想定を上回る売上に導いた、小売店と生活者を動かすコミュニケーション戦略とは? 新カテゴリ市場を切り拓く「明治スプレッタブル」の挑戦

書き手 野本纏花
写真 鍵岡龍門
想定を上回る売上に導いた、小売店と生活者を動かすコミュニケーション戦略とは? 新カテゴリ市場を切り拓く「明治スプレッタブル」の挑戦

世の中に数多くあるヒットブランド。開発の背景はさまざまですが、その裏には共通して、価値観やライフスタイル、時代の変化にチューニングしながらお客さまに寄り添い続ける姿勢があります。

「暮らしを支えるヒットブランド」では、そんな商品やサービスにスポットをあて、マーケティングの取り組みとその背景にある思いを紐解いていきます。

今回、注目したのは、海外ではスプレッダブルバター(※)として分類される「明治スプレッタブル バターのやさしいコク」。乳化剤・保存料・着色料・香料・食用精製加工油脂を使わない“安心感”と、バターにはない“やわらかさ”を兼ね備えており、「バターとマーガリン、それぞれの良いところを取り入れた」新カテゴリーの商品として2017年11月に発売されました。

雑誌『サンキュ!』のパン好き読者を対象に行ったアンケート調査では、98%の人が「いつものパンがよりおいしく感じられた」と絶賛。新カテゴリを開拓して、市場での定着を目指す中で、「明治スプレッタブル」はどんな戦略をとっているのでしょうか。

株式会社 明治 マーケティング本部 フローズン・食品マーケティング部 乳化食品グループ 髙橋 寛行さんにお話を伺いました。

聞き手は、クラシコム ブランドソリューショングループ プランナーの中村 静久朗です。

※バターに植物油脂などを混ぜて、塗りやすくした製品の総称
※この取材は2022年10月に実施しました

(写真左から)

株式会社明治
マーケティング本部
フローズン・食品マーケティング部 乳化食品グループ
髙橋 寛行

株式会社クラシコム
事業開発部 プランナー
中村 静久朗

ふたつの市場課題解決のために生まれた「明治スプレッタブル」

中村
まずは商品が生まれた背景を教えていただけますか?

髙橋
「明治スプレッタブル」の商品開発が始まったのは、2016年頃です。当時、バターとマーガリンの市場それぞれに、大きな課題がありました。

バターは、硬くて使いづらいというユーザビリティの課題に加えて、生乳の生産量の低下などを理由に、店頭で手に入りにくい状態が続いていました。

一方マーガリンは、もともとチーズや蜂蜜など競合の台頭もありダウントレンドでしたが、アメリカでの報道をきっかけに日本でも「製品に含まれるトランス脂肪酸が身体に悪い」というイメージに火がつき、売上が急激に落ちていました。
「バターは手に入らない、でもマーガリンを使うのには抵抗がある」。お客さまが抱えるそんなお悩みに対する、私たちのアンサーが「明治スプレッタブル」だったのです。


▲「明治スプレッタブル バターのやさしいコク」はバターをメインにクリームチーズ、なたね油、塩。この4つの素材のみでつくられている。クリームチーズを配合している製品は、スプレッダブルバターの中でも「明治スプレッタブル」だけ

新カテゴリ商品の価値を伝えるためのコミュニケーション戦略

中村
日本ではまだ耳馴染みの少ない「スプレッダブルバター」ですが、海外市場ではどのように受け入れられているのでしょうか。

髙橋
「スプレッダブルバター」はデンマークを発祥とする商品が広く知られていますが、近年はアメリカを中心に、年々売上を伸ばしています。シンプルな原材料と、硬くて使いづらさのあるバターに対する不満点を解消したことで、広く受け入れられるようになったようです。

中村
日本ではまだ馴染みのないジャンルだと思いますが、「明治スプレッタブル」発売当初の、お客さまの反応はいかがでしたか?

髙橋
販売実績では、想定を上回る売上を記録しました。リピート率も堅調に推移しています。

中村
新カテゴリの商品の価値をお客さまへ伝えるのは非常に難しいことかと思いますが、どのような施策に注力されましたか?

髙橋
メディアを通してお客さまへ直接価値を語ることも重要ですが、特に重視したのは、小売店など流通先とのコミュニケーションです。商談の際は、一般的な交渉だけでなく、バターやマーガリンの市場課題と、その解決策としての「明治スプレッタブル」の可能性について、共有させていただきました。

「バターでもマーガリンでもない新カテゴリをつくりましょう」と、長期的なビジョンを掲げてコミュニケーションをとることで、小売店と一緒に商品を育てていく土壌ができたように思います。

中村
商談の段階で、小売店と同じ目線に立ち、課題から共有されていたことが、予想を上回る売上に繋がったということですね。お客さまとのコミュニケーションにおいては、どのような点に注力されましたか?

