クラシコムサロンでは、各界からゲストをお招きし、代表・青木とそれぞれのテーマについて掘り下げていくかたちをとっています。今回はコミュニケーション・ディレクターの佐藤尚之さんが登場。
“さとなお”の愛称でも知られる佐藤さんは、電通でコピーライターやコミュニケーション・デザイナーを経た後、独立して株式会社ツナグを設立。
2018年2月には『ファンベース:支持され、愛され、長く売れ続けるために』(ちくま新書、以下『ファンベース』)を上梓しました。提唱する「ファンベース」とは、伝えたいメッセージが届きにくい情報環境の現代における中長期的に売上やブランド価値を上げていくための考え方です。
当日は「ファンベースの考え方で勘違いされやすいこと」をはじめ、ファンベース視点のコミュニケーション設計やリクルーティング施策など、企業やブランドのあり方についてのトークが交わされました。
そもそも「ファンベース」の定義とは?
青木
僕らが「北欧、暮らしの道具店」で営んできたことを、『ファンベース』はわかりやすく捉えてくれたと感じています。まずは振り返りとして「ファンベースとは何か」という定義を端的に教えていただけますか。
佐藤
ファンベースで大事なのは「ベース」の部分です。ファンを大事にすることをベースにして、売り上げや価値を上げつつ、企業もファンも幸せになっていこう、というのが大枠です。
「ファンマーケティング」とか「ファンコミュニケーション」とかいう言葉がありますが、ファンに対するマーケティングやコミュニケーションではなくて、ファンをいかにベースにしていくかを考えていきましょう、と。
青木
まさにファンとのお付き合いを土台にして、その上に多様なあり方を作っていくのですね。
佐藤
マーケティングの観点から話すと、新規客の獲得のためのキャンペーン施策を否定しているわけではありません。ただ、ファンをベースにしていくことで、キャンペーン施策などとも相乗効果を上げることが見えてきました。それをロジカルに読み解いてみようというのが、この本を書いたきっかけでした。
青木
「マーケティングのテクニック」や「商品力」を土台にすることは、これまでにも考え方としてあった。けれど、「ファンとの関係性」を念頭に置くほうが、現代ではうまくいくこともある。
佐藤
あるいは、情緒的な価値や感情的な関係性を大事にすること、とも言えます。機能価値だけがウケる時代がすでに終わったと考えると、一周回ってファンベースに戻ってきたと思っています。
合理的に判断すれば、今こそファンベースの時代である
青木
事業環境や世の中の流れの変化もあるのですね。なぜ、今こそファンベースに戻ってきたと思われたんでしょう。
佐藤
この先、日本はネガティブな要素が増えていく国です。人口は毎年100万人ずつ減っていく。これは千葉市が毎年消滅していくのと同義です。つまり、新規客を獲得していく競争が厳しくなることを意味しています。
さらに、2024年には3人に1人が65歳以上になるとされ、高齢化も進みます。高齢になるほど新規のものに手を出すよりも、「使い慣れている」「買い慣れている」という「既存のつながり」こそが決め手になる場面は増えていくでしょう。
そして、若者が減る上に、2035年には人口の5割が独身ともいわれています。子供ができたり結婚したら起こるであろう「新しい需要」も減っていきます。
新規客の獲得に走るのは人口が伸び、経済も伸びている時代には得策でした。でも、いろんな側面でとにかく新規獲得が難しい時代になっていく。そうなると、2割の上位顧客が8割の売り上げを支えているという「パレートの法則」から考えても、新規ではなく、「いま好きで使っている2割のファン」を見ていくべきだろうと考えたんです。ファンで8割の安定を得たうえで、それをベースにしていく。
青木
たしかに『ファンベース』で印象深かったのは、「道徳的なことをしよう」という空気感よりも、現在の環境から合理的に判断した切実さのようなものでした。
佐藤
根っこはとてもきれいごと的です。ファンを地道に大切にしよう、と言うのですから。ただ、元々、喜んでくれる人に売ることこそ真っ当な商いだったはずです。それこそ『サザエさん』における三河屋さんのように、ご家庭の御用聞きになるくらいの関係性を築いたほうが、幸せな商いをできるはずですからね。
