ブランドの一貫性とは何か? 化粧品ブランド「ディセンシア」の事例から紐解くブランディングの哲学

〜共に考え、交流する。マーケティング担当者様向けイベント「BRAND SOLUTION SALON」の開催レポート〜
書き手 花沢 亜衣
ブランドの一貫性とは何か? 化粧品ブランド「ディセンシア」の事例から紐解くブランディングの哲学

株式会社クラシコムが主催となり、企業のマーケティング・プロモーションご担当者様に向けて開催している「BRAND SOLUTION SALON」。企業の方に登壇いただいてのトークセッションとあわせて、登壇者、参加者の皆様に交流していただくイベントです。

クラシコムのブランドソリューショングループをハブに、接点のある方々をご招待させていただいており、参加者同士の交流や関係性の深まりにつながれば……という想いで開催しております。


▲写真左からインサイトフォース株式会社取締役 山口義宏さん、株式会社DECENCIA代表取締役 山口裕絵さん、クラシコム代表 青木耕平

2024年11月12日に開催された第6回目のテーマは「ブランディングの哲学 -ブランドの一貫性とは何か-」。インサイトフォース株式会社取締役の山口義宏さん、株式会社DECENCIA代表取締役の山口裕絵さん(現 オルビス株式会社 代表取締役社長)、弊社代表の青木耕平が「ブランドにおける一貫性とは何なのか?」という問いを深掘りしながら語り合いました。モデレーターは、クラシコム ブランドソリューショングループマネージャー 高山です。

30社のマーケティング・プロモーションご担当者様にご参加いただき、トークとその後の懇談を楽しむことができました。その模様をお届けします。

目次

・ディセンシアのリブランディング事例から探る「ブランドは何を一貫させて、何を変えていくか」
・一貫性を保つための組織運営と必要なマインドセット
・ブランディングと事業推進や売上をバランスさせるうえで一貫性はどう寄与するのか
・参加者さんからの質問タイム

ディセンシアのリブランディング事例から探る「ブランドは何を一貫させて、何を変えていくか」

―最初のトークテーマは「ブランドは何を一貫させて、何を変えていくか」です。まずはディセンシアさんが取り組んだリブランディングについてご説明いただいてもよいでしょうか?

山口裕絵さん(以下、敬称略):ディセンシアという会社は、ポーラ・オルビスグループの社内ベンチャーから生まれた化粧品ブランドです。自社ECが主な販路になるのですが、オンライン通販が一気に広がった2007年に会社が立ち上がったこともあり、その波にのって成長することができていました。

2017年頃、オンラインで商品を買うことが当たり前になると、ディセンシアの売上も踊り場に差し掛かりまして。それまではダイレクトマーケティングの正攻法で、CPAを磨き上げていくことに注力していたのですが、それだけではどうしようもない状況になったんですよね。なんとか踊り場から脱しなくてはいけないぞということで、前社長の判断でブランディングに舵を切りました。

リブランディング着手直後の2021年に、私は社長に就任しました。ブランディングに取り組むといっても、社内に詳しい人がいるわけではないので、外部の会社に入っていただいてブランド診断調査をやってもらって。その結果を見ると、「広告で追いかけ回される会社、赤い、ポーラのグループ」といったイメージばかりで、ディセンシア固有のものは全くありませんでした。

この結果が出たことで、「誰がこの結果を招いたのだ」とブランディングチームと事業推進チームとの仲はさらに悪くなりまして……。

―ブランディングか事業推進か。難しい判断ですよね。

山口裕絵:ブランディングというのは、信頼の積み重ねですよね。ユーザーに一貫性のある独自の世界観を提供して、ブランドの付加価値をつけていくというものだと思うのですが、ディセンシアがこれまでやってきたダイレクトマーケティングは、学習の積み重ね、最適化、数字での計測、アルゴリズムへの順応……。比較すると真逆なんですよね。そりゃあ、ブランディングチームと事業推進チームは対立するよなと。

そのなかでブランディングか事業推進かの決断を迫られまして。一度ブランディングに注力することを決めたのだから、ブランディングをやり切ろうと決断しました。大きなリブランディグをしたのですが、結果、大失敗。売上も落ちました。

