評価ではなく、期待値をすり合わせる。クラシコムのキャリブレーションという人事制度について

書き手 クラシコム 筒井
評価ではなく、期待値をすり合わせる。クラシコムのキャリブレーションという人事制度について

こんにちは、人事の筒井です。

2021年は、前半は映画『青葉家のテーブル』が様々なメディアに取り上げられ、10月には企業の​​​​戦略の独自性と収益性の高さを評価するポーター賞を受賞したり、NewsPicksにて「世界観企業クラシコム」という特集が1週間に渡って公開されるなど、クラシコムのユニークなビジネスにスポットライトが当たりました。

そんなクラシコムがビジネスを展開する上で大切にしていることの一つに、社員が健やかにパフォーマンスを発揮できる状態をつくるという視点があります。そのために欠かせないのが、フィットする人材の「採用」と、健全にパフォーマンスを発揮できるための「人事制度」です。

今回はそのクラシコムの人事制度について、はじめて文章にしてみようと思います。

人事制度で行うべきは「評価」ではなく「調整」?

クラシコムでは、社員の給与などを決める人事制度において、「評価」という言葉は使わず、「キャリブレーション(=調整)」と呼んでいます。

社員数が20名程度の頃までは代表の青木自身が直接社員個々の評価を行っていましたが、2016年にこの「キャリブレーション」という仕組みへのチャレンジを開始しました。

具体的な目標を設定しその達成具合を評価するMBOやKPI評価などさまざまな評価の方法がある中で、私たちがキャリブレーションにした理由は、根底に「人が人を評価するのは難しい」という想いがあるからです。

誰かが誰かを「評価」するのではなく、会社とスタッフがともに良い状態を維持できるように、定期的に調整をしていきたい。その想いで、約6年間に渡って試行錯誤を続けて来ました。

そこでたどり着いた一つの答えが、私たちがキャリブレーションで導き出すべきことは、スタッフへの「評価」ではなく「期待」だということです。

経営陣と各部署のマネージャーで、現在の会社の状況と各スタッフの半年の振り返りをしながら、次の半年に期待することを調整し、その内容をスタッフにオープンに伝える。そうすることで、スタッフは、自分に期待されていることを理解し、安心して真っ直ぐに業務に臨める状態(=一番良い成果が出せる状態)になると考えています。

【キャリブレーションの流れ】
(1)「キャリブレーション会議」で経営陣とマネージャーが、各スタッフに期待する内容をすり合わせる。

(2)「フィードバック1on1」でマネージャーは各チームスタッフに次の半年の期待値を伝える。

【ゴールイメージ】
スタッフは自分に期待されていることを理解し、安心して業務に臨める状態(=一番良い成果が出せる状態)を維持できる

本日は(1)キャリブレーション会議が具体的にどのようなことをするのかを中心にご紹介します。

チームとも自分とも向き合う時間、キャリブレーション会議

▲2019年まではリアルの会場(オフィス外)で実施していたキャリブレーション会議ですが、2020年以降はオンラインへ移行しました。

経営陣とマネージャー、人事が参加するキャリブレーション会議は、現在は半年に1回、丸々2日間をかけて実施しています。

【キャリブレーション会議の流れ】
1日目:ロール(=役割)に期待する内容のアップデート
2日目:スタッフ個々に対する半年の振り返りと次の半年期待するロールについてのすり合わせ

毎回近況報告のチェックインからスタートしますが、マネージャーからは「何度参加しても緊張します。今日、明日気合を入れて臨みたいです」という感想をよく聞きます。それだけ、スタッフについて議論することは緊張感を伴い、スタッフについて話題にしているようで、自身のマネジメントそのものと向き合う2日間になっていることを、人事としてはひしひし実感する場です。

1日目:秘伝のタレのように、期待する内容をアップデートする

まず、1日目は、事業や組織が直面しているさまざまな変化を踏まえて、グループごとにロールに期待する内容を見直し、ブラッシュアップを続けています。

ロールとは、クラシコムが事業を行っていくにあたって必要な役割を分割したもので、現在、Jr.associateからVice Presidentまでの6種類あります。

