムが直面する悩みをベースに、いまあらためて「チーム」や「個人」について語り合ってみました。すると、こと日本においては、リーダーや個人の「ある意識」を変えることが、より良いチームビルディングにつながるかもしれないという糸口が見えてきたのです。
いま、仕事は「お稽古事」になっている?
青木
日本人はとても長い時間働くと言われていますが、本当は色々なことの効率化が進んで、実はそれほど働かなくても良い世の中になっているはずですよね。僕は、日本人は、もっと日本の状況なりの良い働き方ができるはずだと思っているんです。
仲山
ほんとそう思います。「暇=悪」であるというか、サボってはいけないという感覚や常識がそれを阻んでいますよね。手が空いたら、自分の担当業務を必要以上に高度化・複雑化させることで「頑張ってる状態」を生み出そうとしがちだったり。
青木
あと、最近は日本の「お仕事」が「お稽古事」になっていると感じていて。茶道や武道といったように、自分という人間をよりよく磨くためにあるというか……営利活動としての仕事が必要なく、自分磨きで選ぶものというふうになってきている。優秀な若い世代がNPOなどの活動に進路を取ることも珍しくなくなりました。
仲山
「何のために働くのか」というところが、「営利」から「社会的意義」にシフトしてきているということですかね。価値観の変わり目というのはカオスになりますね。
青木
そうなんです(笑)。だからこそ、今日はチームビルディングの経験も豊富で、それに関する著書もある仲山さんと、働く日本人の働き方にとって欠かせない「チーム」について、そしてそこから「働く個人」について話してみたいんです。
「居心地が良い職場=良いチーム」ではない
青木
仲山さんが「チーム」の大切さに気づいたのにはきっかけがあるんでしょうか。急成長した楽天市場でのECコンサルタントや、出店者向けにノウハウなどを伝える楽天大学での取り組みが、そのひとつかとは思いますが。
仲山
まず、僕にとって楽天は「縁があってたまたま入社した社員20名の会社」だったのですが、数年で数千人規模に達するほど成長して、いろいろな経験を得た場所でもあります。ある時、阪本啓一さんが翻訳なさった『あなたが伸びれば、会社も伸びる!』というアメリカの起業家たちを取材した本を読んでみたら、会社の成長ステージによって起きやすい問題がまとめられていて、まるで自分の日記のようだったんです(笑)。
全部体験してきたことだし、起きていく順番もだいたい合っている。だから、自分の経験は特別なことではなく普遍的なのだと思いました。ただスピードが速くて、成長痛が日替わりでやってくるような感じだったので大変でしたけど(笑)。だから、そこで得た組織作りの知見は自分の財産であって、誰かの役に立てられたらいいなと。
楽天大学では、最初のうちは「売り上げを10倍にする方法を考える合宿」なんかをやっていて、実践したお店が本当に10倍、30倍……と伸びていきました。
ただ、ネットショップが軌道に乗ったお店の店長さんって、だいたいがスーパーマンなんです。商品の目利きもできて、ページも作れて、メルマガもうまくて、クレーム対応でファンにする……みたいに何でもできる。
だから社員が30人ぐらいの規模になったときも、全部自分で決めがちで、結果として店長のキャパシティによって売り上げの限界値が決まってくるようなところがありました。店長からすれば、人が増えた割に売り上げが伸びないからイライラしがちで、イライラが伝わるせいか社員の定着もよくない……そんな状況を見て、チームビルディングのほうへ軸足をシフトさせていきました。
青木
なるほど。よく「30人の壁」なんて言いますが、クラシコムとしても今までの延長線上でやっていくのとは違う何かが必要なのかなと思い始めていて。ただ、すごく悩ましいのは、いわゆる社外で聞くような「社内の揉め事が頻発する」とか「人材が獲得できない」とかって問題が一切ないことなんです。今まで辞めた社員は10年間で数人しかいなくて、そのほとんどが独立でしたから。
仲山
それは少ないですね。
青木
今の僕らのこの状態を「悪い」と判断するのは難しいけれど……
仲山
「良い」のかと問われると、よくわからないと。
青木
そうなんです……(笑)。
ただ、僕らは僕らなりに卓越したいわけだから、さらなるジャンプをするなら、その「難しさ」を考えないといけない。でも、どこに情報を求めていいのか、問題がはっきりしないだけに悩ましかったんです。そういう悩みを持つ人って、今までいましたか?
