食パン市場No.1シェア。シンプルなおいしさを支え続けた「超熟」ブランド20年の進化の歴史

書き手 阿部 花恵
写真 千葉亜津子
食パン市場No.1シェア。シンプルなおいしさを支え続けた「超熟」ブランド20年の進化の歴史
とくに意識はしていないけれど、なんとなく毎日手に取っている。そんな、「つい選んでしまう」商品こそが、安全で、安心で、心地よくて、私たちの日々になくてはならない商品なのかもしれません。自然に手に取ってしまう商品の裏には、開発者の努力と想いがあります。

そんな、永く広く愛されている商品にスポットをあて、その理由を紐解く連載シリーズが「暮らしを支えるヒットブランド」。

今回は、Pasco(敷島製パン株式会社)の池井戸 悟さんに、今年で発売20周年を迎えるNo.1シェアを誇る食パンブランド「超熟」シリーズについてお話を伺いました。

池井戸 悟さん
敷島製パン株式会社 マーケティング部 販売促進グループ マネージャー

敷島製パン株式会社大阪昭和工場に営業職として入社後、京都営業所、大阪豊中工場、本社人事部などを経て、現在はマーケティング部の販売促進グループマネージャーに。「超熟」シリーズの広告宣伝をはじめブランディングを担っている。

食パンの嗜好が変化、時代に乗り遅れた90年代

――「超熟」が発売されたのは1998年、今年で20周年を迎えるロングセラー商品ですね。商品が誕生した背景を教えてください。

実は1990年代は、弊社の売り上げが低迷していた時期なんです。ちょうどお客さまの食パンの嗜好が、風味から食感へと変わってきた過渡期で、弊社はその波に乗り遅れてしまった。

そんなとき、兵庫県宝塚市にあるベーカリーが作る食パンが評判になっていると聞きつけて訪れてみたところ、そこのパンが「湯種(ゆだね)」で作られていたんです。

――今も「超熟」で取り入れている「湯種製法」でしょうか?

そうです。ところがこの湯種製法が難しかった。湯種製法は小麦粉を熱湯でこねて、かつパン生地を均一に安定させるのですが、大量に湯種を作った経験がなく、さらにその湯種を使用して工場で安定したパンを量産するのに、品質を安定させるのも非常に難しくて……

これらの問題を何とかクリアして、低温で長時間熟成させる「超熟製法」という工程を確立させ、「超熟」が誕生するまでには約1年の歳月が必要でした。

もっちり&しっとり食感で、クラスト(みみ)まで柔らか

――「超熟」ならではの味わいの特長はどんなところにあるのでしょう。

もっちり感だけではない、しっとりした食感も併せ持っているところが「超熟」の魅力だと感じています。それまでの食パン市場にはもっちり食感の商品が多くありましたが、そこにしっとり食感と、サラッとやさしい口どけをプラスしたのが「超熟」なんです。

「超熟」は、トーストはもちろん、そのまま食べてもおいしい。以前にトーストの研究をされている大学教授が「『超熟』は市販の食パンの中でおそらく最も水分量が多い」と分析してくださったこともありました。

「クラスト(みみ)までおいしく」というのも、発売当初からのコンセプトでした。「パンのみみは残す」というお子さまは結構多いかと思いますが、「超熟」のクラスト部分は薄くて柔らかい。ですから「うちの子、超熟のみみは残さず食べるんです」という声も小さなお子さまのいるお母さんの方からよくいただきます。

サラッとした口どけだから、そのまま食べてもおいしいのが「超熟」の魅力

――「余計なものが入っていない」というコピーの通り、原材料にもこだわっているそうですね。

そのとおりです。「超熟」は小麦粉、米粉、パン酵母などのシンプルな原材料のみで作っています。

また、食品添加物のイーストフードを2006年より不使用に、2007年には乳化剤を原材料からなくすことに成功しました。実は、パン型に塗る油に乳化剤が含まれていたんです。商品そのものには含まれていなかったけれども、焼いたパンを取り出しやすくするための油にはわずかに含まれていた。そこも業者さんにお願いして、1年かけて乳化剤レスを実現しました。

国産小麦「ゆめちから」の配合にこだわった理由

――原材料である小麦へのこだわりについても教えてください。

「超熟」の大きなポイントとして、2015年から国産小麦「ゆめちから」をシリーズ全商品に配合しています。パン用小麦ってほとんどが輸入品なんですよ。国内自給率はたったの3%しかないんです。

