コロナ禍で「豊かな時間」が変わった。「ザ・プレミアム・モルツ」の方向転換に学ぶ、ロングセラーブランドのマーケティング戦略

書き手 阿部 花恵
コロナ禍で「豊かな時間」が変わった。「ザ・プレミアム・モルツ」の方向転換に学ぶ、ロングセラーブランドのマーケティング戦略

株式会社クラシコムが主催となり、企業のマーケティング・プロモーション担当の方々に向けて開催している「クラシコムサロン」。

第16弾は、「ロングセラーブランドのマーケティング戦略〜『ザ・プレミアム・モルツ 』が選ばれ続けるために変えていること、変わらないこと〜」をテーマに、サントリービールの中野景介さんをお招きしました。(イベント開催日は2021年5月26日)

入社以来、ビール一筋で同社マーケティング部門を担当、現在は「ザ・プレミアム・モルツ」のブランド戦略を統括する中野さん。

「ザ・プレミアム・モルツ」のコンセプトである「豊かな時間」は、コロナの前後でどう変化したのでしょうか。時代にアジャストする難しさ、お客さまに委ねる部分の線引きをどこで見極めればよいのか? ロングセラーブランドとして積み上げてきた思想とノウハウを、過去の施策の失敗例なども交えてオープンにお話いただきました。

モデレーターは、クラシコム ブランドソリューショングループの高山が務めました。

「豊かな時間」の中身が変わってきた

高山 
中野さんは入社以来12年間、ビール畑一筋だそうですが、コロナ禍において「ザ・プレミアム・モルツ」のマーケティングにはどんな変化や方向転換があったのでしょう?

中野 
ブランドが方向転換する際に重要なのは、「本質をブラすことなく、時代にアジャストしていく」ことだと私は考えています。ザ・プレミアム・モルツはプレミアムビールですから、おいしいことが絶対の前提条件。その上で、ブランドパーパスとしてはワンランク上の「豊かな時間」を提供したい。
ところが、そのあり方がコロナによって変化してきました。

かつての象徴的な「豊かな時間」は、年末年始やお盆、父の日などの社会催事の特別な日、もしくは金曜日や給料日など特別に頑張った日でした。けれどもコロナ以降、「豊かな時間」は「何気ない日常の中で、自分たちでつくりだす」ものへと変化しているんですね。

高山 
面白い変化ですね。「豊かな時間を感じたい」と思う頻度が短くなってきていることも重要かもしれません。かつては月や年に数回だったのが、毎日のどこかのタイミングで「豊かな時間」が欲しいという風に変化してきているのでしょうか。

中野 
おっしゃるとおりです。「豊かな時間」は、外から与えられるものではなく、自分たちでつくりだすものになった。自主性が高まると、当然頻度も高まってきます。

高山 
「北欧、暮らしの道具店」にも重なる部分があります。コロナ禍以降、調理道具や食器部門の売上が伸びてきたんですね。つまり、毎日の料理や食事の中で、ちょっと気持ちが上がるものが求められている。そういった需要の高まりは実感しています。

中野 
自分でコントロールできる部分で、いかに楽しめるか。日常におけるメリハリのつけかた、消費のメリハリ意識は明らかに変化していますよね。ちょっと時間をかけておいしい料理を作ろうかな、とか。その流れで言うと、お酒はおいしい食事に寄り添うものですから、「せっかくの料理だからプレモルと一緒に飲もう」と考えてもらえるチャンスは増えたと思っています。

高山 
メリハリの意識が変わってきている、というのはブランドチームとしてどのように仮説を立てたりセンサーを働かせたりしているのでしょうか。

中野 
「ビール以外のものは今、何が売れているのか」という調査は頻繁に行っています。先ほどお話に出た「いい食器が売れている」のような流れを掴むためにも、オンラインでお客さまの声を聞く調査などはほぼ毎月、チームで行っています。

高山 
購買行動から無意識的なニーズをうまく抽出されているんですね。食器や調理器具とはまた別で、「北欧、暮らしの道具店」ではアパレルも最近好調なんです。ただ、そこにも微妙な変化があって。これまでは落ち着いた色味や定番カラーが人気でしたが、コロナ以降はビビッドな明るい色使いの商品の売上が伸びているんです。

中野
きっとファッションを通じて「心を明るくしたい」という気持ちからですよね。生活を豊かにしたい、心に彩りを与えたいという気持ちは、ザ・プレミアム・モルツのブランドパーパスとも通じるものがありますから理解できます。

パーパスに軸足があれば線引きは難しくない

高山
「豊かな時間」の中身が変化したことで、ブランド側のコミュニケーションの形にもそれに合わせた変化が求められますよね。ザ・プレミアム・モルツのような長い歴史を持つブランドであれば、意思決定が困難な面もあったのでは?