青木耕平:かつてはブランドのリーチが多いことが重要だったけど、今はそれがなくてもAIによって出合うことができてしまう。そういう意味だと、10年前と今ではブランディングの位置付けは大きく変わりましたよね。

山口義宏さん(以下、敬称略):そうなんですよね。マス広告しかない時代は、接触媒体が少ないから多様な顧客ニーズに合わせて器用に訴求や体験を分けて出すことができなかったし、ブランド戦略のセオリーは全ての顧客接点で一貫性を守りましょうという話でした。でもデジタルの世界は、同じブランドや同じプロダクトでも、顧客層とニーズが10通りあれば、10個の広告を出すことができるので、そのなかでブランドの一貫性を維持するというのは矛盾した難しいことではあります。

山口裕絵:本当にその通りで。ブランディングもダイレクトマーケティングどちらも必要だとこの失敗で学びました。ディセンシアのような小さな会社は、それぞれの領域を融合させないと勝ち抜けない。ブランディングを考える人もダイレクトマーケティングを知らないといけないし、ダイレクトマーケティングをやっている人たちも自分たちのブランドのことを理解しないといけないんですよね。

―確かにそうですね。裕絵さんは両者の領域を融合させるためにどんなことをしたのでしょうか?

山口裕絵:すごくシンプルなのですが、パーパスをしっかり伝えることからはじめました。各チームが得意領域を活かしていくためには、私たちの会社の根本になにがあるのかを共有しないなといけないなと思ったんです。求心力があっての遠心力だと信じ、ここを一度しっかりと突き詰めていこうと。
ディセンシアは創業者のご家族が重篤なアトピーで「同じ兄妹なのに肌って不公平だ。ちゃんと使えるものがあったらいいのに」という思いから立ち上がったブランドで、「肌の不公平をなくしたい」というパーパスを掲げています。

実際、パーパスを共有しあったことで、クリエイティブも行動も大きく変わりました。「肌の不公平をなくしたい」に基づくならブランディングもお客様に寄り添うものであったほうがいいよねと。そのなかの一つがクラシコムさんとの取り組みです(詳細はこちら)。

そこから再度リブランディングに取り組みまして、今ようやくブランディングの基盤ができたというところです。

 

▲リブランディング前のディセンシアの商品と広告クリエイティブ

山口義宏:一つ質問させていただいてもよいですか? ブランドの価値を想起させるための媒体がビジュアルなので、知覚認識させる価値を変えたいからビジュアルを刷新したのだと思うのですが、赤から白へとビジュアルを大きく変えることで、知覚価値をどのように変えたかったんですか?

山口裕絵:もともと「なぜ赤だったのか?」というところがありまして……。立ち上げから長らくダイレクトマーケティングを主軸にやってきたので、ダイレクトマーケティングでやるなら赤のようなインパクトがないと埋もれてしまうという理由があったとも聞いています。

でも、我々が作っているのは敏感肌向け化粧品です。広告をガンガン配信していくよりは、お客様に寄り添い、近くにあることが嬉しいと思ってもらえる存在になりたいよね、と。本来やりたいことは赤でなくても達成できるかも、と考えました。

山口義宏:提示したい価値を一番表現できるビジュアルにしましょうというリブランディングだったんですね。すごく納得感があります。

色を変えるというのは、ダイレクトマーケティングだからこそできるリブランディングとも言えます。ドラッグストアで販売するような商品だと、色を変えたらもう認識されなくなってしまいますから。

他社さんでもリブランディングとなると、今回のように視覚的なリブランディングをしたいという相談はよくあります。あとは、名前を変えたいという相談もけっこうありますがが、でも大体の場合は変えないほうがいい。名前と外観を変えるときは、それが選択の足を引っ張っているときぐらいだというような話をいつもしています。

青木耕平:実は「北欧、暮らしの道具店」も、今はあまり北欧のものを売っていないので「この名前でいいのか?」という議論はよく出ます。でも、まだ踏ん切りがついていなくて(笑)。

