広告代理店に勤めながらマンガを連載。好きなことで生きていく「副業」という働き方。おかざき真里インタビュー前編

書き手 クラシコム馬居
写真 小倉亜沙子
広告代理店に勤めながらマンガを連載。好きなことで生きていく「副業」という働き方。おかざき真里インタビュー前編
『サプリ』が月9ドラマとなり大ヒットし、その後も働く女性の物語から、空海と最澄を描いた最新作『阿・吽』まで幅広い作品を生み出し続けているマンガ家・おかざき真里さん。

美しく華やかな画力、心に突き刺さるリアルでキャッチーなセリフなど、作品の素晴らしさも去ることながら、「フィットするビジネス・働き方」がテーマのクラシコムジャーナルとしては、大手広告代理店 博報堂出身ということ、そして3人のお子さんがいらっしゃるというプライベートに興味津々です。

そこで、前半では、昨今、働き方の一つとして提案されることの多い「副業」というテーマで、広告代理店で働きながらプロのマンガ家として活躍されてきたお話を、後半では、3人のお子さんを育てながら、なぜ今なお新しい分野を開拓し、攻め続けることができるのかについてうかがいました。

マンガ連載と大手広告代理店勤務を両立

──おかざきさんは、新卒で博報堂に入社されたときには、既にマンガ家としてご活躍されていたと思います。マンガは、仕事から帰ってきてお家で描かれていたのですか。

会社の中でも描いてましたよ。家に帰っても描いてましたけど。

──会社で描くことができたのですね。副業OKということですか?

厳密に言うと、会社で描くことが許されていたかどうかはわからないのですが…(笑)。

私の他にも、モデルさんや有名なドラマの脚本家の方など、副業をされている方はたくさんいらっしゃいましたし、副業自体は推奨されていたのではないでしょうか。学生さんに配る会社案内に、私が「マンガ家です」って載っていたくらいですから。


代表作『サプリ』は広告代理店が舞台となっている。

──会社案内に!それは推奨されてますね(笑)。会社の中ではいつマンガを描くことできたのでしょうか。

誰かの作業を待っている間の空き時間ですね。あとは、撮影や打ち合わせで出張に行くことも多かったので、そういった時の新幹線の移動時間でも描いていました。

──上司の方に止められるということもなく?

はい、誰も止めないですね。それどころか、私の上司はサポートをしてくださっていて…。

最初は、マンガはほそぼそと描いてる程度でしたが、出版社の方から、そろそろ連載をしなさいと言われてしまって。さすがに会社を続けながら連載は無理だなと思って、上司に「辞めたいんですけど」と言ったら、会社を続けられるように、私が持っていた仕事をすべて整理してくださって。

──副業するための仕事の整理とは?

会社の仕事をしながら副業をしようと思った時に、何が一番大変かというと、時間が自由にならないことですよね。何でも自分1人で進められたら速いのに、たくさんの人が関わって進めるプロジェクトだと、誰かの指示や作業を待たないといけないので。

それをわかってくださっていたので、小さめの仕事といいますか、私が自分一人でハンドリングできる仕事を振ってくださるようになりました。

──何を思って、そこまでおかざきさんのマンガ家としての活動を支援されていたのでしょうか。

入社試験でデザイナーの試験を受けたのですが、一次試験は作品を提出しなくてはいけなくて、私は作品と一緒にすでに出していたマンガの単行本を持っていったんです。そうしたら、作品はいまいちの評価だったらしいんですが、マンガのおかげで通過することが出来て。そして二次試験は、アイデア試験で、それは受けた中で一番だったそうなんです。

そんな事があったので、その上司から、お前はきっと、発想やアイデアが武器になる。そのためには、マンガは描くべきだから辞めるな、その才能を積む努力をしろと言われました。そして、それは絶対にうちの会社にとって良いはずだからと。

──素敵な上司さんですね。

はい、その上司には、足を向けて寝れないですね。未だに、飲むぞって言われたら、ハイ!って、コンマ2秒で馳せ参じますよ。

孤独が怖くて兼業マンガ家を選んだ

──おかざきさんは、高校生のときには、すでにマンガを発表されていましたよね。

そうですね。当時、色々な企業が広告として、学生にマンガを描かせるというような取り組みをしていて。今でもそういったものはあると思うのですが、バブルだったので、ちょっと良いお金をいただけたので、アルバイトがてら描いていました。

──では、マンガ家一本ではなく、大学に進学して就職しようと思われたのはなぜですか?

