仕事を受け過ぎてパンク…人生の一回休みが教えてくれたこと_漫画家・今日マチ子インタビュー前編

書き手 クラシコム馬居
写真 岩田貴樹
仕事を受け過ぎてパンク…人生の一回休みが教えてくれたこと_漫画家・今日マチ子インタビュー前編
2004年からブログで公開されていた1ページマンガ「センネン画報」により、WEB生まれの漫画家として草分け的存在となった今日マチ子さん。その出自も含め、マンガだけにとどまらない従来の漫画家の枠を超えた幅広い活動をされてきました。

少女たちを主人公にした瑞々しいイラストとストーリーにうっとりしていると、ふっとそんなに甘くないわよと衝撃的なシーンで心をざわつかせる今日マチ子さんの作品。

しかし、昨年2018年に発売された二冊の本「ときめきさがし」と「もものききかじり」は少しこれまでの作品とは違っていました。どちらもいわゆる「普通の働く女性」を描いた作品だからだったからです。

「ときめきさがし」「もものききかじり」

常に私たちの何歩も前に進んで発信されている今日さんが、ふっと足を止めてこちらを振り返ってくれたような気持ちになり、嬉しくも「一体なぜこの作品を描かれたのだろう」と不思議に思いました。さらに昨年は「センネン画報」を改訂版「センネン画報+10years」として10年ぶりに出版。

そこで前編では、「普通の働く女性」を描くに至ったその背景を、後編では「センネン画報」を中心にこれまでの活動を振り返り、今日さんの真骨頂である「少女を描くこと」についてお話いただきました。

同じところで止まるわけにはいかない。

──いわゆる雑誌連載のマンガ以外に、装画など様々なお仕事をされている今日さん。以前、同じような仕事は受けない、とおっしゃっていたと思うのですが、今も変わりませんか?

今日
そうですね、あまり変わってはいないですよ。まあ、本当に同じ仕事ってめったにこないんですけどもね。例えば「センネン画報」のような本をつくりたいと言われてしまうと、それは違うかなと思うので、断ってはいます。


2008年にウェブで公開されていた作品を集め出版されたデビュー作「センネン画報」。2018年に10年ぶりフルカラーで再出版された。

──逆に、こういう仕事しかしないと決めてしまえば楽なのでは?と思ったりもしてしまうのですが。

今日
そうですね、たぶん楽なんでしょうけど。

ただ、作家としての志というか。私はみんなに喜ばれるものを作らなくてはならない、でもそれと同時に、みんなの先に行かなきゃいけないと思うんです。

読者のみなさんも成長しているので、私も色々な作品を作って成長しないといけない。同じところで止まるわけにはいかないんですよね。

高校生の青春を題材に、同名のブログサイトで約1000枚に渡り公開された。

──飽きられてしまう、ということですか。

今日
それもあるでしょうし、読者も時が経てばそれぞれの方向で成長する。そうすれば、同じものを求めているようで少しずつ違うものを読みたくなるはずなんです。

だから私も、作品を作ることによって自分を成長させるために、新しい仕事をする毎に「今回の挑戦は?」と何かしら掲げてから取り組んでいます。

──マンガとそれ以外のお仕事の割合は考えていらっしゃいますか?

今日
基本的にはやはりマンガを中心と考えています。マンガは連載開始の時期や単行本になるときくらいしか世の中的に見えづらいんですよね。でも実際は、8割、9割方はマンガを制作していますよ。イラスト等の仕事は息抜きというか、ちょっとした楽しみのように取り組んでいます。

せっかくもらった仕事は断れない、そして…。

──もともと「センネン画報」「みかこさん」などで少女を描いていた今日さんが、2010年には同じ少女という軸はありつつも、戦争を舞台にしたCOCOONを出版されて、3作続けて戦争作品を出されたことに驚きました。きっと大変だったろうと思うのですが…。


戦争をテーマにした三部作。「COCOON」「アノネ、」「ぱらいそ」

今日
そうですね、すごく大変でしたけど面白かったんです。やりがいもあって。でも、夢中になりすぎて倒れてしまったんですよね…。

──手術と入院をされたんですよね。それはどの作品を描かれているときですか。

今日
戦争三部作の2作目である「アノネ、」を描いてるときでした。その頃、仕事を断るということを知らなくて。とにかく、依頼されたら「はい!」と答える。そうすると、寝る時間以外は、全て机に向かっていないと終わらないくらいの感じになってしまって。それが3〜4年続いていたので、倒れちゃったんです。