▲社内に向けたロールの説明資料の一部。

全ての社員はいずれかのロールを担っていて、ロールごとの期待内容も給与も全社員に公開されています。(社員それぞれがどのロールに属するかはオープンにしていません)

ロールについては、あくまでその役割を引き受ける人たちにマネジメントチームから期待したい事項であり、評価基準ではありません。会社が直面している変化に応じて、各役割に期待したいことがどう変わっているのかということを注意深く言葉にしていきます。

半年に1回行っているので、もう書き変えることがないのでは?と思うこともあるのですが、そんな心配は全く必要ないほど、毎回新しい気づきがあり、そのことがロールに反映されていきます。

例えば直近の会では、経営やマネージャーにとっての「ディスカッションパートナー」ってどんな存在?ということが深堀りされ、期待される内容が具体的に落とし込まれました。また、「リーダーになるほどにバリューの体現の重要性や影響力が増す」という話から、実務面の役割発揮だけではなくピープルスキルについても明記することにしました。


▲リモートでのディスカッションでは、オンラインホワイトボードmiroを活用しています。

全マネージャーが参加しているので、お互いが書いた内容を見比べながら「それ、うちのチームにも大事な観点なので追記しよう」とか、「それは、別のロールが担うことでは?」と目線のすり合わせが自然に行われます。

ロール内容の見直しをかけるごとに、その前提としてクラシコムに対するお客さまからの期待値が広がっていることを感じます。その期待に対して、ロールという物差しを活用し、私たちがクラシコムという組織の中で、どんな役割をシェアし果たしていきたいのか、事業や組織に対して解像度を高めていき、理解を深めていく、そんな1日目です。

共通の物差しができたところで、いよいよ2日目の個別議論へと進みます。

2日目:スタッフへの期待値すり合わせは、真剣マネージャーしゃべり場に

キャリブレーション会議の前に、マネージャーは各チームスタッフの半年間の取り組みを「パフォーマンス」と「コスト」の観点(*次項で詳細説明)から振り返っていて、その内容を会議参加メンバーへシェアしています。

2日目は、この事前振り返りと、1日目のロールの議論を元に、次の半年、各スタッフに対してどのロールを期待することが最もフィットしているかを、参加している経営陣・マネージャー・人事の“全員”で話し合っていきます。

ここでは、各マネージャーの振り返りに対して他の参加者から率直な意見や感想が飛び交います。チームを管轄するマネージャーひとりの判断に委ねないことは重要で、違う立場からも観点が集まることで、スタッフ個々のことをより広い視野で、また立体的に理解することができるようになります。

自分の管轄ではないチームのスタッフに対して率直な発言をすることは勇気を伴うものです。この心理的安全性は、月1回のマネージャーお茶会(ノーアジェンダのおしゃべり会)や、半年に1回行っているマネージャー合宿により醸成された、マネージャー同士の相互理解とチームビルディングにより担保されていると感じています。

そして実際どのような目線でロールがすりあわされていくかというと…、直近で目立つ成果をあげていたからロールを大きくする、在籍○年目だから○○のロールにする、といったような考え方ではありません。一人ひとりの「パフォーマンス」と「コスト」を丁寧に振り返り、最も期待したいロールを決定していきます。ここがとても難しく、かつクラシコムらしいと感じる部分です。

具体的な数値目標の達成度で評価する、在籍年数だけで判断するということは、わかりやすく、ある種の納得感も得やすいと思います。ただ、今の私たちはプロセスの難易度が上がったとしても、自分たちのありたい姿や果たしたい役割を言葉で定義し、それを全員でどうシェアするかを考え続け、スタッフとすり合わせ続けるという方法をとっています。マネージャーも各チームスタッフもクラシコムが掲げる「フィットする暮らし、つくろう。」という同じミッションに向かって一緒に力を尽くしている者同士として、クラシコムにとって必要な仕事の本質的な価値をわかり合いたい、わかり合えると信じているからかもしれません。

真剣な話し合いを終えた2日目のチェックアウトタイムは、誰もがヘトヘトです(笑)
そして、キャリブレーション会議が終わると、いよいよスタッフとの個別面談へ進みます。

