発売開始からわずか3年で主力商品へと成長。「サーモス」が後発のフライパン市場で成功した理由とは

書き手 野本纏花
写真 佐々木孝憲
発売開始からわずか3年で主力商品へと成長。「サーモス」が後発のフライパン市場で成功した理由とは

世の中に数多くあるヒットブランド。開発の背景はさまざまですが、その裏には共通して、価値観やライフスタイル、時代の変化にチューニングしながらお客さまに寄り添い続ける姿勢があります。
「暮らしを支えるヒットブランド」では、そんな商品やサービスにスポットをあて、マーケティングの取り組みとその背景にある思いを紐解いていきます。

今回、注目したのは、「サーモス」のフライパンです。魔法びんのパイオニアとしてお馴染みのサーモスが、2019年2月に発売した『サーモス 取っ手のとれるフライパン(KFAシリーズ)』と『サーモス フライパン(KFBシリーズ)』。後発でありながらも広く生活者に受け入れられ、瞬く間にフライパン市場でシェア2位(※)にまで上り詰めました。

後発でありながら、なぜここまで好調な売上を記録できたのか? サーモス株式会社 社長室 ブランド戦略課 マネジャーの簑島 久男さんと、マーケティング部 商品戦略室 企画課 企画第1グループの近 聖子さんにお話を伺いました。

聞き手は、クラシコム ブランドソリューショングループ プランナーの中村 静久朗です。

※テレビ東京「日経スペシャル カンブリア宮殿」調べ
※この取材は2023年1月に実施しました

サーモス株式会社社長室 ブランド戦略課 マネジャー 簑島 久男
サーモス株式会社 マーケティング部 商品戦略室 企画課 企画第1グループ 近 聖子
株式会社クラシコム ブランドソリューショングループ プランナー 中村 静久朗

サーモスがなぜフライパンをつくったのか?

中村
水筒など魔法びんのイメージが強いサーモスが、なぜフライパンを開発したのか、その背景を教えていただけますか?


サーモスの水筒は、保温性能の「高い品質・性能」に加え、「お客様の使いやすさ・お手入れのしやすさ」にこだわったプロダクト開発でご好評をいただいています。しかし、サーモスの製品群で見ると、水筒やスープジャーのような、家の外で使うものが多かったんですね。家の中で使う調理器具として「シャトルシェフ」はあったものの、お客様の生活をサポートする上では、まだまだ商品群が足りない状態でした。そこで調理器具の中で最も所有率が高く(※)、毎日の料理に欠かせないフライパンを開発したのです。

※サーモス調べ(Web調査)

中村
なるほど。すでに市場でさまざまな商品が発売されているなかで、後発ブランドとして、どのように競合との差別化を図ったのですか?


こだわったのは、やはり「お客様の使いやすさ・お手入れのしやすさ」です。具体的には、耐摩耗性の高さと、焦げ付きにくさが特長の「耐摩耗性デュラブルコート」を採用していること。そして、炒め物だけでなく煮込み料理もできるよう、深型設計にしたことです。取っ手のとれるタイプであれば、オーブンにも対応できますので、ひとつのフライパンでさまざまな料理をお楽しみいただけるようにしました。

中村
サーモスのフライパンが広くお客様に選ばれている理由について、どのようにお考えでしょうか?


お客様の満足度調査を見ると「焦げ付きにくくて良いと友人から聞いて購入した」「使いやすさを実感して、周りにも薦めている」といった声がありますので、コーティングに対する評価は非常に高いと思います。

もうひとつ、購買に大きな影響を与えたのが、ブランドに対する信頼感です。水筒の使用経験を通じて醸成された「サーモス=品質・性能が高い」というイメージをもとに、フライパンも使ってみようと思っていただけているようです。私たちも商品開発において、お客様のブランドに対する期待に応えようと試行錯誤を重ねてきたので、とてもありがたいことです。

ブランドに対する信頼と意外性で、後発ながらシェアを拡大

中村
2019年、フライパンの発売当初は、保温カバー付きのセット商品を展開されていたそうですね。


はい。異なるサイズのフライパン2種、専用取っ手、専用フタに加え、木製プレート(鍋敷き)と保温カバーが付き、IHにも対応した「取っ手のとれるフライパン6点セット(KFA-SET6)(※)」です。開発者に「食卓に並べるおかずは一品ではない。温かい料理を出したいのに、順番につくると冷めてしまうよね」と料理の悩みを話したことをきっかけに、保温カバー付きセットが生まれました。

※現在は販売していないセット商品です

中村
「温かい料理を同時に複数提供するのは難しい」という生活課題を解決できるユニークさとサーモスならではの「保温」の提案が、発売当初の差別化戦略としてあったのですね。発売直後からすぐに手応えを感じられましたか?

