今回ゲストにお迎えしたのは、P&Gジャパン、資生堂などを経て現在はご自身の会社、クー・マーケティング・カンパニーにて企業のマーケティングを支援されている音部大輔さん。株式会社Moonshotの菅原健一さんにモデレーターを務めていただき、株式会社クラシコムの青木耕平とともに、ブランドが長く愛されるための考え方を語り合いました。
初回購入が次につながらないのは、「そもそもアプローチする相手が間違っているかも」と音部さん。ファンになり得る人以外に接触してしまうと、その不満足が本来の顧客とつながるのを妨げることもあります。では、どうすれば長期的な関係を築けるのか? そのカギは、ブランドパーパスの考え方にありそうです。
現象のビフォア・アフターの間にある消費者の変化を見よう
菅原
今日は「1000万人に1回ではなく、100万人に10回選ばれるために」というなかなか難しいタイトルを掲げていますが、ちょっと素敵なバーで音部さんと青木さんのトークに耳を傾ける感じで、参加いただけたらと思います。質問を3つ用意しまして、最初のテーマは問題提起も兼ねて「これからの日本を(あえて)悲観的に見た場合、ブランドマーケティングに起きることとは?」としてみました。まず青木さん、どうお考えですか?
青木
僕自身は15年間ひとつのビジネスでブランドマーケティングに向き合ってきたので、「もし悲観的にならざるを得ないような大きな転換があったらうまくやれる自信がないな」と思ってしまいました。いつも個別最適解を追求しているから、自分のやっていることに再現性がないというか、仮定がない。
つまり、日本を悲観的に、という規模の大きい仮説に対してはうまく考えられなかったんです(笑)。その点、音部さんは多様なジャンルで数々のプロダクトの課題に取り組んでこられていますよね。今後の日本を悲観的に見ると、ブランドマーケティングはどうなるとお考えですか?
音部
現象だけを捉えると、例えば「コロナでビジネスが打撃を受けた」という議論が各所で聞かれるように、ブランドマーケティングは厳しい局面にあるとは思います。ただ、単に起きたことを見てそう表現するだけでは、次のアクション立案にはあまり役に立ちません。
コロナによる打撃が事実だとしても、その発端と結果の間には、消費者の認識や行動の変化が必ずあります。現象のビフォア・アフターに飛びつかずに一拍置いて、じゃあここから消費者の変化をどうもたらせば回復につながるのかを考えれば、対処のしようはあります。端的にいうと、ちゃんと現象と現象の間に消費者を入れて説明しましょうね、と。そうすれば、思考停止になりません。
青木
消費者を細かく見ようとせずに現象だけ捉えると、たしかに八方ふさがりに感じてしまいますね。それを踏まえて今の日本を見た場合、どんなリスクシナリオを描いていますか?
音部
人と人が物理的に距離を取らないといけなくなった点は、ブランドマーケティングに少なからず影響がありますね。我々が買っているプロダクトのほとんどは、もし無人島で一人で暮らしていたら全然必要ないんです。人に見られ人に会うから、という理由が暗に横たわっている購買が、実は多い。つまり、ソーシャルプレゼンス のために買っているわけです。
人と会わなくなることは、そのニーズを直撃しています。これまでは、強いブランドを確立するのに「人と人との間にブランドを置く」ことがひとつの方法でしたが、今はそれがやりにくいから、その分ブランドマーケティングは難しくなっていると思います。
非接触が求められ、「デジタルで心を動かしたい」期待が高まる
青木
人に見られるから、新しかったり珍しかったりするものを次々と買っていたのに、その動機自体がなくなってしまう、と。合わせて、そこまで大量にものを生産する必要があるのか、という昨今の風潮にも通じるところがある気がします。
菅原
そうですね。以前ほど“量”は要らないという点だと、日本には人口減少の問題もあります。コロナに関係なく、人口減により年単位で需要が減っていくことは自明ですが、青木さんのところでは、どう考えていますか?