──何故そこまで頑張ってしまったのでしょうか。

2009年頃までは、本当に無名のイラストレーターのような仕事ばかりで。だから、みなさんが自分に期待して依頼してくれるようになったことがありがたくて、断ったらいけないと思い込んでしまったんですよね。それで、全部受けていたら……やはり、物理的に無理な量がある、ということに初めて気づきました。

──病気のあとは働き方は変わりましたか。

今日
「断る」ということを覚えましたね(笑)。さすがにパンクしそうな時は断ったり、スケジュールを入れ替えたり。その依頼は受けられないけど、もう少し形を変えて作品を作ってみるとか。

依頼をしてくださる方も、数をこなすというよりも、良い作品を生み出すことが目的だと理解して下さるようになりました。

倒れて、休んで、行き詰まりの一年を過ごして。

──最近のTwitterでも、こんなに行き詰まることあるのかなって思うぐらいの1年でしたとおっしゃっていました。

今日
「アノネ、」の時に倒れてしまったのと同じで、ちょっと疲れてしまったんです。というのも、2017年は連載と広告の仕事が重なったりして。それで、2018年は休もうと思ってゆっくり過ごしていたら、今度はネームが通らなくなってしまったんです(笑)。もう切り抜けましたが、そのときは行き詰まりでしたね。

──それでも、「淡々と取り組むことで自分や弱いけどひっそり強いぞという自信を得ました」と書かれていますね。

今日
そもそも私は、学生時代にミニコミを200号くらい続けていたり、「センネン画報」も2000枚近く描いたんです。どちらも、仕事として始めたことではないし、小さなアクションではあったけど、続けることで見えてきたものがあったし、何かの結果にも繋がってきた。

ネームが通らずゆっくりと過ごす中で、その淡々と取り組む強さが自分にあるということを改めて思い出して。結局、派手な仕事も地道な作業の積み重ねでしかない、ということに気づきました。

自分が不調のときって、なんで毎日、毎日、天才的なことができないんだろうなんて思ったりするんですけど。すごい作品を見ては、自分はなぜできないんだろうと落ち込んだり。でも、毎日ミラクルが起こるわけじゃないんですよね。ミラクルみたいなことは、ほんとにちっちゃいものの積み重ねで現れたものにしか過ぎない。

すごい作品の裏にはすごく長い年月がかかっていたり。映画なんてまさに、年単位で時間をかけてたくさんの人で作られていたりしますよね。だからこそ、私も小さい力を馬鹿にしない、と決めました。

ダサい下積みの瞬間も大事に生きたい。

──普通の人を描いた「ときめきさがし」と「もものききかじり」が生まれたのも、倒れた経験があってのことでしょうか。

そうですね。まあ、戦争ものが3作続いたので、さすがに戦争マンガ専門のように思われると困るから、もうちょっと日常に寄せて読者の方も気負わずに手に取れるような本を描きたいなと思っていて。ちょうどその頃に、二つオファーがあったことがきっかけではあるのですが。


週3で派遣の事務をしながら、小さな劇団で女優をしている26歳の『もも』が主人公の作品「もものききかじり」

でも、伝えたかったのは、やっぱり私が行き詰まった時に感じたことで。世の中ってすごくキラキラしてなきゃいけないとか活躍せねばならない、みたいなプレッシャーがあると思うんですけど、誰もが毎秒毎秒輝いているのは不可能に近い。

輝いてるようにみえる人でも、たぶんその瞬間に合わせて輝きを出してるだけで、普段はもっと地道なことをしてるはず。地道なことはダサいと思ってしまうけれど、誰にでもあるし、恥ずかしいことでもない。むしろそのダサい瞬間を大事に生きて欲しいなと。

表では華やかな演出家の彼女も実は不安を隠し持っている。

──舞台女優を目指す主人公のももちゃんが、キラキラした友人から「一番の幸せ者なのに」と言われる場面も印象的です。

今日
頑張れることは幸せなことですよね。頑張れないときってほんとにつらいから。ももちゃんの場合は、舞台女優という夢があって、その夢に今は届いてないかもしれないですけど、歩いていく方向がわかっているのは幸せなことなんじゃないかな、と思います。


恋も夢もうまくいかないもも。美人で結婚も決まった友人から思わぬ言葉を投げかけられる。

仕事が好き、に理由はなくてもいい

──「ときめきさがし」は、今日さんと同じように働きすぎて倒れてしまった女性が主人公ですね。

今日
そうですね。自分の経験が元になっている作品です。


ときめきさがし。人生の「一回休み」何しよう!?

