知れば知るほど、愛されるブランドへ。ブルーエアのコミュニケーションから見る、ガラパゴスな日本市場の攻略法

書き手 野本纏花
写真 木村文平
知れば知るほど、愛されるブランドへ。ブルーエアのコミュニケーションから見る、ガラパゴスな日本市場の攻略法

世の中に数多くあるヒットブランド。開発の背景はさまざまですが、その裏には共通して、価値観やライフスタイル、時代の変化にチューニングしながらお客様に寄り添い続ける姿勢があります。

「暮らしを支えるヒットブランド」では、そんな商品やサービスにスポットをあて、マーケティングの取り組みとその背景にある思いを紐解いていきます。

今回、注目したのは、世界でも稀有な空気清浄機専業メーカーの「ブルーエア」。創業者ベント・リトリの「人は誰でもきれいな空気の中で生活する権利がある」という想いのもと、卓越した技術を武器に独自の進化を遂げてきました。

世界60カ国以上に熱烈なファンを有する一方、日本ではまだまだブランド認知に課題があると言います。ブルーエアはグローバルブランドとして何を守り、日本のお客様とどのようにコミュニケーションを図ろうとしているのでしょうか。

ブルーエアの日本正規総合代理店であるセールス・オンデマンド株式会社 マーケティング本部 マーケティンググループ マネージャーの荒井加奈子さんにお話を伺いました。

聞き手は、クラシコム ブランドソリューショングループ マネージャーの高山です。

※この取材は2022年6月に実施しました。


(写真右)
セールス・オンデマンド株式会社
マーケティング本部 マーケティンググループ マネージャー
荒井加奈子さん

(写真左)
株式会社クラシコム
取締役 事業開発部 部長
高山達哉

きれいな空気を作り出す「高性能」と「美しいデザイン」の両立を目指して

高山
ブルーエアは1996年にスウェーデンで生まれたそうですね。「北欧、暮らしの道具店」を展開するクラシコムとしては、北欧にルーツを持つという共通点もあり、親近感が湧きます。スウェーデンはきれいな空気のイメージがありますが、なぜ空気清浄機専業メーカーを創業されたのでしょうか?

荒井
ブルーエアを創業したベント・リトリは、もともとスウェーデンに本社を置く総合家電メーカーで空気清浄機を担当していましたが、お嬢さんに喘息の持病がみつかったことから「世界一の技術者を集めて、世界一の空気清浄機を作りたい」という想いが高まり、空気清浄機に特化したスタートアップを立ち上げました。

そうして誕生したのが、26年前から変わらないデザインで、今もなお世界中で愛されているシリーズ「Blueair Classic」です。

高山
26年とは、ものすごいロングセラー商品ですね。

荒井
そうなんです。ホワイトとダークグレーを基調としたスチールボディで、ゆるやかな曲線を描いた、美しいフロントライン。北欧ならではの「よいものを長く使う」という思想に基づいたシンプルなデザインなので、さまざまなインテリアともうまく調和します。

高山
日本の一般的な空気清浄機のように、操作パネルが前からは見えませんね。

荒井
「空気清浄機としての機能は最大限に、デザインとして余計なものは最小限に」というフィロソフィーは、全製品に共通しています。夏は白夜で、冬は寒くて暗いことから、北欧の人々は、家の中で過ごす時間をとても大切にしているんです。

そういった生活の中で生まれたブルーエアの製品も、暮らしの妨げにならないよう、フロントに目立つ色のライトを付けたり、派手な文字や数字を表示したりすることを、極力避けるように作られています。使う人にとって必要な情報や操作ボタンは、さりげない場所に配置しているので、シンプルな見た目でも、きちんと機能性を兼ね備えているんです。


▲「Blueair DustMagnet™」は上部がサイドテーブルになるデザイン。正面から隠れた部分に操作ボタンがまとめられている

高山
私たちもオリジナル商品を開発する中で、高いデザイン性だけでなく、使い勝手の良さを追求した合理性を大切にしています。例えば、シンプルなデザインでありながらさまざまな用途で使えるキッチンリネンや、屋内外問わず心地よく着られるシルエットのワンピースなど。デザインと合理性、この2つの観点がバランスよく両立していることが重要だと感じています。

ガラパゴスな日本市場で、ブルーエアはいかに戦うか

高山
ブルーエアのお客様は、どういった点を評価して製品を選ばれているのですか?

