料亭の味を、食卓の味に。だし入りみそ開発後、今もなお進化し続けるマルコメの挑戦とは。

書き手 忠地 七緒
写真 忠地 七緒
料亭の味を、食卓の味に。だし入りみそ開発後、今もなお進化し続けるマルコメの挑戦とは。
わたしたちの身の周りには、長く愛されるモノがたくさんあります。もはや「当たり前」にそこに存在するモノを根本から見つめ、ときには新しい視点を拾い集め、今、向きあってみたい。モノとしての魅力、そしてその奥にあるブランドとしての矜持。

連載第3回に登場するのは、「みそ」でおなじみのマルコメです。

マルコメの創業は1854年、なんと江戸時代までさかのぼります。1982年にだし入りみそ「料亭の味」ブランドが誕生。生活者目線で開発を進めた結果、さまざまな商品が生まれ、現在はその先にある和食文化の継承も見据えています。今回は、マルコメ株式会社の須田信広さんにお話を伺いました。


須田信広さん
マルコメ株式会社 マーケティング本部
コミュニケーションデザイン部 兼 広報宣伝課 専任部長 

1995年、マルコメ株式会社へ入社。1年間の工場勤務の後、商品開発課にて主に即席みそ汁の開発に携わる。2004年通販事業の立ち上げを経て、2008年から現在のマーケティングチームに。マルコメの広報、味噌の普及啓発を行っている。一般社団法人和食文化国民会議・普及・啓発部会幹事も兼任。

マルコメのみそ汁がおいしくない?!無謀、の声をのりこえて

――だし入りみそ「料亭の味」はどのようなきっかけで誕生したのでしょうか?

この話を始めると、1日くらいかかってしまうのですが…(笑)
約30年前「マルコメのみそで作ったみそ汁がおいしくない」と、お客様からお手紙をいただいたことがきっかけです。よくよく話を伺うと、だしをとらずにみそをお湯でといただけだったと。そりゃ、おいしくないでしょう。

ただ、このご意見は「ああ、そうですか」で終わらせてはいけないと感じました。当時、共働き世帯が増加し、他の方からも「だしをとるのが大変」と耳にしていたからです。そこで、誰が作ってもおいしいみそ汁を作れる、だし入りのみそを開発しよう!と社内でプロジェクトチームが組まれました。

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「みそにだしを入れる」。それだけ聞くと簡単のように思えますが、最初はまるで開発が進みませんでした。当時は社内でも「みそにだしを入れるなんて無謀」と思われていたようです。蔵出ししたみそには酵素が残っており、かつおだしと昆布だしを入れると、その酵素がだしのうまみ成分を分解し、うまみそのものが消えてしまいます。

そこで、生産装置の開発に着手しました。開発のさなかにはドライアイスを釜に放りこんで冷やしたり、釜を加熱しすぎてみそが劣化したり、いろいろと試行錯誤があったようです。その結果、約1年後の1982年に、「料亭の味(だし入り)」を発売しました。発売して半年ほどすると注文が殺到。みそ、という調味料にだしを入れる、という一見邪道に思われるチャレンジに、いの一番に挑戦し、大量生産化に成功したことで、だし入りみそのトップランナーになれました。

より生活者の視点を持って。カギは健康志向と使いやすさ。

――その後、「料亭の味」を冠した商品をいくつも発売されていますね。

「料亭の味(だし入り)」は発売以降、多くのお客様に支持され、売上も順調でした。ただ、従来の作り手本位の開発姿勢からか、次に続く商品が出てきませんでした。そこで「料亭の味」がお客様の意見を参考にしてヒット商品につながったように、これからは「時代やお客様が求めているものを作って販売していこう」と方向転換し、2008年にマーケティングチームを新設。少しずつ「生活者の目線を取り入れた」商品開発がはじまりました。

――具体的にはどのような商品を作りましたか?