僕も感想をいいですか? ディセンシアさんのトライアンドエラーがすごくよくわかるお話だったのですが、そもそもの成功とはなにか、この取り組みの本質はなにかというのが気になりました。話を聞いていて、ディセンシアさんは自分たちのこだわりや思いではなく、現実と向き合った結果、新しいものを作ったのだと感じました。

先ほど失敗とおっしゃっていましたが、「ちょっと危ないかもしれない」というところまでやってはじめて得られる学びもあると思うんです。変わらなければいけないことは事実だったのだから、大きな学びを得られたということは成功じゃんと思ったわけです。

この取り組みにより、変えることで学ぶ、現実から学ぶという素晴らしい経験が社内にできて、結果、売り上げが下がったわけではないなら大成功なんじゃないかなと。

山口裕絵:ありがとうございます。まだ成功かどうかはわからないような状況ではありますが、リブランディング当初は、売り上げがガクッと下がったものの去年と今年は上がってくることができました。それはひとつの成果かなと思っています。

―実際、ディセンシアさんがリブランディングのリブランディングをしたとき、一貫させたものはなんだったのでしょうか? ブランドが掲げるパーパスや思想というところになるのでしょうか?

山口裕絵:そうですね。またすぐにパッケージを変えるわけにもいかないので、なにができるかというところで、まずは思考を一貫させることからはじめました。私たちが大事にしているものは何かという認識を揃えて、あとはみんながそれぞれ考えるしかない。手段を一貫させることはすごく難しいので、まずは思考を一貫させて、都度、行動を変えていくという方法を選びました。

青木耕平:お客様もいろんな入口があり、いろんな感じ方がある今、もしかしたら、手段を一貫させる必要はないのかもしれないですよね。「俺たちはこうなんだ」と押し通すのは、コミュニケーションの起点が自分たち側のありたい姿になっちゃっているというか。パーパスというのはありたい自分にセットアップしがちですが、ありたい自分じゃなくて、ありたい社会とか会いたいお客様、あってほしい状況であるべき。

パーパスというものが力を持つのは、お客様のことを自然と思いやれるときだと思うんです。だとすると、「肌の不公平をなくしたい」というパーパスは、なんとかしたいという気持ちを自然と引き出すことができるすごく良いパーパスですよね。自然と人を思いやる気持ちを引き出せれば、手段はなんでもいいじゃないですか。

マインドセットや起点を揃えることのパワフルさはあまり語られないけど、裕絵さんのお話を聞いて、すごく重要なことだと改めて思いました。

山口義宏:今の話に近いですけど、社会やお客さんを前進させることと理念やパーパスはほぼほぼ同じ意味だと思っています。ブランドというのは、自己実現の手段ではなく、社会、お客様との共有物でもあると思うので。

―クラシコムに置き換えると、ブランドとして変化しているところ、一貫していることってどんなところですか?

青木耕平:クラシコムは「フィットする暮らし、つくろう。」というパーパスを掲げていますが、なにをやるかよりも、自分たちがやることがそのパーパスに反していないかを常に考えています。そういう言い方はしない、それを目的にしちゃダメというような、やったらダメなことはいくつかあります。裏を返せば、言い方や目的が違えばOKなものもあったりします。手段を否定しているわけではないので、「フィットする暮らし、つくろう。」に合うアイデアが出てくるまで待とうか、と。

もうひとつは、ブランドとお客様の関係だけじゃなくて、「会社にとって健やかであるか?」ということ。健全に続けられる関係であることや、オペレーションとサービスの一貫性は重視しています。

山口義宏:ここで一つぶつけさせていただくと、「目的と文脈が共存できるならやる、共存できないならやらなくていいけど、その受け止め方が更新されたらそのときにやってみよう」というのは、実は青木さんのようにいわば生き神的な存在の創業世代がいる会社だからできることなんですよね。

ディセンシアさんや今日参加されている企業さんの経営者の多くはオーナー創業者ではないので、青木さんのような長期の経営職ではなく、それがなかなかできなかったりもするというのはあると思います。

