ブランディングディレクターの福田春美さんを迎えた対談中編です。
前編では、ブランディングディレクターという肩書きになるまでの経緯や、仕事の中身についてうかがいました。中編では、描いた世界観を具体化し、ビジネスとして成功に導くために、福田さんが身につけたスキルについてお話しいただきます。
青木が考える新しい「美しさ」の定義には、福田さんも思い当たる節があるようです。
美意識と数字を共存させるビジョンを持つ
青木
美意識を表現したり、世界観をつくれる人は、少ないにしろ、いるんですよね。だけど、それを現実世界の中で実現していくのが、「仕事力」とか「商売力」とかあるいは「ビジネス力」といわれるものだと思います。
たぶん福田さんが鍛えてきた部分って、そういうところな気がしているんです。
福田
たしかにそうですね。私が鍛えてきた部分は、完全に「MD設計図」です。
青木
MD設計図?それはどういうものなんですか?
福田
アパレル会社が独自につくっている表なんですが、たとえばAW(Autum/Winter)の半年間が表になっていて、世の中的にはここでハロウィンがあって、クリスマスがあって…とか、洋服的には9月で羽織りとかカーディガンが欲しいです、暑い日もあるから脱げるものがいい…とか、パズルみたいに計画を立てていくんです。
値段的には、時期によって変えたり、最後の商品を投入するときは、セールのことも見込んだ値付けをしなくちゃいけないとか、そういったことも同時に考えなくてはいけません。
青木
なるほど、洋服を売っていくためのシナリオなんですね。
福田
そうですね。MD設計図に向き合っていなかった頃は、イメージと雰囲気とで売れていた時代だからよかったんです。
でもそんな時代は終わってしまって、見てすぐネットでも買えたり、安いファストファッションが台頭してきた。オンタイムで今欲しいというもの当日中に用意できたかどうかで動いていくようになれば、世界観だけではやっていけなくなってしまったんです。
青木
MD設計図って、端的にいうとマネジメントっていうことですよね。福田さんのレイヤーで粗利まで見ているんですね。
福田
そうですね。そこまでは視野に入ってますね。今、ブランディングディレクターとして関わっているところの経営的な部分は経営者がみますが、営業利益に関わるような部分についても「どんな感じですか」って聞いてたり、一緒に会議に出たりして把握するようにしています。
青木
マネジメントや数字の部分って、世界観を描ける人が一番苦手とする部分じゃないですか?
福田
私も苦手でした。だから、最初はMD設計図を読み解こうとするのもすごく憂鬱でした。
青木
身に付けなきゃ駄目っていう意識が芽生えたのはどうしてなんでしょう。売れないっていうことが契機になったんですか?
福田
そうですね。打ち合わせの現場には、MD設計図みたいな表がたくさんあったので「私がこれを覚えた方が、話が早いんだろうな」と思って。緻密な表を出されても、打ち合わせ中に解読して、自分の意見を言えるようにしたかったんです。
青木
資料を読み解けるようになって、どう変わりましたか?
福田
相手に、言い切って差し上げられるようになりました。
春と夏の間のこの時期って、コットンニットやカーディガンを着ている人が多いですよね。気候をちゃんと捉えられれば絶対間違わないから、表と照らし合わせて「この時期はこういうものが求められていますよ」と言い切って差し上げられるんです。
その上で今年のトレンドを提案したり、まずはボールを投げられるようになったんです。それに対して「僕たちはこうしたい」とか、クラシコムさんの場合は、「私たちらしく」ということでさまざまな要望を伝えてくださるから、自分の引き出しからいろいろなものを出していった結果、「KURASHI&Trips PUBLISHING」の洋服ができあがる、という感じです。
期待する?期待しない?マネジメントの下心
青木
表を読み解くだけじゃなくて、マネジメント全般が苦手な人もいますよね。たとえば福田さんのスタッフにそういう子がいたら、どうやって自分みたいにできるようにしてあげますか?
福田
最近特に「自分のようになるな」と思っているんです。全然私のようにならなくていい。
昔は、すごく熱心に教育していたんですよ。「この子を変えなきゃ」と鼻息荒くがんばった時期もあったんだけど、変える必要なんてないんだと気づいたんです。
青木
それは、どうしてですか?
