花王「クイックル」が生活者の暮らしに寄り添うために行った新しいチャレンジと収穫

書き手 阿部 花恵
花王「クイックル」が生活者の暮らしに寄り添うために行った新しいチャレンジと収穫

株式会社クラシコムが主催となり、企業のマーケティング・プロモーション担当の方々に向けて開催している「クラシコムサロン」。

20回目を迎えた今回は、花王「クイックル」シリーズのマーケティング担当者をお招きしました。

1994年に誕生した「クイックルワイパー」を筆頭に、多岐にわたる製品を取り揃える総合ブランドに成長した「クイックル」シリーズ。

誰もが知っているロングセラーブランドが抱えていた課題、そして生活者の暮らしに寄り添うために行った新しいチャレンジとは?

2021年9月に「北欧、暮らしの道具店」とお取り組みした裏側について、花王の加納麻衣さん、クラシコム ブランドソリューショングループ プランナーである高松、同グループマネージャー・高山が振り返りました。

「クイックルじゃなければ」という愛着を抱いていただけていない課題感

高山 
今回は花王のロングセラーブランドである「クイックル」が、生活者の暮らしに寄り添うために行った新しいチャレンジについてお聞きしたいと思います。まずはあらためて、「クイックル」シリーズについて簡単にご説明いただけますか。

加納
「クイックル」シリーズは、家事をもっとラクにすることでお掃除をされる方をサポートすることを目指すブランドです。おそらく多くの方は「クイックルワイパー」のイメージがおありかと思いますが、それ以外にもトイレクイックルやクイックルハンディ、ホームリセットなど実は多岐にわたっています。

高山
皆さんのおうちにも何かしら「クイックル」がありそうです。最初の誕生が1989年ということは結構なロングセラーブランドですね。

加納
はい。ただし、ロングセラーだからこその悩みも抱えていました。1つめの課題は、お客さまにとってクイックルが「ただの掃除道具」で留まっていたという点です。私たちはこれまで「いかに汚れが落ちてきれいになるのか」という機能面を中心にお客さまに訴求してきたため、お客さまの中でブランドイメージがそれ以上に描かれていなかったのです。

2つめの課題は、若年主婦層への認知が弱かった点です。20~30代の若い層には、クイックル=お母さんが使っていた昔からある掃除道具、というイメージがついていたんですね。便利な掃除道具は他にも各社からたくさん出ていますから、「クイックルじゃなければ」という愛着を抱いていただくまでには至れていない、と感じておりました。

高山
お客さまに「自分のためのブランドだ」というイメージを持っていただき、掃除道具というある種のコモディティ化からいかに抜け出すか、という悩みですね。若年主婦層における認知が弱かったのはどのような要因が考えられますか。

加納
これまで私たちの商材はマスマーケティングを中心にコミュニケーション施策を行ってきました。ただ、皆さんもご存知の通り、今は若年層ほどテレビCMを見なくなっています。従来と同じマーケティングでは、どうしても若い層に届かない側面がありました。

そこで、指原莉乃さんをCMに起用させていただき、これまで製品ごとにバラバラだったコミュニケーションフォーマットや訴求の仕方を統一しました。若い層の方々に響くトンマナに変えていく、という挑戦を現在まで継続して行っています。

2021年9月19日に発足した「みんなの家事プロジェクト」もこの一環です。

コロナ以降、おうち時間が増えたことで、家事の担い手の負担も増えました。その偏りを解消するために、クイックルの商品や取り組みを通じて家事をもっとラクに、そして家族みんなが担い手となっていこう。こうした活動を「みんなの家事プロジェクト」として提案しています。

ブランドの思いを一方通行にしない

高山
お客さまとのコミュニケーションを機能面での訴求だけでなく、もっと大きな視点から家事を捉えていく情報発信ということですね。

加納
そうです。具体的な提案の形としては、ワイパー、シート、クリーナーなどのメインアイテムをセットにした「クイックルBOX」をECの一部チェーンや実店舗で販売する試みなどを行いました。

とはいえ、私たちだけの提案では、なかなか家事が「みんなのもの」になることは難しい。それならば同じ価値観で協力してくださる方と一緒に手を組んで「みんなの家事」プロジェクトを広げていきたい、と考えました。そのための情報発信として「北欧、暮らしの道具店」さんと一緒に2本の動画を制作させていただきました。

こちらの動画は「クイックル」シリーズを愛用している2組のご家族のおうちで、実際にどんな風にクイックルが使われているのかリアルな暮らしの中での使用シーンを伝えるという内容です。

高山
過去にも愛用者の方が動画で出てくるという取り組みはありましたか?

