2016.11.22

世界観をつくり、風を吹かせよう。 生き残りをかけたWEBメディア変革の胎動

書き手 高島 知子
写真 鈴木 静華
世界観をつくり、風を吹かせよう。 生き残りをかけたWEBメディア変革の胎動
企業からのメッセージを生活者に届けていくのに、メディアの存在は不可欠です。WEBもいまやその一端。今後のWEBメディア、そしてコミュニケーションについて、代表・青木がキーパーソンと語り合う本シリーズの初回は、博報堂ケトルの嶋浩一郎さんを訪ねました。「記事が単体で評価されるWEBメディアは、メディア全体の世界観が構成しづらく、読者が文脈を理解しづらい。パッケージメディアでは文脈という追い風を受けることが可能だが、WEBメディアはいわば無風地帯になる」という嶋さん。WEBメディアは今後どうマネタイズしていくべきか、また広告主や広告パーソンはどうあるべきか? 熱い風が吹いた議論をお届けします。

WEBはメディアの世界観をつくりづらい場

青木 ちょうど1年ほど前、僕らが「北欧、暮らしの道具店」でスポンサードコンテンツを始めたころに、僕は嶋さんが登場されていたいくつかの記事にすごく刺激を受けました。いずれも、WEBではコンテンツがスライスされて記事単体で評価されることが課題だと話されていて、僕らはWEBメディアとしてどう進むべきかと考えさせられたんです。
今回、新たにビジネスパーソン向けの「クラシコムジャーナル」を開設するにあたって、WEBメディアの課題と今後についてぜひお話したいと思ってお訪ねしました。

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 「北欧、暮らしの道具店」は、世界観があっていいですよね。この“世界観”が、今後WEBメディアがさらに発展していく上でのキーワードのひとつになると思います。WEBメディアはすごく世界観をつくりづらくて、好例として思い当たるのは林さん(ニフティ林雄司氏)の「デイリーポータルZ」や、「クーリエ・ジャポン」「東京カレンダー」などでしょうか。僕がお手伝いしていた「THE HARDWORKERS」も仕事好きの世界観づくりを目指したんですが、残念ながら現在は終了してしまいました。
「クラシコムジャーナル」は、どういった方々が読まれるんですか?

青木 僕ら自身がメディアや広告への理解を深めたい意図もあって、特に企業の宣伝やマーケティング担当者、広告会社の方々を想定していますが、広くはビジネスパーソン皆さんに読んでもらえたらと。
「北欧、暮らしの道具店」はプライベートな時間にフォーカスしていますが、元々僕らは理念のようなものとして「フィットする暮らしをつくろう」というコンセプトを掲げています。これを企業として追いかけるなら、暮らしの大半を占めている働くことからも離れられない。そんな観点で、クラシコムと一緒に仕事や働き方を考えるコーポレートメディアをイメージしているんです。

嶋 なるほど。WEBメディアがなぜ世界観を形成しづらいかはいくつかの理由があります。それは紙とWEBの物理的な構造の違いもありますし、WEBメディアのマネタイズ手法、つまり経済的な問題とも絡んでいます。その話を今日はしていきたいと思います。いきなり、込み入った話になりますが(笑)。

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青木 お願いします(笑)。

パッケージメディアの“センス”はWEBでは解体する?

 まず、スペースに限りがあるメディアでは世界観がつくりやすい。たとえば雑誌が分かりやすいですよね。はじめがあって終わりがある。仮に、BRUTUSの西田善太編集長がコーヒーの特集をつくったとします。Googleを使えば世界中のコーヒーの情報はすべて集められるわけですが、それでもBRUTUSを買う人たちがいる。その人たちは、限られたパッケージの中に情報をセレクトするBRUTUSのセンスに対してお金を払っているわけですよね。それが媒体の持つ世界観です。アナ・ウィンターのセレクトする情報が載るVOGUEしかりです。

これら世界観を持つメディアがWEBに移行したときに、みんなが「いいね」と思っている世界観が維持できるのか? というのが、僕が今感じている問題意識です。WEBでは記事ひとつひとつが独立して読まれるでしょ。もちろん、雑誌の記事をひとつ取り出して読んでも意味は分かるし、情報としての価値はある。BRUTUSのコーヒー特集の記事をひとつ取り出して読んでもおもしろいと思うけれど、コーヒー特集全体をつくる世界観は喪失してしまうわけです。

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青木 それが、冒頭で挙げた「コンテンツがスライスされて単体評価される」ことの課題ですね。

 そうですね。WEBでメディアが世界観をつくりづらい理由は、メディアとしての境界線があいまいなことがまず挙げられます。WEBは永遠に続く地平線ですから、ココからココまでという感覚で認識するのが難しい。