山口裕絵:そうなんですよね。我々がまさに難しさを感じていたのはその部分でした。ディセンシアの場合、失敗した最初のリブランディングの時も、今現在も、外部のディレクターと共にクリエイティブをつくっていますが、うまくいっていない時に何が起こるかというと、社員たちが思考停止するんですよね。「ディレクターの方がこうした方がいいって……」「これはダメだって……」ということがそこかしこで起きてしまう。その時に、創業者はいなくても、社内の中に生き神様的な存在や集団があると良いんだろうなと強く感じましたね。

一貫性を保つための組織運営と必要なマインドセット


▲進行を務めたクラシコム ブランドソリューショングループの高山達哉

―お話の流れ的に次のトークテーマ「一貫性を保つための組織運営とは?」にお話を進めればと思います。一貫性を保つためにはある程度、定義づくりをすることもあると思うのですが、一貫性を定義しすぎると組織にどんな影響があるのでしょうか?

山口義宏:シンプルに言うと、一貫性は社内外から理解されるためのコミュニケーションコストを下げますが、社内では別の摩擦が起きる。そして、ビジネス機会を制限する可能性があるということでしょうか。ブランドの一貫性からは逸れるけど、ビジネスが成長しそうな機会はたくさんあります。生き神である創業世代がいるのであれば、そこに判断を仰ぐのが合理的です。そうではない場合も、外注のコンサルタント、クリエイティブディレクターにお伺いを立てるのは不健全。先ほど裕絵さんがおっしゃっていたように、どう解釈するかを社員で判断しながら、社員の集合で生き神を作り出さないといけないんですよね。

そのときに大事なのは、会社が、ビジネスを成長させるために手段としてブランドがあるのか、いいブランドをつくるために手段としてビジネスをやっているのかのスタンスを明確にすること。前者か後者によって全く処方箋が違っています。多くの場合、みなさん両方とおっしゃりますけど(笑)。

デジタルの力をつかってブランドとそれに適したユーザーが出会いやすくなっているので、後者でもビジネスを大きく育てることができる時代になったと思いますが、どちらが良い悪いではなく、自覚的に選択しているのが重要といえますね。昔の教科書的にブランドはあれやっちゃダメ、これやっちゃダメとするのではなく、コアだけをしっかり決めて自由に柔軟にやって、うまくいくことを続けていく。うまくいってからブランドの枠組みをしっかり考えるというのが今の潮流といえますね。

青木耕平:クラシコムの場合、実は一貫性を保とうとはしていなくて、むしろ一貫性を壊すのが僕の役割かもしれない。たとえば最近制作したテレビCM(詳細はこちら)がその最たる例で、「うちはCMはやらないでしょう」と思っている社員が多かったのですが、僕自身は「いやいや、やらないって言ってないよ、やってワンチャンおもしろいことがあればいいじゃん」という感じでした。

YouTubeのきっかけも似たような感じです。2010年代後半ぐらいのYouTubeは、今ほど洗練されていなくて、画面に語りかけるようなYouTuberが全盛。「クラシコムがYouTubeをやるといっても、YouTuberみたいなのとは違うよね」という話になって。「いや、でもYouTuberの1人が画面の向こうの私たちに語りかける構造を活かしながら、スタイルだけで僕らにできることはあるんじゃない?」ということを考えて生まれたのが「モーニングルーティン」です。

YouTubeは違うよね、CMは違うよねではなく、常に全部に興味を持っていて、ワンチャンあると思っています。ただ、クリエイティブのスタイルのトンマナさえ保てば、手法は何だとしても一貫性は保てるはず。動機とスタイルが一貫していればけっこう自由にやれると思っています。

山口義宏:クラシコムは個々のディレクションスキルが高いから、大体何やってもスタイルになるんですよね。それがすごいところです。

青木耕平:そう考えると、現代におけるブランディングって、クリエイティブディレクションが重要なのかもしれないですよね。クリエイティブディレクションといっても、かっこいいものを作るスキルということではなくて、自分たちの課題に対して、自分たちらしいクリエイティブディレクションは何か? というのを分かっていることのほうが大切なのだと思います。

