子どものおやつではなく、大人の嗜好品に。「明治 ザ・チョコレート」のリニューアルが大成功した理由は?

書き手 阿部 花恵
写真 鈴木 静華
子どものおやつではなく、大人の嗜好品に。「明治 ザ・チョコレート」のリニューアルが大成功した理由は?
世の中に数多くあるヒットブランド。開発の背景はさまざまですが、その裏には共通して「ずっとこういうものが欲しかった」というお客さまの声が潜んでいます。長く求められていたのに、今までになかったもの。それが、ヒットブランドのキーワードだといえそうです。

「暮らしを支えるヒットブランド」では、そんな商品にスポットをあて、ヒットの理由を紐解いていきます。

今回登場するのは、株式会社明治の「明治 ザ・チョコレート」。いまやどこのコンビニでも見かけるようになったヒット商品の背景には、どのような物語があるのでしょうか。株式会社明治の山下舞子さんにご登場いただき、ヒットの秘密をお伺いしました。|世の中に数多くあるヒットブランド。開発の背景はさまざまですが、その裏には共通して「ずっとこういうものが欲しかった」というお客さまの声が潜んでいます。長く求められていたのに、今までになかったもの。それが、ヒットブランドのキーワードだといえそうです。

「暮らしを支えるヒットブランド」では、そんな商品にスポットをあて、ヒットの理由を紐解いていきます。

今回登場するのは、株式会社明治の「明治 ザ・チョコレート」。いまやどこのコンビニでも見かけるようになったヒット商品の背景には、どのような物語があるのでしょうか。株式会社明治の山下舞子さんにご登場いただき、ヒットの秘密をお伺いしました。


山下舞子さん
株式会社 明治 菓子商品開発部 チョコレートクリエイター|株式会社 明治 菓子商品開発部
チョコレートクリエイター
2001年、株式会社明治に入社。菓子開発研究所を経て、現在では味覚からパッケージデザインに至るまで幅広いディレクションを手掛ける。本社で定期的に開催されている「明治カカオレッスン」の講師も務める。

「子どものおやつ」から「大人の嗜好品」へ

――「明治 ザ・チョコレート」は、いつ頃生まれたのでしょうか。

実は、現在の「明治 ザ・チョコレート」はリニューアル品なんです。2014年に発売された同名商品と同じカカオ豆を使っているのですが、デザインを含めた最終的な商品設計を今の形に変えたのは2016年です。

下の2商品が初代「明治 ザ・チョコレート」

発売翌年の売り上げから、「このままではおそらく(市場に)残らない」ということが見えてきてしまって。そこで大幅なリニューアルを目指したプロジェクトが立ち上げて、お客さまに提供していきたい価値をもう一度整理してみよう、ということになったんです。

そのあたりの事情をご説明する上で、弊社のスペシャリティチョコレートの歴史について、もう少しお話しさせてください。

「明治 ザ・チョコレート」はベネズエラやブラジルで厳選したカカオを使った大人が楽しめるチョコレート、いわゆるスペシャリティチョコレートですが、この領域の商品を弊社が最初に開発したのは1986年なんです。

――明治のお菓子といえば「きのこの山」「たけのこの里」などロングセラースナックの印象が強いですが、32年も前から大人向けチョコレートの開発もされていたんですね。

はい。1986年の『コラソンカカオ』を皮切りに、「大人が楽しめるチョコレートを」という思いで以来、7回のチャレンジをしてきましたが、いずれも市場定着には至りませんでした。

――定着しきれなかった理由はどのあたりにあったのでしょうか。

80年代後半は団塊世代の子どもたちがたくさんいましたから、子どもたちか、そのお父さま、お母さまの世代をターゲットにした商品の展開がそもそもの主流。おやつ的なチョコレートが主軸にある。それが日本のチョコレートがたどってきた歴史です。それらの商品と比べると、価格がちょっと高いことにも抵抗があったのかもしれません。

チョコレートの多様性を表現することも私たちの仕事

――それでも「大人向けのチョコレート」にこだわり続けてきた理由とは?

チョコレートの主原料はカカオ豆です。このカカオ豆をチョコレートに仕上げるためには、カカオの樹になる完熟した果実を収穫して、発酵、焙煎した後は細かく粉砕して練りこんで……と、ものすごく長い工程がある。

こだわり抜いて作られるものだからこそ、大人の嗜好品としてのチョコレートの魅力、カカオを嗜む楽しみを知ってほしかったんです。

――その取り組みが形になったのが「明治 ザ・チョコレート」なんですね。同商品もやはりカカオ豆からこだわりを?

