オウンドメディアの成功事例として、しばしば筆頭に上がるのが「デイリーポータルZ(DPZ)」です。インターネット関連サービスを手がけるニフティが運営するメディアとして出発し、2017年10月に開設15周年を迎えます。今回、青木が対談をお願いしたのは、DPZの創刊編集長であり、現在も務めている林雄司さんです。
わたしたちクラシコムが運営するECメディア「北欧、暮らしの道具店」もオウンドメディアの事例として挙げられることもありますが、2017年9月に開店10周年を迎えられました。先輩の胸を借りる気持ちで、「長く続くメディアの条件」をテーマにお話を伺います。
日常のちいさな発見や書き手の趣味を大きく映し出す記事で人気を博すDPZと、「フィットする暮らし、つくろう。」をコンセプトに物販や読み物でライフスタイルを彩ろうとする北欧、暮らしの道具店。
ともに10年選手のオウンドメディア。載せるコンテンツは異なれども、そこには意外な共通点も見えてきました。
90年代後半の「個人サイト」運営で、僕らは判断軸を手に入れた
青木
僕らの「北欧、暮らしの道具店」は先日で10周年を迎えましたが、林さんが編集長を務める「DPZ」は15周年が目前です。それだけ長く続けるためには、自覚の有無はさておき、ある種の戦略性がなければメディアとして残らないのではないか……と考えたのがお話を伺いたいと思ったスタート地点なんです。
林
あぁ、メディア、みんな途中で辞めちゃいますしね……最近はDPZも「続くことが目的」と開き直っているところはありますけど。
青木
僕らもDPZのように長く続くための「何か」を見つけられたらと。あるいは「野生動物こそが実は合理的に生きている」といったような、全くそういった戦略性を持ち合わせていない、という結論がゴールでも面白いと思っています(笑)。
そもそも、DPZはどういった経緯で生まれたのでしょう?
林
もともとは会社で旅行サイトを作ったり、アフィリエイト事業みたいなことをやったりしていたのですが、自分で記事を書くわけでもないし、面白くなかったんですね。「この仕事がいやです、やめたいです」と言ったら、本当に仕事がなくなっちゃいまして(笑)。
それで、「@nifty」というニフティが持つ各サイトへ人を誘導するポータルサイトの隅っこで、好きなことを書くようになったんです。「ここに面白い読み物を乗せると送客できます!」なんて言って。そのコーナーがもとになって、2002年にメディア化したのがDPZです。ほんとうは会社で仕事がないあまり、自分が得意そうなことを書いて仕事をつくったみたいなことなんですけど。
青木
その「得意そうなこと」は仕事としてではなく、そういったサイトをご自身で運営されていたのですか?
林
1996年から個人サイトをずっとやっていましたし、そのサイトをきっかけにイベントも打っていたりしたので、「こういうことをすると人が来るぞ」って感覚はありましたね。
青木
実は、僕も1997年から2002年くらいまで個人サイトをやっていたんです。でも、いま思うと、あの時代にほぼほぼ今の判断軸の8割から9割はもらっている気がします。
林
しますねぇ。クオリティを優先するよりも、投稿を集めて更新すればするほど人が来るとか。個人サイトであっても1日1回更新の日記を3回にしたらアクセスが3倍になったりして。その当時は、他人から見たら「3回更新なんてどうかしてる」と言われていたけど、今はみんなそれをTwitterでやっているんですよね。だから、10年も経つとみんなの「異常なこと」が「普通」になるんだなって。
青木
それって、芸能人ではない「普通の人」の「普通の暮らし」をのぞくことができなかったけど、ブログで見えるようになったのも同じですよね。
林
面白かったですよね、普通の人の話。山のないところがいいなぁと思って。
青木
その経験をしているかどうかで、コンテンツに向かう態度も変わるじゃないですか。言い換えるとクオリティ競争に参加しない態度というか。それに個人サイトって、変な定期性とか量に対するコミットメントとかを自分で決めるから、飽きないんですよね。
林
飽きないですよね。言われてやるのは「仕事」になっちゃうけれど、言われないでやるのは「楽しいこと」なので。
青木
もはや「楽しいかどうかもわからないけど、ついやっちゃうこと」ですよね。北欧、暮らしの道具店にはライフスタイルのコンテンツが多いこともあって、クラシコムには通勤途中の本屋さんにほぼ毎日のように寄って、関連書籍や雑誌の新刊をチェックしているスタッフもいるんです。仮に、それを僕に頼むとリサーチ業務になって面倒になってしまう。でも普段からチェックしているスタッフからすると「書店へ行かないで」と言われるほうがしんどい。だから、それがずっと続いている。
林
そういうほうがいいですよね。DPZの編集部でも、出張へ行ったスタッフがすぐに帰ってくると「なんで?余計なことでも見てくればいいのに」って言います。一日くらいオフィスにいてもいなくても会社は変わらないんだから。
青木
それを聞いて思うのは、15年かけてその環境をつくれたことも素晴らしいですが、ニフティっていい会社ですね(笑)。
不真面目でおかしなものって、無限。
青木
もっとも、最近はオウンドメディアの数も増えていますし、インターネット企業と出版社が協業してメディアをつくるような事例も出てきていますね。この数年で変わってきたな、という印象です。
林
