迷われる前に第一想起をとりたい。「ご褒美」であり続けるためにハーゲンダッツが模索する寄り添いかた

書き手 阿部 花恵
写真 佐々木 孝憲
迷われる前に第一想起をとりたい。「ご褒美」であり続けるためにハーゲンダッツが模索する寄り添いかた

世の中に数多くあるヒットブランド。開発の背景はさまざまですが、その裏には共通して、価値観やライフスタイル、時代の変化にチューニングしながらお客様に寄り添い続ける姿勢があります。

「暮らしを支えるヒットブランド」では、そんな商品やサービスにスポットをあて、マーケティングの取り組みとその背景にある思いを紐解いていきます。

今回、注目したのは世界各国で愛されている「ハーゲンダッツ」。贅沢でリッチな味わいと多種多様なフレーバーから、日常のちょっとしたご褒美アイスとして食べている人も多いはず。

北欧暮らしの道具店との意外な共通点から、消費者コミュニケーションにおける試行錯誤まで、ハーゲンダッツの現在地と展望について、マーケティング本部マネージャーの黒岩俊介さんにお聞きしました。

聞き手は、クラシコム ブランドソリューショングループ マネージャーの高山です。

※この取材は2022年3月に実施しました。


(写真右)
ハーゲンダッツ ジャパン株式会社
マーケティング本部 マネージャー
黒岩俊介

(写真左)
株式会社クラシコム
取締役 事業開発部 部長
高山達哉

ハーゲンダッツと「北欧、暮らしの道具店」の共通点

黒岩
私は「ハーゲンダッツ」のブランドが目指す方向性を打ち出していくブランド戦略グループのマネージャーをやっているのですが、実は少し前に「北欧、暮らしの道具店」さん とのプロモーション施策を検討したことがありました。

そのときはスケジュールの都合で叶いませんでしたが、我々のブランド名「ハーゲンダッツ」は、高品質なミルクをイメージさせる北欧の都市コペンハーゲンの「ハーゲン」に由来していることもあって、「北欧、暮らしの道具店」さんとは世界観がどこか通じているような印象を持っていました。

高山
北欧つながりだったとは知りませんでした。私たちには「日常のなかに、ひとさじの非日常を」というコンセプトがあります。そこはハーゲンダッツさんとシンパシーを感じていまして、今日はそのあたりについてもお話しを伺えたらと思っています。

黒岩さんはブランドの価値向上から宣伝まで横断的にご担当されているとのことですが、そういったコミュニケーション施策を行われる中でも一貫して大切にしていることはありますか?

黒岩
アイスクリームってもともとは子どものお菓子だったんです。そのため材料の品質が求められない時代が長かったのですが、そうではなくて大人でも満足できる品質が高いアイスクリームをつくろう、との思いから生まれたのが「ハーゲンダッツ」です。

だからこそ、味の品質は何よりも大切にしています。お客様が期待する水準以上のおいしさ・品質をしっかり感じていただく。そこがずっと一番の根底にあります。日本に上陸したのは1984年ですが、当初から大人も楽しめる高品質のアイスクリームというポジショニングをしっかり確立することは、今も変わらず大切にしています。

ですから、「日常のご褒美であり続ける」という姿勢はずっと変わりませんが、メディアの使い方や表現方法は模索を続けています。トンマナや表現方法は時代とともに変化しますよね。我々がメインターゲットとする20〜30代の若年女性層にとっては、かつての憧れだった遠くのハリウッド俳優よりも、今は身近なインフルエンサーのほうが影響力を持っているように。

高山
「北欧、暮らしの道具店」を運営していてもそれは感じます。当店がお客さまに共感していただけているポイントの一つは、実は中のスタッフなんですよ。スタッフの約8割は元お客様であり、お客様と同じ文化圏・コミュニティのなかにいるんです。なので、スタッフのライフスタイルや価値観を通じて、「これなら自分の暮らしにも取り入れられるかも」と思っていただき、購入に踏み切られるお客さまも多いんです。