マンガで食べていけるとは思っていなかったですし、家でひとりで作業するのは嫌だなって。ひとりは嫌だったんですよね。実際、入社してから特に思ったのは、一緒にご飯を食べる人がいるということは、とてもありがたいことだなって。

会社にいれば、夕方になったら腹減ったって言ってくれる人がいて、誰かとご飯を食べることができます。今も、同じマンガ家の子が悩んでいたら、ご飯食べに行こう!と連れ出します。何があっても、食べていればなんとかなりますから。


『サプリ』の中でも同僚とご飯を食べることで元気になる主人公が何度も描かれる

プロの仕事の”過程”を学べたのは就職をしたから

そして、もう一つ、会社で働いたことで良かったのは、クオリティ高い仕事を間近で見ることができたことですね。

例えば、カメラマンさんが、カメラアングルを探っていく度に絵がどんどん良くなっていく様子とか。周りから見ていると、ここで止めるかなというところから、更にもう一歩もう一歩と探っていくんです。そして実際、ゴンゴンと良くなっていくんです。

スタイリストさんとの打ち合わせでも、その方を中心にどんどんとその場で色々なことが変わっていって、積み上がってく様を見ることが出来たり。

クオリティをあげていくためには、どこで踏ん張れば良いのか、どの段階で守るべきものは守らなきゃいけないのかとか、そういう勘所は、マンガ家をやっていてもすごく思い出しながら作業していますね。ここでがんばるんだなって。


『サプリ』でも広告に関わる様々な職業の人物が登場する。

──違う分野のプロフェッショナルの仕事を知ることができたんですね。

同じ分野のひとのお仕事も、もちろん勉強になりました。先輩のワークスペースに遊びに行くと、企画に落とすまでの途中段階の案が壁一面に貼ってあるんです。それに対して、「真里ちゃんどれが良い?」なんて聞かれたりして。

でも、実際出来上がってみたら、全然違うものになってしまうんです。たくさんの案を検討したけど、それを全部捨ててイチから作ったんだなって。それは会社に行って実際みないとわからないことですよね。

私の作品もそうですけど、みんな出来上がったものを見てすごいねって言いますけど、その過程こそ、すごく努力していて、時間をかけていますよね。天才と言われてる人ほど、時間をかけてるなということが会社員をしていたから知ることが出来ました。

実際は、ネットがあれば出社をしなくても進められる仕事も多かったんですが、やっぱり人の仕事を見ないとダメだなと思っていたので、なるべく出社して仕事をしていました。

自分ひとりで完結する仕事も持っていたほうがいい

──逆に会社員時代、おかざきさんにとってマンガはどういう役割でしたか。

これも先程の上司になんですけど、最初から最後まで自分でコントロールできる仕事を持っておいたほうが良いと言われたことがありまして。

会社の仕事は、一から十まで自分の好きにはできないじゃないですか。特に広告代理店の仕事は、クライアントからの受注仕事なので、好きなことをするわけにはいきませんよね。ときには、すごくフラストレーションがたまります。

でも、マンガはそれこそ一から十まで自分でできる。もちろん、担当さんとか読者の感想に左右されることもありますが、それでも自分でハンドリングできるものが大きいですよね。

会社では、やりたいことがなかなかできない代わりに、マンガは自分の思うとおりに描くことでストレス発散になっていたというか。


凝った演出をしたかったのにクライアントに「普通でいいよ」と言われてしまうシーン

だって、広告を撮影しているときに、そこの植木もうちょっと下げたいとか思っても、なかなかできないじゃないですか。でも、マンガは、どれだけ木を増やそうが、切ろうが、家を建てようが、全部やっていいので。

