目標は、家中をジャックすること! チャーミングなコミュニケーションで躍進するコアラマットレスの戦略

書き手 野本纏花
写真 鍵岡龍門
目標は、家中をジャックすること! チャーミングなコミュニケーションで躍進するコアラマットレスの戦略

世の中に数多くあるヒットブランド。開発の背景はさまざまですが、その裏には共通して、価値観やライフスタイル、時代の変化にチューニングしながらお客様に寄り添い続ける姿勢があります。

「暮らしを支えるヒットブランド」では、そんな商品やサービスにスポットをあて、マーケティングの取り組みとその背景にある思いを紐解いていきます。

今回、注目したのは、オーストラリア発でマットレス業界に革命をもたらした「コアラマットレス」。ワイングラスを置いたコアラマットレスの上でジャンプをしてもワインがこぼれない「ワイングラスチャレンジ」の動画をSNSで目にされた方も多いのではないでしょうか。

2015年に創業したD2Cのスタートアップでありながら、すでに世界中で数々のアワードを受賞しているブランド。いかにして、成長を遂げたのでしょうか?

Koala Sleep Japan 株式会社(以下、コアラ) マーケティングディレクター、コマーシャルの尾澤 恭子さんと、同社 マーケティングディレクター、ブランド&クリエイティブのアダム 翔太さんにお話を伺いました。

聞き手は、クラシコム ブランドソリューショングループ マネージャーの高山です。

※この取材は2022年8月に実施しました。


(写真右から)
Koala Sleep Japan 株式会社
マーケティングディレクター、ブランド&クリエイティブ
アダム翔太さん

Koala Sleep Japan 株式会社
マーケティングディレクター、コマーシャル
尾澤恭子さん

株式会社クラシコム
取締役 事業開発部 部長
高山達哉

コアラを象徴する、3つのキーワード

高山
最初に、コアラが創業から「大切にしていること」を教えていただけますか。

アダム
私たちが大切にしていることを表す、3つのキーワードがあります。ひとつは「オーストラリア」、「カスタマーセントリック(顧客中心主義)」そして「サステナビリティ」です。

高山
ひとつ目に挙げてくださった「オーストラリア」といえば、企業名にもブランド名にも動物の「コアラ」が入っていますね。

アダム
はい。私たちにとって動物の「コアラ」は、起業の地であるオーストラリアを表すアイコンであり、1日のうち19時間以上寝る“眠りの王様”、そして、絶滅危惧種であり環境保全のシンボルでもあります。オーストラリア、そして私たちの象徴である彼らを守るために、2017年から、WWF(世界自然保護基金)のコーポレートパートナーとして寄付をしてきました。これは3つ目の「サスティナビリティ」にも繋がる活動です。

高山
なるほど「オーストラリア」というキーワードは、起業の地を伝えるだけでなく、ブランドのアイデンティティそのものでもあるのですね。「カスタマーセントリック」と「サステナビリティ」についても教えていただけますか。

アダム
まず「カスタマーセントリック」について。私たちはD2C企業として、創業初期から徹底してお客さまの声をプロダクトに反映してきました。日本で販売しているプロダクトは、お客さまのフィードバックをもとに研究開発を重ね、日本人のニーズや好みに合わせた「日本限定」仕様になっています。

例えば、日本で初めてコアラピロー (枕)を発売したとき、「枕が分厚くて、高さがフィットしない」という声をいただきました。それを受けて、マーケティングチームが調査を行ったところ、オーストラリアではサイドスリーパーが多いため、柔らかくて分厚いものを好む傾向であるのに対し、日本では仰向けで寝る人が多いことから、少し薄くて硬めのものを好むということがわかったんです。
そこでプロダクトの設計を見直し、日本人の体型や好みにマッチした新しいピローを発売しました。新しいピローのリリースは、最初の発売から、3カ月後のことでした。

高山
お客さまの声に真摯に耳を傾ける姿勢だけでなく、それをプロダクトに反映するまでのスピード感も含めて徹底した「カスタマーセントリック」を感じます。

アダム
ありがとうございます。3つ目の「サステナビリティ」はお客さまの満足だけでなく、動物や環境にも優しいビジネスモデルの実現を意味しています。創業者であるダニエル・ミルハムとミッチ・テイラーは、自らプロダクトに使う木材の調査のため森林を訪れるなど、環境保全に注力しています。企業としては、ビジネスの力で社会的および環境的問題を解決する企業として認められる「B Corp認証」を取得していますし、自然環境保護の重要性を提唱する企業同盟「1% for the Planet」にも参加しているんです。

コアラマットレスが、Z世代に支持されるワケ

高山
3つのキーワードからも、コアラマットレスがユニークなミッションを掲げているブランドだとわかりましたが、差別化戦略として意識されていることはあるのでしょうか?