黒岩
「モノがよければ選ばれる」時代も確かにありましたが、今はもうおいしいだけ、高品質なだけでは売れない時代です。どういうシーンで食べるか、食べたらどんな気持ちになれるか、を伝えていくことが大事になっています。モノからコトへの変化といってもいいかもしれません。

幸いハーゲンダッツに関しては、「食べると幸せになれる」ことをもとからお客さまに感じていただけていましたので、そこをあらためて伝え続けていくのが今の局面かなと思っています。

昔と今では「ご褒美」の解釈が違う

高山
黒岩さんは以前に別のインタビュー記事で、「消費者にとってのご褒美の概念が変わってきている」とお話しされていましたよね。その変化をどう捉えているのか、そしてコミュニケーションにおいてどう落とし込んでいるのかついても、お聞きしてもいいでしょうか。

黒岩
まず、「ご褒美」の意味合いが変わってきていると思います。これは我々が行った調査から見えてきた傾向ですが、上の世代にとってはご褒美って頑張った先にあるものだったんですよ。半年間のプロジェクトを頑張ったから、自分へのご褒美として海外旅行に出かける、あるいは宝飾品を買う。そういうものが「ご褒美」だった。

でも今の若年層は 、「今日バイト頑張ったから自分にご褒美」とか、「何もしてないけどご褒美ほしい」いう感覚のほうがどうやら強いんですね。

その上でハーゲンダッツはというと、やっぱりすごく特別なときに食べる存在であるようなんです。「今日は仕事頑張ったからコンビニでハーゲンダッツ買おう。あ、でもやっぱり高いからもったいないな」と考えて、結果的に同じような価格帯のスイーツを買っている。少なくともハーゲンダッツの購入頻度が低い人たちにおいては、そういう傾向がありました。

特別な存在に思っていただけるのは光栄なのですが、我々としてはもっと日常のご褒美として楽しんでほしいし、食べる頻度を上げてほしいんですね。そこを考えながら行っているのが「ハローしあわせ。」の施策です。

高山
ご褒美を求める頻度が高まっている。なぜだと思われますか。

黒岩
日常の中でのストレスが増えているのはあるかもしれません。あとは長期的な目標を達成してのご褒美というよりも、目先のことに取り組むときに自分を動かすモチベーションとして使われるシーンがハーゲンダッツに関しては多いのかなとも感じています。

高山
最近では、平手友梨奈さん主演のミニドラマ『メゾンハーゲンダッツ〜8つのしあわせストーリー〜』が公開されましたよね。あのドラマでも日常の中のちょっとしたしあわせがテーマになっていましたよね。

黒岩
『メゾンハーゲンダッツ』は我々の本流の消費者コミュニケーションとは違う方法を試してみよう、という新たな試みでもありました。

「ハローしあわせ。」というメインメッセージが意味するところ自体は変わりませんが、独特のポジショニングを持つ平手友梨奈さんのファンを中心とした層にどうすれば届くのかを重視した、これまでとは明らかに別軸で動いたプロジェクトです。

ハーゲンダッツという商品は非常に消費者の層が幅広いんですね。老若男女であるがゆえに、TVCMのような広告の形がやはり非常に効きやすい。しかし、『メゾンハーゲンダッツ』に関しては広告は一切打っていませんし、コンテンツを作ることだけに注力しました。

ハレとケの「ケ」を支える存在でありたい

高山
ハーゲンダッツとしては、お客様にどういう価値を提供したいと思われているんですか?