僕はSNSが出てきたときに、江戸時代の長屋のように壁が薄くて隣の話が聞こえてくる感覚を持ちました。そういう関係性が戻ってきていること、それを元にした幸せな商いの形が戻ってきていること、そしてそっちの方向に時代や社会も変わって行っていること、それらも「ファンベース」に行き着いた重要な背景ですね。
青木
むしろ、時代が来たんですね。きれいごとが合理性をまとう時代が。
佐藤
それにきれいごとって情緒的価値ですから。この仕事を30数年やってきて、今こそ情緒価値が大事だと思いますね。「北欧、暮らしの道具店」さんのビジネスは、まさにファンベース的ですね。
青木
僕自身もきれいごとが好きなのもあり、同時にビジネスを乏しく始めてもいるという面もあります。「それしかなかった」という乏しさが、今の状況を産んだのも事実です。
大切なのは「共感」「愛着」「信頼」である
青木
『ファンベース』で気になった部分を深掘りさせてください。8ページに出てくる「ファン」という言葉の定義です。
「ファンとは、企業やブランド、商品が大切にしている価値を支持している人である」
サービスや商品を支持しているのではなく、価値に共感している。これは面白い見方ですね。ファンを狭めて定義しているわけですが、これこそファンベースに取り組む一丁目一番地である理由に感じました。
佐藤
スペックやUSP(Unique Selling Proposition)を大切にしてきた時代がありました。ただ、そういう機能価値や差別化のポイントが好きな人は、より高いスペックのものが他社から出るとすぐ目移りする。でも、大事にしている価値にこそ目を向けてもらえれば、ファンはずっと支持してくれる。中長期的な見方なんですね。
もっと感情で、ブランドが目指している方向性や哲学を芯から支持している、あるいは愛しているという感覚です。
青木
仮にタオルメーカーだとすれば、「タオルをよりふかふかにする」という機能より、「なぜふかふかにするか」という動機や過程に共感してもらう。
佐藤
その通りです。タオルは元々生活者の課題解決として出てきた商品のはずですから、その課題解決した価値を支持してもらわないといけない。ランニングシューズなら、シューズのスペックで支持を集めるのではなく、「ランニングに対してどのような貢献をするか」が価値の提示の仕方であり、その提示そのものを愛されなくてはいけないわけです。
「ファンを増やすためにはリピーターを増やせばいい」と勘違いする人もいるのですが、それは根本的に違います。ヘビーリピーターがファンとは限らない。同じ機能のもっと良いものが出たら移っていく人も含まれる。だから本当のファンになってもらうためには、「このメーカーが好き」という感情や、商品の背景に共感や愛着をもってもらった上でリピートしてもらわないといけない。
青木
Appleはその戦略上、とてもうまくいっているといえそうですね。やはり、自分たちの「価値づくり」、あるいは「価値探し」が一丁目一番地にあるべきなのでしょう。
佐藤
そうですね。僕はすべてのApple製品の背景にスティーブ・ジョブズの顔が見えます(笑)。だからこそ愛せる。
青木さんが一丁目一番地とおっしゃるように、ミッションなどを定めて支持される価値をしっかり決めていくことをまず僕も勧めています。「価値探し」の方法としては「傾聴」が必須ですね。ファンに「なぜ気に入っているか」「どこを愛してくれているのか」を聴くんです。
青木
外部からの目を入れることで見つかるわけですね。たしかに、自分たちから価値を声高には言い出しにくい……。
佐藤
そこで挙がる「価値」は、実は一般的なことに落ち着くことも多いものです。タオルなら「気持ちよく水を吸ってくれる」とかね。だけれど、ファンの多くが支持する価値がそこだとわかれば、そこに対する共感や愛着や信頼を強くしていくのが本筋です。そここそアピールしていったほうがいい。
青木
なるほど。『ファンベース』の99ページにある「共感」「愛着」「信頼」を強くするというポイントについても納得がいきました。
佐藤
「共感」「愛着」「信頼」はすべて感情ですよね。機能よりも情緒価値が大切である、ということの言い換えでもあります。商品の差別化はすぐに他社に追いつかれ、微細な差はすぐに埋まる。だからこそ、感情を伴って商品に接してもらわないといけない。
「偏愛社員」が切り口をつくる!