仲山
遠からずの事例として、チームビルディング講座に参加した店長さんの中に、「うちの会社は社員が一人も辞めたことがない。チームとしてはうまくいっている」という方がいました。でも理解が進むうちに、チームの成長ステージ4段階の第1ステージ、僕の本でいう「フォーミング」に過ぎなかったことがわかったと。つまり、仲良しクラブ的な居心地の良さだったから誰も辞めなかっただけと気づいたんですね。
そこからお互いの意見を言う合うようになったことで、やっぱり離れていく人も出たけれど、チームとして強くなるための次のステップへ向かっていけたと話してくれました。
青木
クラシコムの場合は、僕が経営者で、妹が一家の長女みたいな立ち位置で始まったのがよかったのかもしれませんね。妹も忖度せずに意見をしっかり言うし、そういう率直な発言を求められている空気を作ってきました。
僕らがステップアップするためには、仲山さんの『今いるメンバーで「大金星」を挙げるチームの法則』にもあるように、共に困難や危機に直面する以上の方法は無いのでしょうか。
仲山
必ずしも危機じゃなくても良いんです。クラシコムさんくらいのサイズの中小企業においては、社長が「お題」を考えて、あとは社員みんなで「なんとかする」という乗り越え方もあります。ただ、その「お題」が「昨対比プラス5%を目指そう」みたいなことだと魅力を感じませんし、社員が協力しなくても何とかなってしまうくらいの目標なら、個別で頑張ればいいからチームとして盛り上がらないまま終わってしまいます。
それこそ、楽天の三木谷さんが出す「お題」って、すごいんです。年間の流通額が300億円くらいの時に「これを1兆円にしよう」と言い出すんですよ。
青木
30倍以上じゃないですか!そうか、危機が本質なのではなくて、「没頭できるアクティビティ」が大事なんですね。つまらないアクティビティだと何も起きないわけだ。
仲山
ちなみに「さすがに無理では……」と思うような「お題」でも、没頭してやるうちに達成できてしまった、という経験が3回ぐらい続くと、何を言われても「またできるんじゃないか」といい意味で麻痺していきます(笑)。
「今を犠牲にしてでも将来のために」というマインドセットを捨てられるか
青木
今のお話を聞いて、僕がクラシコムでやってきたチーム作りを振り返ると、仲山さんがおっしゃったイニシエーション(通過儀礼)のような危機や困難を経験をせずに、同じ結果が得られないかを考えてきたんだろうなと。
それを何で補ってきたのかというと、社員同士の相互理解ではなく、社員一人ひとりの「事業理解」だと思うんです。自分が携わる事業の成長可能性と、そこに対してどういう貢献をすると実現できるのかという「勝ちパターン」がクリアに説明されている場合においては、もちろん良い人材であることはベースにありますが、誰と一緒に働いても影響はさほど大きくはなくなる。一方で、成果がよくわからない中で頑張ろうということになると、チームの相互理解がもっと重要になるんじゃないかと思うんです。
ただ、勝ちパターンが見えている状態って事業体が小さい時なので、規模感でそれも変わってくる。すると、今度は試したことのないことを手探りでやっていく恐怖が出てくる。クラシコムの現在の事業は、それこそ僕らが10年前に始めた時に見通せていたことを大枠ではやっていますから、今後は不透明な局面に必ず行き当たる。言い換えれば、不透明なものには徹底して弱い組織なんですよね。
仲山
青木さんは、キャパシティの限界に達して伸び止まる現象を体験することなくここまで成長できているんですね。
青木
組織もスタンスも変わる環境にあるわけですが、ただ僕らはそもそも不透明なはずの人生を生きているわけですから、これから仕事を通じてその不透明さにどのようにアプローチするかをそれぞれが身に付けていけるなら、すごくいいことだとも思います。
これまでは勝ちパターンという「正解をくれる預言者」みたいなのがいた状態から、急に預言者がポンコツになる日が必ず来るわけですよ。8割当ててきたバッターが打率1割にまで下がってしまうようなシーンが目に見えているわけで(笑)。
仲山
今後、さらに事業を広げていくとしたら、なおさらですね。
青木
勝ちパターンがわかる規模の事業ではなくなってしまった場合、チーム作りのために一番やるべきことは、さきほどの「魅力的なお題の設定」ということになるのでしょうか。
仲山
それもひとつあるのですが、ここで大切なのは個々人のマインドセットなんです。たとえば、「何のために勉強するか」という問いに対して「いい学校に入り、いい会社に入るため」と答えてきたような……つまり「今を犠牲にしてでも将来のためにやる」というマインドセットの人は、それが仕事を始めて仮に希望どおりのいい会社に入っても、その先も同じことが続きますよね。
昇進するため、給料を上げるためにこれをやる……といった「他人が敷いたレール」に乗っている限りはそのスタンスが続いて、ずっとコントロールされる側になってしまう。
青木
なるほど。マインドセットとしても、役割としても、敷かれたレールの延長線上で仕事している人は変わらないんですね。
仲山
だから大切なのは、いかにそのレールから外れるかではないかと思っています。親や先生などに言われた「幸せな将来のためには今を頑張りなさい」みたいな価値観を捨てられるか。
青木
そのマインドセットって「選ばれるための自分磨き」みたいなものじゃないですか。つまり、会社全体が顧客から求められたり、王子様がやってきて「君がいい」と示してくれれば幸せになれるけれど、選ばれない限りは難しい。
でも、本当は選んでくれた誰かが幸せにしてくれるストーリーじゃなくて、自分が幸せになるストーリーを自ら共有できればいいんですよね。そうすればコントロールの掛かり方も弱くなる。
今、この状況で、自分が幸せになるためにはどうすればいいかをきちんとコミュニケーションしあえて、みんなが主体的に自分の幸せを作ろうとすれば、必然的にある形の方向性にまとまっていける。でも、その中に「幸せにしてもらおう」と考える人が混ざると、どうしてもそこへの指示や命令が必要になってきてしまう……というのがあるかもしれないなぁ。
仲山
昨今、働き方改革が取りざたされる背景にあるのは、その設計されたレールの先が「どうやらハッピーではない」と見えてしまっている感じですよね。絶対にクリアできないゲームをなんとかコントロールして良くしようとしているけど、決して良くならないからツラい……みたいな。
青木
少なくとも、今の日本はそのゲームそのものが、かなり苦しいものになってきている。
仲山
だから、ある意味で、子供の時の「放課後遊び」に戻るようなイメージが必要なんだと思うんです。何にもコントロールされていなくて、何をしようかなと思ったら、子どもなら「自分が楽しいこと」をやりますよね。ぼーっとしてるほど、つまらないことはないから。
後編では、さらに「より良いチームをつくるための個人のあり方」について考えを深めていきます。
つまらない仕事で暇を埋めてない?チームづくりの基本は己を知ることにあり