熱いパッションと冷静な生活者視点。一方通行にならないブランドの伝え方

書き手 阿部 花恵
熱いパッションと冷静な生活者視点。一方通行にならないブランドの伝え方

株式会社クラシコムが主催となり、企業のマーケティング・プロモーション担当の方々に向けて開催している「クラシコムサロン」。

第21回は、マーケター界隈でヒット中の『実務家ブランド論』を上梓したダイキン工業の片山義丈さんをお招きしました。

2021年9月の発売後、即重版した同書には、片山さんが33年間かかってたどり着いた「ブランドづくり」の思考と実践法が余すところなく詰め込まれています。

前半では『実務家ブランド論』の要旨を片山さん自身が解説。後半では、クラシコムのブランドソリューション事業責任者である高山がその内容をさらに深堀りします。モデレーターはさまざまな企業・経営者へのマーケティングアドバイザーを務める菅原健一さんです。

ブランドの正体は5階層ある

まず、片山さんに『実務家ブランド論』の概要についてお話いただきました。

片山
私は「ブランド」=「生活者の頭の中にできた企業・商品に対するイメージ」だと捉えています。つまり、一言で表すとブランドとは「妄想」です。

例えば、ダイキンのロゴを見たときに何を思い浮かべるか。「業務用の会社だな」と思う人もいれば「技術力が高い」と思う人もいるでしょう。逆にまったく知らない人は何も思い浮かばない。クラシコムさんのロゴを見たときに何を思い浮かべるか、それがブランドです。そう定義することが、実務者にとっては一番使いやすい。

そもそも何のためにブランドをつくるのかというと、儲けるためです。商品・サービスが売れて、企業の事業活動に貢献するためです。

ダイキンのエアコンを買ってもらえる。ダイキンとビジネスがしたいと他社に思ってもらえる。優秀な学生さんがダイキンに就職したくなる。「儲ける」ことはこれらすべてと繋がっていますし、ブランドづくりはそこに繋がらないと意味がない。

かっこいいロゴに作るだけでは駄目なんです。普通の企業がAppleのように美しいビジュアルで、スペックをぐちゃぐちゃ言わない広告を打ち出しても無意味です。私も過去にはそういうことをやらかしてきたのでわかりますが、そういうイメージ広告だけではブランドはつくれません。

『実務家ブランド論』にも詳しく書きましたが、ブランドの正体は5階層に分かれています。

まず最下層が「知らない」。下から2番めが「知っている(たんに知っているだけ)」。その上が「嫌いではない(がとくに興味もない)」。この3番目のレベルは、「知っている」よりはいい。商品購入のときの選択肢には入りますから。その上の「なんとなく好き」レベルになると、選択時に有利です。『実務家ブランド論』ではこの上から2番めの「なんとなく好き」レベル=優秀なブランドであると述べています。

世の中は5階層の最上位レベルにある「約束(愛とすらいえる妄想、指名購入する)」の概念を求めがちですよね。「北欧、暮らしの道具店」さんのように、ブランドの思いがはっきりしている企業であればそこへ行くことも可能かもしれない。ですが、一般的な商品やブランドが最初から「約束」を目指すのは非常に困難です。

そもそも生活者の目線で考えると、エアコンと「約束」するってなかなか難しいですよね。でも「なんとなく好き」までならいける。

その前提に立った上で、企業はどんなブランド(妄想)をつくるのかを明確にしていきましょう。

Brand Identity(存在価値)、Brand Purpose(存在意義)、Brand Personality(人格・個性)のような横文字をわざわざ引っ張り出さなくてもいいんです。でも、「あなたの企業の商品らしさはなんですか?(存在価値)」「なくなっても私(生活者)は困らないが、どんな困ることがあるの?(存在意義)」「あなたの企業・商品を人間に例えたらどんな人ですか?(人格)」という問いに対する答えをしっかりと持ち、届けていく必要はあります。

届け方はさまざまです。商品、口コミ、報道、広告、店舗など、いろんなタッチポイントを通じて、企業は生活者にブランドを発信していますよね。それが上手く積み重なれば、「なんとなく好き」になってもらうことはできるはず。