山口裕絵:たしかに再びリブランディングした時には、前みたいにクリエイティブディレクターが生き神様というかたちではなく、私もクリエイティブディレクションに入っていたなと思いました。全然クリエイティブ出身ではないのに(笑)。

青木耕平:クリエイティブはクリエイターだけが関与できないというのが、そもそも間違っているような気もしますよね。

山口裕絵:そうなんですよね。「肌の不公平をなくしたい」というパーパスに寄り添っているのか、ディセンシアらしいか、もう少しあたたかみを出したい、中身を見せたいなど、こんなディレクションでいいのかなと思いつつも、商品や化粧品、その先にいるお客様を知っているのは私たちなので、その視点で意見を出させてもらいました。もちろん自分1人でやるのは危険なので他の社員と相談しながら。

私自身、そこまでクリエイティブディレクションが得意ではないので、みんなができるようになったらいいなと思っていて、今はチームでやっていますが、少しずつ手離れしていっているというところです。

青木耕平:クリエイティブディレクションって、マネージメントで最後まで回さなくてもいい仕事だと思うんです。僕自身、直接ディレクションはしていません。「ワンチャンあるなら、そのガチャ引いてみようよ。ガチャは引くだけいいじゃん」というスタンスなので、「失敗したら僕のせいにしていいよ」というような感じで関わっています。

もちろんいろんなパターンがありますが、生活者として、受け取り手としての自分を会社に持って来ることのできる人であれば、本来は誰でもクリエイティブディレクションが可能であるはず。「自分は欲しくないけど、世間的にはイケてる」みたいな意思決定が一番良くないじゃないですか。「自分はこれがすごく欲しい、早く世に出したくてたまらない」という心の部分が大事。頭を使って説明をしながらも、その奥に自分の感情がある人だと、安心して任せられますよね。

ブランディングと事業推進や売上をバランスさせるうえで一貫性はどう寄与するのか

―最後のトークテーマに移りたいと思います。「ブランディングと事業推進や売上をバランスさせるうえで一貫性がどう寄与するのか」というテーマでお話いただきたいと思います。裕絵さんどうですか?

山口裕絵:この点はまさに悩んでいるので今日はお2人にアドバイスいただきたいですね。今日、何度もお話に出ています、私たちのパーパス「肌の不公平をなくしたい」ですが、これ、けっこういいですよね。自分たちでもいい会社だなと思っています。

パーパスは創業時に創業者が掲げたものなので基本的には変わらないものです。パーパスが求心力だとしたら、もう少し具体的に私たちが何を届けるのかという企業理念を整理しました。「愛とほんとうから生きやすい明日を届ける」です。

パーパスや理念が社内に浸透したことで、「利益もういいじゃないですか」とピュアな感覚を持つ子も出てきまして。それに対してなんて答えたらいいかわからない自分がいます。一応、売り上げや利益といった数字は「愛の結果」で、「愛が届いた証」がお客様の人数、売り上げなんだと説明していますが……。これってどういうふうにしたらいいですか?

 

青木耕平:クラシコムにも同じような課題感があります。僕らの立ち位置を説明するときこの図(下図)を使って説明していて、まずは抗えない自然法則や社会制約事項があり、その中で僕らは営利事業を選択している、と。地球上で生活する以上、重力の制約を受けるのと同じように、営利事業が前提にある以上、収益性、成長性のないミッションはできないんです。自然法則をベースに順々に説明していくと、儲けかミッションかみたいな議論にはならないことが多いですね。

山口義宏:自分たちの価値観、パーパスを広げる仕事をするためには原資が必要というのはなかなか理解されないんですよね。私の以前いた経営コンサルティングの会社では、経営陣が「売上は会社への共感の結果。自分たちの思想を反映したプロダクトに社会が共感しているから」と若手社員に話していてうまい説明だと思いました。売上が得られていないということは、共感を得られていないということなので、ちゃんと強化していきましょうねと。そう話すと社内は矛盾を起こさずに理解してくれましたね。

参加者さんからの質問タイム

―トークセッションはいかがでしたでしょうか? ここから質疑応答の時間に移りたいと思います。

質問1:マーケットを開拓していく上で、リブランディングってコスパはいいのでしょうか?