荒井
主なお客様は30~50代の男性なので、ハイスピードでお部屋の空気をきれいにできる機能面を評価いただいているのではないかと思います。

世界市場で見ると単機能の空気清浄機がスタンダードですが、複合機能を備えているほうがお得に見えるためか、日本の市場では加湿機能付きの空気清浄機が多くを占めています。ですが、日本で加湿機能が必要な期間は、年間でだいたい3ヶ月しかありません。しかも、加湿機能を付けることでお手入れが大変になりますし、内部にカビが生えやすくなるので、衛生的にも好ましくありません。

その点、ブルーエアは、日常的なフィルターのお掃除は不要で、6ヶ月~1年に一度フィルターを交換すれば、新品同様の機能で長くお使いいただけます。

高山
空気清浄機に特化しているブルーエアならではの強みですね。では、日頃のマーケティング活動も、30~50代の男性をターゲットに展開しているのでしょうか?

荒井
それが、そうではないんです。冒頭で創業者のお嬢さんの話をしましたが、ブルーエアが守りたいのは、子どもの空気環境です。子どもは体が小さいので、大人に比べて、空気中の汚染物質を2倍も吸収してしまうんですよ。だからグローバルでターゲットに据えているのは、“6歳以下の小さなお子さんをもつヤングファミリー”です。

とはいえ、ブルーエアは空気清浄機専業メーカーですし、日本に上陸してまだ10年ちょっとなので、ブランドの認知度がまだまだ低い。また、日本の競合他社が高所得なシニア層を狙ったマーケティングに力を入れている中で、そこをまったく無視するわけにもいきません。

こうした状況の中で、家電量販店で他社の製品と横並びに比較されたときに、海外の専業メーカーであるがゆえにブランド認知や製品理解の面がハードルとなりヤングファミリーの方々になかなか選んでもらいにくいという点が、私たちにとって一番の課題であり試行錯誤を繰り返しながらも重点的に取り組んでいる活動でもあります。

高山
空気清浄機を選ぶ時、何を基準にすればよいのかわからないというお客様も多いのではないでしょうか。

荒井
まさにそうなんです。実は、日本の空気清浄機の評価基準は、世界の基準と比べるとそれほど厳しくはありません。しかし、ブルーエアはすべてのモデルで、世界基準である「CADR(=Clean Air Delivery Rate/クリーンエア供給率)」の認証を取得しています。

日本では“1時間に2回”清浄できる部屋の広さから適用床面積を算出しているのに対し、世界基準のCADRでは“1時間に4.8回”清浄することが求められるんですね。つまり、37畳対応のブルーエアの空気清浄機を日本基準に換算すると、70畳まできれいにできる計算になります。

高山
なんと! そんなに高性能なのに、日本ではCADRという世界基準があることすら認知されていないのが、悩ましいところですね。そんな中、ターゲットであるヤングファミリー層に向けて、どのようなコミュニケーションをされているのですか?

荒井
2019年には「こどもの空気研究所」というオウンドメディアを立ち上げて、専門家の知見をお借りしながら、さまざまな情報発信と啓蒙活動を展開しています。私たちブルーエアのマーケティングチームは、女性4名で構成されているんです。だからみなさんが「空気清浄機を選ぶのって難しい」と感じる気持ちは、よくわかるんですよ(笑)。

そんな私たちの目線を活かして、空気清浄機選びのわかりにくさの原因を紐解きながら、子ども×空気を軸に「子どもをアレルギーから守るための空気清浄機の使い方」や「効果的な空気清浄機の置き場所」といったコンテンツを提供しています。


▲1日の大半を室内で過ごす子どもの空気環境にフォーカスした、日本独自の活動「こどもの空気研究所」

高山
ブランドの想いや強みを丁寧に伝えることは大切ですよね。オウンドメディアなら、それができる。私が担当しているブランドソリューション事業でも、いろいろな家電メーカーのマーケティング支援をしていますが、「このブランドを使い続けたい」というお客様の想いを醸成するためには、じっくりとメッセージを重ねるコミュニケーション設計が重要だと考えています。