加納
いいえ、これだけの長尺の動画で、愛用者さんがご家族で出てくださるということは初めてです。

高松
私はプランナーとしてこの動画制作を担当させていただいたのですが、「北欧、暮らしの道具店」のYou Tube番組「モーニングルーティン」の中でも、クイックル製品を愛用されている方々が実際に数名いらしたんですね。その方々や、過去に「北欧、暮らしの道具店」記事に出演していただいた方、アンケート調査をかけて確認した実際の愛用者の方など、地道にお伺いを重ねながら出演者をピックアップしていきました。

加納
読み物としての記事では、「北欧、暮らしの道具店」さんのバイヤーである山根さんと私が対談させていただいた企画もあります。山根さんのご自宅を訪ねてお話するだけでなく、実際に一緒にお掃除もさせていただいたのですが、「こういう使い方をされているんだ」という発見や、バイヤーさんならではの視点がすごく発見がたくさんあって刺激的でしたね。お客さまとのリアルな対話は非常に勉強になりました。

※記事はこちらよりご覧いただけます。

高山
ブランドの思いを記事で伝えようとすると、どうしても歴史やストーリーをつらつら綴ると形になりやすいのですが、この記事は具体的なティップスなども盛り込まれています。

高松
一方通行にならないように、というのは意識した部分です。私自身もクイックル製品はずっと昔から愛用してきましたが、加納さんとのディスカッションでお聞きしたクイックルチームのみなさんが日頃やられている使い方やこだわりがすごく面白かったんですね。

記事でもご紹介していますが、ワイパーの柄を短くして網戸を拭くとサッときれいになるとか、実はあまり知られていない嬉しいポイントがたくさんあるんだな、という部分をお客さまにもお届けできたらと思いました。

加納
これまでにも他社さんと記事タイアップや動画制作でご一緒する機会はありましたが、「北欧、暮らしの道具店」さんは「加納さんだったらどう使いますか?」という個人的な使い方にまで、びっくりするくらい深く掘り下げて質問を投げかけてくださったんですね。

そうしたコミュニケーションを重ねていく中で、「北欧、暮らしの道具店」さんはお客さまをすごく大切にしていて、その方々の代表として気になる視点を質問してくださっているんだな、と信頼できましたし、その過程で私たちも「あまり気にしてなかったけど実はこれもポイントかも」と気付ける部分もたくさんありました。

マイナスをゼロにではなく、ゼロをプラスに

高山
動画2本と記事1本というアウトプットに至ったわけですが、この企画を担当した高松さんから制作過程についてもお願いします。

高松
まず前提として、「クイックル=便利な掃除道具という認識から脱却して、クイックルだから使いたい、愛着を持ってほしい」という新しいチャレンジをしたいというお話を最初のオリエンの際にお伺いしました。そのためにはどういう方向性を目指していくのか、そこに私たちがどういう形で寄り添えるのか、という点を考慮しながら企画を考案しました。

掃除って汚れをきれいにする、いわばマイナスをゼロにする役割ですよね。でもゼロに戻すだけではなくて、もっとポジティブにプラスに変えていきたいと思ったんですね。じゃあプラスにするには何が必要かというと、クイックルを使って心地よい暮らしが実現できるよ、ルーティンブランドなんだよ、というところを一緒に目指していけばいいのでは、と考えて企画をご提案をさせていただきました。

高山
まずは目指す姿を提示する、ということですね。

加納
ご提案をいただいたときは、すごくワクワクしましたね。まさにこういうことがやってみたかったんだ、と思えましたし、「北欧、暮らしの道具店」さんと一緒にそうした世界観を創っていけたらすごくいいんじゃないか、という予感がありました。

高山
「便利な掃除ブランド」と「暮らしを整えてくれるルーティンブランド」では、位置づけがまったく異なりますよね。後者には便利さの先にある、このルーティンがあって暮らしが成り立っているんだ、という価値が生まれてくる。

僕たちも「クイックル」というブランドのメッセージと、「北欧、暮らしの道具店」のお客さまがルーティンを求める理由がすごくマッチングしていていいな、と感じられました。

高松
制作段階で特に大事にしたのは生活者の視点です。ブランド側からのご要望を盛り込んでいくことはもちろん大切ですが、迷ったときは常に生活者の視点に立ち戻って考えながら、生活者の目からクイックルのポイントをしっかり伝えていこう、それが「クイックル」への愛着に繋がっていくはずだから、と考えるようにしていました。そこは加納さんともたくさんコミュニケーションを取らせていただきました。

高山
ブランドとして伝えたいことと、生活者が知りたいこと。両者が重なる部分がポイントであることは頭では理解できるのですが、いざそれを実現するとなると、やっぱり難しさがありますよね。

加納
本当にそうなんです。私たちもこれまでのコミュニケーション施策では、生活者に寄り添いつつも、ブランドが伝えたいことを中心に描いてしまうことが多かったんですね。

でも一緒にお取り組みをさせていただいて、生活の整え習慣やお掃除の悩みに着眼し、どんな風にルーティンとして生活に馴染んでいくかに注力したところ、お客さまにとっての共感性がより高まった、という成果が出ました。

機能性を伝えるという「足し算」ではなく、生活者の暮らしの中での使い方を見ていただくという「引き算」の見せ方のほうが、より愛着を感じていただけるアプローチに繋がったんだと思います。