まとめると、ブランドの目的は商品・サービスが売れること。
ブランドの定義は、生活者の頭の中にできた妄想・イメージであること。
そのためには、存在価値・存在意義・人格を明確にして、自分たちが「どんな妄想を持って欲しいのか」を共有し、そこに立脚した情報発信を行っていく。これが私なりのブランド論です。

絞った上で、言い続ける

菅原
片山さん、ありがとうございました。ここからは「正しいブランドの伝え方」についてトークセッションに入ります。先ほどのスライドにもありましたが、企業が生活者に望むことが多すぎて圧がすごいですよね(笑)。高山さんの場合は、「北欧、暮らしの道具店」というブランドを伝えるときに意識している点はありますか。

高山
「ブランドを伝えていこう」という意識は社内ではあまり持っていないと思ってまして、「お客さんにとって価値提供できているか」「お客さんとの約束を守れているか」を全てのアクションにおいて意識しています。自分たちのブランドを意識しすぎると、どうしても生活者が不在になりかねませんから。

まずは、お客さんにどういう価値を提供するか、どういうことを楽しんでもらえるか。そこを軸にした上で、それ以外の優先順位を決めるようにしています。

『実務家ブランド論』でも、「生活者にとってあなたのブランドはなくても困らないという前提で考えましょうね」というスタンスに共感しました。

菅原
「北欧、暮らしの道具店」はファンが多いですが、あえて広告費をかけてブランドを伝えていく、というやり方はしていない?

高山
基本的にはしていないです。アプリのDL促進を目的にした広告は行っていますが、あくまでブランドを伝える入り口(=アプリDL)をつくってもらうための取り組みです。その代わり、映画やドラマをつくったりして、ブランドコミュニケーションをとっています。おおもとはやっぱり商品でありコンテンツです。お店全体を通して楽しんでもらいたいし、そういう体験をいかに創っていけるかが大事です。

片山
私は今のようなお話が一番よくないと思うんですね。

高山
おお!?(笑)

片山
クラシコムさんはブランドの明文化、生活者に持ってほしいイメージや存在価値、意義、人格などがすでにしっかりしているでしょう。だから意識しなくても、ある程度はにじみ出てくる。

片山
でも、ほとんどの会社や商品はそのあたりがもっと曖昧です。だからこそ、死ぬほど意識して「自分たちのブランドをなんとかして伝えてやろう」というパッションを持っていかないといけません。

同時に、頭の半分では冷静に「でも自分ならこんなにいっぱい企業に言われても聞きたくないよな」という生活者の視点も持ち続けるべき。だって生活者は基本的に企業や商品に興味がないですから。一方的にあれこれ言われても聞きたくない。

そこを「まあこれくらいなら聞いてもいいかな」と思えるラインにまで絞っていく。言いたいことを絞った上で、言い続けるんです。たいていの企業は、まずそこがスタートラインになると思います。

メッセージって、伝わらなければ意味がないんです。ちゃんと伝わる形にしていくことが重要だし、そのときに大事なのは自分たちが何者であるのかという意識です。

菅原
ブランドアイデンティティが大事、ということですか?

片山
そうです。でもアイデンティなんて英語ではなく、せいぜい四文字熟語で「存在意義」くらいがいいですよ。もっと噛み砕いて「なくなっても困らへんっていわれたらどう答えます?」にしないと難しい。

菅原
なるほど。格好よくやろうとしないことが大事なんですね。

ブランドの思いを一方通行にしない

高山
先ほど片山さんがおっしゃった、メッセージを伝えるためには「絞る」ポイントについて、もう少し教えていただけますか。

片山
企業側としては言いたいことをとにかく絞るべきですが、伝え方はメディアによって違ってきますよね。商品を通じて伝えるときと、広告で伝えるとき、従業員がそれを語るとき。言いたいことは同じでも、要素や伝え方はそれぞれメディアに応じて変えていくこともポイントです。