キャリブレーションを機能させるための4つのポイント

以上、キャリブレーション会議の流れをお伝えしましたが、改めて、このキャリブレーションを意味あるものにするために心がけていることを整理します。

(1)ロールは実務能力の発揮だけでなく、バリューの体現と連動させて言語化していること
クラシコムの中でよく出てくる言葉のひとつに、「正射必中」があります。弓道で使われる言葉だそうですが、クラシコムでは、「ミッションに向かってまっすぐ正しい構えで取り組み続け、その構えの精度を磨き上げることで高い成果を生み出すこと」という意味で使っています。「正しい構えで取り組む」とは、つまりクラシコムが社員に期待するバリューを体現できているかということです。「構えの正しさ→成果」という順番に着目することで、目の前の具体的な成果に一喜一憂せず、再現性を持ったパフォーマンスの実現を期待したいと考えています。

(2)ロールは階段状に上がり続けるものではなく、大きくも、小さくも変動すること
2日目の議論では、ロールをスモールチェンジする議論になることもあります。給与も連動して下がりますし、スタッフへのインパクトも大きいため、非常に慎重に、かつフェアに議論をしています。短期的には、社員のモチベーションを下げるリスクもあり難しい判断ですが、本人が無理せずに健やかに発揮できるパフォーマンスと期待値を一致させることは、長期的な視点でみると、スタッフが安心して仕事に注力できる環境設定の一つだと考えています。

(3)振り返る視点は、パフォーマンスとコストがセットであること
ロールは主に「パフォーマンス」と「コスト」を基準に考えます。コストとは主に、「教える・心配する・かわりに決める必要がある」など、マネジメント上のコミュニケーションコストを指しています。コストはかけたらだめというものではなく、ロールごとに適したコストになっているか、というのが議論のポイントになります。いくらパフォーマンスが高くても、コストが高過ぎれば期待値を満たせないという判断になる場合もあります。

この観点で議論していることの狙いも「構えの正しさ」の話と同じく、評価という文脈ではどうしても比重が大きくなりがちな短期的な成果や数値の実績だけでなく、いかにその結果の裏にある正しい仕事の姿勢に目が向けられるか、本質的にバリューを体現できて価値を出せていることに判断の中心を置けるかを大事にしています。

(4)マネージャー自身が真摯にこの場に臨むこと
キャリブレーションの場で、役割を定義し、メンバーのパフォーマンスとコストを振り返って言葉にすること、そしてその結論をメンバーへ1on1で伝えていくことには大きな責任が伴います。

自分はメンバーのことを本当に丁寧に見ることができているのか?チーム全体に期待される役割を正確に捉えられているのか?メンバーに期待していることを自分自身は体現できているのか?と、メンバーへの期待がブーメランのように自分に返ってきて、自身のあり方に否応なく向き合う時間でもあります。その葛藤から逃げない、勇敢なマネージャーたちの姿勢を人事としては心からリスペクトしていますし、何よりもキャリブレーションの肝だと感じます。

人事制度もサスティナブルでありたい

「評価」は、組織に所属する人であれば一度は考える、誰もが気になる大事なテーマだと思います。

私たちは、全てが右肩上がりの成長を前提とするのではなく、事業が急成長したり、成長のカーブが緩やかになっていくことに対して、組織や個々人の役割も柔軟に変化することができ、個々が引き受けている責任に対して適切に報いることができる、そんなサスティナブルな仕組みを運用していきたいと思っています。今日ご紹介した内容も、これが理想の形!というよりは試行錯誤の途上で、現状にはこれがフィットしているだろうと信じて取り組んでいます。

クラシコムは中途採用者がほとんどの組織なので、全員が(もちろん私自身も含めて)一般的なMBOや成果給、年功給といった評価制度にまつわる前提理解をアンラーンする必要もあります。オルタナティブでサスティナブルな評価のあり方を模索し、その風土を作っていくことは、運用する側・メンバー側どちらにとっても難しいことだとも、この6年間の取り組みのプロセスを通じて痛感しています。

これからも真摯に事業や組織、役割の変化から目を逸らさず、メンバー一人一人に向き合い、アップデートし続けたいです。それがあるからこそ、継続的に成果を生み出せる健全な組織を形作ることができ、そこからユニークなビジネスやお客さまが喜んでくださる価値が生み出されていくからです。

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