尾澤
そうですね。日本のマットレスブランドの多くは「低価格」か「高級感」のどちらかを大きく訴求しているかと思います。そのため、多様な年齢層、ライフスタイルの方がお求めになるプロダクトにも関わらず、お客さまにとっては選択肢が限られている状況にありました。

そこに私たちは、オーストラリアらしいチャーミングなコミュニケーションで、差別化を図ることにしたんです。例えば、まじめにマットレスの構造について解説している後ろで、創業者のふたりがマットレスの上で飛び跳ねるあの動画や、コアラのイメージを使ったパッケージですね。

高山
コアラマットレスといえば、やはり「ワイングラスチャレンジ」のイメージが強くあります。

尾澤
動画では、オーストラリアらしい解放感・ユニークさ・大胆さが表現されているので、それを見た日本の若年層の方たちが「私たちが求めていたのは、これだ!」と、共感してくれたのだと思います。

高山
こうしたチャーミングなコミュニケーションによって、ブランドが急成長を遂げたのですね。若い人たちへのアプローチとして、やはりSNSの力が大きいと感じていらっしゃいますか?

アダム
コアラは、オーストラリアにおいてFacebookマーケティングで成功したD2C企業として知られています。日本においてもデジタルドリブンの企業であることは、間違いありません。

尾澤
それに加えて、日本市場ならではの戦略も取り入れました。オーストラリアで暮らす人の多くは車通勤なので、ラジオ広告とOOH(屋外広告)が主力でした。一方、日本は電車通勤が多く、インターネット環境が整っているので、日本に上陸した2017年当初から、YouTubeやInstagramの動画コンテンツにフォーカスしました。今後は、TikTokにも注力することを検討しています。

高山
なるほど。日本のネット環境を踏まえて、動画コンテンツに注力されているんですね。私たちが運営する「北欧、暮らしの道具店」も近年、動画コンテンツに注力しているのですが、通勤や通学、家事の合間で楽しんでいただく「ながら見」の需要を感じています。コアラマットレスのお客さまの年齢層は、SNSで動画を楽しまれている方たちが多いとすると、若い方が多いのでしょうか?

尾澤
そうなんです。マットレスの価格帯からして、お客さまは20代後半から30代くらいの社会人の方が多いだろうと予測していたところ、蓋を開けてみると、10代後半から20代前半の方も、多くいらっしゃったんです。

「気に入ったブランドなら、高くてもいい」「同じスペックなら、環境に優しいものがいい」
そんなZ世代ならではの視点で、コアラマットレスが選ばれているのかな? なんて思っています。

「ワイングラスチャレンジ」を大切にする理由

高山
「ワイングラスチャレンジ2.0」と題して、ワイングラスチャレンジを進化させた動画を公開していましたよね?

尾澤
はい。コアラマットレスの特徴である「“速”振動吸収性」をより体感いただくために、マットレスの上で体操選手がバク転をしたり、フェンシング選手が強い踏み込みをしたり、獅子舞が演舞をしたり……それでも、マットレスの上に置かれたワインや升酒が一滴もこぼれない。ちょっとびっくりするような内容になっています。

この動画には、制作のきっかけがありまして。あるカンファレンスに登壇したとき、聴衆の方から「コアラマットレスといえばワイングラスですよね」と声が上がって、ハッとしたんです。

「4年も続けているし、そろそろ新しいイメージを…」と思っていたところ、ワイングラスチャレンジの認知度の高さを実感しました。「こんなに定着しているならば、ブランドのアセットとして、長く大切にするべきなのかも」と思い直したんです。

高山
それで現在も、アップデートするかたちで「ワイングラスチャレンジ」を使い続けているのですね。たしかに、マットレスは買い替えサイクルが長い商品なので、コミュニケーションの根底にあるイメージを頻繁に変えないほうがいいのかもしれません。直近の認知度を上げるための施策で、手応えを感じた事例はありますか?

アダム
成功したコミュニケーション施策のひとつに2019年に実施した「ぐぅ~すCAR お昼寝デリバリー」というキャンペーンがあります。コアラマットレスが、日本の社会課題を解決するプロダクトであることを、広く知ってもらうための施策でした。


▲コアラマットレスを搭載した車で極上の睡眠を体験できるキャンペーン

日本で生活されている方の行動を分析してみると、主食が米であるために、昼食後、眠くなって仕事の生産性がガクッと落ちることがあるということがデータから読み取れました。そこで、15~20分間の昼寝ができる“移動式のお昼寝ルーム”をつくり、希望する企業に無料で提供することにしたんです。すると質のいい眠りができて、仕事効率も上がる。体験した人も、企業もハッピーになる。