高山
ブランドが伝えたいこと全てが、1回のコミュニケーション施策で100%伝わることはありませんよね。普通に暮らしている一般の方も、クイックルのことをずっと考えていたり、もっと情報を知りたいと思っていたりするわけではないので。でも掃除や家事、暮らしのことについては、一日の中で何度か考えたりするのではないでしょうか。そこにどうアプローチしてクイックルを繋げていくか、というのが重要なポイントだった気がします。

加納
今までの私たちはモノの良さを伝えることに引きずられていたのですが、暮らしからアプローチしていくことで、お客さまの毎日のルーティンに入れていただけるきっかけ作りができたと思っています。CMだけで行動喚起に移すことは難しいですが、動画であれば可能になるんだな、と感じました。

もうひとつ、「クイックル」はたくさんの商品がありますから、私たちとして各商品のよいところをすべて伝えたい、という気持ちがどうしても溢れてしまうんですね。当初はその要望をお伝えしていたのですが、高松さんから「それでは生活者の視点に寄り添えません」と率直にご指摘いただけたこともありがたかったです。

高松
そこのバランスもすごくディスカッションさせていただいた部分ですね。商品を出しすぎるとどうしても商品紹介になってしまいますから。そうではなくて、暮らしの中のどんなシーンで、どう使われているかをきちんと見せていく。そこに比重を置くことが、生活者に寄り添うことになるという思いがありましたので。

加納
高松さんにそうご指摘をされてハッとしました。確かに、商品を前に押し出してばかりだとこれまでのコミュニケーションと同じになってしまう、って。結果的にはすごくよい塩梅に仕上がったと思っています。

平均視聴率が2分超と高水準に

高山
具体的にはどのような成果があったのかご説明いただけますか。

加納
トータル3分強の動画の平均視聴率が2分以上と、非常に高い数字が出ました。アンケート調査でも「手軽に整える暮らしをしたい」と回答された方が9割を超えました。こうした暮らしぶりを見ることが態度変容に繋がっていくのだな、とあらためて実感できました。

お客さまからもいろんな声をいただけました。「子育てとパートの両立で掃除が行き届かなかったけど、最近使っていなかったワイパーをまた使ってみようかな」「子どもスペースに動画の真似をしてハンディを置いてみます」「ついで掃除なら取り入れやすいですよね」などなど、それぞれのお客さまに「自分ごと化」していただけたんだな、と実感できました。

高山
社内の反響はいかがでしたか。

加納
すごくいい作用がありました。私たち事業部のメンバーはもちろん、開発のメンバー、関連部署の皆が、動画を見ることで「なるほど、クイックルってこういうブランドなんだ」という認識の目線合わせができたんですね。それは数字とはまた異なる収穫だったと思います。

高山
確かに、あの動画を見ると「クイックルが暮らしに寄り添うってこういうことなのか」とイメージがしやすくなりますよね。「暮らしに寄り添う」って漠然とした言葉ですが、そのイメージの解像度を高めるお手伝いができたのかなと思っています。

加納
コンセプトの文書だけでは伝わりきらなかった部分が、動画にすることで目線が合うようになった、というのはすごく大きいです。

高松
私としても数字的にしっかり結果が出てホッとしましたし、お客さまの声や態度変容からも「クイックルってすごく愛されているブランドだな」と再確認できました。

個人的に印象に残ったのは「このままラクして使い続けてもいいんだな、と思うことができました」というお客さまからの声です。そうしたお客さまの気持ちに寄り添って、肯定することができたのは、すごく嬉しかったですね。

加納
こうした反響を受けて、部内の別ブランドでも「北欧、暮らしの道具店」さんとお取り組みを一緒にやらせていただこうかな、という声があがっています。もしも今、お取り組みをどうしようかなと迷われている企業さんがいましたら、この記事を通じてこうした反響がありましたよ、というポイントが伝わったら嬉しいですね。

(写真左)
花王株式会社 ハイジーン&リビングケア事業部門 ホームケア事業部 シニアマーケッター 加納麻衣
2006年に花王に入社。国内の消臭剤や海外の衣料用洗剤など国内外のマーケティングに従事。14年から事業企画でオウンドメディア「マイカジ」運営、20年よりホームケア事業部で横断的な衛生・年末そうじ企画を推進、21年より現職。

(写真中央)
株式会社クラシコム ブランドソリューショングループ 高松宏美
Web広告代理店のプランナーを経て、2017年3月にクラシコム入社。広告事業のプランナーとして「北欧、暮らしの道具店」の持つ世界観や価値を用いて、さまざまなクライアントの課題解決支援に従事。

(写真右)
株式会社クラシコム 取締役 事業開発部 部長 ブランドソリューショングループ マネージャー 高山達哉
2015年9月にクラシコム入社。「北欧、暮らしの道具店」のブランド広告事業の立ち上げを行い、様々な企業とのタイアップ施策を統括。現在もメディアがもつ世界観やブランド価値を広告主にソリューションとして活用いただく取り組みに従事。