福田
私が洋服のブランドを担当していた頃のスタッフたちは、みんな魅力的な女の子だった。そういう子はね、みんな結婚する。そして仕事を辞めてしまうから、変える必要なんてなかったの。
青木
なるほど。すごく切ない結論です(笑)。
福田
それがまずひとつだけど、それでも仕事を続ける人もいますよね。そうだとしても、できないところに絶対期待しないし、やらせない。いいところをめっちゃ伸ばす方針なんです。
青木
なるほど。たしかに、僕も、苦手だったことができるようになったことは一回もないんですよ。それを人に求めるのも、考えてみればおかしな話なんですね。
福田
そう思います。それに、適材適所にして、その人しかできない仕事をしてもらって、こちらもそれを喜んであげると、人はめっちゃ伸びます。本当に伸びると思う。
自分も一緒で、「やっぱり福田さんに頼んでよかった」って言われたら張り切っちゃいますよね。
もし期待したことができない人がいても、頭ごなしに怒ったりしてはダメ。その人自身がいつか壁にぶつかれば、自分で克服するから。自分もそうやってきました。
「つくる・伝える」がたやすい時代の、新しいモノサシ
青木
魅力的な世界観を立ち上げても、儲かるとは限りません。福田さん的には、儲かっても儲からなくてもどっちも楽しいのでしょうか?
福田
もちろん儲かったほうが楽しいです!みんながハッピーになれるんですから。
青木
最近、「儲かる」ていうことを改めて考え直しているところなんです。なんで儲かったほうがいいのだろうか、と。
福田
儲かるって、うまくいくってことですよね。それがやっぱり全員が笑顔になれる一番大事なことだと思うんです。「すごくいいものがつくれてすてきなお店でした」、「雑誌にもいっぱい載りました」って私たちは満足してるけど、「じゃあ数字は?」と問われてみれば負債を抱えている人がいる、なんて状況は嫌です。
青木
儲かったってことは、お客さんが喜んでいる証拠でもあるし、本当に一番いいですよね。
最近、僕なりに考えている儲かるよさっていうのは、儲かる方が難しいってことなんです。僕の中の美しさの定義って「正しい方向性に向かってより難しい方法で臨むこと」であり、臨んでいる様子が大事なんです。その答えはひとつじゃないんです。
洋服づくりに限らず、あらゆるものづくりと伝える作業は、ここ20年ぐらいの技術革新によって容易になっちゃってるんですよ。
だから実は「つくる」と「伝える」だけではもう美しさが表現しきれない世の中になっていて、美しさの変数の中に「儲かる」ことも入れないと難しくないから、美しくない。
僕もそうだし、たぶん福田さんもそうなんですけど、やっぱり美しくやりたいんだと思う。美しさは「かっこいい」とか「エレガント」っていう言い方でもいいです。
福田
たしかに、つくるだけなら誰でもできちゃう。
青木
インターネットの世界では伝えることも容易です。
福田
もう、やれただけじゃだめなんですね…。
実は、東日本大震災のあとくらいから、自分の掲げているテーマが「イメージの良さと数字の共存」なんです。
ファッションディレクターからブランディングディレクターになったはいいけれど、3年くらいなかなかヒットは出ませんでした。だけど5年くらい前、『a day』を始めた頃から、覚悟をもって収入を減らしてでも、もっと自分が狂っていけるものだけをやろうと決めたんです。
それまでは、来た仕事はなるべく全部受けてたんですよ。自分が着ない服のブランドのブランディングをしたこともあったけれど、それは30代まではできたことだったんです。
40代以降は、もう一回、狂ったくらい好きじゃないと伝えられないと思ったし、時代もそうなのかもしれないですね。
自分が「これが好き」と思って良さを言ったり伝えたり使ったりしたりすることで、共感が生まれて、やっと売れていくような気がしています。
後編では、福田さんが抱えたもやもやの原因や克服方法、その先に待っていた自分らしい仕事についてうかがいます。
【前編】仕事は、誰かの夢を一緒に描くこと。ブランディングディレクター 福田春美×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平 対談
【後編】心の声を言葉にして、自分が行きたい道を拓く。ブランディングディレクター 福田春美×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平 対談
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