今のインターネットはどこもちゃんとしていて、お金をかけて、予算のある動画なんかを作ってもいるんですけど、心のどこかでは「なんか違うな」みたいに感じたりもします。ネットメディアと出版社が組んで……と聞くと、どうも生まれから間違っているような気持ちも少なからずあって(笑)。
DPZを始めた当初から「結局、雑誌って全部が広告じゃないの?」という反発心もあって、それへのカウンターがインターネットだったから、みんなが情報を信じられていたようなところもあったのかなと思うんです。それこそ個人ブログが書いた「どこそこのランチが美味しい」なんて正しいかはわからないけど「もっともらしい」感じはする。
青木
「ちゃんとしている」と「もっともらしい」をマーケティング的にいうと「ハイエンド向けかかマス向けか、ターゲットを明確に!中途半端が一番よくない」ということなのでしょう。でも、インターネットに関しては、どうもその「ぼんやりとした真ん中」が意外に空きっぱなしなんですよね。
北欧、暮らしの道具店は、ある方からすると、きっと「垢抜けない」と思われていることもあるはずなんです。でも、別の方たちからすれば「手の届きそうなおしゃれさ」があると感じていただいて、その塩梅が絶妙だから今日までやってこられているのでしょう。ただ、最近はスタッフも頑張って真面目にやろうとしているみたいですが……。
林
人は放っておくと真面目になっていって、いきなり真面目なことを言い出したりするんですよ。不真面目でいいと思うんですけどね。真面目って、ゴールや正しさがあるからやりやすいんです。でも、不真面目やおかしなものって、無限じゃないですか。
青木
それこそ、上か下かもわからない。
林
DPZは顔を合わせられるライターには「いいよ、そんな感じで」と不真面目さのトーン&マナーを合わせられるんですが、地方に住んでいたりするとなかなかできない。そうすると、その地方のライターは急にハウツーなどの「ちゃんと役に立ちそうなこと」を書こうとするんです。
でも、DPZは情報サイトではないですし、たとえ失敗してもその人が焦ったりする姿が見えて面白くなればいい。工作の記事なら、まずは成功しようと頑張るけれど失敗したっていい。その失敗の前に試行錯誤があって、最後にしょんぼりしているみたいに、失敗の前後に人が出てくれば「お話」になるんです。
青木
記事がひとつの物語なんですね。
林
そうです。でもハウツーや情報を書こうとすると、失敗するとどうにもならない。
青木
「ただの役に立たない何か」になる(笑)。
林
そんなときも、最後に頭を抱えている写真があれば、まだいいですよね。そのほうがライターも顔を覚えてもらえて、キャラクターも出てくるし、応援してもらえるかもしれない。
青木
その感覚に気づいたのって、いつ頃からなんですか?
林
なんとなく個人サイトのときから、自分がそんなことをやっていたんですよね。個人サイトを運営していて何かを企画すると、経験がなさすぎるからたいがい失敗する(笑)。でも、サイトは続いていくから「これも載せちゃえ」ってなる。それをOKにしないと更新の予定が埋まらないし、やり直す時間もないからです。
青木
そうか、更新のためにも、いかに「素人感にプロ意識を持てるか」が大事なんだ。
林
あぁ、それはいい言い方ですね。
「DPZを15年もやって飽きないんですか?」「飽きないですねぇ」
青木
ただ、DPZのように15年間も素人でいるって、相当すごいことだと思っています。今回は対談のテーマに「長く続くメディアの条件」を掲げてはいますが、僕は逆に「続かなくなる」ことには2つの条件があると考えていました。ひとつは、読者から飽きられるという需要の問題。もうひとつは、作っている側が飽きるという供給の問題です。
前者は見せ方や届け方を工夫したり、ターゲットを設定し直したりすれば解決が図れるかもしれませんが、後者は問題としては根が深いはず。でも、DPZは「うまくなっていく」といったことにモチベーションを持たないのに、なぜ飽きずに続けられるんでしょう?
林
そうですね……マニアックにならないからじゃないでしょうか。それは編集部もライターも全員に共通していることかもしれません。
DPZは編集長の僕以外に5名の社員編集者がいます。それぞれが担当ライターを抱えていて、全部で40人くらいのチームです。中には専門領域に特化した人もいて、たとえばフィッシングや狩猟の記事ばかり書く平坂寛さんみたいな人もいるのですが、それは全体でも3人いるかどうか。
それ以外の専門領域がある人は、あえて得意分野とは違うことをよく書いていますね。ダムの写真を撮るのがうまい萩原雅紀さんは「2回続けてダムのことは書かない!」と決めているみたいです。
自称「ダムライター」なのに、この前は「スーパーのイートインでできるだけ豪華な食事をする」って記事を書いていました(笑)。その記事の後で、彼はまたダムのことを書く。
そういうふうに、ライターごとに飽きないようにしているみたいです。会ったときも得意分野のことではなく「最近はこんなことが面白かったよ」なんていう世間話ばかりするし。
青木
それはどうしてなんでしょう?専門的にならない、というのは。
林
なんというか……専門的になってくると、マニアが怖いんですよ。電車ネタで間違ったことを書いてTwitterで怒られるときって、怒っている人のアイコンがみんな電車ですし……。
青木
あぁ……(笑)。林さん個人として飽きることはないですか?