中野
変えること、変わらないこと。そこの線をしっかりと引いていましたので、広告やCMで描く世界観を変えることになっても、ブランドチームとしてはそこまで心配はありませんでした。根底にある「お客さまに豊かな時間を提供したい」という軸は変えていませんから。

高山
ブランドパーパスという軸足がしっかりとチームで共有されていれば、時代の変化にも柔軟かつスピード感を持って変化できるのかもしれませんね。

中野
そうですね。私達はリニューアルをするときには、「変えてはいけない」部分をかなり意識しています。ある意味、そこさえブレなければ描き方などはちょっと冒険してもいい。

例えば、コロナ以降に出した「最高の時間 平凡な今日のなかにこそ 世界一しあわせな時間はつくれる 」というコピーがありますが、ここで大事なのは「平凡な今日の~」の部分なんです。

高山
コロナ以前はどんなコピーが?

中野
「年末年始を華やかに彩るザ・プレミアム・モルツ」「金曜日はプレモルの日。」のように、特別な日だからちょっといいビールにしませんか、というコピーが多かったです。そこからコロナ以降は、「最高の時間をどうつくるかはお客さまに委ねよう」というスタンスに変えていきました。

高山
手応えはありましたか。

中野
今年3月から新しいコミュニケーションワークを始めたのですが、これまでとは違う層、10歳くらい若い層のお客さまも反応してくださっている手応えがあります。

今出している「ちょっと高級なビールにしようか」というメッセージから、「特別な日にしか飲めないプレモル」が、「普段の生活の中で飲むプレモル」に変化したことによって間口が拡大したのかなと解釈しています。

高山
3月から始まった新しいコミュニケーションワークとは具体的にどんな内容でしょう?

中野
「生活にメリハリをつけたい」と感じている人は増えていますが、「どこから始めていいかわからない」という声もよく聞きますよね。そこに着目して立ち上げたのが「#最高の時間」プロジェクトです。

第一弾として「みんなでつくろう!#最高の時間」情報サイトを開設し、賛同していただいた協業企業さまと一緒になって、最高の時間の楽しみ方などを提案しています。お客さまと一緒に「最高の時間」を共有していくことで、ちょっと大げさかもしれませんが日本を元気にしていきたいという気持ちもあります。

高山
プレモルが旗を振っているロゴイメージそのままに、「最高の時間」に共感する企業・ブランドさんとプレモルが一緒になって提案していく、という形なんですね。家電、ガジェット、アウトドアまで多岐にわたる13ブランドが参加されていますが、座組をつくる上で意識されたことは?

中野
旗の上部にある「みんなでつくろう!」というコピー、これを一番大事にしました。プレモルがメーカー目線から単独で押し付けるようなことはせず、お客さまと一緒につくり上げていく。そこに共感が生まれると思っていますし、そうなるような適切な距離感、温度感は意識しています。

プレモルはあくまで旗振り役です。最高の時間にビールがなくてもいいという人も当然いるでしょうし、それはそれでいいじゃないか、と我々としては思っています。

メーカー目線が裏目に出た失敗例

高山
では、これまで行ってきた「お客さまに選ばれ続ける」ための施策で、上手くいかなかったケースはありますか。

中野
もちろんあります。ザ・プレミアム・モルツはサントリーの看板商品であり、私は世界で一番こだわってつくっているビールだと思っています。欧州産のアロマホップ、ダイヤモンド麦芽といった素材への妥協のなさや、サントリーの魂ともいえる良質な天然水による醸造など、話せと言われたら今すぐ1時間以上は語り尽くせます(笑)。

僕らはそこに誇りを持っていますから、「このこだわりのファクトをお客さまにもちゃんと伝えよう」という方向性でプロモーションした時期があるんです。こだわりの素材をアピールしたり、手間暇かけた製法を詳しく説明したり……。

ところが結果としては、まったく伝わりませんでした。メーカー目線の押し付けがましい語りとしか受け止められなかったんです。「俺ってすごいんだぜ!」と自分の自慢話を一方的にする人って、受け入れられないじゃないですか。あれと同じになってしまった。

高山
主語がブランドになっていたところが大きいのでしょうか。

中野
そのとおりです。お客さま不在になっていたことに当時の我々は気づかなかったんですね。

で、ここからが面白いのですが、数年前から「神泡」というプロモーションを始めたんですよ。余計なコピーは添えず、「神泡」という文字と注いだ瞬間のシズル感と躍動感たっぷりの泡が見えるプレモルの写真だけを出して。ちなみにこの泡、CGじゃありませんよ。