青木
いかに「傾聴」するかでいえば、いわゆるアンケートやグループインタビューと混同してはいけないというのも印象的でした。
佐藤
多くのファンは意外と自分が好きな部分を言語化できていないんです。だからアンケートで急に「どこが好きか」って尋ねられてもぼんやりしたことしか答えられない。また、そういう状態でグループインタビューを受けても、声の大きな人に引きずられてしまう。それよりも、ファン同士を会わせることが効果的なんです。ファンはファンに会うと喜んでどんどん発言するようになる。そして自分の偏愛の部分をその対話の中で発見します。
青木
ただ、ファン同士を接触させることが難しいケースもありそうです。そもそものつながりがなかったり、初対面同士での遠慮もあるはず。同じような効果が期待できる別の方法はあるんでしょうか。
佐藤
個別インタビューでもいいですよ。ただインタビュアーに偏愛の人を置くことです。「メーカーやサービス事業側で、自分たちの商品をものすごく好きな人」にモデレーターをやってもらうんです。つまりファンですね。ファンだから、ファン同士会って話が盛り上がります。ファンの本音と偏愛の部分が見えてくる。
そして、できればファンの自宅にお邪魔するくらいなことをして、向こうの空間に入ってインタビューできるといいですね。そうすると、なぜ感情的に商品が好きなのかもあぶり出されてきます。エスノグラフィ(訪問観察調査)も良いのですが、聞き手を調査会社のプロにしないほうがいいと思います。マーケター自身が偏愛の人で、その人が自分でやるのがベストです。
青木
ある意味では、アウトソーシングせずに自分でやるというのが第一歩なのでしょうね。上長の許可を取らないでやれるくらいのスモールスタートだといいのかもしれません。それこそ失敗してもいいくらいの規模で。
佐藤
自社にある会議室に招くのもいいですよ。迎える側は「ちゃんとしたところで」と思い込みがちなんですけれど、ファンは、たとえば工場の隅のしょぼい会議室だとしても、そちらのほうを喜びます。クラシコムさんなら社屋に招く。ファンは「会社に行ってみたい!」と思っているはずです。
よりスモールスタートするなら、社員だけでもいいです。偏愛社員を集めてのインタビューとか盛り上がります。たとえば、本社だけでなく支店とか、工場のパートタイムで働く方とか、商品の本当のファンって身内のなかにも案外いるものです。
そして、これはリクルーティングにも有効です。社員は会社のことを「好きになりたい」と思って入社してきます。嫌いになりたいと思って入ってくる人はいない。そういう社員に傾聴して見えたきた価値を伸ばしていくのが組織にとってもいいのではないでしょうか。
青木
採用の前に社員やお客様に傾聴して、価値をはっきりさせる。ファンベースのある一定層は社員なのですね。
クラシコムの場合は9割がた「元お客様」が入社してくるので、納得のいくところでもあります。僕らとしては最強のファンをつくっていくことの前段として、ブランドの価値やお客様に共感してほしい価値と、社内の末端までが一つでつながっていき、すべてにおいて矛盾がないように意思決定することを意識しています。
そうすると、淡々と仕事をしているはずなのに、大きな成果を埋める。これもファンベースの裏の特徴かなと思います。
佐藤
ファンベースでいう「価値」は、人間でいえば「人格」です。人格とか人柄を磨かないでファンになってもらおうなんて、おこがましいですよね。
※今回のトーク全編は、書き起こしメディア「ログミー」でも記事化される予定です。興味を持たれた方は、ぜひ併せてご覧ください。