また、多くの人がオリジナルのメディアで記事を見ないで、複数の異なるメディアから記事をアグリゲーションしたヤフー、グノシー、スマートニュースなどのプラットフォームで記事を読んでいる状況も、メディアの持つ世界観喪失の要因です。配信元では、ある世界観に基づいた記事がセレクトされるけれど、記事単体の配信先のプラットフォームではさまざまな媒体の記事が混在してしまうから、元々の世界観はスライスされてしまうんです。

それから、本屋の経営をして気付いたことなんですが、WEBには意外に一覧性がない。一覧性って、世界観を理解してもらうには重要な要素なんですね。街の本屋はほんの5分もあれば一周できるでしょ。そうすると、だいたいこの本屋はこんな本がそろってるっていうテーストを感じるじゃないですか。でも、WEBを5分検索しても、単体の記事の羅列だから世界観は感じにくい。

青木 たしかに、5分スマホを触っていいといわれても、同じ体験はできませんね。

 そう、本屋を回遊するような、世界を一覧して認知するようなことは難しいんです。

あと、WEB業界に世界観をつくれる人材がまだ少ない、という現状もあるんじゃないかと思うんです。WEBはPVでマネタイズしてきたから、いかに記事一つひとつのPVを伸ばすかに注力してきた。だから、メディア全体で世界観をつくることが雑誌ほど重要ではなかったんです。一方、雑誌などのトラディショナルなメディアは世界観をつくることで、他の競合誌と差別化を図って、その世界観を活用したい広告主がついたから、世界観の醸成は編集者のスキルとして重要でした。最近では東洋経済からNewsPicksに移籍した佐々木紀彦さん、TokyoWalker編集長からYahoo!ライフマガジン編集長になった秋吉健太さんなど、世界観をつくれる編集者のWEBメディアへの流入もみられているので、これからの彼らの働きに注目したいです。

文脈を持たないWEBメディアは“無風地帯”

青木 たしかに、現実としてWEBメディアは単体記事のPVで稼いできてしまった状況があると思います。

 経済的な問題は、今後のWEBメディアを考える上で重要な観点です。WEBでは一つひとつの記事のPVがマネタイズの手段になっています。

だから、ライターも編集者もいかに記事のPVを伸ばすかに必死になってきたでしょ。メディア全体で世界観をつくる、そうすると広告主が付くっていう、「世界観を売る」マネタイズ手法が確立できていないんです。

日本のメディアは戦後ずっと、新聞や雑誌なら部数、テレビやラジオなら視聴率・聴取率を基準に広告が販売され、市場が形成されてきました。世界からみると、日本みたいにテレビ局数局や新聞数紙が全国をカバーしているメディア環境の国は極めて特殊です。だから広告主にも広告パーソンにも効率がよく、メディアも媒体費を通じて潤沢な一次取材コストを獲得できました。

雑誌もその広告料金の設定のベースは部数によるものなんですが、広告主は雑誌の世界観を追い風に自社の商品をアピールしてきたと思うんです。だから、素敵な世界観をつくった媒体にはお金が集まってきた。一方、世界観がつくりづらいWEBメディアはこの追い風がない。いわば、“無風地帯”なんです。

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青木 雑誌では、部数を見つつもちゃんと世界観を踏まえた出稿がされてきたんですね。

 そうですね。広告主の出稿には、その媒体の世界観は大きく寄与してきたはずです。僕はいつも広告主の方に「メディアで広告することは、そのメディアの世界観を拝借すること」と説明しています。たとえば、30代の主婦向けの雑誌でも、よく読めばESSEにはコストコの利用法や冷凍食品の解凍法など、家事を効率化する記事が多い。一方Martには新しいテーブルウェアの情報など、家事をより楽しくする記事が多い。世界観が明確に違いますよね。ですから、広告したい商品が家事を効率化するものであればESSEの世界観を拝借する方が得だし、家事を楽しくする商品であればMartの世界観を拝借するのが得策でしょ。

青木 なるほど。本来、WEBでもそういう出稿の仕方がされるべきですよね。

 そうなんです。でも、アドネットワークの仕組みだと、異なる世界観の媒体にも広告は出稿されてしまう。もちろん、雑誌も世界観を無視した売り方をされることもあります。広告代理店が30代女性誌を部数と価格だけエクセルにまとめて販売してしまうケースは多々あるわけです。ここは、広告主も広告会社の人間も、もっと媒体を熟知して出稿していかないといけないと思うんです。WEBに関してもそう思います。

PVではなく世界観のマネタイズに挑戦しよう

青木 お話をうかがっていると、WEBには「PV×風の強さ」みたいな、PVに掛け算する変数があるといいのかなと思います。

 メディアと商品のマッチング度合いを加味するということですよね。難しいのは、商品や企業ごとに媒体との相性が異なることですね。たとえば、家事を便利にする商品は、ESSEとはマッチング度合いが高いけど、Martとは相対的に低くなります。その商品をその媒体に載せたときにどれくらいの風が吹くか、そこはプロの目利きが必要になる。広告の売り手のプロ化も求められると思います。

青木 そこはがんばっていただきたいところですね。では、マネタイズが絡む構造的な問題も踏まえて、今後WEBメディアがさらに発展するにはどうしたらいいでしょうか?