菅原
視聴者からもこんな質問が届いています。

「ブランドづくりを実践するためには、営業部だけでなく経営陣も巻き込んで開発プロセスやブランドのあり方を浸透させていく必要があります。社内のステークホルダーにブランドのあり方を理解してもらいつつ、それに沿った意思決定を行ってもらうためのヒントはありますか?」

これは社内の伝え方のお話ですね。

片山
これも借り物の言葉を使わないことが大事です。アイデンティティやパーパスではなく、「経営理念」「社是」で考え、それに基づいた行動を取っていくほうがいい。長く存在している企業であれば、アイデンティは「つくる」ものではなく、もうすでに「ある」んですよ。ですから、今あるものをベースに経営陣と話して一緒に成し遂げていくことが重要になってくる。

菅原
「つくる」のではなく、すでに「ある」前提に立って「見つける」ということですね。

片山
そう。絶対に「ある」んですよ。そうじゃないと会社は存在できませんから。「そうなると競合他社とほぼ一緒なんですが、どうすれば?」ともよく聞かれるのですが、一緒でもいいんです。差別化を考えるよりも、より強く実現しようと考えて行動するほうが大事ですから。

菅原
差別化にばかりとらわれると、お客さまが見えなくなりますからね。そうではなくて、お客さまとの関係の中にある存在価値や意義、もしくは人格の話だ、ということですね。「北欧、暮らしの道具店」でもこういう議論で困ったことはありますか?

高山
価値観のすり合わせはカロリーを使う大変な部分ですよね。僕たちの場合は、採用段階でマッチングを見ます。その人自身のライフスタイルや価値観が会社のカルチャーや価値観にフィットしているか、「自分ごと」として共感してくれる人か、などを採用で見極めているんですね。それによって社内に入ってからのコミュニケーションコストを下げています。

片山
CHANELの採用担当者もそれに近いことを言っていたそうです。ただ、それができる会社はなかなかない。その意味でも、伝わる共通言語はとにかく意識しないといけないと思います。

「伝えたい」「知りたい」をミックスさせる

菅原
では次のテーマ「商品・サービスが売れるためのブランドの伝え方とは?」に移りましょう。関西人の片山さんがお好きなテーマかなと思いますが、いかがですか?

片山
例えば、パナソニックさんとダイキンのエアコンを比べたときに、生活者の方が「全然違う」と感じるスペックの差は実はあまりないんです。ほんとは少しは違いはあってダイキンがいいと私は信じているのですが、生活者の認識では微差でつまりは同じなのです。ではどうすれば「商品・サービスが売れる伝え方」ができるのかというと、やっぱり「このブランドは自分たちにとって良き存在だ」と思ってもらうことが重要になります。そのためには、「このブランドがなくなったら何が困るか」を伝えていかないといけない。

例えば、コロナが感染拡大して換気方法に不安を抱く生活者の悩みの声があがったときに、私たちは「空気で答えを出す会社」としてわかりやすい換気の仕方をまとめたコンテンツをつくり、どこよりも早く伝えたつもりです。

菅原
その時期のお客さまが知りたい情報を出した、ということですね。

片山
そうしたコミュニケーションはブランドのためになる。そんな風に売るためにはスペック、プラス「なぜ私たちが存在を許されると思っているか」の情報をしっかりセットで出していく。これが今の時代の伝え方だと思っています。

生活者が必要とする知りたい情報を出しつつ、そこに自分たちが伝えたい情報もミックスしていく。両者のバランスをいかにとっていくか。

菅原
それを実践すると、企業側としてはまずは「自分たちが伝えたいこと」から考えてしまいそうですが。

片山
逆ですね。本来的には生活者が知りたいことを一番に考える。次に、我々が伝えたいことをどれだけ入れるのかの順です。伝えたいことが1割しか入らないときもあるでしょう。それでも絞って、続けていく。続けることで上手に伝わっていくはずですから。部署間で連携を取り、議論したり怒られたりしながら、よいバランスを探っていくしかありません。