このプロモーションがヒットしました。何が起きたかというと「神泡ってなんだ?」と興味を抱いたお客さまが、自らブランドサイトに調べに来てくださったんですね。泡はビールの履歴書です。クリーミーないい泡は、いい素材と手間暇かけた製法で初めてできるもの。「神泡」というキーワードから、お客さまが自らその背景のストーリーにまでたどり着いてくださったんです。

この経験でわかったのは、僕らの仕事は「扉」をつくることが大事なんだということです。素材や製法のこだわりはストーリーとしてちゃんと自分たちの中に持っておく。でも、扉を開けていただくのは、あくまでお客さまの役割であり、そのためにはインターフェイスも生活者目線でなければならない。

メーカーとして熱く伝えたいことはもちろん山程あるんですよ。でもそこはグッと我慢して舵を切っていくべきだ、という学びがありました。

ブランドの2軸で大切にしていること

高山
お客さま目線に立って興味の「扉」をつくっておき、その向こう側にこだわりのストーリーを用意して待つ。とても参考になります。ところで、ブランドを長く続けていく上では「らしさ」「世界観」に共感してもらうことも大切ですよね。ザ・プレミアム・モルツにとっての軸とはなんでしょうか。

中野
プレモルは発売以来ずっと変えていない2つの軸があります。

ひとつめは、「豊かな時間」の世界観醸成。冒頭の話とも重なりますが、ここは一貫して守っていくべき軸です。

もうひとつの軸は「良質な体験接点」。これはプレモルが飲まれる瞬間の品質にも決して手を抜かないということです。

豊かな時間というエモーショナルな世界観を大切にしながら、素材から飲まれる瞬間に至るまで品質には徹底的にこだわっていく。「やっぱりおいしい」とお客さまに感じてもらうために、そこは絶対に裏切れない部分ですから。この2軸は今後もおそらく変わりません。

高山
「良質な体験接点」についてもう少し詳しく教えてもらえますか。

中野
良質な体験接点は、サントリービールが脈々と受け継いでいる「飲用時品質」と言い換えることもできます。やっぱりビールが一番おいしく飲める場所って、飲食店さまなんですよ。そこを踏まえて、最高のビールを最高の状態で飲んでいただけるような活動・情報共有などの取り組みを、1985年からずっと営業メンバーが飲食店さまと継続しています。泡の注ぎ方がちょっと違うだけでも、美味しさに違いが出ますから。

もちろん、家庭への取り組みもあります。約10年前から家庭用サーバーの開発をずっと続けていますが、2019年には洗浄いらずのコンパクトな家庭用サーバーを開発して爆発的ヒットとなりました。

高山
家庭用サーバーの累計出荷数は655万台。すごい数字ですね!

中野
おかげさまで「家でもお店のような生ビールが飲める」と好評です。我々としては、お店でも家であっても、やっぱり最高の一杯で飲んでいただきたい。それがブランドパーパスの「豊かな時間」につながっていくと思っていますから。

ブランド側が価値を決めるのはおこがましい

高山
メーカー視点に立つと、つい「どれだけ売れるか」に考えが偏ってしまいがちですが、ザ・プレミアム・モルツとしては「売れた後」の部分にも積極的にアプローチされています。家庭用サーバーもそうですが、そこにリソースをかけていくことにハードルはありませんでしたか。

中野
一切ありませんでした。我々にとっては「買ってもらうこと」はゴールではありません。大切なのは、その先の「飲んでもらう」瞬間をどれだけ豊かな時間に変えていけるのか。その意味で家庭用サーバーは景品ではなく、飲用時品質を高めるためのブランディングツールです。

今はブランド側が価値を決めつけるのが難しい時代です。メーカー側がどれだけ「豊かな時間」を押し出しても、お客さまがこちらの想定通りの飲み方をしてくださるとは限らない。だからこそ、お客さまが最高の状態で味わえるようなサポートを、お客さまの立場に寄り添って一緒に整えていくことが大切だと思っています。

僕らは社内でもお客さまのことを「消費者」ではなく、「生活者」と呼んでいます。それぞれの生活の中に、プレモルがある。そういう視点で捉え直した上で、お客さまに委ねる部分はありつつも、ブランドとしての軸とパーパスを今後も守っていけたらと思っています。

高山
変化し続けるロングセラーブランドには、「委ねる」アクションも大切なんですね。モノも情報も溢れる時代の中で、余白をいかにつくっていくか。ブランド設計の視点からも学びになりました。今回はありがとうございました。