もちろんです。「明治 ザ・チョコレート」はカカオ豆(BEAN)が板チョコレート(BAR)になるまでを一貫して手掛ける「BEAN to BAR」スタイルを採用しています。

ワインが葡萄によって、コーヒーが豆によって違うように、カカオも産地や品種、作り方によって、味や香りがさまざまに変化するんですね。弊社は日本のチョコレートの歴史を引っ張ってきているという自負を持っています。ですから、チョコレートの多様性を表現することも私たちの仕事である、という思いがありました。

個性豊かなカカオの香味を感じるための工夫とは

――現在のラインナップは8種。カカオの産地は4カ国、味わいも「華やかな果実味」「軽やかな熟成感」「力強い深み」など個性が際立ちます。

ミルクチョコが好きな人と、ビターチョコが好きな人、どちらにも食べやすいように60%のカカオ感に、という「ほど良さ」を狙うと、結局は中途半端になる。深い旨味、ナッツのような香ばしさ、フルーティー感、花の香りのようなフローラルな風味など、カカオにはいろんな香味があります。リニューアルを機にそれぞれのフレーバーをしっかり整理して、きちんとお届けしたかったんです。

――形状もユニークですね。どのような意図があるのでしょうか。

チョコレートは口の中で溶かして味を感じるものなのですが、口に入れた量や形によって、味の感じ方が変わります。それを体感していただくために、6×4cmの長方形を分割してさまざまな形状にしました。

一番わかりやすいのが真ん中の部分。写真右側の丸みのある〈ドーム型〉は、ミルク感やカカオの濃厚な旨味をより感じられるようなゾーンです。そのお隣の〈ギザギザ型〉は、かじるとカカオの香り立ちがすごく華やかになります。


手前の〈ミニブロック型〉は苦みを軽減して軽い口当たりを、奥の細長い〈スティック型〉はカカオの力強い味わいがそれぞれ楽しめる

シンプルを極めたパッケージデザインに込めた思い

――洗練されたパッケージデザインも衝撃的でした。

私たちがチョコレート作りに賭ける強い思いをパッケージでもしっかり表現したかったんです。とはいえ、売られるのはスーパーやコンビニの普通のおやつが並んでいる場所。そんな中でもこの商品に対峙した瞬間に気持ちがスイッチするような、こだわりが一瞬で伝わるようなデザインのアプローチが必要だと考えました。

通常のチョコレートだと、パッケージの正面だけで中身が何でどんな味なのか、それからいかに棚で目立つか、という点が大事です。食感とか、何味であるとかが、大きなコピーで書かれている。

そういうアプローチをしてしまうと、どうしても「普通のおやつ」と同じ感覚になってしまう。ですから反対の声も多かったのですが、必要最低限の情報だけを残してシンプルにデザインを削ぎ落とす、という決断をしました。


中央のモチーフはカカオの実を表現。チョコレートの種類ごとに色と柄を変えて、食べたときの味わいをイメージさせる

――中央の部分は箔押しですね。コストもかかるのでは?

種類ごとにすべて違う金型になります。社内からは「一緒の柄でいいだろう」という声もあったのですが、「ここは絶対にダメです」と主張して。確かにお金はかかるのですが、バリエーションの楽しさや気分の変化、そういった情緒的な部分も一つひとつ丁寧に表現したい、という意図であえて変えてあります。

――「明治 ザ・チョコレート」という商品名も非常にシンプルですよね。

リニューアルするときに、「初代がうまくいかなかったイメージを引きずるのでは」という声もありました。ただ、これ以上の名前はないと私は思っていて。

「明治」としての社運を賭けて……とまで言うと怒られるかもしれませんが(笑)、それくらいの気持ちで真摯にカカオ作りに向き合って作ってきたチョコレートだという揺るがない思いを込めたかったんです。


「明治 カカオレッスン」の様子。写真提供/明治

CMよりも ダイレクトコミュニケーションを重視

――お客さまに商品の良さを訴求するために、どんなコミュニケーションを意識しましたか。

今まではどの商品も新商品出すときはCMをドーンとかけて、大量に同じ情報を拡散させる一方通行のやり方でしたが、その方法だと細かい情報や価値、お客さまにこんな風に楽しんでほしいという意図までは伝えられない 。15秒のCMで印象に残るのはせいぜい商品名くらいです。

ですから、「明治 ザ・チョコレート」に関してはCMはグッと絞り、代わりにダイレクトコミュニケーションに注力しました。

やっぱり一番伝えていきたいことは中身のおいしさなんですね。ですから、私たち担当者がスーパーの店頭のスペースをお借りしてお客さまの目の前でカカオの生の実を割ったりローストしたりする簡易カカオレッスンなどの、地道なコミュニケーションの積み重ねを積極的に行いました。

1回で伝えられる人数は少ないけれども、深い情報をお伝えできてかつ体験もしていただける。そこをコミュニケーションの主軸に置いたことは、弊社としても大きな変化でしたね。

いつかはチョコレートを日本の食文化のひとつに

――最後に、ブランドとしての今後目指すところについて教えてください。

「チョコレートを日本の食文化のひとつにしていきたい」という壮大な目標があるんです。たとえばお米なら魚沼産コシヒカリがおいしいとか、銘柄や産地である程度は伝わりますよね? 食文化として定着するって、つまりはそういうことだと思うんです。

今の日本はまだ、チョコレートは「欧米から来たもの」「甘いか苦いかぐらいしか選択肢がない」としか思われていない。でもヨーロッパに行くと女性はもちろん、年輩の男性が「自分の好きなショコラはこのカカオを使っているものだ」と語れるくらいに詳しいんですね。

日本も将来的にはそんな風にチョコレートが語られるようになれば、うれしいですね。9月には「明治 ザ・チョコレート」のラインナップの中ではエクアドル産カカオを初めて使った「ブロッサムビター」が新たに登場します。「渾身の」と言いたいくらいに力を入れた新商品ですので、ぜひ味わってみてください。