さらに、最近では、自転車販売だけにとどまらず、谷中と高円寺ではカフェを運営し、カキモリやMoonStarといった人気ブランドとのコラボレーションも話題です。
トーキョーバイクの自転車の特徴は、一見して、「トーキョーバイクだ!」とわかる色合いと佇まい。トーキョーバイクってなんだかおしゃれ。
でも、それだけで、これだけ広く愛されるのでしょうか。一体トーキョーバイクってなんなんだろう。この強いブランド力は、どう形成されたのでしょう。
そしてもうひとつ気になるポイントは、本社が都心から少し離れた「谷中」にあるということ。これは、もしかしたら、インターネット企業でありながら、国立でマイペースに働くわたしたちクラシコムと少し通ずるところもあるのでは?
そんなトーキョーバイクについて教えていただくために、谷中にあるレンタル店を訪れ、代表の金井一郎さんにお話をお聞きしました。
前編では、トーキョーバイクとは何なのか?ということ、後編では海外進出についてのお話をお聞きしました。
発明だと思った、東京を走ることに特化した自転車
———海外でも人気のトーキョーバイクさん。「トーキョーバイク」という名前は、最初から海外への展開を考えてつけられたのですか?
いえ、最初は全く考えていませんでした。そもそも、自転車を作るつもりもなかったんです。自転車業界で働いていてそのあたりのルートは把握していたので、最初は自転車マニア向けの自転車パーツを売るECサイトを作ろうと思っていまして。
サイト名を考えていた時に、海外でバイクのパーツを販売する「シアトルバイク」という会社を見つけて、なるほど、地名にバイクはいいなと思ったんです。1999年当時はまだドメインもたくさん空いている時代ですから、tokyobike.com が簡単に取れましたし。
それで、トーキョーバイクか…となった時に、東京を走ることに特化した自転車があったらどうだろう?と思いついたんです。
———東京を走ることに特化?
いわゆる駅に行くため、買い物をするためのママチャリではなく、ロードバイクやマウンテンバイクといった本格的な自転車でもない、街を走るための自転車です。
今は普通になってきましたけど、当時は自転車で2つ隣の駅に行くなんて、そんな遠いところに行くなんて信じられないという感じだったんです。これができる自転車はどうだろうと。
具体的に特徴をひとつあげると、こいでることを意識しない自転車がいいと思ったんですね。東京はスピードを出しても、どうせ信号で止まってしまうので、こぎ出しはとにかく軽く。
速く走るというよりも、景色を楽しめるような。電車だと駅から駅が点と点ですけど、自転車ならその途中の線がつながって、街が狭くなって、季節を感じられて、そんな新しい生活の道具になるんじゃないかと思いました。
まあ、そんなこと、みんなも思いつくかなと思って改めて探したんですけど、無かったので、じゃあ、作ってみようという感じですね。
———それで、実際に自転車を作っちゃうってすごいですよね。
1人で自転車メーカーになるって突拍子もないですよね。
僕も最初はそう思ったんですが、TOYOTAだってHONDAだって町工場から始まってますよね。じゃあ、1人でスタートしてもいいのかなって。TOYOTAになろうなんて思ってませんけど、やった人がいるんだからできなくはないなと。
それで、前職のつながりで、海外の工場からの輸入業をしている先輩に、自転車って作れますかね?と相談したら、あー、作れるんじゃない?って。作れちゃったんですよね。
そして、販路も最初はウェブだけでやろうと思っていたんですけど、たまたま他の仕事で大手スポーツ販売店のオッシュマンズのバイヤーさんと打合わせをするカフェに、試作品に乗って行って、実はこれ作ったんですよなんて話したら、取り扱いたいと言ってもらえて。
———まさか、打ち合わせの相手が、自分で作った自転車でくるなんて思いませんよね。
こちらも、まさか1人でやっている会社が作った自転車を取り扱ってくれるなんて思ってもいなかったので驚きましたよ。
———反響はどうだったんですか?