林
それが全然ないです。個人サイトをやるようになってから「毎週は更新しなきゃ」という気持ちがあって、飲み会でも忘れないようにメモしておくようになった習慣が続いているんですが、今でもネタ帳の「やりたいことリスト」は日々増えるし、これは一生かかるなぁってくらい書いてありますから。
たぶん僕は専門分野がなくて、何でもやっていいからだと思います。たとえば……(スマホのノートアプリをめくる)……
「これが老婆心だ!」って書いてあるんですけど、これはネット上で「老婆心ながら」と言う人が多いので、じゃあ老婆は本当に何を考えているかを聞いてまわろうかな、とか。そんな風にDPZは自分の興味の沸くことを何を書いてもいいから、飽きませんね。
DPZは「コスパが超いい」夢のある事業
青木
この対談が載るクラシコムジャーナルのコンセプトは「フィットするビジネスを考える」ということもあってお聞きしたいのですが、アクセスや売り上げといった現実面は数字はいかがでしょう?
林
アクセス数に関して言えばDPZはずっとあまり変わっていなくて、読者に聞いてみると読むのを辞めた人もいますけど、新しく入ってくる人もいます。SNS経由の人も最近は多いですけどね。
青木
ふしぎですね。スマートフォンの登場という環境の激変もあったはずなのに!
林
以前からやっていることのトーンが変わらないので、こういう冗談みたいな読み物が好きな若者が急に増えたり減ったりせず、一定層いるんでしょう(笑)。変化があったとすれば「スマホで読みやすくしよう」とか、「みんなが電車へ乗る時間にツイートしよう」とか、最低限のことばかり。
青木
スマホ登場以降の変化ばかりですね(笑)。記事広告もつくられていますが、運営費もそこで回しているかたちですか?
林
いえ、ライターの原稿料などの制作費は広告でまかなえているんですが、社員の人件費までは……そこは会社からのブランディング費用から出ています。
青木
でも、5人分の人件費でDPZを持てているって、経営者の立場から言うと、最高だなと思いますよ。
林
そうですか?
青木
最高じゃないですか?!だって5人分ですよ?
僕らのような通販企業でいえば、一般的には急成長フェーズなら売り上げの20%を広告費に入れてもおかしくないんです。仮に僕らがざっくりと年間20億円の売り上げを立てると考えれば、年間の広告費は4億円を使ってもおかしくない。僕らはそんなにはつかってないんですけども。
そして、広告の効率性は打つほどに下がっていくものですから、最近では広告費や広報費を他の使い道を探して「オウンドメディアへ」という話が増えているのだと思います。でも、メディア運営はなかなかうまくいかない。
5人分の給与ですから、大体僕らと同じ規模くらいの標準的な広告費のかけかたをしてる会社の年間広告費10分の1くらいのコストでDPZの運営費を賄えると仮定すると、それはコスパが超いいともいえますよね。それにDPZ的なるものををクラシコムでも実現できるかもしれないと思えば、夢が広がりますよ。
林
そんな風にいってもらえると嬉しいです(笑)。
青木
この話をしていて思い出したのですが、オウンドメディアの原型はかつての壽屋(コトブキヤ)……現在のサントリーが発行していた雑誌の『洋酒天国』にあると考えているんです。自社の宣伝部が制作して、ウイスキーを普及させるために彼らが当時各地に仕掛けていた「トリスバー」に置いた雑誌です。
林
あぁ、『ギネスブック』(元はアイルランドのビール会社ギネス醸造所が発行。現在は独立。)みたいな。今だと、ANA(全日本空輸)が機内誌として作っている『翼の王国』の上品さもいいですよね。
青木
まさに、そうです。『洋酒天国』は初代編集長が芥川賞作家にもなった開高健さんで、2代目は直木賞も得た山口瞳さんです。彼らのような文化人を自社に抱え、宣伝臭のない内容で、お酒を嗜む人たちが「楽しく読めるもの」をつくろうという、誠によいコンセプトのオウンドメディアなんですね。
経営者の佐治敬三さんが、そういう作家たちを自由な形で囲っていたモデルが有効なのだと思うと、僕にとってDPZとニフティはそういう関係性に見えるわけです。
林
一時期はDPZも「おれたちはギネスブックだ!」と言ってました(笑)。
青木
どこの経営者も、今はそういうマインドになってきているとは思います。DPZのようにすでに独立しているメディアで、中にいる作家たちの才能を回収していくことは、今後につながる実に面白いテーマだと思っています。
後編では「長く続くメディアの条件」にさらに触れていきます。見えてきたキーワードは、なんと「努力禁止!」でした。
後編『努力は禁止!大人が楽しんでいる姿こそエンターテインメントになる。』
PROFILE
好きなこと:二度寝。好きな食べ物はホタルイカの沖漬けとコロロ。