そのうえで、まずはコミュニケーションの主語が「ブランド」ではなく「お客様」であるべきですが、そこに難しさを感じる企業のブランド担当者も少なくありません。
だからこそ、コミュニケーションプロセスに、高い解像度でお客様理解ができている第三者が加わって、設計からコンテンツの制作、分析まで行うことに、ニーズがあるのだと感じています。

荒井
なるほど。コミュニケーションの主語を「お客様」で考えることは、私たちにとっても大きな課題です。昨年は、初めてテレビCMにも挑戦しましたが、15秒でブルーエアのブランドストーリーや機能を伝え切るのは本当に難しくて。現在は、グローバルでもデジタルでのコミュニケーションを強化しているんです。草の根活動とはいえ、プレスリリースの発信回数を増やしたり、オウンドメディアやSNSでのコミュニケーションを続けることがマーケティング活動の主体であり、お客様とつながる大切なタッチポイントになっています。

子どもたちの空気を守りたい

高山
最近のシリーズでは、ユニークなデザインの製品が増えているようですが、何かきっかけがあったのでしょうか。

荒井
2016年にユニリーバの傘下に入ったことを機に、スチール製の重厚な筐体だけでなく、「Blue Pure」シリーズをはじめとした、プラスチック製の筐体でデザイン性の高いモデルを、次々と投入するようになりました。


▲写真左2製品が「Blue 3000シリーズ」360°から空気を吸い込む、シンプル&カジュアルなモデル

高山
なるほど。そういうわけだったんですね。2020年以降、コロナ禍によって、空気清浄機に対する消費者のニーズに何か変化はありましたか?

荒井
もともと日本では空気清浄機の普及率が全世帯の44%と世界と比較して非常に高いのですが、一般家庭の需要としては、感染症をきっかけにさらに性能の高い商品への買い替えが進み、プレミアム市場の成熟が進みました。加えて、ビジネスユースでお求めになるお客様も、確実に増えましたね。

それまでの日本市場では、空気清浄機の平均購入価格が他国と比べても非常に低かったのですが、コロナ禍に入ってオフィス需要も急増したことで、ブルーエアのラインナップの中でもプレミアムラインから在庫切れを起こすような現象が起きました。

高山
オフィスのような広い空間にも対応できるパワフルな空気清浄機を探すと、必然的にブルーエアにたどり着いたということなんでしょうね。

荒井
そうですね。広い空間でもスピーディーにきれいにできる性能を持った製品は、当時市場では多くなく、空気清浄機が感染症拡大防止事業補助金の対象の一製品となっていたことを追い風に、ビジネスシーンへの拡大もここ数年で一気に進みました。


▲写真右2製品がフラッグシップモデルの「Blueair Protect」

高山
そうした機能面の優位性を伝えるほかに、ブランドの信頼を高めるための取り組みはされていますか?

荒井
はい。2019年12月に「こどもの空気研究所」を立ち上げたときに、渋谷区とコラボレーションさせていただいて、渋谷区の保育園に100台の空気清浄機を寄贈しました。奇しくもコロナが拡大する直前だったのですが、そこが活動の軸となり、その後も、学童保育や小学校、中学校・高校、プレイグラウンドなどにも寄贈を続けています。創業者ベント・リトリの『人は誰でもきれいな空気の中で生活する権利がある』という想いのもと、こうしたドネーションや啓蒙活動を通じて、ブランドに対する信頼を高めていけたらと考えています。

高山
ブルーエアはブランドのパーパスと選ばれる理由がリンクしているので、消費者からの共感も得られやすいでしょうし、ブルーエアというブランドを知れば知るほど、魅了される方も増えそうです。

荒井
そうですね。海外と日本では外部環境が大きく異なるので、グローバルと同じやり方ではなかなか浸透しないジレンマを抱えつつも、ブルーエアの素晴らしさを日本のお客様にもより広く認知していただけるよう、これからもいろいろと挑戦していきたいです。

——–

「北欧、暮らしの道具店」を運営する株式会社クラシコムの「BRAND SOLUTION(ブランドソリューション)」では、企業のマーケティング担当者のみなさまと知見を共有するための記事配信・イベント開催などを行なっています。

▼ブランドソリューションのニュース・事例・イベント情報はこちら
https://kurashi.com/brandsolution/info