これまでにないくらい大きかったそうで、とても売れました。その後、東急ハンズさんにも取り扱ってもらえるようになって、販路には最初から恵まれましたね。
ブランディングを明確にさせた谷中との出会い
———谷中にはいつ来られたのですか。
オッシュマンズさんや東急ハンズさんのおかげでそれなりに人気が出て、1人でやるのも大変になってきたので、従業員を雇うために事務所とショールームを兼ねた物件を探し始めました。
お客さんは、世田谷周辺の方が多かったので、始めはそのあたりで探したんですけど、どうにもピンとこなくて…。家賃も高いですし。
そんなときに、たまたま車で谷中を通って。上野の博物館の方から来たんですけど、ギャラリーもあるし、カフェもあるし、でも古い街並みだし、ここはなんだろうって思っていたら「台東区谷中」という看板があって。すごく気になってしまって、気になるなら一回住んでみようと思い、まずは引っ越してくることにしました。
———会社よりも先に、ご自分のお家を谷中に移されたんですね。
当時の谷中は、商業地域でも何でもないし、事務所や店舗物件なんてほとんどないところだったので、まずは住んでみて、気長に探そうと思ったんです。
正直、はじめは商売としては、大変かなと思いました。店舗ではなくショールームなので、ある意味どこでもよかったんですけど、人がたくさんいるところに置いておけば、雑誌の編集さんやスタイリストさんなんかに目にとまることも多いですし。
でも、実際に住んでみて、呑みに行って、同じように谷中で何かをしようとする人たちと仲良くなるうちに、都心の競争が激しいところではできない、自分らしいお店を自分のペースで実現できる場所だなと思ったんですよね。
この街は昔から芸大があるので、芸術家の卵たちがたくさんいて、坂の反対は東大があるので文学者や外国の方もたくさんいて。そういう、外から来た人に寛容というか、変だと思わない、当たり前に扱ってくれる街で。
小さいお店をやりたくなるような雰囲気があったんですよね。特に、女性が多かったんですけど、長年思って形にしたお店をここでやっているような人が多くて、彼女たちにとても影響を受けました。
———谷中に来たことで、トーキョーバイクさんも変わられましたか。
トーキョーバイクの芯がはっきりしましたね。
それまでは東京を走る便利な道具、かっこいい道具という意識が大きかったんですが、自分がこの街に来てわかったこと、世の中には色んな生き方してる人がいて、必要なものさえあえれば幸せな人もたくさんいて、そういうことをトーキョーバイクは知ってもらいたい、伝えたいと思うようになりました。
そこから、僕らが売っているのは、自転車、という道具じゃなくて、乗ってる人の生活の一部だと考えるようになりました。
トーキョーバイクに乗ってる人って、いわゆる自転車が好きでたまらない、自転車に乗って走っていれば満足、という人は少なくて、ほとんどは色んな生活をしている中で、今日の天気は良いから自転車に乗って、という人たちだと思うんですね。
そういう方たちがトーキョーバイクに乗ると、新しいものに出会えたり、同じ街なのにいつもと違う発見があったりと、そんなちょっとした魔法の道具にしたいなと。
旅人のように自分の街を楽しんでほしい
僕たちの今年のキーワードは「旅人は住む人のように。住む人は旅人のように」というもので。普段の暮らしも、自分の家を一歩自転車に乗って走り出すと、ちょっとドキドキしながら色んな所に行けるというか。
———日常が旅になるというのは、とても豊かな経験ですね。
この街に住んでると、未だに旅みたいだなと思うんですよね。こんなに長くいても。いつも通らない道を通って、よそ見しながら歩きたくなるような。見るもの見るもの目新しくて。
そんな気持ちで、自転車に乗るならドコに行きたい?カフェに行きたいな。自転車に乗る時の小物はこんなものがいいな、と、そのひとの暮らし全体につながっていくと思うんです。
あっちのほうからいい匂いがするな、と思ったとき、歩きだと少し億劫になってしまいますが、こぎ足の軽い自転車なら寄ってみようとなりますよね。
———トーキョーバイクさんが、自転車だけでなく、カフェやコラボ事業を始められたのもそういう流れですか。
そうですね。自転車でカフェに行って、コーヒーを飲んで、また自転車に乗ってどこかに行くってとっても自由ですよね。
お客さんをもっと喜ばせるためのコラボレーション
———MoonStarさんとのコラボシューズや、蔵前のカキモリさんとの顔料インクなど、近年盛んに発表されているコラボレーションはどういった思いで行われているのでしょうか。
最初からコラボをやりましょうということはあんまりなくて、MoonStarさんもスタッフが愛用していて、お店で取り扱おうとなって。どうせお客さんにおすすめするなら自分たちのスニーカーもつくれたらいいよね、という流れです。
コラボで大切なのは、同じお客さんが見えていることですね。だいたい、お客さんをもっと喜ばせたいというところから始まります。
MoonStarさんは、そのまま工場見学を社員旅行にして、福岡の久留米まで行って、工場のベテランさんたち習って靴を作ったんですよ。
———なんて楽しそうな!