青木耕平:コスパと言っていいかわからないけど、踊り場になったときというのは、どれをやったらいいのか、受け入れられるのかわかならない状況だと思うので、どれを売りたいかではなく、どの順番で可能性を消していくかという点では効率がいいと言えるのかもしれないですね。市場に展開するのは大変なので、その手前のD2Cのチャネルで成功に到達したほうがいい。やってみたらわかることはあるから、そういう検証のコスパがとしてはいいのかもしれないですよね。

山口義宏:どこまでをブランディングとみなすかにもよりますよね。
例えば、ブランドで知覚認識してもらう価値を再定義して、訴求に反映するだけであれば追加コストは内部の人件費だけでも可能です。それを世の中の人に早期に多くの人に認知させよう、反応を得ようとたくさん出稿するから広告費が嵩むというだけで。

だけど、ブランディング=マス広告ということでもないので、冷静に分解して考えればリブランディング自体はそんなにコストはかからないと思います。ブランド認知そのものは、資産であって売上ではないので、ビジネス目的で捉えると日本で数千万人に知られる必要がないブランドはたくさんあり、必要な範囲のステークスホルダーの認識を変えれば良いです。本来相性の良いステークホルダーだけに知られて、そこから必要な取引のボリュームが成立するほうが投資に対する効率はよく、美しい姿とも言えます。

青木耕平:ベンチャーの世界のブランディングは、マーケットで伸びることが目的なので、広告がセットになりがちですが、本来ブランディングはマーケティングのためのものではないですよね。社会からより有利な条件で認めてもらうためでもある。ビジネスの観点でいうと、資金調達を有利にするとか、ステークホルダーとの取引コストを下げることにつながることもあると思います。

質問2:化粧品メーカーで新規事業を担当しているのですが、韓国美容のブームもあり、ブランドへの共感よりも効果や成分で購入される方が増えていると感じています。そのなかでもブランディングに注力する理由があれば教えてください。また、美容業界におけるブランディングの重要度もお聞きできるとうれしいです。

山口裕絵:たしかにその流れはあると感じています。でも、即効性や確実性で競争すると、化粧品は医療には勝てない。勝てないところで競ってもしょうがないと、思っています。
一方で、化粧品は毎日使うものですよね。1回やったら最低3ヶ月は間をあけなくてはいけない美容医療とは違い、毎日朝晩、自分で自分の顔と向き合うのが化粧品です。生活に溶け込む存在だからこそ、そのブランドに対する感情が大事だと思っていて。そうやって感情を動かすためには、ブランディングは必要不可欠なのかな、と。

もちろん人気の成分も入れますが、ディセンシアの文脈でその成分を入れるにはどうしたらいいかは、はすごく考えます。

青木耕平:僕はK-POPのファンなのですが、韓国の美容医療が流行っていたり、韓国コスメへの支持が広がったのは、韓国のカルチャーのブランディングが成功している結果でもあると思うんです。インフルエンサーが気軽に美容医療をやっていることもきっと影響していますよね。それもインフルエンサーたちのブランディングの結果。要は、誰かのブランディングをもって社会の認識が変化したんだと思うんです。

そこに乗って勝負することもできますが、そうではなく自分たちがどこに向けて何をやっているのかを立ちかえることはすごく大事だと思います。誰かが掘った温泉のまわりに店を出すのか、自分たちで温泉を掘るのかの違いというか。改善策があるわけではないのですが、その認識は大事なのだろうなと思います。

75分のトークセッションのほか、参加者同士で感想を共有していただくお時間や登壇者も含めた懇親のお時間もご用意させていただきました。さまざまな角度から「ブランドの一貫性」を掘り下げた今回のトークを受け、皆様のお話も大変盛り上がっている様子でした。

異業種交流会やトークイベントとは、少し趣の違う本イベント。今後もさまざまなテーマ、さまざまな企業さんと共に語り合い、交流できる場を設けていければと考えています。