青木
僕らのビジネスは年間売上35億円ほどなので、例えば100兆円単位の小売市場全体に対してはミクロです。だからこそ、人口や市場規模というマクロの上下に大きな影響を感じてきませんでしたし、今後もあまり気にしていません。
ただ、人口減少というより、高齢化については若干の難しさを感じていますね。まず、自分もそうですが、50歳も超えてくるとものを見る目も養われてきて、財布のひもが固くなる。そして、もういろんなものに満たされているから、よほど魅力的なアプローチをしないと振り向いてもらえない。10代や20代ほど新しいものへの感度が高くない人たちが主流になる社会は、ビジネスの難易度が高いなとは思います。
菅原
たしかに、目が肥えたお客さんが増えていくので、ものを売るのが難しい時代になりつつありますね。音部さんはいかがですか?
音部
私も、人口についてはあまり気にしていません。それは、全人口を対象にしたブランドはほぼないからです。同じ500億円のビジネスでも、日本全国の1億人に500円買ってもらうことを狙うより、500万人に熱く支持され、1万円の価値を認めて喜んで買ってもらうことを目指すほうが現実に即しています。
高齢化については、青木さんが指摘された難しい部分もありつつも、平均寿命自体が伸びているから、今の50歳が昔の50歳よりもずっと感覚が若いことはポジティブな側面だと思っています。後ろが伸びてるので、逆に若々しいマインドかも。
青木
なるほどなぁ。あと、人口減少や高齢化の一方で、定年後も働く人の増加や女性の社会進出も加味すると就労人口は増えているだろうから、そのあたりもプラスに活かせそうだなと思いますね。あれ、やっぱり悲観的な話にならない(笑)。
菅原
経営視点のお二人が、ポジティブな見方をされているのは明るい話だなと感じます。予測できる困難も予期せぬ困難も、あくまで「そこからどうしていくか」を考えて乗り越えていくのですね。
音部
人と人との間の隔絶が要求されていることに触れましたが、それも、一方でデジタルの非接触性という機能がベネフィット化される、プラスの面もあると思っています。今までは、計測可能なことがデジタルの大きな利点でしたが、今後は人と人とのつながりを具現化するサービスやプロダクトが伸びるはず。
青木
デジタルが一周回って「エモーションを感じてもらう手段」になりつつありますよね。デジタルへの期待が、効率から、お客さんの心を動かすことへとイシューが変化している。おっしゃるように、そこに新たな空白地が生まれるイメージは大いにあります。
1回購入で終わってしまう人には、むしろ接触しないほうがいい
菅原
2つ目のテーマは「1000万人に1回ということではなくて、100万人に10回選ばれることの重要性」です。先ほどの、1億人で物事を考えない、という話にも通じますね。闇雲に規模を追うより、人との関係性やブランドのLTVを伸ばして成長していくことを、どうお考えでしょうか?
青木
本当は、1000万人に10回買ってもらいたいですよね、欲張りですが。ただ、人口問題や、ほかにも社会構造的な問題もあって、大勢にたくさん買ってもらうハードルが高くなっているから長く付き合ってもらえる方向を模索せねば、というのが現状だと思っています。
例えば、嗜好性の多様化も要因のひとつですよね。1000万人に受け入れられる漠としたもので、何回も買ってもらえるくらい密着するのは難しい。しかも、僕らはもともと100万人どころかもっと少ない単位の人で、いかに密着を生み出せるかを考えてきましたが、音部さんがこれまで経験されてきたマスブランドの世界でも、「規模より長期的な購買に転換しなければ」という流れはあるのですか?