やりたいことは「職業」として用意されてない

──『サプリ』の次に描かれた『&』は、医療事務員として働いている女の子が、副業としてネイルサロンを経営するというストーリーですよね。これは、まさに副業がテーマだと思うのですが、『サプリ』で広告代理店で昼も夜もがむしゃらに働く主人公とは、ちょっと仕事感が違うように思います。

そうですね。この頃から、景気の関係もあって総合職で正社員でがむしゃらに働いてという状況があまり現実的ではなくなってきていていたので、少し設定を変えてみました。


『&』昼間は医療事務、夜はネイルサロンで働く主人公。

──『&』では、どんなメッセージを伝えようとされたのですか。

それは、『サプリ』の最初にも描いたんですけど、自分の本当にやりたいことって仕事の形をしてないじゃないですか。職業としてお金をくれるわけではないことのほうが多い。だったら、色んな所からちょっとずつお金をもらって、総合的に自分のやりたいことのようなものが叶っていけば良いんじゃないかなと思うんです。

──自分のやりたいことは、趣味でという方もいると思うのですが、あえて副業、ダブルワークという仕事にこだわる作品にしたのは何故でしょうか。

一回だけ油絵を描いてみたいとかそういうことは趣味で良いと思うんですけど、でも、お金に関係しないと、結局続かないと思うんですよね。

素人とプロの差ってなんだろうって思った時に、お金を儲けるシステムを自分の中に構築するのがプロだと思うんです。ずっと好きで長く続けたいのであれば、お金に変える、というか、生活に組み込むシステムを作っておいたほうが楽だよと思います。システム化できるまでが難しいとは思うのですが。

──たしかに。時間は有限ですしね。

そうなんですよ。どうせだったら、お金をいただく方法を考えたほうが、好きなことが続けられると思うんです。


『サプリ』で新入社員に主人公が放つセリフ。

仕事で挫折したとしても、人生は続けなくてはいけない

──新作『かしましめし』では、好きなことをしていたはずなのに、希望して入った会社なのに、続けられずに辞めてしまうところから始まりますね。

そうですね。でも、人生ってそうじゃないですか。何かが終わっても続けていかないといけない。

『かしましめし』は、美大生時代の同級生3人の話ですが、主人公は、冒頭で会社を辞めてしまいますし、もう一人は美大を出てるけど、営業として働いていたりして。『かしましめし』も『サプリ』『&』も30才前後のお話ですが、この頃って、何かを辞めたりとか諦めたりする年頃なんじゃないかなと思うんです。


最新作『かしましめし』。会社に行けなくなってしまう主人公。

一番最初のモノローグで、「私たちは何度も生き返る。小さく小さくくりかえし生まれ変わる」と書いてあるんですけど、人生ってずっと同じではいられなくて。子どもが生まれちゃったら、簡単には死ねなくなっちゃうし、いつまでも好き勝手生きるぞ!とかできないし。

そうやって変わっていく中でも、生きること自体を続けるということをするのはどうしたらいいんだろうって思ったんです。


『かしましめし』モノローグ

──女の人生、10年後、20年後が想像できないですしね…。何事も、続けるって途方もなく難しいことのような気がしてしまいます。

そうですよね。だから、10年後をみると怖いから、『かしましめし』では、とにかく、毎日ごはんを食べて寝てれば続けていける、というようなことを言いたくて。生きてればいいんです。

 

後編:『サプリ』連載中に3人の子どもを出産。そして今、子育てをしながら新たな作品に挑戦する。おかざき真里インタビュー後編

 

PROFILE
マンガ家
おかざき真里
高校時代からマンガを発表し、多摩美術大学卒業後に博報堂に入社。プロのマンガ家として連載も行いながら、制作局でCMプランナーやデザイナーの仕事に携わる。2000年に退社後、自身の経験を元に広告代理店を舞台に描いた『サプリ』が月9ドラマになり大ヒット。『サプリ』連載前後に3人のお子さんを出産。現在は『阿・吽』『かしましめし』を連載中。

好きなもの:麻雀と南の島