「暮らしを支えるヒットブランド」では、そんな商品やサービスにスポットをあて、ヒットの理由を紐解いていきます。
今回、注目したのは「こすると消えるボールペン」として大ヒット。いまや世界で約26億本の売上を誇る「フリクション」シリーズです。株式会社パイロッコーポレーションの渡辺直美さんにお話をお聞きしました。
渡辺直美さん
株式会社パイロットコーポレーション 営業企画部 筆記具企画グループ 係長
1998年、株式会社パイロットコーポレーション入社。営業部、手帳や革小物を扱う文具企画グループを経て現職に。筆記具企画グループで「フリクション」シリーズを中心に担当。
摩擦熱によって透明になるインキの秘密
――「フリクション」開発までの歩みについて教えてください。
そもそもの始まりは、ボールペンとしてではなくインキの開発がありました。「フリクション」の原理は、こすると色が消える、つまり摩擦熱によって透明に見えるインキを使っているのですが、これは1975年に当社で開発した「メタモインキ」を筆記具用に進化させたものなんです。
たとえば、このメタモインキを塗料として使ったお風呂用のおもちゃ。これをお湯につけると、温度の違いによって、赤い消防車が、黄色いレッカー車に変わるんです。
お湯につけた部分だけが、赤色から黄色にサッと一瞬で変化する
ただ、開発当初のメタモインキは、2つの理由から筆記具向きではありませんでした。ひとつは、温度変化の幅が狭かったため、色がすぐに戻ったり、普段の生活の意図しないところで変わったりする欠点がありました。
もうひとつは、筆記具に応用するには、インキの粒子が大きすぎたという理由もあります。ボールペンのペン先から出てくるインキの粒子はミクロン単位ですから、そこまで小さくすることが当時はまだ難しかったんです。
それでも開発チームとしては、いつかは筆記具にとの思いで技術開発を進めてきました。
その後、インキの粒子を小さくすること、温度変化の幅を80℃前後(-20℃~65℃)まで拡大することに成功。2005年の筆記具用メタモインキ「フリクションインキ」の開発が、イコール「こすると消えるボールペン」の誕生となりました。日本での発売開始は2007年。「フリクションボール」がシリーズ最初の商品です。
先行発売したヨーロッパで爆発的ヒット
――「こすると消えるボールペン」というそれまでになかった商品に対して、どのような反応がありましたか。
実は日本発売の前年、2006年にヨーロッパで「フリクションボール」を先行発売しているんです。あちらには万年筆に幼い頃から慣れ親しんでいる文化があります。そのため、子どものうちから、万年筆、万年筆の書き間違いを消せる専用の消去液、その上から書き直す油性ボールペンと、3本セットで持ち歩くそうなんですね。
ところが、フリクションの登場によって1本ですべてを兼用できるようになった。結果、爆発的ヒットを記録して、「日本でも発売されないのか?」という問い合わせが多数寄せられました。
「フリクション」のユーザーの中心は、20〜30代の社会人
一方で、日本ではフランスと違って、ボールペンは消えないもの、という常識があったので、どのように使ってもらえるか手探りの状態で「フリクションボール」を発売しました。
いざ蓋を開けてみたら、ものすごい反響で。初年度の売り上げからして、普通のボールペンとは桁違いでした。
細いペンの内部に秘められた最新技術
――現在は、他社から「消せるボールペン」が発売されていますが、技術的な原理は同じなのでしょうか。
消しゴムでこすりとるタイプもありますが、フリクションと同じ原理を使ったものもあると思います。ただ、当社には40年以上蓄積してきた技術と自信がありますから、インキの性能ひとつ取っても違いはわかっていただけると思っています。
また、「フリクション」の特長はインキ自体にあるので、筆記具のカテゴリーを横断できることも強みのひとつですね。ボールペンのイメージが強いかもしれませんが、実は蛍光ペン、色鉛筆、スタンプなど、豊富なラインナップを展開しています。
たとえば、昨年発売された「フリクションファインライナー」は、初めてプラスチックのペン体にフリクションインキを入れた細字カラーペンです。
通常のサインペンはペン先がフェルトになっていてじわっとインキが滲む仕組みなのですが、ファインライナーは毛細管現象の技術を応用して中綿のインキを先端に向かって吸い上げることで、硬いプラスチックのペン先からなめらかにインキが出てくるようになっています。ペン先が硬いのでつぶれにくく、それでいてなめらかで軽い書き心地が特長です。
外から見ると同じフリクションに見えるかもしれませんが、細いペンの中ではさまざまな技術革新が行われていますので、ぜひ手に取って試してみてください。
「一生使ってもらえる」筆記具ブランドを目指して
――ブランド誕生から13年目。「こすると消える筆記具」としてのフリクション認知が広がっていく中での、今後の課題は?
フリクションを「一生使ってもらえる筆記具」という位置づけにできたら、と思っています。子どものときは色鉛筆やスタンプ、大人になってからはボールペン、ちょっといい手帳を買ったときはプレミアムなボールペンといった風に、その時々のシーンに合わせて使い分けていただけたら。
手帳も仕事もデジタル化が進んでいますが、私達としては「書く」という行為はなくならないと思っています。記録するための筆記具という用途は減ってきても、思考や気持ちの整理するための手段として、手書きってとても強いと思うんですね。
手書きの文字をふと見たことで、「あ、この人って意外にこんな字を書くんだ」というギャップを感じることってありますよね。同じ人が書いてもそのときどきで違う字になるし、そこから伝わる情報量もまったく違ってくる。手書きには手書きの強みがあります。
パイロットコーポレーション100周年にともない、名刺には直筆で名前を書く
そんな中でも、「こすると消える筆記具」としてフリクションだからできることもある、と思っています。「消せる」という付加価値があるからこそ、間違えることを怖がらなくていい。その付加価値を今後も伝えていけたら。
ユーザーさんが「これが消せたらいいのにな」と思うアイテムがあれば、そこにどんどんチャレンジしていきたいし、そういった挑戦を重ねていくことで、「フリクション」というブランドをもっと進化させていけたらと思っています。