音部
実はマスブランドこそ、初回トライアルの段階ではほぼ利益が出でいないという構造があります。
トライアル獲得の施策は、短期決戦でアグレッシブな気分にもなりますし、ユーザーを増やそうという提案は通りやすいので、前のめりに注力しがちです。ただ、トライアルを獲得できても2回目以降の購入がなかったら、それはほぼ失敗です。認知からトライアル、トライアルからリピートへの転換率をできるだけ高めていく考え方も否定はしませんが、そのステップが思うように次につながらないなら大元の要因を考えたほうがいい。よく「トライアルまでは取れるんだよね」なんていう議論もありますが、そんな施策はむしろ有害だと思います。
青木
なにか、入り口の段階で間違っている?
音部
そうですね。トライアル時に満足を提供できていれば、リピートにつながるはずです。プロダクト自体に問題がなく、急に入手できなくなったわけでもないのに次につながらないなら、不満足を提供しているということですよね。それは“間違った人”に売ってしまっているのでは、と思います。本来、長く買ってもらうべき人じゃない人。
青木
あぁ、なるほど。
音部
例えば、安かったからという理由だけで買った人とか。あるいは、その人のニーズとプロダクトの価値がマッチしていない人。その場合、せっかく買ってもがっかり感だけが残り、ブランド側はリピートにつながらない無駄な投資になって、お互いハッピーになれません。だから、プロダクトの価値を潜在的に求めている“正しい人”に知ってもらい、トライアルしてもらうことは、ずっと意識しています。
本当に買ってほしい人だけに見つけてもらうには?
青木
それでいうと、僕らは常に「見つかってはいけない人に見つからないようにする」ことをよく話していますね。
音部
おぉ、興味深いですね。
青木
例えば、クラシコムには「テレビには絶対出ない」という広報ルールがあるんです。「北欧、暮らしの道具店」の世界観や扱っているプロダクトは、そんなに万人受けするものではないと思いますし、パッとわかるような類のビジネスでもありません。なので、テレビで断片的な面だけを知った人から「よくわかんない」という反応が広まると……。
音部
マスの人に対して「よくわかんない」ものになってしまう。
青木
そう、そんなふうに決めつけられてしまう怖さがあるんです。テレビの取材は、知る人が増えるチャンスであると同時に、僕らが想定していない解釈を押し付けられてしまうリスクがある。なので、「僕らのことを好きにならなさそうな人に知られない」ためにはどうしたらいいか、思えば創業のころから考えてきましたね。
広告事業を始める前は、一切の取材をお断りしていましたし、広告事業を始めてからも、事業にプラスになるかという観点で露出を絞っています。「お客様になり得る人とつながる」ことが意味がある露出で、それ以外は避けるほうがうまくいく、と昔からどこか感じていて。マスブランドでも、先ほどのお話を踏まえると共通するところがあるのかなと思いますが、どうですか?
音部
共通していると思いますね。ブランドマネジメントをしっかりしようとすると、つまり前述のように「本来、長く買ってもらえる人」に接触し、そうではない人を避けてブランドを育てていくなら、露出に関しても青木さんが言われるように絞る形になると思います。
特にネットが充実して以降は、本来買うべき人ではない人が買って想定通りにがっかりされると、「がっかりした」という評価だけがネット上で広がり、結果として「がっかりなブランド」になってしまうケースが起きやすくなっています。テレビ取材と同じ話ですよね。なので、ブランドが解決できるニーズを持っている人だけにちゃんと接触することは、この10年ほどで一層、重要な配慮になっていると思います。
青木
今回、僕が「1000万人に1回じゃなく100万人に10回」というキーワードを見たとき、自分たちはそうありたいなと思ったんですね。その理由は、万人受けを狙えない時代に利益を確保するためというのも当然ありますが、もうひとつ、「10回付き合ってくれるとだいぶ良いものにできる」という実感があるからなんです。
一発でホームランを狙うのが難しいのと同じで、初回に最高のものを届けるのはやはり難しい。でも10回付き合ってもらえれば、その過程でお互いをよく知り、僕らも提供する価値を磨いて、そして相手にとって代えがたいものにまでなれます。良かったから続いたのか、続いたから良くなったのかは“ニワトリ卵”の話ですが、3割4割のヒットでも許容してもらえれば徐々にバッターとして成長して、もっといい野球を見せられるのだろうな、と。そういう関係を結べているブランドが、結果的に成長しているのかなと思います。
何のために存在しているのか、ブランドのパーパスを明確にする
菅原
名残惜しいですが、最後のテーマです。「具体的な進め方・今度のブランドやマーケターにとっての選ばれるブランドの作り方」について、うかがえますか?