カキモリとのコラボしたトーキョーバイクと同じ色の顔料インク。
MoonStarとのコラボスニーカー。オリジナルの色味と、元のスウェード地からキャンバス地に変更して、よりアクティブに動きやすい仕様になっている。
街を楽しむプロフェッショナルであれ
———社員旅行は毎年行かれるんですか。
そうですね。その日は店舗もお休みにして、20名ほどの全社員で行きます。普段は、みんな別々の店舗で働いているので、コミュニケーションを取るために、隔月で全社員を集めていろいろな催しをしているんですよ。昨日も、近所でカフェを運営されているHAGISOさんVS.トーキョーバイクで運動会をしました。
———運動会!!
ですから今日は筋肉痛なんです(笑)
———スタッフのみなさんに大切にしてほしいと思っていることがありますか。
いつもいうのは、街を愉しむプロフェッショナルであってほしいということですね。もちろん自転車のことを語ることも時と場合によっては必要ですけど、それよりは、お客さんにこの街をどう楽しんだらいいかということを伝えられるように、普段から街を楽しんでいるというのがトーキョーバイクのスタッフらしいと思っています。
———自転車のプロフェッショナルではなく街のプロフェッショナルなんですね。
その街を好きな人がおすすめの場所を教えてくれるとすごく嬉しいし、また来たくなると思うんですよね。
普段から日常を楽しむスタッフたちなので、特技や趣味を持っている人も多く、集まった時はとても楽しいんですよ。
———あの…さっきから気になることがありまして…、社員さんたち、金井さんのことを「きんちゃん」て呼んでいませんか?
あ、そうなんです(笑)。
これには理由がありまして…。この街にきて、初めて飲み屋さんに行ったのが、先輩の神田さんと一緒でして。先輩が、かんちゃんだよ、と自己紹介したので、じゃあ俺はきんちゃんだ、となったんです。そのお店から谷中の仲間が増えていったので、街の人はみんな僕を「きんちゃん」て呼ぶんです。
そして、最初の社員は、行きつけのカフェのアルバイトさんとそのお客さんの2人で。彼らはもともとの知り合いですから、僕のことを「きんちゃん」と呼んでいて。いきなり社長となるのも嫌で、そのままみんなきんちゃんと呼んでくれています。
「最近入社した人たちは驚きますけど、街中の人が「きんちゃん〜!」と呼ぶので慣れるんです」と社員の小西さん
———納得しました!
僕が、谷中のひとたちから様々なことを学んだように、スタッフのみんなも色んな人と交わってほしい、楽しそうに生きてる人と話をしてほしいですね。世の中の決めた枠が全てじゃない。そこからはみ出しても大丈夫だよっていうことを感じてほしいです。
まぁ、僕ははみ出しまくってみんなに迷惑かけてるんですけどね
後編は、どのようにトーキョーバイクが世界7カ国に展開したのか、海外進出についてのお話です。
後編:世界が谷中に共感?トーキョー生まれの自転車が世界7ヶ国に進出できた理由。
そうか…最初は「きんちゃん」に驚いたか…と苦笑の金井さん。
PROFILE
好きなもの:風を感じる乗り物
オープンカー、オートバイ、トゥクトゥク、犬ぞり