まず、健康志向の高まりを受けて、2009年に減塩のみそである「料亭の味 減塩(だし入り)」を発売しました。減塩といっても、単純に塩分を減らすと塩気がうすくなるだけでおいしくありません。だしで塩味を補ったことで、減塩でもおいしくいただけるみそになりました。

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これが好評で、減塩みそは年間11億の売上となりました。「料亭の味」ブランドからは離れますが、タニタ食堂とコラボレーションして作った「丸の内タニタ食堂の減塩みそ」も人気ですね。今、みその売上のトップ3に入っています。塩分を減らしながら麹の比率を増やして、おいしいとヘルシーを両立しています。

――液みその登場も驚きました。

ある日、売上が停滞していた通販限定のみそを、だしで溶いて販売したところ、通常の10倍売れたんです。やっぱり「かんたん」で「おいしい」と売れるんだと。

ただ、「料亭の味(だし入り)」と同様、開発は試行に試行を重ねました。ボトルを傾けるだけでみそが流れ出る流動性、日持ち、そしておいしいこと。この3つをクリアするのがなかなか難しかったですね。みその出やすさを確認するために、コーラの瓶に入れて研究したりもしました(笑)

間際まで微調整を行い、2009年に「液みそ」を発売。その後、キャップや容器などの改良を重ね、2011年に「料亭の味」を冠したブランドとしてリニューアルをしました。液みそは当時、20代など若い女性向けに開発しましたが、ふたをあけてみるとユーザーは60代以上。「それなら年配の方が使いやすい方がいいね」と、容器にくびれをつくって持ちやすくするなど、お客様目線の改良を今も進めています。

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「おいしい」でなく「ありがとう」が最高のほめ言葉

――「料亭の味」ブランドのこだわりはありますか?

パッケージデザインですね。発売当初と今のパッケージはほとんど変わっていません。特徴は「料亭の味」文字に使っている虹色のグラデーション。発想はなんと、虹色に光るレーザーディスクの盤面から得ています。時代を感じますね。味は常に時代やお客さまのニーズに合わせて変えており、その中でもかつおと昆布など、おだしの配合は料亭の味独自のものです。

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左が発売当初、右が最近のパッケージ

最近、思うんです。食品メーカーにとって「おいしい」より「ありがとう」が最高のほめ言葉では、と。たとえばだし入りみそを発売したことで、「だしをとるのが面倒」という多くの方の役に立てました。減塩のみそを発売した時は、病気などで塩分を控えている方や家族からとても喜ばれました。「みんなでおいしいみそ汁が飲めるようになった」と。味も大切ですが、お客様の「困った」を解き明かし、解決する商品開発を目指しています。

未来に向けて、和食のカタチを、増やしていく

――最近は、思いもよらぬコラボレーションをたくさんしていますね。

わたしたちはみそに振り向いていただきたいんです。若い人ってみそ汁を飲まなくてもへっちゃらなんです。でも飲んでみると、ああ、おいしい、と言ってもらえます。そういう方をもっともっと増やしたい。

最近は、トップモデルのミランダ・カーさんにテレビCMに出演していただいたり「モーニングみそ汁、飲もうよプロジェクト」と題してモーニング娘。’17さんと一緒にミュージックビデオを作ったり、若い方に興味を持ってもらうフック作りを試みています。

――須田さんおすすめのみそ汁を教えてください。

みそ汁全般が好きですが、好きな具はえのきです。ほんのり甘みが出るんですよね。大根とえのき、とうふとえのきの組み合わせは、おいしいですよ。あとは季節の食材を入れると、味にぐっと深みが増します。今の時期はあさりやしじみがおすすめです。

わたしたちは、みそはもちろん、もっと和食の魅力を知ってほしいと強く感じています。昔は一汁三菜が日本の食卓の基本でしたよね。平成27年、農林水産省が実施した調査によると、20代男性の18.4%が1ヶ月間、一度もお米を食べなかったという結果が出ました。わたしからすると驚きですが、これが現実なんだと思っています。今はパンやシリアルなど、食の選択肢が増えていますよね。

だからこそ、ご飯・汁物・おかず、という和食のカタチを増やしていきたいです。おかずは、焼き魚のようにオーソドックスなものでなくてもいいんです。ハンバーグだって餃子だっていい。そのためにマルコメとしてできること、まずはお客様によりそっておいしい商品を妥協なく作ること、そしてみそ汁を飲む文化を、若い人にも知ってもらうこと、その先にある和食文化を耕すこと、そこをぶれず挑戦しつづければと思っています。

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みそやみそ汁、そして和食文化への思いを語ってくださいました。

 

今回の取材を終えて感じたことは、伝統は守るものではなく、進化させていくもの。「日本のあたたかさ、未来へ」とコーポレートメッセージにもあるように、常に先を見据え、創業から160年を超える今もなお進み続けるマルコメは、きっとこれからも「料亭の味」ブランドを大切に、さらに前へ前へと進み、わたしたちの食卓をゆたかにしてくれるのでしょう。