音部
とにかく広くばらまいてトライアルを獲得し、2割がリピートすればいいというビジネスもありますが、やはりそれではもったいないし、消費者もブランドもアンハッピーです。
対して、ブランドのパーパスに基づいて、消費者のアイデンティティとひもづける形でブランドを作るのは、ハッピーを導くひとつの方法だと思います。まず消費者と一言でいっても、一人の人がいろいろな面を持っていますよね。そのアイデンティティ(自我)を考えてみるんです。そのプロダクトを母親として選んでいるのか、妻としてなのか、あるいは娘としてなのか。それを理解すると、そのアイデンティティにフィットするブランドのパーパスも見えてくるので、双方を結び付けるようにブランディングしていきます。
菅原
すでにあるブランドの場合は?
音部
今、支持しているユーザーをちゃんと見ること。きっと、その生活信条やライフスタイルと、ブランドの存在意義がフィットしているから支持されているはずなので、そこを明らかにすればユーザーを広げることもできるでしょう。
ブランドのパーパスは存在意義とも表されますが、ブランドが単なるベネフィット提供を超えて、相手にとってどんな存在意義を持ち得るかが明確化できれば、選ばれる確率=サバイバビリティは高めていけると思います。
菅原
広く網を投げるのではなく、お客様の解像度を上げるところから始めようというのは、音部さんがずっとメッセージされていることですね。特に今は、デモグラフィックではなく、アイデンティティを見ましょう、と。青木さんはいかがですか?
青木
ブランドが成功するには、1.売り方がうまい、2.プロダクトが優れている、3.やる動機が魅力的、という3つの要因があると考えています。本来は全部満たす必要がありますが、しっかり確立したときにいちばん持続性があるのは3つ目かなと思います。
やる動機とはつまり、ブランドのパーパスになるのかもしれませんが、僕が感じているのは「動機が支持されればものが変わっても支持される」ことです。そのブランドが何をしたいのか、どんな世界を目指しているのかという点に共感してファンになってくれた人は、ものが変わっても「試したいかも」という気持ちを期待できる。そんな、コアコンピタンスを介してつながると、そこには熱が生まれるし、長期的な関係に発展するんじゃないかな、と。
菅原
なるほど。その動機を、青木さんはどう探っているのですか?
青木
「どんな動機なら支持されるのか」と、ユーザー側の感覚から探る人が多いと思いますが、そうするとおそらくどのブランドでも同じ結論に着地してしまうでしょう。それを見出すには、内省を突き抜けるのが一丁目一番地だと僕らは考えています。
自分の中で原石を掘り出して、人に伝わる形に磨けるか、そこに労力をかけられるかが、中長期的なブランド作りにすごく影響すると思います。そして、もう絶対に変えなくていい強固なパーパスや、コアコンピタンスと呼べるものを確立できたら最高ですね。アップルの「Think different」や、ナイキの「JUST DO IT.」は、まさにそう。ブランドが自身を突き詰めることが必要なんだろう、と思っています。
菅原
音部さんは消費者のアイデンティティを見なければと指摘され、一方で青木さんは事業側のアイデンティティを突き詰めなければ、というお話をいただき、お二人の話が表裏一体でつながっているなと感じました。今日はありがとうございました!
※イベントのアーカイブ動画はこちらからご覧いただけます。