髙橋
まず、これまでにないパッケージデザインで、新規性を表現しました。通常、バターやマーガリンは紙箱に包まれた状態で販売されますが、あえて「明治スプレッタブル」は紙箱を外したのです。目を引く赤いフタと、丸いフォルム。このパッケージをつくるために設備投資もしました。


▲発売当初は、ロゴを大々的に掲載していたが、お客さまからの「どんな味がするかわからない」といった声を受けて、2022年春にコピーを打ち出したデザインにリニューアル

中村
商品のパッケージは「モノ言わぬセールスマン」といわれるくらい、大切な要素ですよね。
「北欧、暮らしの道具店」でもオリジナル商品をつくっていますが、ただ目立たせるのではなく、ターゲットに「私のための商品だ」と直感的に感じてもらえるようなデザインやメッセージを重視しています。
直近では、クライアント企業と開発したコラボシャンプーで、ボトルデザインを担当したのですが、お客さまのインサイトを踏まえたデザインによって、想定の3倍の売上を達成しました。ほかにも、コミュニケーションにおいて工夫されていることはありますか?

髙橋
認知を広げるために、発売に合わせて、木村文乃さんを起用したテレビCMを放送しました。明治において、ヨーグルトやチョコレート以外のジャンルでのテレビCMは、珍しい事例です。現在もYouTubeやInstagram等の動画広告で、広く知っていただくためのコミュニケーションは続けています。

コロナ禍で見えてきた「明治スプレッタブル」の課題

中村
順調に売り上げを伸ばした「明治スプレッタブル」ですが、現在課題に感じていることはありますか?

髙橋
発売直後は、堅調な売上推移を記録しましたが、現在は踊り場状態でして。この状況から、いかにして売上を伸ばすかが、大きな課題です。

中村
売上が鈍化してしまった原因は、何かあるのでしょうか?

髙橋
コロナ禍で業務用製品の需要が減り、一般のお客さまにもバターが多く出回るようになり、お客さまがバターへ流れてしまったことが原因のひとつです。

「明治スプレッタブル」の、バターに対する優位性……例えば、塗りやすさやカロリーの低さ、塩分量の少なさ。料理に使っても、重さやくどさが気にならない点。一度でも試していただけたら「明治スプレッタブル」ならではの価値をわかってもらえると思うのですが、商品理解を深めていただくためには、まだまだ努力が必要だと痛感しましたね。

新たなトライアル機会の創出が今後のカギ

中村
ではお客さまに、商品価値をより深く理解していただくために行っている施策はありますか?

髙橋
まずは、トライアルの機会を増やすようにしています。2021年冬には、10g増量キャンペーンを行ったり、近年では、全国各地のパンに関連するイベントへ協賛しています。

パン好きの方々に「明治スプレッタブル」を使っていただくことで、塗りやすさやパンとの相性の良さといった価値を伝えられているのではないかという狙いです。

以前は小売店での試食等も行っていたのですが、コロナ禍でなかなか難しくなってしまい……。新たなトライアル機会をどのようにつくっていくかは、今後のカギですね。

中村
このようなお悩みは、さまざまな企業のご担当者からいただきます。試食などの体験機会の創出が難しい現状では、いかにしてお客さまに商品の価値を擬似体験していただくかが重要ですよね。

商品を暮らしに取り入れると、どんな変化が起きるのか? ブランドソリューションでは、例えば、パンの味わいや朝食を準備する手間、気持ちなどのお客さまの暮らしの「変化」こそが商品の価値であると捉え、それらを読みものや動画などのコンテンツを通して、伝えるためのサポートをしています。

こうしたコンテンツにすることで、試食では伝えきれない「味わい以外の価値」も伝えられると思います。「明治スプレッタブル」でも同じようなコミュニケーション施策を実施されていますか?

髙橋
私たちメーカー側からの発信だけでなく、お客さまの声やデータが、言葉に代わるおいしさの説得力になり得ると考えています。最近では『サンキュ!』でのアンケート調査結果を公式サイトに掲載するほか、POPにも展開して、店頭でのコミュニケーションに活用させていただきました。


▲「いつものパンよりおいしく感じられた 98%」のほか「他者におすすめしたい 99%」「また食べたい 99%」など、パン好き読者を対象にしたアンケート調査の結果がデータとして掲載されている

中村
雑誌を介したお客さまとのコミュニケーションをゴールと設定するのではなく、そのコンテンツを店頭でも展開し、販促ツールとして活用するところまで考えていた。他企業のブランドご担当者から、「広告予算が限られていて、生活者向けの施策と流通向けの施策、どちらかを選択せざるを得ない」とご相談をいただくことがありますが、このケースは、そういった悩みを解決する、すばらしい施策ですね。

では最後に「明治スプレッタブル」の今後のビジョンをお聞かせください。

髙橋
商品名を、造語である「スプレッタブル」にした背景には「毎日の食卓(Table)に、安心とおいしさ・楽しさを広げたい(Spread)」という想いとともに、セロテープのように、そのカテゴリーを代表するようなブランドを目指そうという決意がありました。

なかなか耳慣れない言葉ですし、このブランド名が浸透するには時間がかかるだろうというのは、名前をつけたときから覚悟していたことです。

まさに今、その壁にぶつかっているわけですが、どうにかこれを乗り越えていきたい。バターでもマーガリンでもない、新カテゴリを確立するために、小売店と協力しながら、価値を伝える努力を重ねていきたいです。

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