――国産小麦配合に踏み切ったきっかけは何だったのでしょう。

2007年に世界的な大干ばつが起きて、小麦の価格が急騰したことがありました。今後、同様の事態がまた起きないとも限らない。このままではいけない、これからは国産小麦をもっと使っていこう、という動きが社内で起こり、2008年より国産小麦の研究を開始。2015年には「超熟」シリーズ全商品に国産小麦「ゆめちから」の小麦粉を配合するところまで実現できました。

――「超熟 国産小麦」(国産小麦100%配合の山型食パン)はそのシンボル的商品ですね。

「超熟 国産小麦」は本当においしいんですよ。香りが豊かだし、味わいもおいしい。シリーズ全商品の中で個人的に一番好きなパンです。もうこれは本当に食べて実感していただきたい。

20年愛され続けてきた背景にある、変化の積み重ね

――お話を伺っていると、20年の歴史の中で幾度もリニューアルを重ねてきたことがわかります。

生地の柔らかさや食感、食べたときの口どけは、何度もリニューアルを繰り返して、改良しています。やはり時代の変化とともに、お客さまの嗜好も変わってきますから。「超熟」らしさの軸はそのままに、たとえば少しだけ味わいに深みをもたせるなどの工夫を重ねています。

――プロモーションの方向性も、この20年で変化してきたのでしょうか。

毎日の豊かで楽しい食卓をお客さまに提供すること、そしてお客さまの大事な人との絆づくりに貢献すること。「超熟」はこの2つをプロモーションの軸にしています。たとえば、1998年の発売当初は小林聡美さんをCMに起用させていただきました。

小林さんには2013年までご登場いただきましたが、彼女が主演した『かもめ食堂』(2006)のナチュラル、かつ誠実で丁寧な世界観とぴったりマッチしたこともあって、「超熟」のCMに『かもめ食堂』の世界観を取り込んだ時期もありましたね。小林さんの存在感のおかげで、「超熟」のブランドイメージがしっかりと世間に浸透したと思っています。

――発売15周年を迎えた2013年からは、CMに深津絵里さんを起用されていますね。

発売から15年が経つと、やはりお客さまの年齢層がそのまま上がります。このタイミングで、改めて若い層にもしっかりリーチをかけていこうという意図で、広い年齢層から高い好感度と支持を得ている深津絵里さんを起用させていただきました。

CMのコンセプトもまずは「おいしさ」を知ってもらうところから。そこからだんだんと、暮らしに寄り添った情緒的な部分や、「余計なものは入れない」という安心感を訴求してきました。

――メインターゲットはどのあたりに据えているのでしょう。

小さいお子さまを持つ親世代の方ですが、もちろんそれ以外の幅広い層の方たちも対象にしています。ブランドスイッチが起きるタイミングって、生活環境が変わるタイミングですよね。結婚する、子どもができる、子どもが成長して食べ盛りになる、独立して巣立っていく……そういった人生の節目節目で「超熟」を選んでいただけるようなコミュニケーションを意識しています。

「停滞は衰退である」とは弊社の社長がよく口にする言葉なのですが、チャレンジする社風、次へ次へという思いは強く会社として持っています。ですから、常に革新・進化をし続けていかなければならない。

――今の「超熟」が目指す新しいチャレンジは?

朝食=超熟というイメージ訴求が認知されてきましたので、今後は食事用パンの強みを活かしつつ、ブランチや夕食へのアプローチももっとチャレンジしていきたいですね。パンのある豊かな食卓をもっともっと広げていきたい。そう思っています。

――では最後に、池井戸さんのおすすめの「超熟」の食べ方を教えてください。

なんといってもバタートーストですね。定番に思われるかもしれませんが、パンにこだわる人ほどシンプルな食べ方を好むように感じます。

おいしいバタートーストの秘訣は、4〜5枚スライスなどの厚みのあるパンを使うこと。パンの厚みの半分くらいまで切り込みを入れてから、予熱しておいたトースターに入れ、軽く焼き色がついたらいったん取り出し、バターをのせて再び焼いてください。

バターのとけたところがおいしいのはもちろん、バターが塗られていない部分もしっとり小麦の香りが立って、パン本来のおいしさが味わえます。ぜひお試しください!

編集後記
取材終了後、バタートーストをいただいたのですが、カリッとした香ばしさと、もっちり&しっとり食感、そしてバターの塩気が絶妙にマッチ! 時代のニーズに応えながら、地道な改良を積み重ねてきた「超熟」ブランドのシンプルなおいしさ・すごさを改めて実感しました。「超熟」の軸はそのままに、絶えず革新と進化を続けていく。ロングセラー商品の共通点かもしれません。