これが、メディアでの露出も高く、ビジネスマンを中心に多くの方から反響をいただく結果となりました。単純にブランドの名前を伝えるだけでなく、問題を抱えている方たちに、正しくブランドの体験価値を広めることができて、非常に手応えを感じました。

尾澤
私たちは、オーストラリア国内ではNo.1の認知度を誇るマットレスブランドですが、日本でのマットレスブランドとしての認知度は約16%、購入検討をされている方は、そのうち約3%にとどまっています。

日本での認知度を上げるためには、イノベーターやアーリーアダプターへ知っていただくだけでなく、さらに裾野を広げていく必要があると感じています。そのための手段として、最近では、一部の家電量販店で「New コアラマットレス」の販売を始めました。日本で信頼を得ているブランドの協力を得ながら、新しい出会いの場づくりにチャレンジしていきたいですね。

家に帰れば、コアラが待っている。そんな安心感を届けたい

高山
コアラではマットレスだけでなく、ベッドフレームもつくっていらっしゃいますよね?

尾澤
はい。2017年の日本市場に参入した頃は、69,000円のマットレス1種類しかありませんでしたが、現在はそれにとどまらず、マットレスのバリエーションを開発し、さらにはピローやベッドフレーム、ソファなど全部で10種類ほどの商品を販売しています。

私たちのベッドフレームは、製造工程で有害物質が出ない素材を使用しているので、アジアで賞もいただいているんですよ。加えて、人にも優しい設計なので、工具を使わずにひとりでも数分で組み立てることができます。2022年9月26日には、日本独自のベッドフレーム「アーバンベッドフレーム」も発売するんです。

高山
マットレスやピローだけでなく、ベッドフレームも日本の暮らしに合わせて研究開発されているんですね。

尾澤
はい。日本は、壁際にベッドを置くことが多いため「ヘッドボードはいらない」という方や、「子どもが小さいうちは布団で寝たい」という方が多くいらっしゃいますよね。ですので、今回開発したフレームは、ヘッドボードをかんたんに取り外しできて、布団もマットレスも乗せられる。ライフスタイルが変化しても、長く寄り添える、日本人のためのベッドフレームを目指したんです。

高山
着想からサステナブルですし、ここでもやはり、お客さまの声にきちんと耳を傾けている。企業として大切にしていることそのものが、コアラのプロダクトに反映されているのですね。

アダム
そうですね。そのサイクルには、カスタマーサービスチームの力が欠かせません。日本のスタッフ35名のうち、カスタマーサービスチームは、10名以上を占めているんです。彼らから、毎日、生のフィードバックが私たちのもとに届くので、気になるコメントがあれば、すぐに調査します。加えて、D2Cはサイクルのスピードが重要なので、四半期に一度はブランド・トラッキングを行なっていますね。

尾澤
お客さまの声をプロダクトに反映させるかどうか、検討に時間をかけることはほとんどありません。お客さまのためになるのであれば、まずは小さく試してみる。反響次第で、どんどん大きくスケールさせる。非常にアジャイルな進め方をしています。

直近では、お客さまの声をもとに、LINEアカウントを開設してみました。もし反応がなければクローズすればよいだろうと思っていましたが、今では多くの方にご利用いただいて、逆に忙しいくらいです(笑)。

高山
ブランドの急成長の裏側には、お客さまの声を吸収する盤石の体制と、それをプロダクトや施策に反映させていく判断スピードがあったのですね。

実はクラシコムも、スモールスタートを非常に重視しています。すべてにおいて調査や準備だけに時間をかけていたら、いつまでもアクションに移せないので。お客さまの声を原動力に、小さなことを積み重ねていった結果が、オリジナル商品やラジオ番組、ショートムービー、映画……これまでになかった新しい価値の創出へと繋がっているように思います。

最後に、コアラマットレス、あるいは企業としての今後の展望をお聞かせください。

アダム
日本ではまだマットレスを中心とした寝具メーカーのイメージがようやく定着し始めたところですが、実は、オーストラリアでは家具メーカーとしての認知が拡大しています。お客さまの声をどんどん吸収して、日本ならではのプロダクトの提案をもっと増やしていきたいですね。

尾澤
その先には、寝室だけでなく、家中をコアラブランドでジャックしたい!という野望があります(笑)。「家に帰れば、コアラのプロダクトが私を癒してくれる」そんなふうに思っていただけるような、安らげる空間をつくること。これが、今後の大きな目標のひとつです。

——–

「北欧、暮らしの道具店」を運営する株式会社クラシコムの「BRAND SOLUTION(ブランドソリューション)」では、企業のマーケティング担当者のみなさまと知見を共有するための記事配信・イベント開催などを行なっています。

▼ブランドソリューションのニュース・事例・イベント情報はこちら
https://kurashi.com/brandsolution/info