黒岩
僕はハーゲンダッツを食べることを通して、その人が自己肯定できたらいいな、と思っています。失敗したり落ち込んだりしたときに、ハーゲンダッツを食べて「そのままの自分でいいんだよ」と思えたら、生きるのがちょっとだけ楽になりますよね。食べてもスーパーマンにはなれないけれども、そういう方法で人の日常に寄り添うことはできる。

いいことを増幅するための「ご褒美」というよりは、日常のちょっとへこんだ部分に寄り添ってあげられるような存在でありたいと思っています。

高山
わかる気がします。私たちも他人のものさしではなく、自分のものさしで満足できる暮らしを、お客様と一緒に探求し続けたいという思いのもと、「フィットする暮らし、つくろう。」というコンセプトがあります。「今の暮らしも悪くないな」だったり「自分の暮らしって、なんだかまだ良くなりそうだな」と暮らしに対して肯定的になれたり、少しの希望を感じてもらいたい気持ちがあります。そこもハーゲンダッツと通じる部分かもしれません。

黒岩
土井善晴さんが提唱する「一汁一菜」に興味を持っているのですが、日常からすごく無理をするっていうのはもうしなくていい。ハレとケの「ハレ」のほうではなくて、日常の「ケ」の部分を支えていく。そういう存在としてハーゲンダッツがあると我々としてはすごく嬉しいです。

作家の村上春樹さんが考えた「小確幸(しょうかっこう)」という言葉もそれと重なるかもしれません。小さいけれども確かな幸せ、という意味の造語だそうですが、「ハローしあわせ。」ってまさにそこを目指しているんですね。

ちょっとしんどいことがあったときに、ハーゲンダッツを食べてそのつらさを少しでも和らげてもらえたら。ありがたいことにハーゲンダッツは全国のコンビニやスーパーで気軽に買うことができる商品なので、それができるはずなんです。

実際、新商品が出ても「ハーゲンダッツがつくるならおいしいはず」という安心感を抱いて買ってくださるお客さまが多いので、そこはこれまで積み重ねてきたブランドの信頼性だと思っています。

迷いが生じる前に第一想起をとれたら

高山
そういう寄り添う姿勢がうまく伝わって、お客様からの反響に繋がった過去のコミュニケーション施策などはありましたか。

黒岩
正直、まだそこまでには達していないかもしれません。ただ、「ハローしあわせ。」という言葉自体はこの1年でわりと浸透した感触があるので、2年目の今年は「こういうシーンで食べてもらえたら」という形を提案していけるといいかなと思っています。

高山
アイスクリームという市場の中で、今後はどういったポジションを目指していかれるのでしょうか。

黒岩
現実的に言うと、我々は食品メーカーですから他社メーカーのアイスクリームがやはり競合相手です。店頭で手に取って「どれにしようかな」と選ばれるものですから。

ただ、僕としては「迷われた時点で負け」だとも思っています。おいしさには自信があるとはいえ、価格的には高めですし他社さんのアイスクリームもおいしい。

ですから理想は「今日はハーゲンダッツを買って帰ろう」と思ってもらえること。そういう意味でのマーケティングの競合相手としてはコンビニスイーツもありますし、もっと広く言うとネイルサロンやディズニーランドだって競合です。

「ご褒美がほしいな」と思ったときに第一想起をとれる。そういうブランドを目指していきます。

高山
では、ブランド価値を高めていくために、意識されていることは?

黒岩
ハーゲンダッツ=「ご褒美」「ちょっとした贅沢」というイメージはすでに浸透していますから、次はハーゲンダッツが提供する世界観や生活様式に共感してくれる方々を 増やしていきたいです。

今は購入頻度が年に1回程度のお客さまが最多層ですから、その方々にもっと振り向いてもらえるようなコミュニケーションのきっかけをつくっていけたら。

たとえば、LINEのソーシャルギフトなんかはすごく好評なんです。LINEで友人にハーゲンダッツのギフトを送ると、相手がそれを使って近くのコンビニでハーゲンダッツの商品を買えるんですね。そんな風にコミュニケーションツールとしてハーゲンダッツを選んでくださるお客様 は着実に増えているように感じています。可能性はまだまだありますから、いろんなコミュニケーションの形にチャレンジしていくつもりです。

高山
ブランドとしてさらに成長されていくために、ハーゲンダッツさんがさまざまなコミュニケーション施策の形を実践されていることが伝わってきました。今日は貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。