ちょうどその頃、私のまわりの編集さんたちも20代後半から30代半ばくらいにかけての方が多くて。みなさん結婚したり、子どもが生まれたり、ちょっと働き方を考えて独立するとか、そういう転機を迎えた方が一気に出た時期だったんですよね。

すごく仕事が大好きで、でももう無理!というところにきてしまったとき、どうしたらいいんだろうということを描きたかったんです。

働きすぎて倒れてしまった女性が1年のお休みをとる物語。

世の中的に、ただ「仕事」が好きな人をあんまり応援しないと感じていて。何か理由がないと、仕事が好きって言っちゃいけない!みたいな感じがあるじゃないですか。でも、ただ単に働くことが好きな人っていますよね。手を動かしたい。誰かの役に立ちたい。

別に一番上に立って世界を制覇したいわけじゃない。働きたいけど、誰もがみんなトップを目指したいわけではないというのはすごく感じますね。

「ただ仕事が好きな人」にその気持ちを大事にして欲しいなって思ったんです。

一回休んだからこそ手に入れられるもの

──「ときめきさがし」で主人公は働きすぎで1年の休みを強いられますが、思えば産休・育休を取る女の人はみんな同じような経験しているのかもしれないですね。

今日
そうですね。私の周りでも、お子さんを産んでから自分のポストが後輩に…なんてことで悔しい思いをしている人も多い。出世したいわけじゃないけど……悔しいって。でも、その休みの時間に耐えることができたら強くなると思うんですよね。


休みの間に偶然見かけた後輩女性が働く姿。「わたしだって…仕事がしたい。」

──たしかに、「ときめきさがし」の中で、休みを続ける中で主人公がだんだんと強くなることを感じます。

今日
たぶん仕事が好きな人にとっては、休んだ期間てすごく不安だと思うんです。しかも1年も休んだら、もう終わりだ!みたいな感じにすらなる。休むだけでなく、一度仕事を辞めてしまった人なんてもっと不安なのかもしれません。

でも、それはつまりその不安にお休みの期間「耐え続けた」ということなので、その人を強くするんじゃないかなって思うんです。仕事をすることより逆にその状態ってすごく怖い。それを乗り越えられたなら、成長できるんじゃないかと思いますね。

──ずっと漫画家でいらっしゃった今日さんがなぜこんなにリアルな普通の人のストーリーを描けるのかと不思議だったのですが、ご自身の体験だけでなく周りにもそういった世代の方が多くいらっしゃったんですね。いろんなジャンルのお仕事をされているからでしょうか。

今日
まあそうはいっても、結局マンガの編集者さんと過ごす時間が多いんですけどね。

でもたしかに、「もものききかじり」で主人公を舞台女優にしたのは、「COCOON」が舞台化された時に演劇の方達とたくさんの時間を過ごしたからですし。みなさん学生さんや20代の方が多くて、舞台ではキラキラ輝いていたけど、裏ではいろいろ悩まれていましたから。

あとは、マンガ以外の仕事で会う人々、営業でバリバリ働いている若手の男性だったり、一般のOLさんてこういう感じなんだなとか、今新卒で入ってるくらいの年代の人はこういう感じなのか、とういうようなことはよく見てしましいますね。

私は就職したことがないので、すごくそれがコンプレックスで。いわゆるふつうに会社で働いている人と会うと、じっと見てしまうからかもしれません(笑)。

 

後編ではさらに、真骨頂である「少女を描くこと」についてお話いただきました。
後編「学校、戦争、大人の社会に隠れた少女たちを描き続けるために

 

文中でご紹介した作品。

  

PROFILE
今日マチ子
きょう・まちこ/東京都出身。東京藝術大学美術学部卒。セツ・モードセミナー卒。2004年よりブログに「センネン画報」を発表。文化庁メディア芸術祭において審査委員特別推薦作品に入選。05年「ほぼ日マンガ大賞」、14年に手塚治虫文化賞新生賞、15年『いちご戦争』で日本漫画家協会賞・カーツーン部門大賞。