簑島
そうですね。お客様からも流通先からも、大変好評をいただきました。社内で商品開発、プロモーション、営業の担当部署でで連携をとりながら販売店にアプローチしていましたので、バイヤーにも非常に好意的に受け止めていただけたと思います。
水筒やお弁当箱のイメージが強かったからこそ「あのサーモスがフライパンを出すのか!」と、良い意味での意外性を感じていただけたようです。

中村
後発でありながら、好調な売上を記録している要因について詳しくお伺いさせてください。まずは、流通先とのコミュニケーションについて、どのように進めましたか?

簑島
既存のブランドイメージを新カテゴリーの商品群につなげるため、POPなどでサーモスのロゴが目を引く売り場づくりを提案しました。おかげで発売当初から店頭に置いていただけましたし、そこで実績が上がるにつれ、展開面も広がっていきましたので、順調なスタートを切れたと思います。


プロダクトの店頭での見せ方も工夫しました。これまでのフライパン市場には、卓上でフライパンを保温しようという発想がなかったので、木製プレートや保温カバーが店頭でも目立つよう、店頭什器を独自で開発したのです。

中村
お客様とのコミュニケーションについては、どのような工夫をされましたか?

簑島
広くお客様へリーチするために、まずはテレビCMをコミュニケーションの要として、発売当初から“フライパンひとつでいろいろな料理をつくれる楽しさ”を伝えていきました。また、テレビCMでサーモスのフライパンを認知した方にさらなる興味を持ってもらえるよう、オウンドメディアにレシピを充実させたり、メディア取材の依頼やインフォマーシャルの出稿など、現在も地道なプロモーション施策を続けています。


プロダクトにおいては、発売後に「もっとフライパンのサイズにバリエーションが欲しい」というお客様の声が多く寄せられたので、サイズ展開を増やしていきました。ひとり暮らしの方からファミリーまで、さまざまなお客様のニーズに応えられるよう、現在は16cmから30cmまで揃えています。あとはサイズ展開以外に、ガス火専用で軽量化したプロダクトを発売から半年後に追加しました。発売当初のフライパンはIHとガス火両用のため、重かったんです。水筒でも超軽量タイプの「真空断熱ケータイマグ」が人気でしたので、サーモスブランドとしてフライパンでもできるだけ軽量化を図ろうと。

簑島
担当している身としては、「プロモーション施策の結果です」と胸を張って言いたいところですが、サーモスブランドに対するお客様の期待を上回るプロダクト開発をできていることが最大の成功要因だと、個人的には考えています。 

幅広い暮らしのシーンに寄り添うブランドを目指して

中村
私たちが「北欧、暮らしの道具店」でいろいろな企業と取り組みをご一緒するなかでよく聞かれるのが、「商品の機能的価値に自信は持っているが、生活者に他社製品との違いを理解してもらうのが難しい」という課題です。サーモスのフライパンも品質・性能にこだわっていると思いますが、そこが差別化要因として十分に機能しているとお考えですか?それとも、もう少し生活者にわかりやすく翻訳しなければならないと感じていらっしゃいますか?

簑島
コミュニケーションの観点でいうと、そこには課題を感じています。発売直後に新型コロナウイルスの流行が拡大したので、体験イベントを実施するのが難しい環境もありました。ただ、小規模な料理教室に協賛して、サーモスのフライパンを体験いただく機会を設けると、非常に満足度が高いんですね。ですので、今後はそうした体験イベントを通じてクチコミが広がっていくよう、もっと仕掛けていけたらと考えています。


私も同感ですね。お客様の声として「こんなにこびりつきにくくて良いコーティングなのに、伝えないともったいない」といった意見もいただいているので、大変ありがたいと感じると同時に、課題とも思っています。

中村
結局、「何万回こすってもフッ素加工が取れません」と伝えるよりも「仕事で疲れて帰ってきて、料理の後片付けが楽にできるとわかっているから、料理をがんばろうと思えるんですよ」と伝えたほうが、お客様も自分ごと化しやすいですよね。

私たちがクライアント企業の商品を紹介する時も、機能や性能ではなく、「その商品が暮らしにどんな変化をもたらすのか」をコンテンツを通して可視化するようにしています。料理の手間や気持ち、時間がどう変化するかこそが、商品の価値だと考えているのです。

簑島
まさに、そうですね。現状は、サーモスのフライパンを購入してくださる多くの方が、サーモスの水筒を使ったことのあるお客様です。今後は、既存のお客様でない方へ認知を広げるためにも、そうした体験価値を届けることが必要だと感じています。

中村
では最後に、今後サーモスをどのようなブランドに育てていきたいですか?


フライパンの周辺器具はもちろん、お客様の暮らしをより快適に、幅広く飲食をサポートするブランドを目指したいです。水筒のブランドから、家の中でも外でも飲食にまつわる器具がすべてそろうブランドへと成長していけたらと考えています。

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