高山
片山さんがやられていることは編集的な視点とも近いですよね。僕たちもお客さんに商品を売っていくためには本当の情報を伝えていこう、という思いがあります。本当の情報とは役に立つ情報であり、役に立つ情報は面白い情報である。面白いからお客さまはサイトに来てくれて、結果としてものが売れる。そこを意識したコンテンツ制作は僕たちもすごく大切にしています。

PV単価より1PVの重みを測ろうとする

菅原
3つめのテーマ、「ブランドを伝えるためにメディアとどのようなパートナーシップを構築していくべきか」についても片山さんの考えを聞かせてください。

片山
メディアは「我々が伝えたい情報を、伝える文脈に変えて届けてくださるプロフェッショナル」です。私はメディアと一緒に仕事をする際には、先ほどから述べている自分たちの存在価値・存在意義・人格を打ち合わせの中で枕詞のように繰り返しお伝えしています。なぜなら私たちが伝えたいことをしっかり理解していただいた上で、そのメディアの強みを発揮してほしいからです。

最悪なのはヨイショするだけのタイアップ企画ですね。すごくいい話を書いておいて、最後の1行で「あ、これ広告か」と気づくと読者は「騙された」って思うじゃないですか。もちろん、そうでないと決裁が通らないなど社内事情があるのもわかります。でもお金を払って嫌な気持ちにさせたら逆効果でしょう。

だから我々の場合は、「この企画は3年やりますから、とにかくヨイショせんといて」とまず伝えます。情報を全部開示して、長期的な信頼感を育てていかないと、メディアはその強みを発揮できませんから。そのメディアが実力を最大限に発揮できる土壌をつくる。それが自社の儲けにも繋がります。

高山
メディアもブランドですよね。「ブランド=妄想」という片山さんの言葉を借りるならば、メディアがユーザーからどのような妄想を抱かれているのか、自社の商品にその妄想をどうまとわせながら伝えていくかが重要になると思います。

そうしたコミュニケーションから始めていくことで、メディア側はポテンシャルを最大限発揮でき、広告主さんにも価値を提供できますよね。PV単価やリーチは大切ですが、広告主さん側が「このメディアはどういう妄想を抱かれているのか」を理解してくださると、いい取り組みになるのかなと思っています。

片山
PV単価や数字だけを見ていたら絶対だめですね。1PVの重み、見た人がどう態度変容したかというところまでをしっかり見ていかないと。

ブランド側は「メッセージを出しました」で終わっちゃ駄目なんです。「このメッセージで本当に伝わったのか」「伝わってどんな気持ちになったのか」までを考えないと。この2つは計測が非常に難しいので自分たちで仮置きするしかないのですが、それでも売れるブランドにするためには必ず置くべき。一方的なメッセージだけを発信しても、売れるブランドにはなれない。私はそう思います。

(写真左)
ダイキン工業株式会社
総務部 広告宣伝グループ長
片山義丈
1988年にダイキン工業入社。総務部宣伝課、広報部、広告宣伝・WEB担当課長を経て、2007年より現職。業界売上第5位のルームエアコンを一躍トップに押し上げた新ブランド「うるるとさらら」の導入、ゆるキャラ「ぴちょんくん」ブームに携わる。ブランディングの取り組みでインターブランドジャパン『Japan Branding Awards』グランプリをはじめ多数受賞。

(写真中央)
株式会社クラシコム
取締役 事業開発部 部長 ブランドソリューショングループ マネージャー
高山達哉
2015年9月にクラシコム入社。「北欧、暮らしの道具店」のブランド広告事業の立ち上げを行い、様々な企業とのタイアップ施策を統括。現在もメディアがもつ世界観やブランド価値を広告主にソリューションとして活用いただく取り組みに従事。

(写真右)
株式会社Moonshot 
代表取締役CEO
菅原健一
企業の10倍成長のためのアドバイザー。社会や企業内に存在する「難しい問題を解く」専門家。クライアント10社、エンジェル投資先20社の計30社のプロジェクトを並行してすすめる。過去に取締役CMOで参画した企業をKDDI子会社を売却し、そのまま経営継続し売上を数百億円規模へ成長。スマートニュースを経て現職。