 まず、WEBの中で独立した世界観をつくることに挑戦するメディアが登場してくれると、広告主にとってもありがたいことですよね。「あなたの商品にいい風吹かせますよ」って。

同時に、その世界観をしっかりマネタイズするビジネスモデルの確立も急がれます。現状では読者への課金以外に、ネイティブアドとPVの換金がWEBメディアのマネタイズの主要な方法ですが、僕はこれだけだと、現状で紙メディアが一次取材にかけているコストは捻出できないと思っています。質の高い世界観をつくるためにはコストも必要ですから。

マネタイズのひとつのやり方は、テレビの番組提供のようなモデルです。NewsPicksが2014年に開始した、特定コーナーへのスポンサードがこれにあたります。NewsPicksにはイノベーション関連の記事を集めたコーナーがありますが、そのコーナーをIBMがスポンサードしています。イノベーション関連の記事をひとつのコーナーに集めることで世界観が形成できるわけで、IBMはそれを活用してブランディングを行えます。

これは新しいメディアの売り方、情報の見せ方を考えることだから、ある種の発明が必要です。NewsPicksはあくまで一例で、たとえばイベントや店舗などをやってもいい。イベントは世界観を体験しやすいし、世界観をつくらないと人はイベントに来ないので、WEBメディアが自分たちの世界観を表明するのにリアルな場へスピンオフするのもひとつの方法です。

青木 風の存在を可視化するわけですね。僕らも「北欧、暮らしの道具店」で世界観をとても重要視していますが、「コンテキストを共有する」ということにも近いですよね。読み手とのコンテキストの共有が積み重なって、メディアのパワーが増大していく。

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 おっしゃるとおり、世界観をつくることとコンテキストの共有は、ほぼ同義ですね。コミュニティをつくる力ともいえると思います。世界観に惹かれて読者が集まるとコミュニティができ、メディアはそれを財産に商品開発やコンサルもできるわけだから、これもマネタイズにつながります。

今日お話したようなWEBメディアの現状に気付いているメディアパーソンは、ぜひいろいろなやり方を試してみてほしいです。その中のいくつかが、ちゃんとお金が儲かるビジネスになっていけばいい。世界観をつくる視点って、実はいちばんおもしろいクリエイティビティが発揮されるのに、それに対する評価がないとWEBではその視点が完全に失われてしまうから。

少しずつ起こっている人材の流動も、今日のこうした議論が言語化されていくことも、WEBメディアが変革していく胎動です。僕もそこにかかわって、アイデアを出していきたいと思っています。

〜取材を終えて〜 代表青木のコメント

年代的に僕も雑誌が好きで、メディアの提供側と読者との間で「世界観の共有」ができた時に起きるマジックを読者として実感してきているので、WEBでも目指したいのはそういう状況だよなと思って仕事をしてきました。

嶋さんが指摘されているようにWEBメディアは境界線が曖昧で、紙媒体が持っていた種類の一覧性がないことは、雑誌と同じような方法で「世界観」を共有することを難しくしている側面もあると思います。なので僕たちはそれを実現する「新しい方法」が必要だと感じています。

WEBには境界線と雑誌的一覧性がない代わりに、毎日のように、場合によっては一日に何度も読者とコンタクトし続けるためのSNSのような仕組みが備わっていて、場合によっては個々の読者と数年にわたって毎日のようにコンタクトし続けることが可能な環境があり、これは紙の雑誌の時代にはなかったあたらしいコミュニケーションの形だと思っています。

雑誌の時代にいわばコンテンツを並べて見せる一覧性によってある瞬間に世界観の共有を実現できたのとはまた違う、時間をかけて読者とコンタクトを継続していくことで感じてもらえる「世界観」とその世界観への「共感」を、このあたらしいコミュニケーションの形を使って作り上げていきたいというのが僕たちがトライしていきたい課題だと思います。

嶋さんのお話を伺って改めて「北欧、暮らしの道具店」や「クラシコムジャーナル」というメディアを、それぞれに「気持ちの良い風」が吹いている場に育てていきたいと感じました。

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PROFILE
博報堂ケトル 代表取締役 共同CEO
嶋 浩一郎さん
93年博報堂入社後、コーポレート・コミュニケーション局で企業のPR活動に携わる。02年から04年に博報堂刊『広告』編集長を務める。04年「本屋大賞」立ち上げに参画。現在NPO本屋大賞実行委員会理事。06年既存の手法にとらわれないコミュニケーションによる企業の課題解決を標榜し、クリエイティブエージェンシー「博報堂ケトル」を設立。11年からカルチャー誌『ケトル』編集長。12年東京・下北沢に本屋B&Bをヌマブックス内沼晋太郎氏と開業。主な著書に『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』『企画力』『ブランド「メディア」のつくり方』など。